ユニコーンとユニコーン
門を出た時間は、AM5:20、神都アネルからルモイ王国まで、片道1000Kmの旅が始まった。
時々運転を交代しつつ、ノンストップで王都を目指している。しかし、平和な道のりだ、飽きる。
舗装されていない、土の道路なので、ちょっと跳ねたり、揺れたりするが、そんな事では刺激がたりぬ。
刺激には、慣れる。だからこそ、人は、更に過激な刺激を求めてしまうのだ。
その負の螺旋は、時に人を、死の断崖へと追い立てる。
最初に刺激を求めた瞬間、不可視の、死神の鎌が、首筋にそっと押し当てられるのだ。
しかし、刺激を否定し、弛緩し、堕落しきった、そんな人間は、果たして生きていると言えるのか? 人であると言えるのか? 否だ、断じて否!
私は家畜の運命を否定する。人であり続ける為に。
とは言っても、危ない事をすると叩かれるのは、火を見るより明らかだ。怒られなさそうな事で、楽しそうな事か。さて何をやってみようか……。
時速60Kmに調整して『時速60Kmで走る車の窓から手をだすと、おっぱいの感触と同じ』という都市伝説を試してみる。とりあえず風の感触は確認したが、自分のおっぱいでは、どうにもボリューム感が足りぬ。都市伝説の真偽が分からない。
そうだ、横にあるではないか。おもむろにシアルのおっぱいを鷲掴みにした。キッ! と睨まれた。慌てた私は「欲しいのか? 欲しいって言ってみろ?」と、無意識で口走っていた。今度は無言で叩かれた。酷いじゃないか。
運転を交代して、助手席にいる。しばらくは、即興で作った歌「I LOVE Sister-お花畑でつかまえて―」を歌っていたが、それにも、そろそろ飽きてきた。どこかに刺激は落ちていないだろうか? どうにも、こうにも刺激が足りぬ。
シアルに二人組の柑橘系歌手の歌でも、一緒にハモらないかと提案してみた。
多分やりたくないのだろうが、私の暴走を恐れたのだろう、渋々了解してくれた。
残念ながら、ハモリを甘く見ていたようだ、適当に歌えば、いいわけでは無かったらしい。酷い不協和音が響き渡り、この試みは3分で終了した。
良く考えれば、私にできない事など、あるはずがない。多分相性だ、チョイスが悪かったのだ。もう少し年配の二人組で、鹿とか狩ってそう系歌手の歌ならどうだろう? 打診してみたが、残念な事に、今回は認可が下りなかった。
「ねえ、シアル?」「あんっ!! くだらない事だったら承知しませんよ」
きっと長距離ドライブのストレスだね。シアルの機嫌が、すこぶる悪い。『あんっ!!』て言われた。蛮族こわい。
「あのさ、ユニコーンで思ったんだけどさ」
「ちょっと! それ、くだらない話なんじゃないですか?」
まだ、何も言ってないじゃないか!
「くだらなくないよ。私的には非常に興味深いテーマだよ」
「どうせまた歌の話ですよね? じゃ、続けて」
肩をすくめながら嫌そうに話すシアルだが、とりあえず許可は得た。
「ういうい。それでさ、ロリコンっているじゃん?」
「あの、もう聞きたくないんですが……。だいたい、ユニコーンからロリコンになるところから、わからないんですが」
「語感と連想。とりあえず黙って聞いて! 大事な話だから!」
私はロリコンに対して一家言あるのだ。この機会に討論しておきたい。暇だし。
「残念ながら、それどころじゃないみたいですよ?」
右手でハンドルを握ったシアルが、ルームミラーを見ながら、左手の親指で後ろを指さし、手首を軽く振っている。何それ、かっこいい!
「アネル様、見てほしいのは手じゃなくて、後ろです。窓を見てください」
この娘は、私を何だと思っているのか? そのくらい言われなくたってわかるのだ。
「ん、来てるね。ついて来てるね。なにあれ?」「さあ?」
後方で土煙があがってる、今の距離じゃ土煙以外は確認できなけれど。
「ちょっと真面目にやるか。確認するから、シアルは取り合えず運転に集中してて」
まずは、ルーフを開いて、上半身を出す。
マジックスコープの魔法陣を描画、まず1個、「ステイ! ……あっ!」
「どうしました? いま、あっ! って聞こえましたけど?」
正に、読んで字のごとく、『あっ!』という間に、魔法陣が遠ざかって見えなくなった。
「ごめん、大丈夫、ちょっとミスっただけ。動いてるの忘れて魔法陣、置き去りにしちゃった、固定を使わなければ大丈夫」
ステイはその場に魔法陣を固定するので、移動している車で使ってはいけません。
真面目にやるって言った傍から失敗した。ちょい、これは恥ずかしいな。
なんとなく、固定した方が見やすいかなと思ってやってしまったけど、動いてても大差ないか。今度は、追尾で一枚、描画して……。
ん、映った、真っ白だ。焦点があってない。すこし絞って……。
白い馬、だけど角がある。あっちは、本物じゃん。
でも、この1200年間、あんなの1度も見た事ないぞ。いったん車内に戻ろう。
「シアル! 本物のユニコーンだった! 多分新種。昨日の奴といい、とても偶然とは思えないんだけど? なんか、きな臭いね」
「逃げ切りますか? 今が50キロ、あまり道が良くないので、かなり揺れると思いますが、80キロくらいなら問題なく走れるかと」
さて、どうするか? 私は生物学者でも何でもないし、捕まえたって、どうせ何もわからない。逃げるのが正解か。
「やろうか?」「お望みなら」「スピード徐々に落として引き付けて」
「どの程度まで?」「丁度良くなったら合図する」「了解です」
以前、地球のネットで、ユニコーンは村人を積極的に襲うと聞いた事がある。
地球にはユニコーン何て居ないはずだが、さも実在するように書かれていた。
あの情報は、一体何だったのか? 今は、確認のしようもないが、被害が出ても面白くない。アレには、ここで、ご退場願おう。
ルーフから再度上半身をだし、もう一度、マジックスコープだ。
距離は……少し詰められた。数は一頭。
カートリッジは今回は、使わない、自前の魔力で行く。
昨日の惨状をみたら、テストしてからじゃないと、危なくて使えない。
魔力装填開始、フルチャージまで1分。
――――大分、詰まったな。まだ、距離はあるけど、肉眼でもギリギリ馬の形が確認できるところまできた。
試しに一発撃ってみるか。敵さんは、追い付きたいから、一直線に駆けてくるし、案外簡単に当たるかもしれない。
手順は昨日と一緒だ、マジックスコープで拡大。狙うのは、どこだ?
ヘッドショットが確実な気はするけど、的が小さいうえに、レーザーサイトの光が目に当たってしまったら、まあ、避けるよね。
今みたいに真っすぐ走り続けてくれなくなる。――よしつ! 心臓を狙おう。
待てよ。馬の心臓ってどこ? 私は動物のお医者さんじゃないから、そんなの知るわけがない。
うん、深く考えるのは、やめよう、私の考え休むに似たりだ! 胴体と首のつながる部分、ここが広くて狙いやすい。
ユニコーンの体に赤い光が灯った。「今っ!」
銃口から銀色の光弾が発射された。真っすぐ吸い込まれるようにユニコーンに向かって飛んで行く。
カートリッジを入れなければ、こんなものだ、今回の設定だと、直径2センチ程度の小さな光弾を発射。あのバカみたいな光の柱が発射される事はない。
相手に躱す気配がない、このまま行けば間違いなく命中する。
でも、おかしくないこれ? 魔力弾だから嫌でも発光する。いくら昼間だからって、この光が見えないわけがない。
もちろんスピードが速いから、見てから躱すの難しいんだけど。でも、躱す素振りぐらいは、普通なら見せると思うだけど、眼が見えてない?
そして、着弾。
嗚呼、二つ勘違いしていた。
一つ目は、躱す必要などなかったのだ。
はじかれた。……獣のくせにシールド張るなんて、酷いじゃないか。聞いてないんですけど? 知ってたら見逃してあげてもよかったのに。
二つ目は、追われていなかった。
ユニコーンは、私を追っていると思っていたが、違ったみたいだ、偶然同じ方向に、用事が有ったみたいね。
完全に捕捉された、角が光ってるし、さっきまでの比じゃない速度で、こっちに走ってくる。
角が光るまで気付かなかったけど、なんかベッタリ血が付いてる。完全に事後じゃん!
水平に、光の柱でも、ぶっ放そうかな。でも、地平線の先に何が居るかわからないしなあ。……いや、道のわきで昼寝している二人組を見たし、確実に人は居る。――見ないで殺れば、心が痛まない。ってわけにもいかないね。
斜め下に撃つのは? 大穴あいちゃう上に、衝撃に巻き込まれそう。
私たちは1回くらい死んでも、どうという事もないけど、車を失うのはマズイ。
目的地に辿り着くのが、困難になるのは当然として、その後も困る。
この星に車は、2台しかないのだ。また1台作るのにどれだけの費用と時間がかかるか、わかったものじゃない。
もちろん、考えている間も、ボヤボヤしていた、わけじゃない。
現在進行形で射撃を継続している。頭、はじかれた。首も弾かれる。
もう、どこに撃っても駄目なんじゃないかな?
チャージした魔力の残量は残り30%、1発で5%消費、残りは6発。
ここまでで、この弾を当てても意味がないのは、わかった。
なら弾を変えればいい、出力調整で、1発の消費エネルギーを30%まで上げる。
気付けば間合いも200メートル無くなった。
これを外した時、もう一度チャージする時間は、与えられるだろうか?
車を守るハンデ戦とはいえ、これは中々、良い感じに追い詰められた「はは! ほんと、楽しいわね」
出力を上げたが、どの程度ダメージを与えられるかは不明。だから右前足を狙う! そこを破壊すれば、倒せないまでも、追跡を阻止する事はできる。
「さて、そろそろ終わらせて、シアルに、ロリコンについて語ってやるか」
なぜか、さっきから、シアルが人の足を、無遠慮にゲシゲシ叩いている。すぐ終わらせて、話を聞かせてやるから少し待ってなさい!
右前足に狙いを定める。……赤い光が灯った。
――――さようなら、これで、終わ「グヘッ!!」私の右手側のルーフの縁が、脇腹に突き刺さった。『ヒュンッ』「げッ!」引き金引いちゃった。嗚呼、斜め上に飛んでった!!!
シアルのやつ、思いっきり左に急旋回しやがった!! いったん戻るっ!
「ちょ! ちょ! ちょお! シアル何やってんの? 痛いんですけど、脇腹痛いんですけど!! 斜め上、飛んでったんですけど!!」
「ごめん、って、言うか、さっきから足叩いて、何回も叫んでたのに聞いてくれないんだもん!」
「何をどうしたら、今の場面で急旋回しちゃうの? ねえ? お姉ちゃんでも、そこまで空気を読めない冗談とかやらないよ? バカなの? もしかし『ゴツッ!』痛たっ!」
今度は、半分だけ外に出ていた、頭にルーフの側面がめり込んだ。
「また、やりやがったなぁー!!」
「お姉ちゃん! 落ち着いて、前見て! 前!」
あら、拳大から、漬物石大の岩、それより大きいのまで、ゴロゴロと転がってるんですけど?
なにこの悪質ないたずら? そのまま視線を動かして右を見たら、クレーターとかあるし。これは、真っすぐ走れないね。ていうか、今、ミラー見ちゃった。近くね?
「シアル、これなに?」「山の位置から見て、多分、昨夜の痕跡」
「そんな奇跡、お断りなんだけど!」「同じく」
「絶対、神は、いないね……」
岩に乗り上げて吹き飛ぶのが先か、ユニコーンに刺されるのが先か。
当然どっちもお断りだ。断固拒否する。
「シアル、岩が無くなるところまでなんとか逃げ切って! 抜けたら10秒、絶対に曲がらずに真っすぐ走って。その間に片付けるから」
「何か、策があるんだね?」「私、魔法使いだった」
それだけ言って、再びルーフから上半身をだした。
訓練を受けたわけでもない私が、魔導兵器なんかで戦うのが間違ってた。
描画する魔法陣は、ランドマイン、効果は、読んだまま地雷だ。
地面に設置して踏んだ瞬間、発動させる魔法。『発動させる』と『発動する』じゃ、大違いだ。
まさに、いろんな意味での地雷魔法。近くで、踏むのを待ってるくらいなら、攻撃した方が早い。
そもそも、見えてる地雷ってのは、この魔法の為に有る言葉だ。
ユニコーンも岩で走りにくいようで、まだ追い付かれてはいない。
車は今も蛇行を繰り返してる。私は、時が来るのを待つだけだ。
視界を遮る、ひと際大きな岩を躱し、遮られていた視界が開けた時、目の前に、待ち望んだ、障害物のない直線が広がった。
良くやってくれた。さあ次は私のターンだ。
まよわず、魔法陣を描画する。描画するのは、私の目の前の虚空。角度は、地面に対して垂直だ。
「この魔法も名前が悪いよね。そんな名前だから地面に描きたくなる。空中に描いちゃいけない理由なんて、どこにもないのに。……作ったのも、名付けたの私だけど」
直線道路にユニコーンも入ってきた。さあ、今度こそ終わらせよう。
体の向きを変えて、ユニコーンに正対する。
敵は、よほど自分の防御に自信があるのか、攻撃を躱さない。
だから、これも絶対に躱さないはずだ「ステイ!」私は魔法陣を置き去りにした。
魔法陣に他人が干渉できるのは、魔力装填が終わるまでだ。
もし、破壊を狙うなら青く色付くまでの間しかない。一度完成した魔法陣は、破壊は不可能。描画した者の指先以外で、触れる事ができなくなくなる。
真っ直ぐ突き進んでくるユニコーン。そこに設置された、魔法陣など歯牙にもかけない。
だから吸い込まれる。敵の体の中に。その瞬間「リリース!」
ドンッ!! 爆発が起こった。続いてユニコーンの悲痛な叫びが鼓膜を震わす。
体内で地雷が爆発したユニコーンは、そのまま、数歩前進したのち、ゆっくりと倒れ、そのまま動き出す事は無かった。
ユニコーンが完全に動きを止めたのを確認した私は、風で乱れた髪を撫でながら車内に戻った。
「まったく、最初からこうしていれば、良かったし」
しかし、このユニコーンは、本当に何なんだ?
すでに発見されている魔獣に近い見た目なら、突然変異の亜種だと納得もできるけど、これに近い見た目の魔獣なんて存在しなったはずだ。
他の馬型は、もっとモンスター然とした姿をしていて、ただ馬を大きくして角を付けました、なんて感じじゃない。
何が突然変異したら、こんな姿になるというのか? 普通の馬? いや、無いな。仔馬が産まれたと思ったら、角が生えてて、通常の2倍の大きさに育って、人を襲いだすとか、あるわけないし。
……まあ、考えて分かる事でもないか。さて、シアルは今回も良く頑張ってくれたし労っておかなくちゃ。――今は二人で勝利を祝おう。例えば、マドレーヌと紅茶で乾杯とかどうだろうか?