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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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オレンジジュースと落とし穴

 モセウシ滞在2日目、ふと目覚めると、外はまだ暗い。雨が窓を叩く音が響いている。どうにも、少し早く起きすぎたみたいだ。


 早朝からやる事なんて何もない、もう少し眠ろう。――――目を瞑ると雨の音色が心地よく、すぐに意識が薄れた。


 そして、次に目覚めた時には、雨の音も止み、窓から強い光が差し込んでいる。


 モセウシ上空の雲はすっかり流れていったようだ。東の空には、まだ分厚い雲が広がっているけれど、風向き的に、今日は雨に降られる心配はなさそうだ。


 すっかり寝坊してしまった僕を、起こしに来たキミコと一緒に1階の食堂まで下りてきた。


 食堂の窓から外を見ると、街の中心に建てられている時計塔を確認できる。時間は、午前10時、朝を食べるには遅く、昼を食べるには早すぎる、そんな時間だった。


 食堂に僕たち以外の客の姿が見えないのは、そのせいかと言うと、そうでは無いらしい。この街に立ち寄った人は、ガーディアンの不在と、オーガ接近の話を聞くなり、宿泊を取り止めて、その日のうちに立ち去ってしまうのだそうだ。


 宿のオーナーにとっては、災難な話だけれど『行列に並んで美味しいものを食べるくらいなら、ファーストフードを迷わず選ぶ。例えそれが同じ値段であってもだ』と、普段から豪語する僕にとっては、少し有難かったりもする。


 注文から、僅かな待ち時間で、食事が並べられた。野菜やハムを挟んだサンドイッチと、オレンジジュース。


 さすがのキミコも、朝から分厚い肉を食べる気にはならないようで、二人とも同じメニューだ。


 食事に関しては、誰よりも、ものぐさな自身がある僕にとっては最高のメニューだ。小骨満載のニシンとか、やたらと肉を分離しにくい手羽先とか、食べる時間より装甲のパージに時間が掛かるカニとかは、どうにも性に合わない。


 向かいの席では、キミコがオレンジジュースを1口飲むたびに、金色の尻尾を大きく膨らませ、肩をすくめて、プルプル震えている。


 この娘は一体何をやっているのか? 僕も試しに飲んでみたが……うん、気持ちはわかった。凄い酸味だ。地球のオレンジは品種改良されて食べやすくなっているんだろう。手を加えていないオレンジは、こんなものなのかもしれない。


「キミコ、無理に飲まなくても良いんだぞ? それは、僕が処理してやるから、他の物を頼んだらどうだ?」


「彰悟くん、大丈夫ですよぉ! 楽しんでるので、気にしないでください! このキュー! って感じを通り過ぎてぇ、その後に、ホッとするところが良いんですぅ」


 どうやら、自らに鞭打って、その苦痛からの開放を楽しんで、おられたらしい。


 さすがヒロポンの親戚といったところか。まったく、血は争えないものだ。ちょっと、この娘の将来が心配になってきた。


「それは余計な事を言ってしまったな。でも程々にな? そういう歪んだ幸福感は、時に身を滅ぼす劇薬になるからな?」


「ふぇ?」


 その後も、プルプルし続けるキミコを観察していると、兵士が1人食堂に入って来た。見覚えがある。ああ、僕たちの案内をしてくれた兵士だ。


「お食事中、失礼いたします!」


「いや、こんな時間に食べてる僕らが悪いから、気にしないで。それで、何かあったんですか?」


 見た感じ、そこまで切羽詰まった雰囲気ではないし、聞きたくないような、話を持って来たってわけじゃないだろう。


「街の東門の警備兵が、マジックスコープで、街に接近するアルミラージの群れ、その数20頭を発見しました。こちらの駆除に、ご協力していただきたく思い、お願いに参りました」


 割と聞きたくない話だった……。まあ、お金も貰ってるし、嫌とは言えない。


 さて、アルミラージか。アルミラージって多分、ここまでの道のりで遭遇したやつだと思う。キミコは、角ウサギと呼んでいたけど、角の生えたウサギって言ったらアルミラージと相場が決まっている。


 見た目は、大型犬より少し大きいくらいで、頭部に角が生えた、ウサギ。というか、小型カンガルーみたいな感じだった。お世辞にも可愛い見た目じゃない。あんな筋骨隆々のウサギが、いてなるものか。


 僕たちがエンカウントしたのは、2匹だったけど、一匹ずつの戦力は高い感じではなかったし、囲まれなければ問題ない。街の兵士も一緒に戦うのだろうから、そうそう包囲されたりはしないだろう。




 まだ、猶予はありそうだし、少し聞いておきたい事がある。


「マジックスコープって聞いた事ないんですけど、なにか教えてもらえますか?」


「はい、マジックスコープは、遠くの景色を拡大して、目視では確認できない距離の索敵等を行う、種族共通ステージ2の魔法です。私たちは魔法が使えないので、それを再現した魔法機器を使用しています」


 あれか、僕の使える奴だ、遠視と呼んでいたけど、マジックスコープという正式名称があったらしい。やっぱり、他の魔法にも正式名称があるんだろうな。


 知らなくても使う分には問題ないから優先順位は低いけど、そのうち調べてみるのも悪くないかもしれない。


「ありがとう、次は、アルミラージって名前なんだけど、誰が付けたとかわかりますか?」


「魔獣の名前ですか? たしか、ガーディアンが、地球に生息している生物の中で、見た目や性質が近いものの名前を付けた、という話だったと思います」


 それどこの地球ですか? 僕の知る地球には、アルミラージもオーガも居ないんだが。きっと『地球に生息している魔獣』は、間違いで『地球で語られている空想上の生物』が正解だろうな。


 この様子だと、名前を聞いて想像したものに、近い魔獣が出てくると思っても問題なさそうだ。オーガに関しては、既に情報を集めたけれど。


 人型で身長2.5メートル程度、見た目が人型でも、知能は低く、意思の疎通を図れるような相手じゃないという事だった。


「じゃあ、そろそろ行こうか!」


 最後のサンドイッチを口に詰め込んで、目指すは東門。嫌な事は、さっさと終わらせてしまおう。




 東門に着いた僕たちは、街を囲む壁の上に案内された。マジックスコープを広大な平野に向けて使用し、アルミラージを確認してみると、最大望遠でギリギリ姿を確認できる距離だった。


 これ良く見つけたな。今の位置より遠かったらマジックスコープでも豆粒だと思うんだけど?


 そんな疑問をぶつけたら、返って来た答えは、二つ展開して重ねれば、さらに遠くを確認できる、とのことだった。魔法って2重で起動できたんだ。今まで試そうともしなかったよ。まだまだ、知らない事が多すぎる。


 アルミラージのお目当ては、街の外に広がる畑の作物らしい。以前は門の内側に畑が有ったらしいのだけれど、人口の増加に伴い、土地が不足して、畑を門の外へ移動したのだそうだ。


 敵は、畑の外周から食害するだろうから、安全な壁の上からの攻撃で撃退するというわけには、いかなさそうだ。


 『ザッ!』たとえ少しの量でも、魔獣に食べさせるのは、業腹だという事で、畑の外周に待機し、手前の荒野で戦闘を行う事になった。『ザッ!』


 『カン! カン!』アルミラージは、そこまで組織立った行動をする種族じゃないみたいだ。「んしょ」先頭を行く少し大きめの個体に続いて、他の個体は、隊列を組むでもなく、バラバラに後を追っている。『ドスッ!』「ふぅ」


 これは、こちらにとっては良い材料だ。『ザッ!』一か所に固まって乱戦になると、攻撃手段が遠距離攻撃しかない僕には、都合が悪い。『ザッ! ザッ!』分散してくれた方が射線が通りやす……。


「キミコ、何をしている? さっきから凄い気になるんだが」


「ふぇ? 大きな石が埋まってたから取り除いたんですよぉ」


「うん、それは知ってる。人の頭ほどありそうな石を放り投げてたよな? 何のために穴を掘ってるのかなってね?」


 皆が緊張の面持ちで居るなか、黄色の可愛いスコップで穴を掘っている娘がいるのだ。


 聞くまでもなく、落とし穴だろう。でも、この場所で戦うわけじゃないし、ここに掘っても仕方無い気がするんだが。とは言っても、キミコなりに考えてくれたんだろう。その前向きな姿勢は、褒めておいても良いかもしれない。


「これですかぁ? えへへ、せっかく新しいスコップを買ったのでぇ。試しに掘ってみたんですぅ。後でお花植えましょうねぇ!!」


 落とし穴ですら、なかったわけで。


 きっと物語なら、この穴が伏線になって、絶体絶命のピンチを乗り越えたりするんだろうが、現実はそんなに甘くないのだ。


「お、おう! そうか、それは素晴らしい考えだ! 後で20個くらい穴を掘らせてやるから、先に、あっちの角ウサギを片付けような?」


 なんだか、僕も昨日のニコル嬢と大差ない気がしてきた……。


「わかりましたぁ! キミコは、いつでも行けますよぉ!」


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