歯磨きと自然破壊
「よろしく頼む。それじゃ、俺も戻って来たし、笹塚には、最初の仕事に行ってもらうか。里緒菜、連れて行って教えてやれ。アネル様ご依頼の仕事だ」
そんなわけで、里緒菜に連れられて街の中を歩いている。途中で立ち寄った魔法機器研究所で、渡された魔導兵器MKG-5は、思っていた物と違った。
残念ながら、ミサイルを落とす事も、レーザーを発射する事もできない、普通の剣だった。魔力を通すと、発光する剣が普通と呼べるかは微妙な所だが。
この剣は、普通の剣と何が違うのか里緒菜に聞いてみると、魔力を流している最中は、尋常ではない硬度になるので、かなり乱暴に扱っても折れる事がないって話だ。
切れ味は、魔力が流れている間なら、鉄でも切れると言っていた。さらに切っている最中に、敵の体内に攻撃性の魔力を流し込み、傷口を更に破壊する非人道的な武器だという事だ。
間違っても、宇宙戦争ごっこをして、振り回さないようにと注意された。
そういえば、MKG-5を取りに行ったときに会った、魔法機器開発部の人が、キミコの可愛いスコップverPに強い興味を示し、魔導兵器に改造してやるから、置いていけと言われた。
こいつは何を言っているんだ? と、一瞬困惑したが、よく考えると、発光するビビッドピンクのスコップ……。何か面白そうなので、とりあえず預けてきた。
完成したら型式は、K可愛いM魔法Sスコップ1型Pピンクで、KMS-1Pだろうか?
しばらく歩いていると、徐々に、古めかしいというか、ボロいというか、そんな家ばかりになってきた。貧民街ってやつだろうか?
「はい! ここが暫くの間、しょう君の仕事場になる場所だよ!」
「街中の民家で、一体何をしろと?」
街中に魔獣でも潜んでいるというのか? 人間相手に武力行使は嫌だよ? 大分、この世界に染まって来ているけど、人間を切れる程には、日本人を辞めていない。
「依頼があった家に行って、魔力タンクに充填する仕事だよ。やり方教えるから、実際にやってみて」
作業自体は簡単だった、蝶ネジを4本外して蓋を開いて、露出した透明感のある赤い石に、手を乗せるだけだ。魔力残量を示すメーターがみるみる上がって、30秒くらいで、いっぱいになる。なんだか微妙に体がダルイな。
充填の作業が終わり敷地を出る時に、少年が礼を言いに来た。僕は見逃さなかった、少年の着るシャツの背中に『神アネル さとし君へ』と書いてあったことに。マジで何やってんだ神。アイドルか何かなのか?
そのまま立て続けに、10件程補充して回り、その日の仕事は終了した。
妙な倦怠感にさえ、目を瞑れば楽な作業だ。これで60万は貰いすぎだと思えるほどに。
「里緒菜、この作業をすると、少し体がダルくなるな」
「ん、少し? かなりダルくない? 10件入れたら、8割くらい魔力を失ってるはずだよ。自分の限界を理解できるように、あえて一人でやって貰ったんだけど」
「感覚的な物だから、感じ方に個人差があるとかじゃないのか? ダルイは、ダルイけど、かなりって程では、ないよ」
「いや、どうだろう? 感じ方じゃなくて、魔力量の個人差じゃないかな? きっと、しょう君は、魔力の総量が多いんだね。良かったじゃん。かなり死ににくい体質だって事だよ!」
「再生無しだったら、既に少なくとも2回は死んでるんだよな。この先、何度あんな目に逢うのやら」
この作業をしている限りは死ぬような目に合う事は無いだろうけれど、こればっかりじゃ無いんだろうな。というか、なんでガーディアンがこの作業してるんだ?キミコのお父さんの話だと、亜人種の仕事のはずなんだけど。
「これってさ、普通は亜人種が、やる作業なんじゃ無いのか?」
「よく知ってるねー。そだよ、これは特例ってやつ。アーちゃんが、生活に困ってる人に、無償で最低限の魔力を充填しろって神命をだしたの。法律が施行されるまで、私達がその役目を代行するって事になってるんだ。この仕事は、長くて1週間ってとこだね」
なるほど、今まで情報をまとめると、ウザい庶民派アイドル系魔法少女マスコット神か。なるほど、その全貌が徐々に見えて……こないな。無駄に属性盛りまくってるのに、神らしい属性が一個も無いって、どういうことだ!
「結局のところ、神って何をしている存在だって認識されてるんだ? 政治家か?」
「色々やってるけど、民衆の認識だと、この星を守護する存在って感じかな? 他には、全ての知的生命体を生み出した存在という認識もあるね」
「僕の想像するアネル像と、大きな隔たりが有るんだが、本当なのか、それ?」
「さあ? そんな事より、明日の事考えるんでしょ? そっちに力を入れなよ! 手始めに家でしょ?」
「そうですよぉ! キミコの新しいお家を早く見に行きましょうよぉ!」
「キミコの家じゃなくて、キミコが居候する家なんだけどな? ……さて、里緒菜は、話す気がなさそうだし、仕方ない、新居を見に行くか。案内を頼むよ」
こうして始まった王都での生活。それから6日間は、本部に向かい、依頼先を確認した後、魔力タンクの補充作業で貧民街を歩き回る。
それが終わると『魔力を消耗したガーディアンが居ても仕方ない』という建前で帰されて、先払いされた給料で新居に必要なものを揃える。そんな日々が続いた。
王都生活7日目、僕は里緒菜に連れられて、街の外を歩いてる。
何処へ向かっているかといえば、終着点は特にない。ひたすら魔獣が出没しそうな森と平野の境を歩き続けている。
何をしようと、しているのかといえば、僕の訓練を兼ねた、初の魔獣討伐だ。
実際のところ、王都に着くまでに嫌という程、戦っているから、初めてでも何でもないんだが。
しかし今回は、今までと違う点がある、魔法は禁止、とまでは言わないが、余程の事が無い限り使うなと指示を受けている。MKG-5の扱いに慣れろという事だ。
もう一つ違う点は、隣に並ぶ仲間だ。今まで僕の隣はキミコの居場所だったが、今日は、その場所に里緒菜が居る。先輩ガーディアンに、情けない姿は見せたくない。そう思うと、妙に緊張してしまう。
キミコは置いてきた。これからの戦いに、うんたらかんたら、と言いたい所だが、僕の後ろを歩いている。
出発前に―――――
「キミコ? 何をやっている」背嚢を開いて、中にお菓子と水筒を詰めたと思ったら、KMS-1Pを差して、すっかりお出かけ準備が完了している。
「ふぇ? 今日は、街の外を散歩するんじゃなかったですかぁ?」
「いや、散歩じゃなくて、魔獣駆除で森の付近を歩き回るだけだぞ? キミコは、給料もらってるわけじゃないから、危険な事に付き合う必要ないって」
むしろ、行かなくていいなら、僕だって行きたくないんだ。
「やっぱり、散歩じゃないですかぁ! りっちゃんも行くんですよね? キミコだけ、のけ者は酷いですよぉ! 連れて行ってくださいよぉ!」
「どこを、どう聞き間違えたら、散歩に聞こえるんだよ! 魔獣狩りだってば」
「外を散歩してたら、魔獣が出てくるなんて、当たり前じゃないですかぁ。そんなの、虫歯になるから、お菓子は食べちゃダメって言うのと同じですよぉ!」
「全然違うよ! お菓子は、ちゃんと歯を磨いてれば、大丈夫だけど、魔獣はそうじゃないだろ?」
「虫歯にならないように、完璧に歯を磨くよりもぉ、怪我する前に魔獣を叩く方が簡単じゃないですかぁ?」
たしかに、歯の間まで、完全にきれいにする作業ってのは、かなり難しい。『綺麗に磨いたつもりでも、こんなに!』というやつだ。うん、一理あるな。
「……間違ってないな。わかったよ。でも、僕達と違ってキミコは、即死の可能性が有るんだから、絶対無理しないと約束しろ、それなら連れて行ってやる」
「しょう君……今ので、説得されちゃうの?」
「どこか、おかしな所でも有るか? 里緒菜」
―――――という、やり取りの末、連れてきてしまった。
里緒菜が呆れたような素振りを見せていたけれど、気にしたら負けだ。勝つ必要のない勝負だけれど、勝負ですらないのかもしれないけれど。
ここまで、森の縁を1時間半、恐らく5Km程歩いた。日差しは強いが、適度に風が吹いていて、気持ちの良い散歩道……じゃない! でも、本当に散歩している気分になってきた。油断は禁物と思いつつも、後ろから常に発せられている、緩いオーラが、精神を侵食してくる。
歩きながらクッキーを食べるなと、目線で訴えかけたら、クッキーを一個手渡されてしまった。そうじゃ無いんだが……食べるけど。まあ、ルモイ王国まで、精神の均衡を保ったまま辿り着けたのは、この緩いオーラのおかげかもしれないな。
さらに歩みを進めると、森に入り込む小さな道が見えてくる。今回は、障害物が少なく、足場の良い場所での戦闘を行う予定なので、その道に進む予定はない。
その道の入り口に差し掛かった時、僕は、腰のMKG-5の柄に手をかけた。
森の奥からこちらに向かって、駆け寄ってくる魔獣が3体、僕のトラウマ2号のアルミラージだ。前回は、こいつに組み付かれて……。いや、自分から組み付いて、もみ合いになった末に、圧し掛かられて、自爆攻撃を行ってギリギリ倒した。
膂力で、完全に劣っていた僕が、剣を持っただけで勝てるのか?
「やっと現れたね。一人でやれとは、言わないよ。私が真ん中と右の二体を引き受けるから、しょう君は、左を担当してね」
「キミコも手伝いますよぉ! 真ん中の角ウサギは、任せてください!」
「そっか、キーちゃんは送迎役だもんね、魔獣と戦うぐらいわけないか。じゃあ、真ん中は、キーちゃんにプレゼントしよう!」
人が緊張してるのに、軽いなこの二人は。よし、一体なら大丈夫、きっと勝てる。
魔力タンクと同じ、赤い石がはめ込まれた柄、それを握った手に魔力を通す。刃渡り70センチの刀身が、青い光を帯びた。よし、準備は完了した!
一足先にキミコと、里緒菜が飛び出した。やっぱり早い、二人とも地球で100メートル走に出場したら、世界記録間違いなしという感じの速度だ。
僕も駆け出すが、何かが、何かがおかしい。なんだこれ!?
予想したよりも圧倒的に早い速度で、アルミラージが近付いてくる、強力な個体なのか!? ……いや、違う。アルミラージが早いんじゃない、僕の加速がおかしい!
引き離される事なく、キミコと里緒菜の速度に、ついて行っているのだ。
何が起こっているのか分からないけど、今は敵に集中しないと、接触までに残された時間は、ほんの僅かだ。
この速度で走りながら、剣を振るなんて芸当が僕にできるわけがない。そうだ、蓮井さんは、突きで頭部を貫いてた。振るよりは、突く方が楽なんじゃないか?
よし、決めた。剣を逆手に持って、角が接触する直前に体を捻り、ギリギリで回避しながら、角の付け根を貫く、これでいく。
決めたら、やってみるだけだ!一撃で貫くため、さらに加速する!
全力で地面を蹴り飛ばし、敵に向かって……。うわっ! 凄い加速感だ、予想以上に速度が伸びた、加速しすぎだって! もう逆手に持ち替える時間なんて無い。角は目前、刺さっても死にはしないけど、だからって、刺さるのは御免だ!
反撃は中止で回避に専念だ。角が届くまでに、あと一歩ある、その一歩で回避するんだ。……振り下ろした右足で、地面を後ろでは無く、左に蹴り飛ばす!
あれっ!? 力入れすぎた? 今度は、体が右方向へ、一直線に飛んでいく。……立ち木に向かって一直線だ! ダメだ、体は完全に投げ出された、もう衝突するまで足が地面に着く事はない。
今の状態を例えるなら、軽自動車しか乗った事が無い人に、魔改造したスポーツカーを運転させたような状態だ。どの程度、アクセルを踏んでいいのか全く分からない。いつも通り踏んだつもりが、途端に急加速して、制御不能の暴走状態だ。
その後の僕の行動は酷かった、バカな事をしたと思う。木に直撃するのを恐れて、握った剣を体の前で真横に構えてしまった。
僅かな手ごたえを残して、刀身が幹をすり抜けて、僕は顔から幹に衝突していた。剣がすり抜けた線から上の部分が、衝突した方向と逆にゆっくりと倒れていった。
痛かったけど、幹を切り裂けてよかったよ。これ、幹の表面で止まってたら、僕の体が、止まった刃に衝突して、大怪我をするところだった。まあ、すぐ治るだろうけど。
「あははははっ! しょう君、何やってるの!? 樹木の伐採に来たんじゃないんだよ! 木じゃなくて兎を切りなさい!!」
「笑うな、里緒菜! わかってるよ!!」