日食と痕跡
日付が変わり、現在の時間は、18:00。途中で数回、魔獣と交戦た為、予定より少し到着が遅れている。マジックスコープで周囲を確認していた私は、前方の異変に気付いて、シアルに警告した。
「シアル、気を付けて。何か、前方の道が荒れてるみたいだ。倒れた木が道に転がってる。あと、地面が陥没していたりするみたいだから、すこしスピードを落とした方が良い」
「わかりました。戦闘の痕跡ですかね?」
「しか、ないよね。自然災害じゃ無いのは間違いないよ」
スピードを緩め、慎重に車を走らせる。戦闘が行われたと思われる場所に近づくにつれて、窪みや、飛ばされたと思われる土塊や岩石が増えていく。
この被害をもたらした、中心地点と思われる場所に、根元を抉られ、横倒しになった大木が転がっていた。撤去せずに進むのは、無理そうだ。
「倒木が邪魔で進めそうにないし、一旦降りよう」
倒木の少し手前まで進み、車を降りて倒木の前に立ってみたけれど、これは……。幹の太さが、1メートルくらいあるよ。
「これさあ、やりすぎだよね。何を当てたら、このサイズの大木が倒れるんだろう? 相手が、普通の魔獣なら、これの10分の1の威力も必要ないと思うんだけど」
「根元の半分以上が、半円形に綺麗に抉られていますよ。直径1メートル程度の貫通性マジックショットを当てた感じですかね?」
直径1メートルの貫通性って、城でも攻めるんですか? って勢いの魔法だよね。
そんな、魔力の無駄遣い、普通するだろうか? それ以前に、そんな魔法を使える人間がこの世界にいるかすら怪しい。そして、不可解な点もある。
「その割には、この木より後ろに被害がでてないよね? そんな事が、できるのは……、あっ!エクリプスだ」
最悪の答えに行きついちゃったよ。この星の人間で、エクリプスを使えるのは、私くらいだ。まあ、厳密には、私この星の人間じゃないんだけど。
「エクリプスって、魔法の名前ですか?」
「見せてあげるよ。どうせ木を撤去しなきゃ進めないし。……これも私のオリジナル魔法で、家に備え付けの魔導銃にも、この魔法を再現する機能を付けてある」
そう、この星に持ち込まれていると予想される、魔導銃なら再現できるんだ。
「えっ! じゃあ、ここで戦っていたのは、ニコルさんと、サミナさん、という事ですか?」
シアルも察したみたいだね。できれば、違って欲しいけれど、多分違わない。
「確定じゃないけど、可能性は極めて高いよ。私は、この魔法、誰にも教えてないし」
この魔法は威力のわりに消費魔力が少ない。効果範囲を最小限に絞った結果だ。魔法陣の描画も必要ないので、場所を選ばずに使用できる。
「エクリプス!!」魔法名の発声に合わせて、右手から、ゴルフボール大の漆黒の魔弾が、視認が難しい程の速度で発射された。そして、1.5メートル先の倒木に、小さな穴を穿つ。
その直後、木の内部で、急激に膨張し、全てを削り取り、一瞬で膨れ上がる。
あっという間に、直径1メートまで膨らんだ、漆黒の球体は、倒木を半ばから分断する。
球体が消えた後に、残された倒木は、ヤスリで磨かれたようにツルツルな、すり鉢状の断面を晒していた。
実際のところ、発射から膨張までが早すぎて、これを目にした人は、一瞬で術者の目の前に直径1メートルの球体が生まれたように感じると思う。
太陽を月が削り取る、日食。そのイメージで名付けた魔法だ。魔法研究の一環で、作ったもので、実用する日が来るとは、全く思っていなかったけど。
さすがに1メートルでは、車は通れないので、あと2回繰り返し、道幅を確保した。
本当なら、全て消し飛ばすのが親切なんだろうけど、倒木の先の地面、そこに刻まれた2本の痕跡が、そんな事をしている場合ではないと訴えかけてくる。
「確かに、この磨き上げたような断面は、倒れた木の切り株に付いているのと同じに見えますね。問題は、ここで戦って、その後どうなったのか?」
「倒木の向こう側に、馬車の車輪の跡がある。この場所で反転して、モセウシの方に戻っていったみたいだ。民間の輸送用馬車が通れずに、引き返した可能性もあるけれど、ここで、ニコル達が負けて、馬車で連れ去られた可能性もある」
「車輪の跡が消えずに残っているという事は、ごく最近のものでしょうね。追い付けるかもしれません、急ぎましょう!」
ここから、モセウシまでは、50Kmくらいかな? 一時間もあれば到着できるはず。お願いだから、無事でいてよ……。
そこからは、出てくる魔獣は全て回避して、一切止まらずモセウシを目指した。
予想通り、モセウシに到着したのは19:00だった。辺りは大分暗くなっている。完全に光度が落ちるまでに、馬車の捜索をしないと。とりあえず最初にすべき事は、門番への確認だ。
「そこの貴方! 尋ねたい事があります」
「これは、アネル様! お会いできて光栄です。私でよろしければ、何なりと、お尋ねください」
嗚呼、急いでいるときに煩わしい、『はい』の一言で十分なのに。
「本日、こちらの門から、街へ入った馬車が何台いたか、把握していますか?」
「記録を取っているわけではないので、正確な数は把握しておりませんが、少なくとも30台は、通過していると思われます」
大きな街だし、そのくらいは、出入りしているか……。今聞いた情報じゃ、無いのと変わらない。
「次の質問です。本日、こちらの門を通り抜けたガーディアンは居ましたか?」
「それでしたら、少し前に蓮井 琉々奈様が、馬車で街へ入られました」
積み荷は、確認するわけないか、ガーディアンだもんな。逃げられる前に捕まえないと。
門番を、労った後、ユニコーンで街へ乗り込む。までは、良かったんだけど、道が狭い、まだ歩いている人も多い時間帯で、全然スピードが出せない。これ、車止めて走った方が、早かったかも。
徐行で、走らせながら道行く人に、蓮井を見ていないか尋ねてまわった。蓮井は、この街では有名なようで、情報は簡単に集まった。
住民に聞いた方向に車を進めていくと、どんどん街の中心から遠ざかり、倉庫や工場が目立ってくる。
もう工場で働いている人は、仕事を終えて家路についたのだろう、人気が完全になくなった。
そんな道で、前方に人影を発見した。うつむき加減で歩いていた、その人物は、一瞬顔を上げて私達の車を確認した後、慌てる風でもなく、自然体で横道にそれた。
「……やあ、蓮井君、会いたかったよ」