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48番目の世界にて  作者: 那萌奈 紀人
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蜘蛛と柱

 人狐の村を出て、2週間は、非常に順調な道のりだった。


 日に数回は魔獣と遭遇して戦闘になるが、最初の数日こそ、完全に役立たずだった僕も、徐々に戦闘になれ、二人の役割分担もしっかりと出来上がった。


 魔獣が現れた際は、まず僕が、接近される前に貫通弾で敵を削る。


 魔獣と言っても、所詮は生物、頭部や心臓など、急所を貫抜く事に成功すれば、そこで戦闘終了だ。


 度重なる戦闘で、魔法の扱いもすっかり慣れた。魔法陣の描画に1秒、魔法陣への魔力装填に3秒、合わせて4秒で、発動できるようになった。


 接近を許しそうな時は、シールドの魔法を準備し、衝突寸前で発動させる。


 もんどり打って倒れた所に、キミコが突撃して、殴る、蹴る、で終了だ。


 ……村一番の魔法使いの、回復魔法以外を見る日が、訪れる事はあるのだろうか?



 事が起こったのは、14日目の終わり頃か、もしくは、15日目が始まっていたのか、時計も持っていない僕たちには、正確な時間を知るすべはなかった。


 でも、仮に時計を持っていたとして、それでも正確な時間を知る事は、無かったと思う。それどころじゃなかった。そんな無駄な動作をすれば、死に一歩近づくのは明白なのだから。


 既に森林地帯を抜け、進むのは岩のような硬質な地面、進行方向の右手は、浸食された山が岩の壁を作っている。


 すっかり太陽は消灯し、恐らく月の替わりなのだろう、1個の太陽が常夜灯のように弱い光を放っている。この弱い明りを頼りにこれ以上進むのは、困難だ。


 問題はどこで休むかという事だ。平地のど真ん中では、全方位の警戒が必要になり、見張り担当の負担が大きいし、敵対生物に発見される可能性も上がる。寝る側としても身を隠すものが全く無いというのは心細いものだ。


 話し合った結果、崖崩れの危険性の方が、まだマシだ、という結論に至り、岩の壁の少し窪んでいるところに身を隠し夜明けを待つことにした。


 キミコを先に寝かせ、見張りを担当した僕は、静かな寝息を立てるキミコのすぐ横に座り、辺りを警戒していた。


 聞こえるのは風の音ばかり。この様子だと、何事もなく朝を迎えられそうだと思った瞬間だった。


 ズドンっ!! 突如、大きな音と、地面の揺れ、少し遅れて、砕けた小石が飛来した。


 180度、警戒は怠っていなかった。しかし、頭上は盲点だった、まさか見上げる程、高い崖から、飛び降りてくる魔獣が居るとは、想像すらしなった。


 反射的にキミコの腕を掴み、無理やり引き起こした。


「ふぇ? どうしたんですかぁ?」


「走れっ!!」


 叫ぶのと同時に、キミコの腕を強く掴んだまま、引きずるように駆けだした。


 必死に、走りながら後ろの様子を窺うと、ぼんやりと赤く光る4個の球体が見える。


 魔獣はまだ、落下地点からまだ移動していない。4個だった光が、右方向へ少しずつ移動しながら、その数を増やしていく、その移動は8個になった時点で停止した。


 そうか……、最初は横を向いていたんだ。最初に見えていたのは側面の4個。魔獣が、こちらを向いたことで陰になっていた残り4個が見えた。


 下りてきた先に、偶然僕たちがいただけで、そのまま何処かへ消えてくれるかもしれない、なんて甘い考えは、もう、打ち砕かれた。


 8個の光の高さは、一番高いものだと3メートルはありそうだ。


 最低でも体高3メートルの巨体、崖から飛び降りる身軽さ、逃げるのは恐らく無理だ。


「キミコ! 逃げられそうにない、戦うぞ! いつも通りだ、大丈夫、いつも通りやれば勝てる」


「はい、キミコも頑張りますよぉ!」


 相変わらず、少し力の抜ける喋り方だけど、こんな時は、むしろそれが良い。


 落ち着いて、やるの事は、いつもと同じ。すこしばかりデカいだけだ。


 魔獣がこちらへ駆け出した瞬間、空を覆っていた雲が切れ、常夜灯の明かりが差し込んだ。――――バカでかい蜘蛛だ。


 距離はそれほど稼げていない。撃てるのは精々1発、良くても2発。狙うのは頭だ。それ以外の急所なんて想像もつかないから。


 魔法陣を描画、右手を添え魔力を装填、月白の魔法陣が鮮明な青に色付いた。


 のんびり狙う時間はない。魔法陣中心を蜘蛛の頭部に向け中指で弾く。


 闇夜に浮かんだ、青い魔法陣が強く輝き、中心から青い光弾が高速で射出された。


「いけぇぇぇぇー!!」思わず声がでた、まるで僕らしくない。でも叫ばずにはいられなかった、これで、ダメなら僕だけではなく、キミコにまで危険が及ぶ。


 暗闇に光の尾を引く光弾が、蜘蛛の頭部へ突き刺さる。狙った眉間には当たらなかったが、眉間より若干右上にある、赤い光を放つ眼球に着弾した。




 眼球から紫色の体液が噴き出している。……息を殺し動向を窺う。……蜘蛛の速度が徐々に緩み、僕の手前10メートルほどのところで静止した。


「これは……勝ったのか? 念のためもう一発入れた方が……うわっ!!」


 突如、蜘蛛の残された7個の目が、今までの数倍、いや、数百倍のの明るさで白い光を放った。


 まともに直視してしまった。光が目に焼き付いて周りが全く見えない!


 蜘蛛の居た方向から『ザッザッザッザッ』と、地面に何かを突き刺したような音が、連続で聞こえてくる。


 何かしてくる! まずい視界ゼロで、躱せるわけがない……。


 蜘蛛から聞こえていた音が止まったと思った直後『ヒュン』風を切るような音が耳に届く、多分何かが発射された。もうヤマ勘で飛びのくしかない。


 そう思った瞬間、強く、そして柔らかい衝撃を受けて僕の体は左方向に吹っ飛んだ。


「彰悟くん、キミコが、あの蜘蛛、倒してくるので、そこで待っててください。終わったら治すので、無理に動かないでくださいねぇ」


 倒れた僕の耳元でキミコが囁く、そうか、さっきのはキミコが助けてくれたのか。


 僕は今どうなっている? 右足の感覚がおかしい。今まで感じた事の無い感覚だ。


 キミコの体温が離れる。少しして、固いものを殴る打撃音が聞こえてきた。


 たしかにキミコは強い、でも、とてもあの化け物に素手で勝てるとは思えない。


 早く復帰しないと、でも、まだ目が見えない、右足は……。


 触ろうとして、すぐ解った、今までにない感触なんかじゃない。感触が無いんだ。存在しない足に感触なんて、あるわけないんだから。


 気付いた瞬間、残された太腿の半ばから強烈な痛みが襲ってきた。くそっ! 恨むぞ銀髪少女! 何が素敵な世界だ!


 ……大丈夫、足が無くったって、魔法を使うのに支障はない。まだ諦めない!


 焼き付いた光がまだ目に残るが、辺りが見え始めた。まだやれる。やらなきゃ、やられる。


 戻った視界に映ったキミコは血に濡れていた。あれはいつもの返り血じゃない、蜘蛛の鋭い足先で、体を何か所も切り裂かれている。


 蜘蛛は、強烈な打撃を食らっても、傷一つ付いていない。


 外皮が硬すぎるんだ。眼に命中した時も、後ろに貫通しなかった。


 あいつに有効な攻撃は、なんだ? 僕の手札は、貫通弾と爆発の魔法しかない。


 その貫通弾も外皮は貫けない。爆発はだめだ、近づかなきゃ使えないのに、歩けない状態じゃどうしようもない。


 そうだ! 目だ、目を全て潰してしまえば、倒せないまでも逃げられるかもしれない。入った角度によっては、そのまま脳を破壊できる可能性もある。


「キミコー!! これから、眼を潰す!! 全て潰し終わったら…」


 ……やばっ、足の事忘れてた。……言う事、聞いてくれるかな?


「僕の事は気にしないで、逃げるんだ!! 遅れても絶対追い付くから! はじめるぞっ!」


 魔法陣を描画、魔力を充填、狙いは、右側の目、右目4個を先に潰し、死角を作る。


 発射された光弾は、キミコに気を取られ、動きが止まっていた蜘蛛の右目に吸い込まれた。残り6個、蜘蛛じゃなきゃこれで終わりなんだけど、言っても仕方ないか。


 蜘蛛の目の光が変わった、また来る! 目潰しだ!


「また光るぞ! 直視するな!」「はいっ!」


 返事をした直後、キミコは蜘蛛に背を向け、地面に突き刺っている、60センチ程で先のとがった白色のトゲに駆け寄る。


 トゲの先にベッタリと血がついている。その横に落ちているのは……見なければよかった。そうか、あれに足をやられたのか。


 僕も後ろを振り向いて、目潰しをやり過ごす。


 振り向いた時、蜘蛛は、エビのように体を丸めて、尻尾をこちらへ向けていた。本来であれば糸がでるであろう場所から、先程の地面に突き刺さったトゲが顔をだしている。標的はキミコだ!




 キミコは、向けられたトゲを無視し、一直線に蜘蛛へと駆ける。手に引き抜いたトゲを握りながら。


 トゲが発射される直前、大きく飛び上がり回避。そのまま、蜘蛛の頭部に取り付く。そして右手にもったトゲを振りかぶり、右目の一つに深々と突き刺さした。


 キミコの反撃はそれで終わらない、暴れる蜘蛛の頭に、必死にしがみついて一個また一個と眼を潰していく。


 援護射撃をしようと思ったが、僕の腕じゃキミコに当たりかねない。何か出来る事はないのか? 祈るだけとか、情けなさ過ぎるだろ!


 5個目を潰したところで、蜘蛛の残された最後の目が強烈なフラッシュを放つ。間近でフラッシュを浴びたキミコが、振り落とされてしまった! そのまま、蜘蛛の目前に転がり落ちてしまう。


 蜘蛛が大きく振り上げた前足が、キミコを狙っている! このままじゃ、キミコが、やられてしまう! それは絶対だめだっ!! 僕は咄嗟に駆け出した。そう駆け出せた。足が戻ってる? いや、今は、そんな事どうでもいい、走るんだ。


「キミコ!! どっちでもいい横によけろ!」


 言葉に反応して、左に転がる。回避した、キミコの脇腹が浅く切り裂かれた。


 もう一撃来る。振り下ろされる爪に全体重をかけて、必死で飛びついた。間に合った! 横から強く押された爪が、軌道をほんの少しずらし、キミコの金色の耳をかすめ、地面に突き刺さる。


 目の前に出れば、すぐに攻撃されてしまう。すぐさまキミコの手を握り、蜘蛛の胴体の下を屈んで潜り抜け、腹部側から抜け出した。


 振り返り、蜘蛛を見ると、体の向きを小刻みに変えながら、何かを探しているようだ。いや、何かって、僕達しかないじゃないか!


 もしや、目を5個潰されて、視界が狭まっているのか? 今なら逃げられるんじゃ?


「キミコ、逃げるぞ、死ぬ気で走れ!」 


 そこからは、二人で必死に走った。残りの目は3個だけれど、逃げ切れるなら無理に潰す必要はない。捕捉されたら、もう一度挑戦すればいい。


 怒り狂った蜘蛛が、目潰しのフラッシュを後方で連射している。数が減って、光量が落ちているようだが、それでも発光した瞬間は、夜の帳が引き裂かれ、周りの景色がはっきりと見える。


 心臓が破裂しそうだ、足がもつれる、それでも走り続ける。時折振り返り確認するが、徐々に距離が離れている。今のところ追われてはいないようだ。


 蜘蛛姿が肉眼では見えなくなったところで、僕たちはどちらからともなく足を止めた。さすがに限界だった。これ以上走ったら、蜘蛛に殺されなくても、心臓が止まってしまいそうだ。それじゃ逃げた意味がない。


 戦闘直後の全力疾走。ここまで走れた自分たちを褒めてあげたいくらいだ。


 蜘蛛の居た方に目を向けると、姿は見えないが、まだフラッシュを放っているのがわかる。


「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんとか、逃げ切ったか? し、死ぬかと思った。」 


 もう大丈夫だと安心した時だった、遥か彼方で光っていたフラッシュに異変が起こった。全方位に拡散していた光が、指向性を持った光に変わった。


 その光が地面すれすれの高さで円を描くように移動してくる。


 こちらへ向かってきた光は、僕たち一瞬だけ照らして通り過ぎ……すぐに停止した。……そして逆回転、再び僕らを照らした。今度は、通り過ぎない。


「蜘蛛のくせに、サーチライトだと……」


 遠視の魔法陣を描画、魔力を充填、発動した先に見えたのは、こちらへ向かって、一直線に駆けてくる蜘蛛の姿だった。


「はは、来てるよ。……キミコ、もう少しだけ、頑張ろうか?」


「はい! 早く、やっつけてご飯にしましょう! キミコお腹すいちゃいましたぁ」


 血に汚れた顔で、笑いながらそう言ってくれた。


 これだけ走った後で、食欲も何もあったものじゃない。それはきっと、キミコも同じだと思う。


 きっと、嫌な雰囲気を吹き飛ばそうとしてくれたんだろう。なら、その気持ちに応えよう。


「そうだな、僕もだ! 貴重な蛋白源だ、絶対に逃がすなよ!!」


 さあ、微かに足音が聞こえてきた。ファイナルラウンドだ!


「えっ?」「ふぇ?」


 覚悟を決めたその瞬間だった。前方の上空から、何の前触れも無く、音すら立てずに光の柱が落ちてきた。銀色に輝く巨大な光の柱が。


 その柱は、走る蜘蛛をめがけて落下し、地面に突き立った。


 その瞬間、すさまじい衝撃波に襲われた。巻き上げられた岩床の破片が次々と降り注ぐ。――遠くで崖が崩れるのが見えた。


 とっさに、二人が隠れられる大きさの、障壁魔法を展開する。――ガンッガンッ! と、大きな音を立てて、障壁に激突する飛来物。消えそうになる障壁を再展開しながら、余波が過ぎるのを息を殺して待ち続けた。




 どれだけ時間が経っただろう、静寂が戻った時、そこに有ったのは、巨大なクレーターと、その周りに散乱する大量の岩石と、薄くなり始めた砂煙。


 あれだけ強烈な存在感を放っていた蜘蛛の姿は、もうどこにも見つけることはできなかった。恐らく、肉片一つ残らず、消し飛んでしまったのだろう。


 座ったまま、夜空を見上げると……真っ黒い天井? とてつもなく巨大な何かが空を覆っている……。空に浮かぶ巨大な飛翔体に、光の柱。……天空の要塞?


「キミコ、今のなに?」「ふぇ? キミコは、ピカピカの柱だと思いますぅ」


「そっか、うん、ピカピカだったな。全くだ」「綺麗でしたねぇ」


「巻き込まれたら、死にかねなかったけどな。まあ、助かったし、結果オーライってやつかな?」


「はい、オーライってやつですぅ! でも食べるところ残りませんでしたねぇ」


「ほんとに食べる気だったのか!?」


 その後、空を覆った物体は、徐々に小さくなっていき、いつもと変わらない夜が、おとずれた。


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