偽者と焦燥
玄関に入ってすぐの壁と、白地のシャツの背中部分に、マジックでサインをした後、握手をして少年の家を出た。
「ごめんね、シアル。違法行為に加担させちゃって」
「いえ、いいですよ。法律よりも神の意志が優先されますから。しかし、最近の魔力タンクは容量が大きいですね。結構持っていかれましたよ」
結構ですむのは、滅法凄いんだけどね。普通なら息切れするところだよ。
「ありがとう。……ゼロから満タンにするのは、普通の亜人種だったら1日1個が限界だからね。ガーディアンなら10個くらいは、入れられると思うけど」
厳密には、ガーディアンというか、地球の人間の魔力量が、やたらと多いんだけどね。さっきの少年も、先祖は地球人だから、どっかから魔法因子を取り込んじゃえば、自分でも、余裕で入れられるはず。法令で固く禁じているし、本当にやられたら困るけど。
「それで、よく王国全体の充填が追い付きますね?」
シアルは、神国から離れる事が少ないし、その辺には疎いか。
アーネル神国の国民は、魔法因子を持つ亜人種だけだから、各自充填してもらっていて、規制とかは無い。
「国民の5%が亜人種で、そのほとんどが本職以外に魔力充填業務も兼任しているからね。1回満タンにしちゃえば、最低でも1か月は持つだろうし、若干ゆとりが、あるくらいだと、おも……う…………。あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんで、大川と蓮井は、数日おきに、少量ずつ入れて回ったのかと思ってね。無断充填は、犯罪だよ? なんで、一気に入れてしまわない? 回数を増やせば人目に付く危険性が上がるだけなのに」
魔力の充填は、そこまで時間のかかる作業じゃない。満タンまで入れても1分かからないくらいだ。それどころか、充填よりも、充填までの準備の方が時間が掛かる。
「魔力を購入していない、家のタンクが一杯だと不自然だと思ったのでは、ないですか?」
「王都の魔力充填は、定期で巡回してるんじゃないよ。自分で役所に依頼しに行くんだ。だから、残量を見られる事なんて無いし、満タンにしても、誰にも不審がられたりしないよ」
「無駄遣いさせない為、とかはどうです?」
「それも、どうだろう? シアルだったら、無料で満タンまで入れてくれたからって、節約もせずにドンドン使ったりするかい? それで、『もう無くなっちゃったんで、また入れてください』なんて、普通なら、言えないよ。多少は、使用量が変わるかもしれないけど、リスクに見合ってない気がするな」
「言われて見ればそうですね。違法行為をしてまで助けてくれる人に対して、そんな恩知らずな事をできる人間なんて、そうは居ないですよね」
今回のリアス鋼の事件に、関わるかは別にしても、何か理由は有るはずだ。
「よく考えたら、充填じゃなくて、お金で渡せば、犯罪じゃないですよね? 多少、懐は痛むでしょうけど」
「それが一番、安全かな。でも、大林も蓮井も、自宅を見た限り、裕福そうじゃなかったよね。お金は、難しかったんじゃないかな? ガーディアンの給料って、普通の住民と比べ物に、ならないはずなんだけど。破壊活動の準備資金とかに、なってない事を切に願うよ」
一度に、入れない理由か……。入れない理由は、思いつかないけど。
「入れ、なかったんじゃなくて、入れられ、なかったんじゃないか……」
「何か、わかったんですか?」
「わかったわけじゃ、ないんだけど、ちょっと糸口が掴めそう気がしてね。うん、もう少し考えさせてね。まとまったら話すよ」
考えても分からないかもしれないし、仮に分かっても、それこそ『へー』で終わる可能性もあるけれど、今は、些細な事でも追及していかねば!
「わかりました。ただ、歩きながら考え込むのは、危ないからやめてくださいね? さっきから足元ばかり見ていますよ」
「おっと、ごめん! シアルの言う通りだ、全然前を見てなかった。とりあえず、魔力充填の件を、沢井君とロミオに話に行こうか。多分ダメとは言わないよね?」
「ええ、神の意志は法より優先されます。ダメとは言わせません。とは言っても、細川様も沢井様も、断るとは思っていませんけどね。文句を言いながらも許可してくれると思いますよ」
『言わせません』ときたか、頼りになるね! 少年に、あれだけ自信満々で言い切っておいて、やっぱり駄目でしたー。とか、情けないにも程があるからね。
その後、王城に向かい、またアポなしでロミオの元へ突撃し、許可はとって来た。
「…………というわけで、頼むよ?」
「まあ、すぐにとは行かないが、極力急ぐようにする。それにしても、どうしたんだアネル? まるで、神みたいじゃないか」
「ほう? ロミオ、それはアネル神国への宣戦布告と受け取ってよろしいか?」
みたいな、やり取りは、有ったけど目標は達成できたので良しとする。
次の目的地は、RMI防衛本部だ。1件のタンクを満タンにした程度じゃ、恐らくすぐ足りなくなるし、法が施行される前に、困窮しないよう、こっちの許可も重要だ。
最初に本部に行ってから結構な時間が経ったけど、まだ、里緒菜君いるかなぁ?彼女がいると話が進まなくてなー。
本部に入ると、最初に来た時と同じ受付嬢が、『いらっしゃいませ。アネル様』と、挨拶してくれた。うん、同じ人で良かった。また、素通りしようとして、止められたら、癒えかけた自尊心が、修復不能なレベルで傷つきそうだし。
沢井君は事務所にいるらしい、里緒菜君に見つかる前に、さっさと行くに限る。
沢井君は、手が空いてるみたいで、窓の外とか見てる。丁度良いタイミングで来たみたいだね。邪魔が入る前にっと。
「…………というわけで、住民が訪ねて来たら、充填作業をお願いするよ。いざという時に、魔獣と戦えない程、魔力を消耗しているとかマズイから、あまり多いようなら、一旦締め切るとかは、仕方ないと思うけど、できる限り受けてあげて欲しい」
「了解した! 本部待機の5名で、無理のない範囲でやらせてもらおう。しかし、今日のアネル様は、まるで神みたいだな!」
「沢井君! お前もかっ!!」
もういいや、宿に行って、ふて寝しよう。
「アネリンが、来ていると聞いた」
嗚呼、また変なの来ちゃったよ……。どうなってんだ今日は!?
「アネリン言うなし! アネリン禁止! これ神命だから!」
「アネリンが黒髪だと……。染めたのか? うん、いいな」
「ヅラだからこれ! アネリン禁止って言ってるでしょ!!」
「アネリン、今日は家に来い。飯を食って、泊っていくといい」
きいちゃいねぇし! そして、神を誘うな。
細身で長身、もっさいロン毛がトレードマークのガーディアン、田辺くんだ。どうも、彼に気に入られてしまったようで、猛烈にアタックしてくる困った男だ。
男版の里緒菜君とでもいうか……しかし、こっちは許容できない!!
「田辺君、私は、全人類の為に存在するのであって、誰かの物になったりは、しないのだよ? その辺を理解して、自重する事を強く要求するよ」
「わかった。俺の為にも存在している。他を全て排除すれば、俺だけの物になる」
誰だ! こいつに力を与えたのは!! チンパンジーに自動小銃を握らせるより、まだ悪いぞ! 父さん、因子適合率しか見ないで、送り込んでないか?
「ならないよっ!? お願い、ちょっと待って? 何その危険な思考! 田辺君いつも無表情だから、本気かどうか分からなくて、怖いからね?」
「冗談だ。やっと本物を見つけたので、興奮して、少し悪乗りした」
無表情で冗談だって言われても、全然安心できないよ。もう、話すのも疲れるし、逃げ出そうと思ってたけど……今の言葉は聞き捨てならないね。
「いや、本物って。私の偽物とか、出没してるの? 聞いた事ないんだけど」
「街に銀髪の娘がいると聞いて、駆け付けたが、偽物だった」
「は? 銀髪の娘だって? 特徴とか詳しく教えてくれるかい」
銀髪は、今のところ自分以外に見た事ないよ。染めるにしたって、そうそう出せる色じゃないし。
「会ったのは3週間前、銀髪のツインテールの子供と、ロングの少女の二人組だった」
「……ちょっと、何それ? 足りない! もっと詳しく教えて!!」
「大分前だから、あまり覚えていない。……そうだ、神都アネルに行く道を聞かれた。……後は、小さい方が、姉に会いに行くと言っていた」
確定ではない。確定では無いけど、こんな偶然が有ってたまるか! ニコルとサミナだ、なぜ来た! 危険だって、分からないわけないのに……。
「アニサーシの街を経由する道と、モセウシの街を経由する道、どっちを教えたんだい!」
「両方教えた。近いのは、モセウシ経由、少し遠くなるが、アニサーシはアネル神国所属の街だと教えておいた」
「アネル様、その二人は、もしかして……」
シアルも気付いたみたいだ。それなら話は、早い。
「シアル! 予定変更だ、すぐ神都へ戻る。田辺君、情報感謝する」
言うなり、防衛本部を飛び出し、走り出した。
目指すは、王宮だ! 車に戻りしだい、即出発しないと。
本当に何が起こっている……。備えも無しに来るとは思えない。家に備え付けていた、魔導兵器は、持ってきているよね?
でも、戦闘の経験何て無いあの二人が、それだけで辿り着けるか? 普通の魔獣は何とかなっても、新種に出会ったら絶望的だ……。あのユニコーンは、魔法使いと、魔導兵器の天敵だ、歩きじゃ逃げることすら……。
それに、不死の秘術だ。二人が成人した時に使うように、2個ストックしていたはず。老化停止も、ストックは有ったはずだ。
使っているの? もし、無しなら、生存率は格段に下がる。将来のことを考えたら、今は絶対使って欲しくなかったけれど、死んでしまったら、何の意味もない。
もしかして、私のせい!? 私が、父さんの手紙を無視したから、あれに何か重要な事が書かれていて、それで……。
「アネル様!! 落ち着いてください。そんな事では、上手くいく事も、いかなくなりますよ。今出発しても、すぐ暗くなります。彼女達も、夜は身を隠して休むはずです。気付けずに、素通りしてしまう可能性が高すぎますよ」
後ろから走ってきた、シアルに強く肩を掴まれた。
「でも……」
いや、シアルの言う通りだ。まったく私は……。冷静になって、最善手を考えないと。
王都から神都まで、荒野を抜けるモセウシ経由が1000Km、山沿いを行くアニサーシ経由が1100Km。
急ぐならモセウシを選ぶだろうけれど、王国領のモセウシより、私の国に所属するアニサーシの方が、二人にとっては安心感があるはず。どちらを選んだ?
今回の旅は、モセウシ経由で来たけど、それらしい人影と、すれ違った気がしない。
でも、3週間前というのが、厄介だ。3週間あれば、既にモセウシに入っていて、そこで、すれ違った可能性も否定できない。
それ以外にも、夜通し走って来たから、近くに居たのに、気付けなかった可能性だって、十分過ぎるほどある。
それでも、粗くとはいえ、確認済みの道よりは、全く確認していない道の方が可能性は高い気がする。
「シアル、明朝6時、アニサーシに向かうよ。明日は、私が、外の様子をマジックスコープで確認し続けるから。運転は一人でしてもらう事になる。ゆっくり休んでおいて」
「はい! 任せてください。早く見つけてあげましょう。私も小さな姉達に会うのが楽しみですから」