押し付けられた使命と天然もの
辿り着いたキミコの家は、他の家よりも一回り大きい2階建てのログハウスだった。
キミコは、鍵を取り出す事もなく、そのままドアに手をかけ、大きく開け放ち、家の中へと入っていく。どうも、この家には鍵という物が存在しないらしい。
出迎えてくれたのは、とても人の好さそうな、夫婦だった。
もちろん、頭には耳が、腰からは尻尾が生えている。
迷惑がられないか心配していたんだけど、無用な心配だったようだ。快く、宿泊を許可してもらえた。
キミコは、風呂で返り血を落としてくる。と、言って居間を出て行った。奥さんは料理をしているようで、キミコの父親と二人で話をする事となった。
奥さんが持ってきてくれた、ガラス製のコップに入った、茶色の液体。
コップに水滴が付着している。恐らく冷蔵庫的なものまであるのだろう。
さて、何から聞けばいいんだろう、本当に聞きたい事が多すぎる。
やはり最優先は、ルモイ王国とは、どんなところで、自分はそこで何をすればよいのか、だろうか? まず、ここから聞いてみよう。
「ルモイ王国についてだね? これを話すには、付随して、色々知ってもらう事がある。少し長い話になるから、楽にして聞いてくれ。」
長い話か、メモ帳も何も持ってないんだけれど、覚えられるだろうか? ちょっと不安だな。
「ルモイ王国というのは、人間種が集まって作られた国なんだ。人間というのは、笹塚君、君と同じ見た目の種族だ。人間の一番大きな特徴は、魔法が使いえないという事だ。」
僕は人間じゃない? 今の話を纏めると、そういう結論に至ってしまうんだけど。……とりあえず最後まで聞いてからだな。
「この星には、他に3種族が生活している。私たちのような、狐の特徴を持つ人狐族、狼の特徴を持つ人狼族、見た目は人間と同じだが、手のひらに乗るような大きさの妖精族の3種だ。この3種族は、魔法を使うことができる。」
狐、狼、妖精か。猫とかは居ないんだな。そして僕は、どう考えても、その3種とは別種だ。
「ルモイ王国には、人間以外の種族も住んでいるが、その数は少ない。人間以外には住み難い国なんだよ。その理由なんだが、これを話すには今度は宗教の話を先にしなくてはならないんだ。」
宗教か。……目の前のグラスに口を付けてみた。なにかのお茶みたいだ。少し苦みが強いが、悪くない。
「この星にある宗教は、1つだけ。名前は『アームラ教』崇める神は『アネル』という名の女神様だ。人間を含めた4種族の殆どの人々が、この宗教の信者なんだよ。その宗教で人間を害する事を固く禁じているんだ。それを破ると、重い罰が下ることになる」
人間至上主義なのか? でも、それだと、全種族が信仰しているってのが不自然だ。
「その事で、人間の中には、自分が特権階級であると錯覚するものが、現れてくる。それが住み難い理由だよ。そんな人間の行動は言われるまでもなく想像できるだろう? 3種族がルモイ王国から完全に居なくなれば、自分たちの生活が立ち行かないってのに、本当に愚かな連中だ」
「3種族が居ないと、生活できない理由って何ですか?」
とりあえず、最後まで黙って、聞いていようと思っていたけど、つい質問してしまった。
「だれが魔力タンクに、充填をするのかって話だよ」
そういう事か、魔法を使えないから、外にあったタンクに充填できないって事か。
「次は、なぜ人間を特別扱いしているかなんだが、アネル様の教えでは、人間が魔法の力を持たないのは、この星を維持するために、魔力を全て使っているからで、万が一、人間の人口が、一定数を下回る事があれば、太陽は光を失い、この世の全ては凍り付き、生き物がすべて死滅するという話だ。だから、人間を害する事を禁じているんだ」
あの空に浮かんでいる複数の太陽の事か、人間の魔力を使って光ってるって事は、やっぱり星じゃないんだな。じゃあ、なんだあれは? 聞いても太陽としか答えは返ってこないのは明白だけれど。
「人間種ばかりが優遇されているように感じるだろう? でも、3種族にも、恩恵はある。3種族の大半は『アネル神国』に住んでいるんだ。ここはアネル様がもたらす魔法機器の技術で、この星で一番反映している国なんだよ。ここに人間は住んでいない。人間は脆弱な生き物だから、付近に強力な魔獣が生息する『アネル神国』へ訪ねていくのは困難なんだ。ここに住んでいる限り、人間に会う事、自体ないに等しいんだ。人間を害するな、という教えは、有って無いようなものなんだよ」
なるほどな。宗教的には、優遇されていなくても、技術的な部分で優遇されているって事か。それなら、その宗教を信仰しているのも分からなくはない。
「ただね、全ての者がアームラ教の信者ってわけじゃない。神の教えに懐疑的な者達や、神の教えを破り、魔法因子を保有する動植物を捕食して、魔法の力を得た人間種。そういった人々が集まって出来た国がある」
魔法を使う相手を食べると人間種も魔法が使えるようになるって事? 動物や植物なら良いけど、それ人狐や人狼、妖精も含まれるよな……多分。
「もし、そういった国や、強力な魔獣の攻撃を受ければ、脆弱な軍隊しか持たないルモイ王国は、甚大な被害を受ける事になる。そのルモイ王国を守るために、神が召喚する存在、それが君達ガーディアンだ」
「そのガーディアンって言うのは、何人も居るんですか?」
「もちろん君一人では無いよ。それほど多くは無いようだけれどね。ガーディアンは、人間種の祖先が住んでいた星から呼び出されると聞いている。全員、君と同郷のはずだよ」
昔、地球から移民してきた日本人が、作った国があって、そこから言葉が伝わったという事か。
細かい疑問は、まだまだ残っているけれど、自分が、なぜこの地に呼ばれ、何を求められているのかは、わかった。
しかし、求められた通りに動いてやる義理はない。当面の目標は、ルモイ王国へ行き、銀髪の少女を探す事だ。
白髪の男性は、言っていた、自分の娘に会えと、恐らくルモイ王国に居るはずだ。 会って、地球へ帰還する方法を聞き出す。
そういえば、さっきの話の中で、神アネル? の話が少し、おかしかった気がするんだが。
「あの? 神アネルが実在するように聞こえたんですけど?」
僕がそう言うと、キミコ父は、不思議そうな顔で首を傾げた。
えっ! 何か変な事、聞いたかな?
「不思議な事を聞くんだね? 実在するに決まってるじゃないか。君の居た所では、実在しない、空想の存在を神として崇めているのかい?」
まるで、僕の方が、おかしいような言い方をされてしまった。
こちらの世界の人からみたら、地球の神という存在の方が異常に感じるって事か。
もし銀髪娘に会えなくても、神アネルに会えれば、帰してもらえるかも。頭の隅にでも置いておこう。
「おじさんは、アネル様にお会いした事ってあるんですか?」
「ああ、ちょうど10年前かな、この村にアネル様が訪ねていらっしゃったんだよ。その時にお会いした。その時の事は、今ではっきり思い出せるよ」
――――――――――10年前
ある日、なん前触れもなく、アネル様が村を訪れた。
召喚場の視察の帰りに立ち寄ったそうだ。
この村には、外部の人が訪ねてくる事なんて、まずないから、宿泊施設がない。
召喚されたガーディアンの案内役を務める家系である我が家に、お泊りいただく事になった。
温厚な女神さまで、悪意が無い限り、多少の失言や失敗なら、笑って許してくれるような方だとは聞き及んでいたが、それでも緊張した。やはり失礼があってはいけない。
村の代表が、アネル様をご案内する間に、私は大慌てで部屋の片付けに、妻は料理の準備に追われていた。
二人とも忙しさで、キミコの事が完全に頭から抜け落ちていた。病気がちで普段から部屋で眠っている事の多い娘だったから尚更だ。姿が見えない事に何の疑問も覚えなかった。
その後、お迎えの準備が終わり暫く待ったが、アネル様は、いらっしゃらない。
不思議に思った私が、家の外へ出てみると、私の目に飛び込んできたのは、キミコと銀色の髪の少女が、笑いながら話している光景だった。
一目でわかった、この方が、アネル様だと、神々しいお姿、キミコに向ける慈愛に満ちたまなざし。
まさに、慈愛と美の女神! 私は感動に打ち震えた。
ながくベッドを離れていて、体調が悪化したのか、キミコがふらつき倒れそうになった。それをアネル様が、そっと抱き上げて「私がベッドまで連れていくから、居間で待つように」と仰り、キミコを抱き抱えたまま部屋へ向かわれた。
暫くして、キミコの部屋から戻って来たアネル様が仰った。
「キミコちゃんの事で、少し相談があるのだけれど、いいかしら?」
「断る理由などございません。どうぞお話しください」
「私には、一目でわかりました。あの子には、並々ならぬ才能があると。ぜひ、私のいもう…ゴホンっ! 従者として迎えたいと思うだけれど、どうかしら?」
そう言う、アネル様の目は真剣そのものだった。私は、葛藤に苛まれた。選ぶべき答えは分かっていたんだ! しかし……。
「……折角のお申し出ですが、あの子は体が弱く、従者の務めを果たすの難しいかと思います」
「それは、今さっき治してきたので、恐らく明日には、他の子と同じ、いえ、必要以上に動き回れるようになるでしょう。だから! どうでしょう? もちろんロハとは言いません! 何か望みを言ってくれれば、多少の無理を押してでも、叶えたいと思っているのだけれど。さあ、言ってごらんなさい? 欲望をぶちまけて? 例え望みが、世界の5分の1が欲しいとかでも、持ち帰り検討させていただく所存なんグハッ!!」
「すみません、アネル様は、長旅で少し疲れているようなので、先にお部屋で休ませていただきますね。さあ、来てくださいアネル様、ちょっとお部屋で、お話しましょう?」
「ちょっと待って! ねえシアル、逸材なの! あんな天然、そうは、いない……」
――――――というような事があってね。
「キミコは、あの時、アネル様に着いて行った方が幸せだったのではないかと、今でも思ったりもするのだが、やはり小さな一人娘を手放すのは親としては、寂しくてね」
僕には、どう考えても、送り出さなくて正解だったと思うんだが。それにしても、女神も銀髪か……。