手抜き工事と絵本
「はーい! 出席を取りまーす。出席番号1番、シアル アームラさん!」
―――――――「はぃ」
「あれぇ? おかしいな、アームラさーん、シアル アームラさんは欠席ですかぁ?」「はいっ!!」
「うん、出席っと。アームラさん、次からは、もっと大きな声で!! それじゃ全員いますね! お菓子はマドレーヌ限定、ちゃんと持ってきましたか?」
「はい、持ってきましたよ。あと、アネル様のライフルも、言われた通り、持ってきましたけど、なんでこれ、私が担いでるんでしょうか?」
「うん、ありがとう。経費で落とすので、マドレーヌの領収書は経理に提出しておいてください! 質問の答えは、重たいからです! 察してください! さあ、行きますよ!」
ロミオに私財を使うとか許容できないのだ。やっぱマドレーヌを渡すのは癪に障るから、途中で食べてしまおう……ん? なんか背後で金属音がカチャカチャ聞こえるんですけど?
「はい、そこっ! 無言で銃剣を取り付けない! 銃口を向けられたくらいなら、先生、ありがちな冗談だなって、笑えるけど、手間暇かけて着剣されると、冗談だと思えなくて、ちょっと怖いです!」
まあ、銃剣は飾りなんだけど普通に切れる。普通の剣で刺された位で死ぬわけも無いけれど、死なないのと痛いのは別の話なのだ。
「冗談じゃない……と言ったら?」
フッ! やろうって言うの? 楽しいわね。
「神話が、刻まれるわ! 来なさい、シアル!! 拳で語り合いましょう!」
「自分の優位を捨てるわけないでしょ?」
そう言いながら、切っ先をこちらへ向けてジリジリと近付いてくる。
「えっ!? えぇー。そこは空気をよ…」
「ないでしょ?」「ないんだー」
とりあえずは、謝って事なきを得たが、気が短すぎないか!? そして、結局ライフルは担いでくれている。
「…………………ゴホン! 太陽に連れて行くのは、はじめてだったわね? 地下から転移で行けるから着いてきなさい。あと、帰ってからでいいから、様式美って言葉、辞書で引いて熟読しておいて」
「辞書は引きませんけど、それ以外は了解しました」
いつまでも話し込んでたら、夜が明けてしまうので出発だ。
向かうのは、地下2階にある、隠し部屋の下にある、隠し階段の先にある、隠し部屋の中だ。重要施設なので、入念なのだ。
地下の階段に向かう途中で、向こうから身長20センチほどの、警備兵が歩いてきた。夜中なのに、ご苦労な事だ。
彼らが来たからといって、わざわざスカートを押さえたりはしない。
『下着は、隠されるから、見たくなるのであって、そうやって見せつけられると、どうでも良くなる。というか、むしろ、絶対に視界に入れたくないまである』と、彼らの一人が言っていた。
面と向かって、神を露出狂あつかいする、剛の者だ。面白かったので不問に処した。
私は、慈愛と美の女神、下々の者達にも労いの言葉を欠かさない。
「深夜にご苦労じゃのう。我は、しばし神殿を離れるゆえ、留守は任せたぞ」
若干困惑の表情を浮かべた小人君だったけど「畏まりました」と恭しく礼をして、私たちが通り過ぎるのを待っている。
問題なさそうだね。シアルは考えすぎなのだ。次は、もう少しキワドイ線を狙ってみるか。『ウチが神だにょろ!』とかどうだろうか?
すこし鋭角すぎて、突き刺さる危険性があるかもしれない。シアルあたりに。
「アネル様、絶対わざと、やってますよね?」
やるなと言われると、やらいでか! なのだ。そろそろ私の扱い方を覚えて欲しい。
神殿の建築に携わった人達は、とっくに亡くなっているので、隠し部屋の存在を知るのは、昨日までは、私だけ。今日からは、2人だけだ。
隠し部屋にさえ、入ってしまえば、もう誰ともすれ違う事も無い。並ぶどころか、一人でも窮屈な、幅の狭い石造りの階段を、コツコツと靴音を鳴らしながら、魔導ライトを片手に下っていく。
「アネル様、階段を作るとき、もう少し広く設計できなかったんですか? 流石に、これはちょっと狭すぎませんか?」
私より色々と大きいシアルには、かなり窮屈だったみたいだ。
「下にある機材が盗まれたら一大事だし。部品単位にバラしても、持ち出せない広さにしたら、こうなったんだよ。大変だろうけど、もう少し我慢ね。そこ、ライフル斜めにしないと、引っ掛かるよ」
ようやく、階段を下りきって、重い金属の扉を押し開けると、そこが目的地、転移用の部屋だ。
400年越しに気付いたけど、私は確かに『さらに、その先の部屋も、隠し部屋にして! 意味? 意味とかじゃあ、ないんだよ? ロマンなんだよ!!』と、お願いしていたのに、この扉、隠れてないのでは、なかろうか?
はっ! 手抜き工事!? しかし、400年前の工事に、今更クレームを入れるとか、どんなモンスタークレーマーだって話だし、諦めるしかなさそうだ。私、常識人だし。
この旧隠し部屋も全面石造りの装飾のない部屋だ。この部屋にあるのは、隅に置いてある無骨な金属製の器材、これだけだ。これが転移装置。
なんか、田舎の、個人経営の工場とかに設置しておくと、違和感がなさそうな感じで、あまり好きじゃない。
どうにも、見た目に花が無さすぎるので、私が色ガラスを張りつけてデコった。お手製のデコ転である。
なかなか良い出来だ、皆さんもインテリアに如何でしょうか? 1200年経っても、乙女心を無くさない永遠の17歳だった。
「はぁ、はぁ、ここですか? もうアネル様は、色々小さいんだから、代わりにライフル持ってくれたら良かったじゃないですか? 聖堂を出る前から疲れましたよ」
煽って、おられるのだろうか? 狙って、この場所で煽ってきたとしたら、中々の策士だ。
「精密機器があって、命拾いしたねシアル。いい? 次は、戦争だよ! それだけは、言っちゃあ、いけないの!」
「別に男に興味があるわけでもないのに、胸なんてどうでも良いじゃないですか?」
せっかく、臭いものに蓋をしているのに、無神経に蓋を外されちゃたまらない。
「聞いてシアル。昔ね、サミナが私の絵を描いてくれたの」
「なんですか、突然? まあ、聞きますが」
「うん、聞いて。その絵に描かれた私の姿は、それスイカでも入ってるんですか? って聞きたくなるようなバインバイン具合だったのよ! ジョークの領域に達していたのよ! あれが、あの子の理想の姉像なんだ。このままでは、姉様と呼んでもらえなくなる。そうなったら私はもう、きっと世界を愛せない」
嗚呼、涙が出てきた。聞いた話だと、男はこれでイチコロらしい。なんてチョロイ生き物だ。妹は、そこまでチョロくないのである。
「はぁ、わかりましたよ。その事には、触れないと約束しますから。仮に、そうなっても星に八つ当たりとかしないでくださいよ?」
「ぐすんっ、うん、わかった。言う事聞くから、かわりに「巨乳は悪である、貧乳は神である」ってテーマの絵本作っておいて? 巨乳がトラウマになりそうな感じで。今度会ったら読んで聞かせるから。あと、その話に、ロボットと魔法少女も登場させてね、食い付きが違うから」
「実の妹に、故意的にトラウマ植え付けてどうするんですか!! 最初のテーマだけでも、かなりの無茶ぶりなのに、ロボットと魔法少女を、だすとか無理ですから! どんな話ですかそれ!? そんなの誰も創れません!」
……仕方ないね。あらすじだけ、私が創るか。そうだね……。
「醜く太った巨乳どもが、人の醜い本性を曝け出して、殺し合い、奪い合う終末の世界。――そんな脂肪に満ちた地上に、胸の薄い銀髪の女神が降臨して、6歳の少女と契約するの。――その命を魔法の杖に宿し、魔法少女になった彼女は、巨乳たちのボス、奇乳の操る狼型ロボットと激しく火花を散らし、三日三晩戦い続け、辛くも勝利を掴むんだ。――だが、その時、彼女は気付けなかった。奇乳から剥がれ落ちた小さな肉片が、まるで、意思をもったように蠢き、自分の背中に取り憑いた事に。――そして、訪れた仮初の平和、時は流れ12年後。KN細胞の浸食を受け、自らも奇乳になってしまった少女の手から魔法の杖が滑り落ち、杖から分離した命の結晶が、冷たい地面で硬質な悲鳴を上げた時、世界は再び混沌の波に飲まれる。――そこで区切って、第2部に続く感じで。あっ! 変なサービスとか要らないから。大きなお友達とか、お呼びじゃないし。子供向けなのを意識してね?」
「なんでノータイムで、そんなストーリー創れるんですか!? 嫌ですよ! ご自身でお描きください。それに、なんかロボットに悪意を感じるんですが!? 大体、なんですかKN細胞って!? そんなのが、あるならご自身に、移植してください! これで、万事解決です」
「信じてるから?」澄んだ瞳で。
「何を!?」濁った瞳で。
「じゃ、はじめるから、今の場所から絶対動いちゃダメだよ? 動いたらどうなってもしらないし。あっ、口も開いちゃいけませーん!」男子児童のような顔で。
「ぐぬぬ……」悔しそうな顔で。
「凡俗め、所詮自分の命が、かわいいと見える」支配者然とした口調で。
「後で覚えてろよ」腹話術で。
うむ、後の事を考えていなかった。後の事は、後で考えよう。私は今を生きる女。
さて、仕事をしよう。やる事は簡単だ、転移先は同じ装置がある場所限定で、そこから選ぶだけ。
トグルスイッチをパチパチ弾いて、電源を入れたら、シアルの横に移動する。
待つ事20秒、足元に魔法陣が描画されたら完成である。
「目は瞑ってた方が良いよ? 開いてると光で目がやられて、暫く何も見えなくなるから」
「……しゃべっちゃダメって言ってませんでしたっけ!?」
「じゃ行くね。リリース!」