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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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菊と紫陽花

 大蜘蛛と遭遇した次の日(多分)の昼、何をしているかというと、昼寝をしていた。


 あの日、大蜘蛛の脅威が去ったとはいえ、興奮は冷めやらず、寝付く事もできないまま、空に火が灯った。


 明るくなったので出発し、暫く歩き続けていたが、火の強さが一番強くなったと感じられる頃、急激な眠気に襲われ、今に至る感じだ。


 先にキミコを休ませて、次が僕の番だ。一体どれくらい眠っていただろう?


 眠りは、腹部に、突如襲った衝撃によって覚まされた。


「ぐへっ!」く、苦しい……。見るとキミコの頭が見事に僕の腹に突き刺さっている。


 見張り中に寝落ちして、倒れ込んで来たらしい。疲れているのはお互い様だし、怒るような事でもない。まあ、起きるには丁度良い頃合いだった、という事にしておこう。


 二つの金色の耳の、ちょうど真ん中に、手を置き、頭を揺すってキミコを起こした。あれだけの勢いで倒れ込んで起きながら、寝続けてるのが凄いと思う。


「そろそろ、出発しないと、夜になって動けなくなるし。行くか?」


「はい! いきましょー」


 準備は一瞬、人狐の村で譲ってもらった、背嚢を背負って、大蜘蛛の置き土産のトゲを、二人で一本ずつ持ったら、それで終了だ。トゲは、かなり先端が尖っていて、武器になりそうだったので持ってきた次第である。


「彰悟くん! キミコは、彰悟くんが寝ている間に、凄い物を見ちゃいましたぁ! 聞きたいですかぁ?」


 嬉しそうに話しかけてくるキミコ。凄い物か……。こんな荒野で?


「ユニコーンが走ってたんですぅ。すごく早くて、あっとう言う間に、小さくなって、見えなくなっちゃいましたぁ」


「えっ! ユニコーンなんて居るんだ? それ大丈夫なのか? いきなり襲ってきたりとか」


「大丈夫ですよぉ! ユニコーンには、神様が乗ってるんですぅ。ぜんぜん危なくないんですよぉ。昔、村に神様が来た時にキミコも乗せてもらったんですぅ」


「そっか、僕も見たかったな」


 ユニコーンを見たかったというか、神に会いたかった。全くタイミングが悪い。


 キミコにアネルが向かった先を聞いてみたが、どうやら僕らと進行方向は同じようだ。ルモイ王国か? だとすれば、アネルか、銀髪娘、どちらかに会うという、僕の目的が達成しやすくなる。


「キミコ、この先にルモイ王国以外にも、街や村が有るか知っているか?」


「えっとぉ、ルモイ王国の手前に、人間族の、おっきな街が1個ありますよぉ。中に入った事ないけど、見た事はありますぅ」


「そこ、いってみるか? 僕のズボンも片足だけなくなって、間違ったパンクファッションみたいになってるしな」


 実際のところ、着替えは1着、譲ってもらったものがあるんだけど、面倒で着替えていないだけだ。もちろん、人間族の街へ行ったら、替えの服は購入しようと思っているけど、本当の目的はそれじゃない。


 神探しだ。入れ違いで、結局どちらにも会えなかったってオチだけは、勘弁ねがいたいから。


 ちなみにお金は少し持っている。キミコのお父さんが出発時に、選別として1万円玉を1枚くれた。金色の硬貨で、髪の短い女性の横顔がデザインされている。


 うーん、円である。硬貨である。紙幣は存在しないらしい。それよりも気になるのが単位が円。これは、どういう事か?


「楽しみですねぇ! キミコが案内するので、ついてきてくださいねぇ」




 歩きながら、昨晩の事を思い出していた。あの時、僕の足は太腿の半ばから、間違いなく切断されていた。


 あの後キミコに聞いてみたが、回復魔法は使っていないという返事が返ってきた。


 少し詳しく話を聞いたところ、体の一部が切断された時は、切断された部位をくっつけた状態で魔法を使い、治すらしい。


 切断された部位が無くなってしまえば治す事は、できないそうだ。


 大蜘蛛が倒されてから、荷物を取りに元の場所に戻ったけど、その時、切断された足は、影も形も無かった。銀の柱の衝撃波で飛ばされた可能性もあるので、どこかに落ちている可能性も否定は、できないのだけれど。


 試してみるのが一番か。流石に切断する事は、できないけれど。


 背嚢から蜘蛛のトゲを取り出し、先端を服の袖で拭った後、左手の甲を先端で引っ掻いた。うん、痛い。赤い線が生まれ、血の玉が浮かび上がってきた。


 垂れそうになる血を右手で拭い、傷口を観察していると、5秒くらい経過したところで、傷口に向かって、とても小さく、とても淡い、良く見なければ存在すら気付けないような、光の粒子が集まってくる。


 これは、どこから飛んできている? その答えは右手だった。右手の平に付着した血が、光の粒子に変化して、傷口に向かい漂ってくる。再び左手の甲に目をやった時、もう傷口は、跡一つ残さず消え去っていた。




 という事らしい、勝手に治ったようだ。多分足も、これで治ったのだろう。


 いつでも治せるのか? 何度でも治せるのか? どの程度の傷なら治せるのか?


 その辺がわからない内は、これに頼るわけには、いかないよな。治ると踏んで特攻したのち、やっぱり駄目でした。となったら取り返しがつかないから。


 あれも、これも、それも、わからない事だらけの状態で、自分自身まで、解らない事の仲間入りかと思うと、ちょっと笑えてきた。




 目的の街に着いたのは翌日。空の火が、一際激しく燃え盛る時間帯、恐らく正午くらいだ。街の名前は、モセウシというらしい。


 村の門の前に、帯剣した兵士らしき人がいる。多分、話しかけられるだろうな。すんなり通してもらえると嬉しいんだけど。


「そこで、止まれ!! 出身と、この街へ来た目的を述べよ」


 さて、なんと答えるべきか。特に僕の出身が困る。なんか、高圧的だし、あんまり、外からの来客は歓迎されないんだろうか? 下手な事を言うと追い出されそうだ。


「キミコは、第一召喚場の送迎役のキミコですぅ。笹塚彰悟くんは、新しく来たガーディアンなんですよぉ。この街へは、遊びに来ましたぁ。あっ! 街に入るときは、これを見せるんだよ? ってお父さんが言ってましたぁ」


 キミコが、背嚢から葉書サイズの金属板を取り出して、兵士に見せている。


 まさか、キミコが代わりに答えてくれるとは思ってもみなかった。色々酷かったけど、証明書みたいなの見せてるし、多分いけるよな?


「これは失礼いたしました。送迎役のキミコ様と、ガーディアンの笹塚様ですね」


 よしっ! 高圧的な態度が鳴りを潜めた。これなら問題なく入れてもらえそうだ。


「丁度良いところに、いらっしゃいました! 是非、相談させていただきたい事があるのですが、街の代表に会っていただけませんでしょうか?」


 あれ? なぜ、そうなったのか。むしろ、こっちが相談したいくらいで、相談に乗ってる場合じゃないんだけれども。……とか言えないしな。


 変にかかわって、面倒ごとを背負い込むのは、御免だし拒否だな。拒否しよう。


「申し訳ないんだけど、僕たちは先を急いでいる……わけでもないし…そうだね、うん。とりあえず、話を聞くから案内してくれるかい?」


 最後の方は、さわやかな笑顔で言い切った。


 キミコが『この街に遊びに来た』と言い放ってるのを忘れていた。話しながら矛盾の無い、断りの言葉を模索するも、答えは結局見つからず、相談に乗る事になってしまった。


 どうせ、やらなきゃいけないなら、嫌でも、笑顔で引き受けるのが正解なのだ。ただでさえ嫌な事をさせられるのに、追い打ちで『嫌そうな顔して、感じ悪い奴』と思われたら、踏んだり蹴ったりだ。


 それなら自分を殺してでも、笑顔で応じ『快く引き受けてくれた良い人』と思われる方が数段マシだ。舐められない程度にって、但し書きは付くけれど。


 それにだ、話を聞くとは言ったが、頼みを聞くとは、一言も言っていない。面倒ごとなら聞いた後に今度こそ拒否しよう。




 街の中は、地球とは比ぶべくもないけれど、人狐の村と比較すると、こちらの方が都会という感じがする。


 食べ物を売る店や、洋服を取り扱っている店、武器を扱う店など様々な店が立ち並び、大きな道は、すべて石畳になっている。


 歩きながら食料品の値段を見てみると、パンが1個100円から200円くらい、発光しないリンゴも1個100円。


 服屋を見ると、値段にバラつきはあるけれど、1着2000円から5000円くらい。デザインは、質素なものが多く、見た目よりも実用性を重視した印象を受ける。


 原色の服を着て外を歩いたら、魔獣に『ここに居るから、襲ってください』と言ってるようなものだし、こういったデザインになるのは、当然の帰結なのかもしれないな。


 物価は、だいたい地球と変わらない感じなのかな? 平均所得が、地球と同じような額ならって話だけど。これで平均的な月収が5万円とかだったら、一瞬で高級品に早変わりだ。


 道行く人の、ほとんどが人間だ。頭に耳が付いた人は、稀に見かける程度だ。キミコと同じ狐耳と、犬耳……じゃないや、狼って言ってたな。人狼は、尻尾や耳の毛が硬そうな感じで、人狐よりも少し野性的な印象だ。


 キミコのお父さんの話を聞いた感じで、人間種と、その他3種族は仲が悪いのかと思ってたけど、案外そんな事もなさそうだ。普通に笑いながら話している姿もチラホラ見受けられる。


 今のところ、妖精種と呼ばれる、小さい人間だけは、一人も見掛けていない。楽し気に尻尾を揺らし、あっちの店こっちの店と、せわしなく往来を行き来する、キミコに聞いてみた。


「妖精種って、今のところ一人も見てないんだけど、この街には居ないのかな?」


「ふぇ? ああ、小さい人ですか? この街に居るかは、わからないですけどぉ、小さい人は、自分で移動するのが大変だからぁ、人狐や、人狼のポケットに入ってる事が多いんですよぉ!」


 なるほど、もしかしたら気付かないだけで、案外そこらへんに居るのかもしれないな。キミコ的には、小さい人という名称で認識しているらしい。


 身長20センチくらいだっけ? たしかに一歩で進む距離なんて、高が知れてる。普通のサイズの人間と並んで歩こうとしたら、そうとうな速度で足を回転させる必要がありそうだ。


「そうか、コバンザメみたいな種族なんだな」


「でもぉ、時々一人で歩いてる事も有るんですよぉ。一人の時は、鈴を持って歩いてるので、チャリチャリ聞こえたら、近くに居ると思いますぅ」


 踏まれない為の自己防衛ってやつだろう。この星の女性は、スカートをはいている人が、非常に多い気がするんだけど、その辺は、どうなっているんだろう?


 あえて鈴を携帯せず、命がけで、地面を這いずり回る、猛者も存在するかもしれない。


 そんな彼等なら、例え踏まれようとも、恨み言一つ無く、静かにその死を受け入れると思うが、全員が猛者というわけでもなかろう。


 キミコに、間違って踏まないよう、注意しておいた方がよさそうだ。足元を見ているとは、到底思えない足取りだから。


「キミコ、さっきから走り回ってるけど、足元には気を付けるんだぞ? 僕は今、スコップを持ち歩いてないからな」


「ふぇ、スコップですかぁ? 何かに使うんですかぁ?」


 うっかり考えていたことが漏れたようだ。さて、何て答えるか。


 下手な事を言うと、信頼が揺らぐ危険性がある。短い期間とはいえ、命がけの旅路を歩んだ僕たちには、確かな絆が生まれていると思う。それをこんな事で失うわけにはいかないのだ。


 よしっ! 相手がキミコという事を考えれば最良の答えはこれだ。


「スコップっていったらあれだ! お花を植えるんだよ。スコップが無いと、お花を植えるのが大変だからな」


「彰悟くんは、何を植えたいですかぁ?」


 無事ごまかせたようで、なりよりだ。キミコで良かった。


「僕なら、菊の花を植えるよ。それが、もっとも相応しい気がするんだ」


「お花を植えるなら、キミコは、アジサイを植えたいですぅ」


 ごまかせてなかった!?


 やめてください。そんな事したら、赤い花が咲いちゃうじゃないですか!




 商店街を抜けて、暫く進むと、石造りの大きな建物が見えてきた。今まで見てきた建物とは趣が違うし、重要な施設なのかな?


 目的地は、その建物だったようだ。役所か何かなのだろう、窓口がいくつか設置されていて、住民が受付嬢と話している姿や、椅子に座り順番を待っている姿が見受けられる。


 そのフロアを素通りして、階段を上り、絨毯が敷かれた廊下を進む。その先にある木製のドアを開いた先で、街の代表が、これでもかという程の笑顔で迎えてくれた。


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