迷子と可愛いスコップ
木製のドアを開いた先で、街の代表が、これでもかという程の笑顔で迎えてくれた。
それは、もう大歓迎だ。絶対逃がしてなるものかという強い意気込みを感じる。まさに、獲物を狙う獣の目だ。
なんだか逃げ出したくなってきたな。
「ようこそ、いらっしゃいました。笹塚様、キミコ様、私は、この街の代表を務めております黒沢と申します。以後お見知りおきを」
はじめて人間種の名前を聞いたけれど、日本的な名前だった。キミコは、日本の名前っぽいけど、フルネームは『キミコ リラーム』響きが近いだけだ。
黒沢氏が、右手を差し出している…。僕は握手とか堅苦しいのは苦手なんだけど、求められたら応えないわけにもいかないよな。
苦手だから手汗が滲み、それを気にして、さらに握手が苦手になる悪循環だ。
「笹塚です。こちらへ来たばかりの、若輩者ですが、よろしくお願いします」
来たばかりで、難しい事を頼まれたって、できないからな。と暗に伝えておいた。
何を相談されるのかも気になるけれど、今は、それよりも気になる事がある。
「ちょっとお聞きしたいのですが、黒沢さんは、地球って言葉は、ご存知ですか?」
「地球というと、私たちの祖先が住んでいた星で、ガーディアンの方々の故郷。空の彼方にあると言われている星ですよね?」
この星には、移民してきた地球人の子孫が住んでいるって、キミコの父に聞いていたけど、やっぱりここでも同じ認識か。
人類が他の星に辿り着いたなんて話、月以外に聞いた事がない。きっと僕と同じで、連れて来られた人々なんだと思う。
「ありがとうございます。次は、呼び出した要件を、聞かせて貰えますか?」
「笹塚様に、お願いしたい事がありまして……。まずこの街が置かれた状況なのですが、現在、町を守護するガーディアンが不在の状態なのです。街付近で、発見情報が相次いだ、馬の姿に似た大型の魔獣、これの討伐に向かうと、3日前に出発したきり、未だ戻らないのです」
大蜘蛛の次は、大馬かー。どっちがヤバい奴だろう? 蜘蛛も自力で倒したわけじゃないし……。この流れ、あれかな? 迎えに行け的な? うん、無理だ。断ろう。
「ガーディアンが戻るまでの間、笹塚様には、この街に滞在して頂いて、警護を担当していただく事を、お願いできないでしょうか? もちろんお礼は、させていただきます」
思いのほか楽そうな案件である。最悪を想定していただけに、受けても良い気がしてきた。仮に魔物が襲ってきても、今のところ蜘蛛以外には苦戦してないし、あのクラスが来ない限りは対処できると思う。でもなあ……。
「ちょっと言い辛いんですけど、それ本当に帰って来るんですか? もう既に、アレで、戻ってこられないとか……。仮にそうなら、僕達は、いつまで経っても、この街から動けなくなってしまうんですが」
銀髪娘は兎も角、仮にアネルが、ルモイ王国にいた場合、早くいかないと、会えなくなる可能性がある。
「それでしたら、三日間! 三日間だけ、お願いできませんか? 今、北の森で、3体のオーガが、南へ向け移動しているのが発見されているのです。恐らく3日後には、街の付近を通り過ぎると予想しているのですが、万が一、襲撃された場合、人間族の兵士だけでは、死傷者がでるのを避けられないのです」
後からオーガの話が、出てきた辺りに、そこはかとない悪意を感じる。敵が通り過ぎる予定じゃなければ、苦言を呈するところだけど、戦闘の可能性は低そうだし、気付かなかった事にしてあげよう。
……さて、どうしたものか? この旅は、僕一人の旅じゃないし聞いてみるか。
「キミコは、どうしたい?」
「えーとぉ、キミコは、村を出て旅してるのが楽しいのでぇ。すぐルモイ王国に着くと、すぐ終わっちゃうじゃないですかぁ? だから、この街で何日か泊まるのは賛成ですよぉ」
そうきたか。まあ、悪い気はしない。それに、オーガが素通りしてくれれば、戦闘も無いし、ゆっくり休んで、お礼まで貰えて良い事ばかりじゃないか! よし、引き受けよう。
「ええ、わかりました。急ぐ旅なのですが、困っている人を見捨てる事など、できるわけもありません。私で良ければ力になりましょう」
ここぞとばかりに、良い人アピールをしながら、僕はこの街での滞在を決めた。
宿は、自分で探さずとも準備してもらえた。街で一番、北側に位置する宿だ。
1階が食堂になっていて、2階に宿泊用の部屋がある。
「本当なら一番良い宿に案内するところなのだが、いざオーガが来た時に、北門に駆け付けるのが遅くなる恐れがあるので、こちらで勘弁して欲しい」
と、いった内容の話をされたけれど、いつ襲われるかわからない野宿と比べたら、どんな宿でも極楽に感じる。
部屋は二部屋、用意してもらえた。今まで、ずっと寝食をともにしているし、キミコの言動は、まさに子供のそれなので、変に意識する事も無い。
だから、同じ部屋でも問題ないのだけれど、せっかくなので、お言葉に甘え両方借りておく事にした。
さて、宿泊先も確認したし、特にやる事も無い。
頼まれたのは、緊急時の防衛だけなので、北門に詰めている必要はないそうだ。いざという時は、空に光魔法を打ち上げるので、確認しだい、駆け付けて欲しいと頼まれた。
街の北側付近から離れなければ好きな所に居て良いそうだ。
ルモイ王国までは、徒歩なら2週間程度は、かかると聞いた。今の物資では心もとないから、買い物に行こうと思う。
今回の依頼は、日払いで、日給2万円×2人、3日間で一人6万円の収入だ。
割が良いような、命を懸ける可能性を考えると、そうでもないような、実に微妙な金額だけれど、路銀が少なかったから純粋にありがたい。
当然のようにキミコも買い物についてきた。
「楽しみですねぇ! まず最初はスコップですよねぇ? キミコ、さっきスコップを売ってるお店みつけちゃいましたぁ! 先っぽが、刃物みたいになってるのが使いやすいのでお勧めですよぉ!」
どうやらスコップトークが、まだ続いていたようだ。先っぽが刃物とか言われるとリアルに想像してしまうので、やめていただきたい。
「いや、スコップは今回は止めておこう。お花を植えるのは、またの機会にするよ。旅の途中で植えたって、花が咲くのを見れないからな」
「そうですかぁ? 黄色の可愛いスコップでしたよぉ? それに持ちやすそうでしたぁ」
やたらスコップに固執するな、おい! 何か凄い残念そうだし!
「そいつを見逃すのは、非常に惜しいところだけど、僕は、まずズボンを買わなきゃいけないからな。今回は断念する事にするよ。そんなに気に入ったんなら、キミコが買ったらどうだ? キミコだってお金貰ったんだし」
黄色の可愛いスコップを背嚢に差したキミコと、服屋までやってきた。
あまり薄い生地だと、すぐ破れてしまいそうなので、薄茶色で、デニムのような手触りの、厚手の生地を使ったズボンを4000円で買った。
すぐに裾上げしてもらえるという話だったので、待ち時間で、他の商品を見ていると、ちょっと気になるものが……。地味なデザインの衣類に混ざって、中途半端にファンシーなフード付きのケープを発見した。
少し考えたけど、答えはすぐに分かった。
ケープを手に取って、何故か靴下にご執心のキミコに近づき、後ろから肩に被せた「ふぇ?」さらにフードを頭にスポっと被せてやるとピッタリだ。
猫耳フード付きケープって何よ! と思ったけど、こういう事だったらしい、キミコの耳がピッタリ収まった。
黄色の可愛いスコップを背嚢に差し、短い丈の着物のような服の上に、猫耳フード付きケープを纏ったキミコと、歩いていると、魔法陣のような模様の看板を下げた店を発見した。
売っていたのは、この世界に来たときに、ポケットに入れられていた封筒に入っていたものと同じ、魔法陣の描かれた紙だった。
値段は……高いな。安くても一枚10万円近くする。手を触れられないように、ケースに入って販売しているのは一枚298万円だ。
その中で一枚だけ4,980円で販売されているのを発見し店主のおじさんに、何の魔法か聞いてみたら、間違って仕入れた、人狼専用のステージ1の魔法だと教えてくれた。
人狼はこの街には少ない上に、最低ランクのステージ1の魔法には、需要が殆ど無いらしく、捨て値で販売しているとのことだ。
大半の魔法は種族共通だけれど、種族専用もある事がわかった。
買えるようなお金は持っていないが、そんな事は、言わなければわからない。折角なので、ここで魔法の知識を増やしておくべきだ。質問するだけならタダなのだ。
難しい話が多かったけれど、わかったのは、
魔法はステージ1からステージ7まで有って、保有する魔法因子というもののレベルで、使える魔法が変わるらしい。魔法因子は最低のレベル1から最高がレベル7。
因子が1ならステージ1まで、因子が7ならステージ7までという事だ。
新しい魔法を覚えるには、ここで売っているような魔法書を手に入れて、そこに描かれた魔法陣を取り込む事で使えるようになるらしい。
魔法陣を取り込んで、ストックしておける数には個人差があるようで、何個でも覚えられるわけではないらしい。普通は3個程度、多くて6個。神のアネルは自称1000個の魔法を操る大魔法使いらしい。
さすがに盛りすぎな気がするが、神だからそんなものなのだろうか? 上限に到達しても破棄できるので、選ぶときは、そんなに厳選しなくても大丈夫だよと教えてくれた。
魔法書を使わなくても、使用できる魔法があるらしい。亜人3種族や魔獣が生まれつき持っている固有魔法とのことだ。遺伝子に刻まれているのか、ある程度育つと教えなくても使えるようになるそうだ。例外的に、神の教えを破り、外部から因子を取り込んだ人間種も、その因子に刻まれた固有魔法を覚えるらしい。
『自分の因子レベルが知りたければ、試しに高ステージの魔法書を買って覚えてみればいい』と、言われた。営業トークですね。
『自分の最大ストック数が知りたければ、ステージ1を複数枚買って、上限が来るまで試してみるといい』と言われた。営業トークですね。
今回は遠慮しておきます。と返事をしたら『ガーディアンならアネル様と面会できるだろ? その時に見てもらえばいい。アネル様なら、鑑定できるはずだ』と言われた。最初から、そっちを教えてよ。
まあ、冷やかしなので、文句なんて言えるわけもない、寧ろ感謝だ。ありがとう、おじさん。お金が貯まったら、恩を返しに来ます。
その後も、目に付く店に手あたり次第に入店しては、商品を物色し、ふと、空を見ると太陽の火も大分弱火になっていた。
店も徐々に店じまいを始めたようで、人通りも減って来た。そろそろ、帰るには良い頃合いだろうか?
「キミコ、そろそろ宿に戻ろうか?」
「はい!帰りましょー。ご飯は、宿で食べるんですかぁ? キミコはビフテキが食べたいですぅ」
「僕は、旅に出てから肉ばかりだったから、そこまで肉々しいのは、ちょっと遠慮したいかな。あと今時、ビフテキって言わな……いや、何でもない」
むしろ、この世界でビフテキが標準の可能性がある。キミコが注文するとき、店員の顔色を伺ってみよう。
「あの? すみません。ちょっとお尋ねしたい事があるのですが」
ビフテキについて考えていたら、後ろから若い女性の声で呼び止められた。
この辺には、僕とキミコしか居なかったはず、間違いなく声を掛けられているのは僕達だ。
振り返ると「えっ……」銀色が目に飛び込んできた。染めたとは到底思えない、あまりにも綺麗な銀髪だった。……この人が、アネル?
「私と同じ銀髪で、髪を頭の両サイドで結んだ、6歳くらいの女の子を探しているんですが、どこかで見ませんでしたか?」
私と同じ銀髪、か。銀髪は神の専売特許というわけではなさそうだ。
そういえば、アネルは銀のショートボブで、見た目は17歳程度だと聞いた気がする。
彼女の髪は、背中の中程まであるワンレングスで、歳は17よりは少し若そうだ、かなり慌てているようで、返事を待つ間もキョロキョロと辺りを見回している。
残念ながら、この街で銀髪の少女を見るのは、目の前の彼女が初めてだ。
「いえ、僕は、その子は見て」「キミコが連れて来るから、少し待っててくださいねぇ!」
えっ! どうやらキミコに心当たりがあったらしい。でも、一人で行かずに、目の前の女性を一緒に連れて行った方が良いんじゃ……。
ありゃ、もう見えないや。キミコは、無駄に身体能力が高いからな、すさまじい加速で走り去ってしまった。
さて、どうしよう? 初対面かつ年下の女性と世間話をするなんて、高度な技能は、持ち合わせていない。暫く無言でキミコの帰りを待つしかなさそうだ。
足元を歩くアリを数え始め、その数が48に差し掛かったところで、通りの向こうから、キミコと銀髪ツインテールの少女、いや、幼女? が、その手に、肉の刺さった串焼きを持ち歩いてきた。
銀のワンレンさんに気付いた銀ツインテちゃんが、ツインテールをピョコピョコ弾ませながら走って来る。
「ニコルお姉ちゃん、どこ行ってたの? サミナは、心配したんだよ? 心配だったんだよ?」
「うんうん、ごめんね。お姉ちゃんが悪かったから、また、迷子にならないように手を繋いでおいてくれるかな?」
どうやら、ツインテ幼女的には、迷子はワンレンさんの方だったらしい。そしてワンレンさん、大人な対応だ。でも、姉よ、本当にそれでいいのか!?
「本当に助かりました。ありがとうございます」
歳のわりに、しっかりしたお嬢さんだ。
「僕は何もしていないですから、礼ならキミコに言ってやってください」
「キミコさん、本当に、ありがとうございました。このまま、会えなかったらどうしようかと……」
ただの迷子にしては、反応が大袈裟すぎる気がしないでもないけど、僕が小さい子供を連れて歩いた事がないから理解できないだけかな?
「お礼なんて、いいんですよぉ! キミコにかかれば、迷子探しなんてビフテキ前ですぅ」
歳のわりに、頼りないお嬢さんだ。
迷子探しというか、串焼きがビフテキ前になってるけど、この後に晩御飯食べられる?
「この御恩は忘れません。では、私達はこれで……あっ、度々すみませんが、神都アネルに行きたいのですが、道を教えていただけませんか?」
僕は、方角すらわからないけれど、そこは送迎役を名乗るキミコだ。代わりに詳しく説明してくれた。
「キミコ! 串焼きと、ニコルお姉ちゃんを探してくれて、ありがとね! また会ったら遊ぼうね! 楽しみだね! 楽しみだよ! じゃあね、バイバーイ」
二人が最後に深々とお辞儀をして去っていった。人助けは気分が良いものだ。
まあ僕は、アリを数えてた、だけなんだが。
その後、宿に戻り、食堂で食事を済ませた後、客室前でキミコと別れた。
味の付いた人間らしい食事、外敵を恐れず眠れるベッド、汚れの無い清潔な衣服。
やっぱり、適度に不幸に見舞われなければ、幸せには気付けないのかもしれない。
幸せを感じたければ、不幸にならなければならないとか、人の心ってのは、ほんとうに酷い仕組みになっている。よしっ! 神に会ったら、一言文句を言ってやろう。
こうして、最初の一日目は、無事に幕を下ろした。