自由落下と神の起こした奇跡
魔法陣の発光が目に痛い。目を瞑ってても、視界が真っ赤に染まる。
赤い視界が、黒に戻ったら到着だ。眼を開くと、石の部屋から、金属の部屋に早変わりだ。
普段、あんな原始的な世界で暮らしているから、ここが珍しいんだろう、シアルがキョロキョロ辺りを見回している。怒ることを忘れてくれたようで、なによりだ。
願わくば、そのまま沈んでしまって欲しい。記憶の海の底へと……。
「ここが、太陽の中ですか? もっとゴチャゴチャしているのかと思ったら意外と、広いんですね。それで、ここに何しに来たんですか? アネル様は、ギリギリまで黙っていて、驚かせたいんでしょうけど、ウザいだけなので、さっさと話してください」
「辛辣ね、それに全然、お姉ちゃんって呼んでくれないし」
「尊敬できる姉だなと、思えたら、お姉ちゃんて呼んであげます。それまでは、アネル様としか呼びません!」
凄い難しい注文が来たな。他人行儀で、お姉ちゃん悲しい。
こうなったら、仮妹アルバイトを増やす方向で、検討するのも有りかもしれない。
私のモチベーションに大きくかかわる事なので、必要経費だ。
血税と、お布施をつぎ込むのは、橋よりも、道路よりも、教会よりも、妹を優先すべきだ。
それこそが、国民の豊かなくらしに繋がるのだ。しかし、下手に時給を上げると、金銭目的のスレた幼or少女が、擦り寄ってくるのが悩ましい。
できるだけ不幸な境遇の幼女を探して、優しくしてみるのはどうだろう? たとえば奴隷とか。
――――今日から、ここが君の家だよ。新しい妹を私は歓迎するよ! 私の事は、今日からお姉ちゃんと呼びなさい。さあ、好きなものをお食べ?
『ほ、ほんとに食べていいの?』もちろんさ、君のために用意したんだ! 食べおわったら、綺麗な、おべべを買いに行こう!
『ありがとう、お姉ちゃん、大好き!』とか言っちゃって、それは、それは、もう、ベッタリになるのでは、なかろうか? 嗚呼、完璧な作戦だ! ――――
まあ、奴隷制度なんてないんだけど。ないなら作る? マッチポンプどころか、戦略核ポンプだ。
おっと、思考が逸れた。まだ見ぬ仮妹より、目の前の義妹の好感度を上げる事を優先しよう。
「ういうい。ここに来た理由は、これ」
中央に鎮座している操作パネルのボタンをタッチ。
床の一部が開いて、中から金属製の缶が並べられた、ケースが、せり上がってくる。
「この缶、というかDカートリッジを取りに来たんだよ。この星の生き物なら、自前の魔法でも問題ないけど、もしかすると母星の方の敵勢力と、ぶつかる可能性があるからね。うーん、2本くらいでいいかな? ちょっと持ってて?」
ポイッ! と放り投げる『カラン、カランッ!』あっ! 1個、落とした!
「そんな、急に投げないでくださいよ! ああ、これ壊れたりしないですよね?」
くっ! いけない! 私の心の奥深くに住み着いた、男子児童という名の魔物が暴れだしそうだ。
「あーあーあーあー。落っことしたし! 大丈夫? 穴、開いてない? いや爆発したりは、しないけどね。それ、この星で生きた、人間の命の結晶だよ? 培った想いの欠片たちだよ? 穴が開いたら使い物にならないんですけどー」
ちょっと目が潤んでる! しまった! また、『お姉ちゃん』が遠のいた!
「ていうのは、ウ・ソ・で! 反省してます。ごめんなさい。壊そうとしたって壊れません。マドレーヌ上げるから許して?」
「そういう質の悪い冗談は止めてください。あと、細川様にマドレーヌを渡すが嫌なんでしょうけど、諦めてください」
さすがシアルだ、そこに気付くとは。ロミオに私が献上すなど、くっ! 考えただけで虫唾が走る!
「でも、表現は兎も角、命の欠片って言うのは嘘じゃないんですよね? これを作るために、この星に来たって事なんですね……」
シアルが物憂げな表情だ。本気で余計な事を言っちゃったな。悪い事をしてしまったかも。
「そうだよ。私に協力しているから、色々思うところは、あるだろうけど、あんまり気に病まないようにね?」
厳密には、私が来たのは、作るためというか、作るのを邪魔するために送り込まれた、魔法因子含有生物を絶滅させるために来たんだけれど。
「ええ、大丈夫ですよ。私は、そこまで繊細じゃありませんから。それにしても、そんな重要な物なのに『Dカートリッジ』ですか。随分てきとうなネーミングですね?」
「嗚呼、それね。本当の名前は『ダレイスタン』だよ。私は好きじゃないんだ、その名前。だからDカートリッジって呼んでる」
ダレイスタン……微妙に発音がおかしくなってるね。1200年も日本語を話してたら仕方ないか。逆に日本語は完璧にマスターしたと自認している。
ニコル達は日本語もいけるし、もし母星の言葉を話せなくなっても問題ない。あの子らと話せれば私は、それで良いのだから。
「嫌いな名前ですか。この星の言葉じゃないですよね? 日本語以外の地球言語ですか?」
これは説明したくないな。人によっては嫌悪感を覚えるし。
「いや、母星の言葉だよ。……よし、ビックリさせちゃったお詫びに、お姉ちゃんが面白いものを見せてあげよう。私の隣に立って」
シアルが横に並んだのを確認して、操作パネルをタップすると、二人を中心とする、半径3メートルの円が床に描かれる。
その円が周囲から切り離されて、真下へ、ゆっくりと下っていく。ようするに、エスカ……エレベーターというやつだ。そして、向かう先は最下層。
最下層にも、上に有ったのと同じような、操作パネルが設置してある。それをポチポチっと、してあげると、地面が透明化して足元に地上の世界が広がった。
「うわー、凄いね、お姉ちゃん。高いなー。でも暗くて、よく見えないのが少し残念かな。昼に見れたらもっと凄いんだろうね?」
1お姉ちゃんゲットだ。今日中に、30お姉ちゃんくらいは収集したい。
「昼間は、光ってるから、ここまで来れないんだけどね。いつか、一緒に見れると良いね……」
露骨にお姉ちゃんゲットを狙ってみた。今のは我ながら良いパンチだったと思う。クリーンヒットだ! 最後の余韻がいい味出してる。
「アネル様、ここが宇宙って呼ばれてる場所なんですか?」
チッ! 戻ったか! 何が悪かった!!
「ここは、宇宙ほど高くないよ。あんまり高いと、カートリッジの素材を取り込むのが困難だって言ってた」
「よく考えれば、聞くまでもなく、足が地面に付いてますね。宇宙に行くと体が浮き上がるんでしたよね?」
お姉ちゃんポイントゲットチャンス。略して、お姉チャンス到来だ!
「無重力に興味あるの? じゃあ、無重力体験をさせてあげよう!」
「もっと、高く上がるんですか?」
「違うよ、落ちるんだよ! スイッチオン」『ピッ!』
何をしたかと言えば、太陽を急降下させたのだ。今は自由落下で、どんどん加速中。この落下開始時の、内臓が上に引っ張られるような感じ、何度味わって慣れないな。結構好きだけど。
「あわわわわっ! うっ浮いてる。ちょっと何するんですか!! 早く止めてください! 地面に激突させる気ですかぁ!!」
宙を舞いながら、シアルが小言を言ってくる……。喜ばせようと思ったら、怒られたし! ほんと理不尽ね。
「シアルは、私を何だと思ってるの!? 遊びで太陽落としとか、しないから!」
「そのセリフ、全然安心できないんですが! 遊びじゃやらないって、場合によっては、やるって事ですか!?」
「もし、それをやるとしたら、全ての人類に失望し、この身と共に、全てを無に帰そうと決めた時だよ! つぶらな瞳からハイライトが消えたら、それが合図! 今回は、徐々に減速して、雲の少し上くらいで止まります!」
「どこのラスボスですか! そんな、豪快な無理心中、何が有ってもやらせませんよ! それよりも、これ下から見た人が大騒ぎになるんじゃないですか!?」
「大丈夫だって! 暗くて良く見えないだろうし。仮に、騒ぎになっても『神の起こした奇跡です』という、魔法の言葉があるから。どこの世界であっても、わからない事は、その一言で解決しちゃうんだよ」
「いや、そんな適当な……」
怪訝そうな表情で、こちらを見てくるが、そういうものなのだ。……そういえば、大事な事を話していないね。これだけは、伝えておかなくちゃ。
「……その後、神の奇跡じゃないって、気付いても絶対言っちゃダメだよ。いいね? 消されちゃうよ? 歴史が物語ってるからね?」
「はいはい、わかりました。お遊びで、こんな事するのは、今回限りにしてくださいね」
「遊び心が有ったのは、否定しないけど、この施設の重要性を見せておきたかったのもあるんだよ。これ奪われちゃったら、星を壊滅させるのとか一瞬だからね。だから秘密厳守で頼むよ? 入り込まれて変な細工されたら、私じゃ直せる気しないし」
私の専門分野は魔法研究で、魔法機器じゃないのだ。魔法研究家が作った魔法を魔法機器開発者が受け取り、魔法機器に登録する。そうやって、魔法機器は作られている。
そのまま魔法を使わないのは、普通の人は覚えられる数に限度があるし、覚えたとしても機械を使う場合より魔力ロスが大きいからだ。私の母星では、自分で魔法を使う人は居ないに等しい。
「仕組みのわからないもの使ってるんですか? 心配になって来たんですけど、事故とか、起こらないですよね?」
もう既に、一部壊れてるんだけどね。こればっかりは、父さんが来ないと、どうにもできない。
「例えば、シアル! 君は、卵焼きの作り方を知っているかい? 当然、私も知らないよ。だからと言って、食べるのに何ら支障はないだろう? 知らなくったって栄養になる。そういうものだよ」
ありがちな例えだけれど、実に的を射ていると思う。
「いや、卵焼きの作り方くらい知ってますけど、多分、卵焼きも作れない、成人女性は、シアル様くらいかと。まあ、卵焼きを焼いてる神も、どうかとは思うので、覚えろとは言いませんが……」
「えっ? マジで?」「マジで」「マジかー」「残念ながら」
「今度作ってよ?」「気が向いたら」「楽しみにしとくし」
「マドレーヌ食べよっか?」「叩くよ?」
暫くこうしていたいけど、まだ、やる事あるからね。
ジュリエットはロミオに会いに行かねばならないのだ。全然、愛しくないけど。
「そろそろ、行こっか? あまり高度を下げたままに、しとくのもまずいし」
返事が無いと思ったら、シアルが目を細めて、真剣に下を見ている。目つき悪いですよー。何か、知らずに逆鱗に触れたのかと思ったよ。
「アネル様、何か下で光ってませんか。断続的に」
言われて見れば、確かに光った。この距離で観測できるんだから、かなり強い光なのは間違いない。
碌なものじゃないのは、解ってるから見て見ぬ振りを決め込みたいが、シアルの手前、そういうわけにもいかないか!
「確かに光ったね。ちょっと確認してみるから、少し待って?」
さっそく、自分の足元に魔法陣を描画する。私のオリジナル魔法のマジックスコープだ。遠くの景色を拡大して映し出す事ができる。
一枚じゃ遠すぎて豆粒だから、もう一枚重ねるか。
今度は見えた、人だ、戦ってるね。うん、戦ってる。
でかいなー魔獣。新種? 大蜘蛛とか見た事ないな。
あれ? 何あの人狐? 中々の身体能力だ。
うーん、でも、あのサイズの魔獣じゃ、殴って、どうこうできるとも思えないなあ。
光を発してるのは、魔獣のほうだね。一人、人間もいるな。
残念だけど、あれは無理だ。既に敗色濃厚だ。
所詮、私は神という名の人だから、全ての人を救う事なんて、できるわけもない。眼を逸らすのが賢い選択ってやつだ。
「シアル、ライフルとDカートリッジ1個、急いで」
「えっ! はい、どうぞ?」
「横のシートに座ってベルト固定、その後、開くハッチに、1ミリの隙間もなく魔法片面透過のシールドを被せて」
まあ、私は賢くなんて無いんだけど。もし私が賢かったら、この世界は、こんな状態になっていない。
パネルを操作して、シートの前方、2メートル四方を開放する。ゆっくりと底面の装甲が開いていく。遅い、遅い、遅い。たっぷり30秒かけて、やっとハッチが開いた。
隙間なくピッタリと障壁を張ってくれたおかげで、髪の毛一本なびかない。
シアルが使ったのは、内側からの魔法のみを透過する防御魔法。減圧を防ぎつつ、内側から攻撃できるようにするのが目的だ。
手に持っているのは、魔導兵器のMJS-1D。M魔法J銃Sスナイパーライフル型1式Dダレイスタン対応の略。
デザインは地球のマテリアルライフルを模倣して作ってある。その形に意味は無く、ただの趣味である。その気になれば、半分のサイズでも作れたりする。
距離はあっても、魔獣一匹程度なら、充填は10%程度で事足りるはず。
ストックの部分にカートリッジを差し込んだら、10秒で充填終了。砲身が青く輝いた。あとは狙うだけだ。
「後は、何かありますか?」
「集中させて、遠いから、1ミリずれただけでも……とんでもないところに着弾しそう……だから」
魔獣を倒す時に、遠視魔法をスコープにして、スナイパーごっこは良くやっていたけど、あの時は、500メートルくらいかな? これ何キロあるんだ? やっぱ10%じゃ足りないか? もうすこし増やしておこう。
あまりに遠い。魔力弾だから、風や重力の影響がないのだけが救いだけど。
引き金は2段階、1段目でホールドすると、光魔法が発動して、銃口から発射、着弾地点に衝突すると光を放ち、赤く照らす。
光で発射すると拡散、減衰の問題があるから、魔力状態で発射している。
レーザーを出してるわけじゃないんだけど、便宜上レーザーサイトと呼んでいる。ちなみに、模倣元と同じ位置に取り付けてあるスコープはただの飾りだ。
狙ってるのが、ばれるから、あんま使いたくないんだけど、無しじゃ当たるわけないしな。本職じゃないし。いや、本職でも無理じゃないかこれ?
この銃の嫌なところは、風の影響なし、重力の影響なし、銃口から直接発射するレーザーサイトは、どんな距離でも完全に弾道を再現する。
これだけ好条件が、揃っているからこそ、外した時の罪悪感は、半端じゃない。
手汗が凄いな私。地面に固定する、足って有ったよね……名前、知らないけど……あれ、作っとけばよかったかな、ダメだブレる……。相手も動く。怖くて引けない。一歩間違えたら、私があの人狐を殺してしまう。
いくら狙いを定めても、指先に力を入れようとした瞬間、赤い点が地面で踊る。
雲が流れてきてる。このままじゃ視界が通らなくなる。これは、無理かも。
「ぷっ! ちょっとシアル」
撃ち切れずに、チラッとシアルを見たら、自分まで息を止めて真っ赤な顔してる。
まあ、気持ちは、わからなくない。思わずそうなっちゃうよね。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
キョトンとした顔をしてる。真剣な顔してたのに突然吹き出したら、そうもなるか。うん、2お姉ちゃんゲットだ。不意打ちが効果的、覚えておこう。
「シアルまで息止めなくても良いんだよ?」
「あっ、そっか。ごめん」
「謝る事じゃないじゃん。逆に、ありがとう。肩の力抜けたよ。大丈夫、今ならきっと当たる。格好いいとこ見せてあげるね」
消えてしまった、マジックスコープをもう一度発動する。――どうやら幸運まで呼び込んでくれたみたいだ。標的と救助対象が離れている。
標的に赤い光が重なった瞬間、私は迷わず、引き金を引いた。
銃口から放たれた、細い銀色のラインが、発射地点から100メートルも進まぬうちに、直径20メートル近くまで膨れ上がった。
……いや、膨れ上がってしまった、だ。こんなはずじゃなかったのに。どう考えても、やりすぎだよ!!
銀に輝く光の柱が、流れてきた雲の先端を喰い破り、遥か下方の荒野に突き立つ。そう、それは光のラインなどではなく、まさに光の柱と呼ぶにふさわしい物だった。
「……凄い事になったね」
「そんな細かく狙うまでも、なかったのでは?」
「これにDカートリッジ入れて使うの、はじめてだから加減を誤ったよ。まあ、救助対象は、生きてるみたいだし」
「まあ、結果オーライですかね?」
「そう、それなっ!」