サインと違法行為
「そこの貴方! 何が有ったのか、わかりませんが、小さな子をそんな剣幕で怒鳴りつけるのは感心しませんよ」
「なんだ、オマエは? こっちは仕事なんだ、邪魔しないでもらおう」
衛兵! お前もかっ! 結局、気付いてくれたのは里緒菜君だけか。でも里緒菜君のは何か嫌だな。なんで二階の窓から見ただけで、ウィッグ付けてるのに、私だってわかるんだよ。
それは、それとして、今は衛兵だ。気付かれるなら良いけど、自分から正体を晒すってどうなの? なんか印籠出すみたいで嫌なんだけど、仕方ない外すかぁ。
この様子をガーディアンに見られたら、絶対笑われるし。今日は、やたらと精神にダメージを負う日だ。
「こ、これはアネル様! 大変失礼いたしました。ご無礼をお許しください」
おお、見事に手の平が返ったね。くぅー、むず痒い! ご老公か私は! 頑張れ私、無表情を保つんだ!
「いえ、構いません。私が、気付かれないように髪を隠していたのです。貴方に罪は、ありません。それでは、状況を説明して頂けますか?」
正直言うと、そちらから気付いて頂きたかったんだけど。そうすれば、こんな責め苦を味わわずに済んだのに。
「はい! こちらの少年が屋外で火をおこしていたため、取り締まりを行っていたところであります」
「そういう事でしたか。……少年、禁止されているのは知っているでしょう? どうして、火を焚いたりしたのですか?」
「ごめんなさい、アネル様。魔力タンクに充填してもらう、お金が無くて、魔導コンロを使えなかったんです」
どうしても貧富の差ってのは、発生してしまうよね。でもなあ、王都の人間に対して、魔力の供給を断つとか、死ねっていってるのと大差ない気がするんだけど、その辺の法整備は、どうなってるんだろう?
「衛兵さん、この場合は、どういう処罰になるのでしょう?」
「無断で火を焚いた場合は、罰金1万円で、拒否した場合は、2週間の労役となっております」
それは、いっそ労役の方が良いよね。労役中は、ご飯に困らないし。そもそも1万円持ってたら魔力充填するし。
「火を使わざるを得なかった人が、罰金を払えるわけがないですね。貴方も仕事ですから、煙が上がったのに、手ぶらで帰るわけはいかないでしょう……。私が、代わりに払いますから、今回は、見逃してあげては、もらえませんか?」
「全ては、アネル様の御心のままに!」
さてと、お財布、お財布。しかし、この1万円硬貨の私の顔、これだけは、やめて欲しかったな。気付いたら勝手に出来上がってるんだもん。
もしも、こんなのをニコルに見られたら、何て言われるか? まあ、サミナだったら飛んで喜びそうだけど。
「では、これを。……こういった事は、良くある事なのですか?」
「今までは、極稀に起こる程度だったのですが、5日ほど前から、この付近で頻発しております」
この付近で? 5日ほど前から……。
「そうですか……。私は、この少年と話がありますので、貴方は、職務に戻っていただいて、かまいません」
「はっ! 畏まりました。それでは、失礼いたします」
はい! お勤めご苦労様でした。
さて、次は情報収集だ。時期的に大林と蓮井の失踪と重なる。場所も自宅付近だ。もしかしたら、何か関係があるかもしれない。
「アネル様、ありがとうございました!」
「あなたに、少し聞きたい事があるのですが、5日程前から火を使う人が増えたという話でしたが、何か心当たりはありますか?」
「少し前までは、大林様と、蓮井様が、数日おきに来てくれて、魔力タンクに充填するお金が無い人に、少しだけ魔力を充填してくれていたんです。二人とも、ずっと出掛けているみたいで、多分みんな、それで困って火を使ったんだと思います」
「そうですか……」
まいったな、良いやつなの? だとしても私のやる事は、何も変わらないんだけど。……でも、気分的には嫌だな。
もっとも、完全に善行と言えない部分もあるんだけれど。魔力タンクへの充填は、国の貴重な財源だから、法で規制されている。無償で充填するのは違法行為だ。
この少年は、その事を知らなかったんだろう。知っていたら、恩人の違法行為を私に話すわけがないし。
貧民街で、少量の魔力を分け与えた程度で国に与える被害何て雀の涙未満だし、それを狙ったわけじゃないだろう。やっぱり、良心でやってたんだろうね。
「シアル、この子の家の魔力タンクに、魔力を充填してあげて、最大までね。私がやっちゃうと、コンロの火が銀色になるかもしれないから」
「はい、畏まりました」
このまま帰ったら、あまりに無責任すぎる。自分から顔を突っ込んだ以上、できる限りの事はしておこう。
「少年、魔力タンクを満タンにしておくから、近所の人と分け合って使いなさい。私から国王に、支払いの難しい低所得者に対して、生きていくのに最低限度の魔力供給は、無償で行うように、伝えておきますから。それが開始されるまで、節約して大切に使うのですよ? それでも足りなくなった時は、防衛本部に行きなさい」
「はい! 本当に、本当に、ありがとうございます!! あ、あの……アネル様は、お願いしたらサインをしてくれるって聞いたんですけど……」
「ええ、私はサインを拒みません。さあ、希望の場所をいってごらんなさい?」
玄関に入ってすぐの壁と、白地のシャツの背中部分に、マジックでサインをした後、握手をして少年の家を出た。
私の深く傷ついた、自尊心が少年のおかげで、少し回復の兆しを見せたので、サインを2か所の大サービスだ。