探し人と角ウサギ
「わかりましたぁ! キミコは、いつでも行けますよぉ!」
周りの兵士も笑っているし、緊張が解けたようだ。キミコの穴掘りも、案外無駄でもなかったのかもしれない。そこまで狙っていたら大したものだが、純粋に掘りたかっただけだろう。
話している間に大分近づいてきたようだ。間もなく遠距離攻撃の射程に入る。
射撃をするのは、僕だけじゃない、この場に集まった兵士50人の内、20人が遠距離攻撃用の、魔導兵器『MJ3』を装備している。見た目はマスケットにドラム型弾倉を取り付けたような形状だ。弾倉1個で10発、発射できるらしい。なお、魔法銃3式でMJ3だ。
事前にガーディアンか、亜人種が弾倉に魔力を充填しておいて、魔法が使えない人間種にも使用できるように作られた兵器という事だ。
どうもアームラ教で規制されているらしく、数は大量に用意できないし、威力も一定以上の物は作れないらしいけど。それでも、21人で撃てば、一人が一頭を倒すだけで接近戦をせずに勝利できる。
MJ3は、300メートル程度なら十分な殺傷能力を発揮するらしい。僕もそれに合わせて推定300メートルから射撃を開始する。
第一射……当たった気配なし。照準器のない遠距離魔法で、この距離で命中させるというのは、かなり厳しいものがあるから、まあ仕方ない。続けて第二射だ。
いつ接敵するかわからない旅の途中に、発射可能数を調べるという自殺行為はできなかったので、何発撃てるかは、わからないが、少なくとも10や20発程度では魔力切れにならないのだけは、経験で理解している。
接近戦の間合いに、詰められるまで打ち続けても、弾切れはしない。それまでにノルマの1匹に当てるだけ。簡単なお仕事さ。
……と思ったらそうでもない!? 早いよあれ! 100メートルを7秒くらいで走ってる気がする。第二射を外した時点で、もう推定150メートルラインに迫ってるじゃん。前にエンカウントした時は、狭い道だったから、全力をだしていないだけだったのか。
よし、慌てるな、慌てて良い事なんて一つも無い。後2発だ、そこから接近戦が始まる。近付かれたからこそ、今まで以上に時間をかけて、しっかり狙い、今度こそ当てる。
第三射、無音で発射された光の魔弾が、先頭を走るアルミラージに迫る。
光が小さくなり、目視が難しくなってきた時、アルミラージがのけ反り、そのまま地面に転がった! よし、一匹仕留めた!
あれは恐らく、リーダー格、このまま他のアルミラージが逃走してくれれば……どうも、そう旨い話は無いらしい。変わらずこちらへ向かってくる。というか寧ろ速度を上げたようにすら見える。怒った?
リーダーが倒れた後、少しの間を置いて、6頭のアルミラージが次々と地面に転がった。これで残りは13頭だ。喜んでいる場合じゃない。一方的に攻撃できるのは次が最後だ。
もう敵は目の前だ、この距離なら外さない! 第四射、その直後、MJ3を投げ捨てて、抜剣した兵士が一斉にアルミラージに向かって走る。
一瞬遅れて飛び出したキミコが、瞬く間に兵士を追い抜き、黄色の可愛いスコップを、アルミラージの首をすくい上げるように、下から一気に振りぬいた。
胴体と別れた首を一瞥もせず、振り上げたスコップを勢いそのままに、近くにいたアルミラージの頭めがけて上段から振り下ろす。
キミコが一瞬で二頭を仕留めてしまった。
今に始まった事じゃないけれど、僕よりもキミコの方が活躍している率が高い気がする。僕も、もう少し頑張らないとな、さすがに送迎役より弱いガーディアンとか悲しくなってくる。
第四射の時点で、残りは8頭まで減っていた。そして今キミコが倒したのが2頭、残り6頭だ。
他の戦況は、――――あれ……全然ダメだ……。兵士の剣は、浅くアルミラージの体を切り裂くだけで、当たっても致命傷には程遠い。
一緒に戦った事があるのがキミコだけだったので勘違いしていた! そうか、キミコが異常に強かっただけで、目の前にいる兵士が普通なんだ! 既にアルミラージの角に肩を貫かれた兵士もいる。
早く援護しないと死人がでる! すぐ近くで、一人の兵士がアルミラージに押し倒され、その牙が首に突き立てられようとしているのを見てしまった。手で敵の角を掴み必死に抵抗しているが、もう時間の問題だ。彼は、僕達を案内していた兵士だ。
「ああ、もう!! 何やってんだよ僕は!」
走り出してしまった。やめればいいのに、全力で走ってしまった。角の付け根を目掛けて、右肩で全力のタックルだ! そのまま、後ろにのけ反ったアルミラージと、もみ合いになる。
大蜘蛛の時と同じ状況だ。でもあの時は、キミコを助けるためだった。今回は、昨日今日あったばかりの、兵士じゃないか。バカか僕は、なに命懸けで突っ込んでるんだ!
そのまま、転がる、転がる、どちらが上をとるか、僕もアルミラージも必死だ。
上をとったと思った瞬間、角で横っ面を強打され、上をとり返されてしまう。
転がるたびに、背中に石が突き刺さる。敵に胸を圧迫されて呼吸が止まる。
「クソッ!!!!」
……やられた、肉弾戦では敵に軍配が上がった。ついに上を取られてしまった。
そうだ、魔法! 何とか魔法陣を描いて。
しかし、青く色付く前の魔法陣が、アルミラージの体に触れて粉々に砕け散ってしまう。
……無理か、描くための空間が無い! 左に、何もない空間はあるけど、ここに描いたって、魔法陣の中心点から、直線に発射される魔弾を、圧し掛かる敵に、当てられるわけがない。
描いた後に、体を右に90度、回転させる? いや、ダメだ! 回りきる前に喰いつかれる。
……そうだ、方法はある。でも、あれしか無いのか? ちくしょう。やりたくないな。絶対痛いよな。痛いで済めば良いんだけど……。
大丈夫、多分、死なない!! 左に残された僅かな虚空に描くのは、名前も知らない爆発の魔法陣。描画は一瞬、右手で敵の角をガッチリつかんだ。空いた左手を魔法陣に向けて……。月白の魔法陣が青く輝く。「ええい! どうにでもなれ!」
左手の人差し指で弾かれた魔法陣が一瞬で爆弾に変わる。真っ白に染まる視界、音を失う両耳。今は痛みすら感じない、感じるのは浮遊感だけ。
浮遊感が終わると、背中に感じるのは空の火に温められた地面の温度、どうやら生きているようです。
「ああ、もう! 痛い痛い痛い痛い」
つい最近も、こんな事あったよな。あちこち嫌な痛みを感じて、どういう状態か見るのも触るのも怖い。
まだ他の皆が戦ってるのに、そんな事、言ってられないか。よし覚悟を決めて状況確認だ。
見る事はできたけど、触る事は出来なかった。前回と逆のパターンだ、触る箇所が無くなっているのではなく、触るための手が両方無い。手首から上が吹き飛んでしまっている。
でも大丈夫だ。手首に、どこからか光の粒子が集まってくるのが見える。これは再生の兆しだ、手は心配いらない。考えるべきは、残りの敵の排除だ!
まずは、肘を支点に立ち上がる。さっき揉み合った相手は、爆死してしまったようだ。戦況は、残りのアルミラージが3頭、キミコは、致命傷になりかねない傷を負った兵士を、魔法で治療している。
3頭のアルミラージには、それぞれ兵士が数人付いて応戦しているようだ。一番押されているのは、左前方のグループ、あの敵を魔弾で仕留める。
眼前の虚空に魔法陣を描画。浮かび上がった月白の魔法陣に右腕を添えて……あれ? なんで……、色が変わらない? 『バシッ!』「いてっ!」
何か後ろから頭を叩かれた。
「アンタ、何やってんの? 両手を無くしたら魔力充填なんて、できるわけないでしょ。もしかして、新人?」
振り向くと、長い黒髪を後ろで一つに結んだ、鎧姿の女性が立っていた。
鎧は動きやすさを重視しているのか急所だけを守るような作りで、隙間だらけだ。それじゃ危なくない? とか思ったけど、普通の服で戦場に立っている僕にだけは言われたくないだろう。
「アルミラージ如きに、そこまでやられるなんて、情けない。少し待ってなさい」
言うが早いか、彼女は一気に加速した。ていうか、あれ早すぎないか? キミコと同等か、少し上か? 彼女は、僕に、新人なのかと聞いてきた。ようするに彼女は先輩のガーディアンなんだろう。ガーディアンだって事は、地球人だって事だ。
キミコは、人狐って事で、身体能力が人間より高い種族なんだろうと、勝手に納得して、そこまで不思議に思わなかったけど、彼女は僕と同じ人間。だけど、あれは人間の限界なんて、何段階も突破した動きだ。
彼女の動きは見事なものだった、思わず見惚れてしまう程だ。
アルミラージに一瞬で接近したかと思うと、腰から抜いた短刀で、見る者に、頭蓋骨など存在しないと勘違いさせるほど、あっさりと、まるでスイカにでも、剣を突き立てるように、アルミラージの額を貫いてしまった。
引き抜いた刀身が、薄っすらと赤く輝いている。刀身の赤い光が尾を引き、流れるように、次のアルミラージへと襲い掛かる。抵抗する事も出来ず、またアルミラージが額を貫かれる。
仲間が倒されたのを見た、最後の一匹が、怒りに身を任せ、兵士を置き去りにして、彼女に突進する。
あっという間にトップスピードに達し、必殺の凶器と化した、頭部の槍が彼女に迫る! あろうことか、彼女は、それを素手で掴んだ。その突進を片手で止め、そのまま手首の捻りだけで、角をへし折ってしまった。
額から血を流し地面を転がる敵に、剣先を向け、その瞬間、剣に宿っていた赤い光が剣先から抜け出し、魔力弾となってアルミラージ体を穿つ。
あっという間に敵を殲滅した彼女が短刀を鞘に戻しながらこちらへ向かってくる。
ふと、我に返り、手元をみたら、手があった。大丈夫だとは思っていたけれど、これで一安心だ。全身の痛みもすっかり無くなっている。便利な体になったもんだ。
僕の近くにいた兵士が、彼女に話しかけるのを聞いた。
「ありがとうございます。蓮井様、なんとお礼を言ってよいか」
蓮井様か……。彼女は、歩みを止める事無く、話しかけた兵士に、右手を上げて応え、僕の正面に立った。そして礼を言う間も与えてもらえず説教が、はじまってしまった。
「アンタねぇ、何が有っても、手だけは守りなさいよ! 腹に風穴空けられたって戦えるけど、手がなくなったら終わりでしょ?」
「あっ、はい」
バカみたいな返事になってしまったけど、それ以外、何と答えろと言うのか?
「それ以前に、遠距離で戦うのが間違ってんのよ。あんなの、ただの魔力の無駄遣いだよ? 使った魔力の70%しか攻撃力に反映されてないんだよ。残り30%は、消えて無くなるんだから。もし魔力不足で肉体の再生に失敗したらどうするき?」
そっか、体の再生って魔力を消費して行ってるんだ。魔力切れを起こしたら再生できないのか。今後気を付けよう。自分の底がどの程度か分からないから、気を付けるって言っても加減が分からないのが難点だけど。
それは、良いとしても、遠距離なしで、どうやって戦えというのか? 近接戦なんてしたら、怪我と再生を繰り返して、早死にする気がしないでもない。いや、絶対する。
「えっ、そんなこと言われても、遠距離以外の攻撃方法が……」
「ああ! 本当に、新人も新人、来たばっかりってやつか。なら、さっさとルモイ王国に行って、魔法剣を貰ってきなさい。こっちが私たちのメインウエポンで、遠距離魔法なんて、滅多使うもんじゃないんだから」
納得したような、心底あきれたような顔で、仰られた。
「はい、了解です。遅れましたけど、助けてくれてありがとうございました」
「礼なんて、いいよ。あんなのついでだから。この先、生き残りたいなら、暫く戦闘は控えな。……少し経てば因子が馴染んで動けるようになる。……そうだ、礼は要らないけど、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
因子が馴染む? 動けるようになる? 詳しく聞きたいけど、質問に答えるのが先か。
「ええ、僕にわかる事なら」
「アンタ、銀髪の姉妹とか見なかった? 一人が背中くらいの長さのストレートヘアで、もう一人がツインテール、歳はツインテールが6歳、もう一人が14歳なんだけど」
間違いない、ニコル嬢と、サミナちゃんの話だ、身元のわからない不審人物に、話すのは、まずいだろうけど、ガーディアン相手なら話しても問題ないか。
「それなら、昨日街に来ていましたよ。神都アネルに行くと言っていたので、もう、街を出た後かもしれませんが」
「そうか……遅かったか。その二人は、アネル様の妹御で、アネル様直々に、保護するよう命令を受けてるんだ。もし、どこかで会ったら、モセウシで待つように伝えておいて」
「ええ、もし、また会ったら伝えておきます」
あの二人が神の姉妹? 僕には、珍しい髪色以外は、まったく普通の人間に見えた。
神の妹は、神だよな? 神が迷子で困るか? 人に道を尋ねるか? この世界の神ってのは、いったいどんな存在なんだろう……。
「じゃあ、私は急ぐから。しばらくは、絶対無理するんじゃないよ!」
あ、行ってしまった。聞きたい事は、あったけど、引き留められる雰囲気じゃなかったな。蓮井さんね……またどこかで会う事もあるか。
「笹塚様! 先程は、危ないところを救っていただき、ありがとうございました!あの時、助けて頂けなければ、恐らく私は、死んでおりました」
さっき、アルミラージに圧し掛かられていた兵士だ。正直な所、礼を言われても複雑な心境だ。
「いや、礼なんて必要ないですよ。僕が、皆の期待通りの強さだったら、危ない目に合う事すらなかったんだから。むしろ、申し訳ない」
農作物の、それも極一部の被害を抑えるためだけに、命懸けの駆除作業を行うのは、どうかしている。恐らく、熟練のガーディアンが居れば、難なくこなせる作業だったのだろう。
「どうか、その様な事を仰らないでください! みな笹塚様に感謝しております。誤解されているようですが、我々は、笹塚様がいらっしゃらなくても、今回の作戦を実行しています。どうか、胸を張ってください」
納得したわけじゃない。でも、顔だけでも笑っておこう。彼らの優しさを無下にしちゃいけない。
「彰悟くぅーん!」
治療を終えたキミコが、血濡れの黄色の可愛いスコップを振り回しながら走って来くる。可愛いスコップが台無しである。まあ、僕には、血濡れになる前から、その可愛さがイマイチ理解できないのだけれど。
「ここ見てくださいよぉ! ほら、ここっ! 買ったばっかりなのに、少し黄色が剥げちゃいましたぁ。もお、がっかりですよぉ」
うん、刃の付近の塗装が少し割れて、地金が見えてるな。でもなあ、それ魔獣を切り裂くために作られた道具じゃないから、仕方ない気もするんだけど。
むしろ折れなかっただけでも上等だと思う。これでクレームとか入れたら逆に怒られそうだな。……なら僕が、どうにかすればいいだけか。
「そっか、それは残念だったな。よしっ! 街に戻ったら塗料を買って一緒に塗るか!」
キミコの沈んだ顔が、一瞬で笑顔に変わった。
「はい! じゃあ、今度は、ピンク色にしますぅ! きっと、もっと可愛くなると思うんですよぉ!」
……銀色のスコップを持って襲い掛かってくる相手と、ピンクのスコップを持って襲い掛かってくる相手。圧倒的に後者の方が、威圧感があるな。
僕なら泣いてしまいそうだ。運よく逃げおおせても、一生物のトラウマになりそうな絵面だ。うん、悪くないな。
「そいつは、最高のアイデアだ! よし、帰ったらさっそくやるか! ……ありがとうな、キミコ。今回も助かったよ」
「いいんですよぉ! お友達じゃないですかぁ!!」
その後、感謝の言葉を述べる兵士達と、軽く会話した後、アルミラージの後処理をまかせ、街へと戻った。
治したとはいえ、怪我人も出てしまったし、やっぱり感謝の言葉を貰うのは、心苦しかった。魔法因子の定着か……。もっと強くならないと、蓮井さんの言う通り、この世界じゃ生き残れなさそうだ。
僕達は、帰り道で、とびきりビビッドなピンクの塗料とヤスリを買い、宿へと戻ったのだった。