家探しと虚構の果実
大林の家に辿り着いた私達は、2階の窓のカギを壊し、屋内に侵入した。
1階のドアや、窓を壊してしまうと、誰でも入り放題になってしまうので、気が引けたからだ。壊すのは簡単だけれど、治すのは、そうもいかないから。
この国の人間は、魔法で身体強化なんて、できないから、2階なら無施錠でも空き巣が入る可能性はグッと減る。というか私が空き巣なら、二階の窓が開いてても、1階の窓を壊す。
最初に見て回った二部屋は、二人の動向を示すような物を発見する事は出来なかった。
そして、三部屋目。室内に入り、周囲を見渡した私の視線が、壁側に設置されたシェルフに注がれた時、戦慄が走った。
「人……いや、妖精種!!」
10人ほどの妖精種が、棚の上に佇んでいたのだ。
咄嗟に障壁の準備をしたが……誰一人、微動だにしない?
念の為、障壁を張ったまま、シェルフに近付いた。そして、理解する。
「……これ、フィギュアだよ。よくできてるなー。怖いくらいだ」
並ぶフィギュアは全て、少女がモデルで、大きさは20センチ弱。
服どころか下着までキャストオフできそうに見え……うん、できたね。できたよ。
「大川は、一体何のために、こんな沢山の人形を集めたのでしょうか」
シアルが不思議そうにフィギュアを眺めながら問いかけてくるが、それって言わなきゃわからない!?
もう、仕方ないなー。脱がせたパンツを履かせながら質問に答える。
「絶対じゃないけど、多分アレだね。意外と多いんだよ、妖精少女が大好きな男性ってのが。その辺を妖精少女も理解しているから、同族以外の男性には近付きたがらないんだけどね」
「体の大きさが違いすぎて、色々不便だと思うんですが、何がいいんですか?」
さも、私が答えを知っているような聞き方をしないでほしい。この星の神は全知全能とは程遠いのだから。具体例をあげると、シラタキと糸こんにゃくの違いが分からない。……それでも、知らないとは言いたくないな。さて、なんて答えようか。
「そうだね……色々な不便さを気にしないってのは、欲望を超越した真実の愛ってやつなのかもしれないね。……あっ、ごめん。やっぱり撤回する。キャストオフできた時点でダメだ。煩悩が渦巻いてるし」
「その理屈だと、2次元を愛する者は、真実の愛を知る者という事になりますね」
「ある哲学者が残した言葉に『薄い本が厚くなるな』というのがあってだね……」
その後も探索を続けたが、他に大した物は見つからなかった。フィギュアが大したものかと聞かれれば、答えはノーなのだけれども。
続いてやってきたのは、蓮井の自宅。こちらも、大林の家と、同じ手順で屋内に入った。
最初に侵入した部屋は寝室のようだ。まず目に付いた、机の引き出しを開けようと手を掛ける。
そっと手前に引くと、数ミリ動いた所で抵抗を感じ、それ以上動かなくなった。
「鍵が掛かってるね。なにか大事な物でも入れてあるのかな?」
引き出しの隙間を覗き込むと、デッドボルトが上に見えた。これなら、壊すのは容易い。
隙間にダガー型の魔導兵器を差し込んで、デッドボルトを切断する。
開錠された引き出しを覗き込むと、中には数本のペンと、タイトルが書かれていない1冊の本が収められていた。
本を発見した机の横には本棚が有って、それなりの量の本が並んでいるが、まだまだ空きはある。そこに収める事無く、わざわざ鍵付きの引き出しに入れてあったのだから、何かしら重要な物なのだろう。
本を手に取り1ページ目に目を通した。……手書きの本だ。
ここ100年くらいで、印刷技術も向上してきているので、手書きの本は珍しい。
……手書きの本って、作られた時期的に痛んでいる事が多いんだけど、これは真新しいな……。
『今日も赤い雨が降る――――降り注ぐ命の雫が、私を赤く色付かせる――――もっと、この身体を染め上げて――――受け止めた命を連れて、何時か宇宙へ還るから』
「ポエム帳かっ!! ええい! 宇宙、かっこ、そら、ってなんだ!! 鍵を掛けて隠しているくせに、読み方を書くってどういう事なの!? 読ませたいの!? 読まれたくないの!? はっきりしてよ!!」
「アネル様、落ち着いてください。そんな、どうでも良い事を考えている暇があったら、他を探しますよ」
「いや、日本のことわざに『機密文書を隠すにはポエム帳の中』って、言葉もあるしね。ポエムはブラフの可能性もあるよ。とりあえず、全部読んで、機密が書かれてないか、チェックしておいて」
「そんな言葉、聞いた事ないですよ! それに、なんで私が読まないといけないんですか!!」
言い争った結果、3ページ交代で読み進める事で、決着がついたわけなのだが。
「シアル、このさ、甘酸っぱい気持ちを『虚構の果実』って表現しているところが、中々趣があって良いと思うんだよ。もしかしたらアリなんじゃないかと」
「いけませんアネル様!! 気をしっかり持ってください! 精神汚染が進んでいますよ!!」
「ハッ!! 私とした事が!!」
慌てて壁に頭を打ち付け、正気を保ったが、全く、慣れとは怖いものだ。
ポエム帳をそっと懐にしまい、残りの部屋もくまなく探索したが、手掛かりになるような物を発見する事は叶わなかった。
しいて言うなら、二人とも奇妙な程、質素な生活をしていたという、共通点を見つけたくらいか。魔法機器開発担当のくせに、骨董品みたいな魔法家電がならんでいた。節約って言っても限度ってものがある。
「シアルぅ? 私達、何しに来たんだろうね? こんな居たたまれない気持ちで帰る事になるなんて、思いもしなかったよ」
「全くですね、アネル様。自分達の方が、悪人のような気にさせられましたよ。あれが狙ってやった、トラップだとしたら敵も中々のものですね」
「あんな我が身を一切顧みない、自爆トラップをしかける相手だったら、絶対敵に回したくないね。畏怖を覚えるよ。虚構のナイフが首筋を撫でているよ……」
うつむき加減で、トボトボ帰路を歩んでいると、ん? 何か煙臭い。料理の匂いとか、そういう感じじゃない。焚火とかしてるような匂いだ。
王都内の一般家庭では、熱源として許されてるのは、魔法機器だけで、火は使っちゃダメなはずなんだけど。
匂いの出どころを探していたら、多分あそこだ、みすぼらしい民家の前で、というか、この辺の家は全部みすぼらしいんだけど、貧民街ってやつかな。衛兵が10歳くらいの男の子を怒鳴りつけてる。
小さな女の子には優しくがモットーで、小さな男の子は、その範疇に入っていないのだが……まあ、いいや、純朴そうな少年だ。ちょっと話を聞いてみるか。
「そこの貴方! 何が有ったのか、わかりませんが、小さな子をそんな剣幕で怒鳴りつけるのは感心しませんよ」