速乾性と毒キノコ
モセウシ滞在2日目に、アルミラージの群れの討伐を行った僕たちは、買い物を済ませた後、宿に戻っていた。
まだ時間は15:00、街は活気に満ち溢れる時間帯なのだけれど、戦闘の後で、消耗している。流石に遊びに行こうという気にはなれない。
そんなわけで、今は僕の宿泊している部屋にキミコと二人で集まり、塗装作業に勤しんでいる。
「ああー。あー。あぁ。うぅ。彰悟くん、キミコのスコップが、どんどん銀色になってますよぉ? 大丈夫なんですかぁ? これ、本当に大丈夫なんですかぁ?」
やすりで、古い塗装を……いや、古くは、ないんだけど。落としている様子を、キミコが心配そうに覗き込んでいる。
「多分、黄色の上からビビッドピンクに塗ったら、すぐ剥げちゃうぞ。まあ、ピンクとイエローの、まだらスコップも強烈な存在感が有って、悪くないと思うけど」
「いやですよぉ! そんなの可愛くないじゃないですかぁ! 混ぜるなら、せめて水玉模様にしてくださいよぉ」
「それ、完全に毒キノコだけど、よろしいか?」
「じゃあ、ギンガムチェックに塗ってくださいー」
「難度高いなっ! 僕が悪かったから、ピンク単色で我慢してくれ」
「大丈夫ですよぉ! 彰悟くんなら、唐草模様でも、いけちゃいますよぉ!」
「その信頼は、一体どこからくるの!?」
などと話していると、唐突に『トン、トン、トン、トン』ノックだ。また面倒ごとじゃないといいんだけど。
「どうぞ、入ってください!」
「失礼します」見た事ない人だけれど、服は見た事がある。役場の職員のお姉さんだ。
「代表が笹塚様に、お伝えしたい事があるらしいのですが、役場までお越しいただけますか?」
特に断る理由も無いので、役場のお姉さんに連れられて、3人で役場を訪れた。
場所は、この街に来た時に通されたのと同じ部屋だ。待っていたは、前回と同じ顔+1人。代表の黒沢さんと、武装した兵士風の男性が一人。
兵士風の男性は、昼に見た、兵士よりも身なりが良い。階級が高い人なのかな?
気になるのは、腰に差した鞘のデザイン。蓮井さんの鞘にも似たような紋章が有った気がする。
「御呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
どうも今日の代表は、機嫌がよさそうだ。深刻な顔で呼び出されるより、ずっと良いので、ありがたい限りだが。
「先日お話ししていた、専属のガーディアン、佐藤 大地様が街に戻られたので、その事をお伝えするためにお越しいただきました」
そうか、生きていたか、それは良かった。僕の中で、彼は既に死んだことになっていた。これで、僕達がこの街に留まる理由は、なくなったって事だ。また暫くは、屋根のない生活に逆戻りか。
でも、これで街の安全を守るという重責からは解放される。今の僕では、やはり力不足、街の住民にとっても、僕自身にとっても、ありがたい話かもしれない。
「じゃあ、僕達が街を離れても、問題ないという事ですね」
「はい、問題ありません。ありがとうございました。無理なお願いを聞いていただいたお礼に、明日の15:00発、ルモイ王国行きの、馬車の席を用意いたしましたので、そちらをご利用ください」
キミコは、ゆっくり旅をしたいと言っていたけど、旅の時間が長くなるのと、着いた後に、ゆっくりしてから帰るのでは、後者の方が、キミコ的にも、良い気がする。お言葉に甘えよう。
「笹塚君、俺が留守にしている間、街を守ってくれたんだってね。助かったよ、感謝する」佐藤さんに声を掛けられた。
「いえ、大した事は、していませんよ」無難に返しておいた。実際に、言葉通りだし。
「俺の知らない内に、人が増えていなければ、笹塚君は、俺の最初の後輩だ。もし、困った事があったら訪ねてくるといい。出来る限り力になろう」
佐藤さんも、新人だったのか。新人って言っても、何年続けているのか、分からないけれど。しかし、困った事ねえ。困ってない事が、無い事が、困った事、なんだけど、そんな事言われても佐藤さんが困るか。困ったものだ。
「その際は、よろしくお願いします」
「じゃ、まだ仕事が残っているんで、俺は失礼する」
ガーディアンに会うのは二人目だけれど、この人も忙しそうだ。人員不足なのか? 地球に帰してってお願いして、素直に良いよと、言ってもらえるだろうか……。
結局、この街の警護という意味での滞在は2日間だったけれど、3日目の給金も渡された。本当なら遠慮するべきかもしれないけれど、今は体裁を気にしている場合ではないので、ありがたく貰っておいた。
さあ、出発が決まれば、明日に向けての準備を開始しなくちゃいけない。
とりあえずは、スコップだ! というわけで、スコップの塗装を再開した。
黄色の塗装を全て剥がして、液体のピンクの塗料を塗りつける。塗料の缶を開けて驚いたのが、まったく溶剤の匂いがしないのだ。これ、本当に大丈夫か?
塗ってみて、さらに驚いた。持ち手の方から塗り始めて、少し進めたところで、最初に塗った部分を見ると、質感が、なんかおかしい? 触ってみると、すでに乾燥して、硬い皮膜が出来上がっていた。なんだこれ?
「キミコ! これ、もう乾いてるんだけど!」
「ふぇ? それ普通じゃないですかぁ? 去年亡くなった、叔父さんも、よく部屋の壁を緑とか、オレンジに塗ってましたけど、すぐ乾いてましたよぉ」
「叔父さんに関しては、言及しないぞ? この世界の塗料は、これが普通なんだな。食事とか、動植物とか、地球と似通ってるから、別の星って実感が時々薄れるけど、こういう所で、改めて思い知らされるよ」
「彰悟くんの居た星って、どんな所なんですかぁ?」
簡単なようで、難しい質問だな。上手く説明できる自信が無い。
「そうだな……。ここよりも、安全で、色々と便利な物や、遊ぶところが沢山あって……。あとは、魔法が無い世界かな?」
「楽しい所なんですか?」
「どうかな? 楽しい事もあれば、嫌な事もある。それは、どこでも同じなのかもしれないけれど」
ありきたりな返事になってしまったけど、実際そんなもんだ、楽あれば苦あり。僕は今、苦を絶賛貯蓄中だから、反動で幸福ラッシュが来ることに期待したい。
「そんな事ないですよぉ、キミコが居た所は、楽しい事も、嫌な事も、殆ど無かったですよぉ。毎日のように、どうせ誰も来て居ない、第一召喚場まで行って帰るだけ。そんな生活に、もう飽きちゃいましたぁ」
珍しく、キミコが暗い表情で言った。
「ああ、そういえば、キミコと初めて会った時、真面目に探してる素振りが無かったもんな。チラ見して終了だもん。あれは焦ったよ」
他人事なら笑える光景なんだろうけど、当の本人は、置いて行かれると思って冷や汗をかいたものだ。
「それは、言わないでくださいよぉ! だって、15年に一人くれば良い方なんですよぉ。来ているわけがないって、諦めちゃいますよぉ」
「ごめん、ごめん! そうだな、来るかも分からない相手を、何年も何年も、ただ待ち続けるとかキツイかもな。ちゃんと召喚場まで通ってるだけでも、偉いのかもしれない」
誰一人、客の来ない店の、店番の仕事が楽なのか? っていうのと似てるかもな。僕には無理だな、ただ時計を眺める仕事なんて、絶対やりたくない。
「でも、真面目に通ったおかげで、彰悟くんとお友達になれたので、今は良かったと思ってますよぉ!」
「それは、光栄だよ」なんだか照れ臭いので、そういうのは止め欲しかったりする。
「……彰悟くんは、帰りたいんですよねぇ? 帰るとき、キミコも連れて行ってくれませんかぁ? どんな、ところか、見てみたいんですよぉ!」
一度、連れて行ったら、もう戻れないとかだと、不幸にしてしまいそうだから、連れては行けない。でも、こちらに戻れるなら……。どうだろう、喜ぶだろうか? きっと喜ぶ、言う事も聞かず、辺りを駆け回って、僕を困らせるだろう。うん、悪くないな。
「うーん。そうだな、神様に聞いてみて、連れて行っても良いよって、言ってくれたらな。でも、許可を貰っても、耳と尻尾が困るな。人間種しか居ない星だから」
「耳は、帽子で隠せるから大丈夫ですよぉ! 長く被ってると、ちょっと痛くなるんですけどぉ。尻尾は……うーん……きっと大丈夫ですぅ!」
「そうだな、きっと大丈夫だ。尻尾は、僕も考えておくよ。神様なら、なんとか出来るかもしれないしな! ……さあ、早く塗装を終わらせて、他の準備も済ませよう!」
完成した、可愛いスコップverPは、塗りにムラも無く、我ながら中々良い出来だった。鮮やかな、ビビッドピンクが眼に痛い。キミコも、ご満悦で何よりだ。
スコップ塗りも終了し、さて次の準備と考えてみたが、どうやら僕達は、愛用の背嚢を背負えばそれで、準備完了だったらしい。
しいて言うなら、明日、馬車に向かう道中で、日持ちしそうな食料と、水の補充をする程度か。
徒歩の旅よりは、楽だと思うけれど、何が有るか分からない、少しでも体を休めておこうという事になり、いつもよりも早めにベッドに入り、眠りについた。