恋とカゲロウ
「大分前に言ったの間違い! 地球は、もうすぐ滅びるから、種の保存のために作られたのがこの星だから、そう、ノアの方舟ってやつね。だから、帰らない方が良いよ。帰ったら生命の存在しない星で、一人で生きる事になるよ。さっきの忘れて!」
「どう考えても、最初に言った、帰らない方が良い理由が真実で、今言った方が嘘に聞こえるんだけど」
「ごめんごめん! あたし、新規受付するの初めてだから、うっかりしてた。最初に説明する事があったんだ。『滅びを間近に控えた地球、絶滅の危機に瀕した地球人類、その種の保存で集められた人々に、魔獣という脅威が襲い掛かり、それを救済するために、地球から集められる勇者たち、それがガーディアン』なんだよね。そう言う事だから」
新規受付って、ここは携帯ショップかよ!
「そういう設定なのか? 設定を読み上げるような口振りだったけど。そういう設定なのか?」「チガウ、チガウ!」
絶対、違わねぇ! 里緒菜が、挙動不審すぎる。
「もう、いいよ。大体分った、そう言っておけば、帰りたがらないし、むしろ選ばれた存在みたいに思って、張り切って働くって事だろ? で、真実は?」
「……種の保存ってとこ以外は、全部真実だよ。地球人類がこの星で暮らす理由は、私の口からは言えない。もしかすると、いつかアーちゃんから聞く事になるかもしれないけど、出来れば向こうから言ってくるまでは、聞かないで欲しい」
話す里緒菜は、今までの、ふざけた雰囲気が一切なかった。真剣な願いって事だ。だからって、そんなんで、誰を納得させられるというのか。
「はぁ……、納得できるわけないけど、帰れないのが一緒なら、やる事が変わるわけでもない。さっき聞いた事は、忘れた事にして、明日の事を考える事にするよ」
「しょう君! 器が大きい! 感動したよ。よし! あたしが、しょう君の月々の給料を2万円増やしてあげよう!」
全然、ご褒美に感じないんだが、それ! しかも上からだな!
「お断りだよ! 扶養手当が付くって、仕事辞めて、養われる気満々じゃん! それ、絶対赤字だから!! それ以前に、自称地球から集められた勇者なんだろ! 専業主婦を目指すな! 設定を守れ!」
「そっか……、それは残念だね」
あれ、本当に残念そうだ。冗談で言ってると思って、軽くあしらってしまったけど、ちゃんと答えた方が良かったのか? 悪い事してしまったかな。
「今日のプロポーズは、しょう君の一生で、最初と最後のチャンスだったんだよ。両方断るなんて、しょう君は本当に残念だね」
「残念なのは僕だった!? 僕って、不老不死なんだよな? 最初は兎も角、里緒菜のが最後なの? この先の、悠久の時の中で、二度とチャンスは訪れないの?」
「ええっ! あ、あると思ってたの!? そ、そっか。なんかゴメンね」
演技に見えねえ! なんか謝られたし! マジで人生に一度のチャンスをふいにしたって事なのか!? これは……そうだ、あれだ!
「な、なあキミコ! どう思う? きっとあるよな?」
「ふぇ? どうでしょう? りっちゃんが、無いって言うなら、ないんじゃないですかねぇ?」
お前ら初対面だよな! なんだ、その妙な信頼は! そんな事ないって言ってよ!?
「じゃあ、とりあえずキープという事で、ひとつお願いできないでしょうか?」
「しょう君、器が小さいね。1分の恋も冷めたよ」
「カゲロウのアイデンティティが崩壊するくらい、短命な恋だったな」
『ガチャ!』後ろで、応接室のドアが開く音だ、振り返ると、30歳位に見える。坊主の男性が立っていた。国王の路美緒とは違い、こっちは、いかにも荒事を生業にしていますって雰囲気だ。
「お前ら! 外まで話声が響いてるぞ。くだらない事、話してるなら窓を閉めろ!」
いや、あなたも十分すぎるほど、声がでかいんですが!
「あ! 部長、おかえり。早かったね」
こ、この人が部長か。部長という役職から、スーツのサラリーマンを想像していたよ。
「ああ、それは良いんだが、そっちの二人は、誰だ?」
「僕は、ガーディアンの登録に来た、笹塚 彰悟です。こっちが」
「送迎役のキミコ リラームですぅ!」
「ん、新人か……里緒菜、間違いないのか? 少し……」
「えっ? 何か問題があった? 不審な点は一個も無いけど。……しょう君、ちょっとゴメン。我慢してね」
「いてっ!」里緒菜が僕の手を掴んだと思ったら、取り出した小さなナイフで手の甲を薄く切られた。まあ、何したいかは、分かるんだけど、事前に言って欲しかったな。すぐに傷口が塞がって痛みも引いてきた。
「うん、間違いないよ。不死の秘術が働いてるし。どうしたの? 今まで、疑ってかかった事なんて、なかったじゃん。……もしかして、大川の仲間だと?」
「最近、色々有ったからな。悪かったな笹塚、歓迎するよ。俺は、沢井 徹だ、皆は、沢井か部長と呼ぶ」
「すぐ治るし、全然かまいませんよ。気にしないでください。よろしくお、痛てっ!」
今度は、里緒菜に太腿を抓られた。今のは何でか分かんないぞ! 突然なにをする。
「敬語いらないって、言ったでしょ? 肩っ苦しいのはダメ!」
いや、こんな厳ついオッサンにタメ口は、ちょっと怖いんですけど。怒られない?
「里緒菜の言う通りだ。少しばかり来たのが、早いか遅いか位の違いだからな。不老の身だと年齢とかどうでも良くなる。敬語は必要ないぞ」
沢井か、部長か、部長の方が抵抗ないな。そもそも敬称の要らない呼び方だし。
「じゃあ、部長、よろしく」
「よろしく頼む。それじゃ、俺も戻って来たし、笹塚には、最初の仕事に行ってもらうか。里緒菜、連れて行って教えてやれ。アネル様ご依頼の仕事だ」
「オッケー。しょう君、キーちゃん行こうか」
「ふぇ? ちょっと待ってくださいよぉ! まだ、カステラが少し残ってるんですぅ」