届いた手紙とジュリエット
「そんな些細な事、どうでもいいの。それよりも、はい、これ受け取って、これを渡すのが今日ここに来た理由の一つ」
「ええええ! それこそ信仰揺らいじゃうよ!? ペシペシ叩かれながら言う事を聞かされてる神ってどう思う? シアルは、自分に甘すぎない!?」
私の言葉など、聞こえていないと言わんばかりに、シアルが話し始めた。
「第三召喚場で送迎を担当している人狼が、ヒカリンゴの木……これ、もう少し名前なんとかならなかったの? ……の後ろに落ちていたのを発見して、郵送したみたいだよ。そう書いてあるメモが、封筒にくっつけてあった」
「スルーですか、そうですか。……どれ、なんか封筒が随分とヨレヨレじゃない? 消印が神歴1186年……14年前だよ」
「配達員が消息不明になっていて、14年越しで、郵便物の入ったカバンだけが見つかったみたい」
「嗚呼、それはご愁傷様だね。まあ、14年なら誤差だから何の問題も無い。安心して成仏して欲しい」
ん、宛名は、アネル様ね。差出人、ああ、父さんか。私の通信端末が壊れちゃったから、こんなアナログな方法で連絡したのね。
父さん、漢字を書くの苦手だから、プリンター買ったな?
日本円は貴重なのに無駄遣いするとか許せんな。ニコルに報告してやろう。……それはそうと。
「差出人みたら読む気失せた。私が神になった事に、お冠らしいから、どうせ小言だし。大体ね、神の行いなんて天災みたいなものだよ? 天災(私)を非難するなんて、あまりに無益な行動だし。ましてや、神(私)に祈るなんて愚かな行為、ほんっと見るに堪えないね。……あと、ヒカリンゴ、文句があるなら、必死の覚悟でかかってきなさい」
手のひらを天井に向け、四指をクイックイッ! と、曲げて挑発してみる。
「それ犠牲になった配達員が成仏できないから。以下省略。はい、時間も押してきたから次の案件」
「せっかくツッコミどころを沢山用意したのに、省略って酷くない!?」
「次、ルモイ王国に潜入していた諜報員からの報告、やっぱり、裏でコソコソ開発してるみたいだよ。魔導兵器」
「ん? それ今更じゃない? 気持ちも分からんでもないし、度が過ぎない限り、見て見ぬ振りをするつもりだったんだけど? 暗黙の了解的な?」
あの国の、国民の大半は人間種。人間種は魔法が使えないので、他の3種族と比較して、非常に弱い。
それを補うためにガーディアンと呼ばれる存在を、送り込んではいるんだけど、なにせ人数が少ない。最大で106人まで増える予定だけれど、いま何人集まったんだろう?
とは言っても、ルモイ王国に敵対行動をとるという事は、この星の最大勢力である、アネル神国を敵に回す事になるのは、周知の事実なので、実際に攻められた事は今のところない。
でも、防衛力を強化したいと考えるのは自然だし。世界のバランスを崩さない程度の武装は、許容するつもりでいる。
「今から2週間前に、王都の北に位置する平野付近で、キノコ雲が確認されたんだって」
「へー。なんだろうね?」
「ちょっと、お姉ちゃん危機感なさすぎない!?」
「……ニコルあたりが気付いて報告してくるだろうなって思ってね? まあ何百年後になるかわからないけど」
「通信端末、壊れてるのに? 早く新しいの送ってもらってよ」
「通信できないのにどうやって頼めばいいの? 無茶言わないでよ。向こうが気付いて送って来るのを待つしかないの! それとも自分で取りに行く? 戻ってきた頃には、人類が滅びてそうだけど」
「言われて見ればそうか……もとの世界に戻る……か」
シアルに対して、向こうに戻るって話は、少し軽率だったか。
「全て終わったら、気絶させてでもシアルを連れて帰るから。あっ、でも耳と尻尾は、まずいかー。切り落とす? 切断しちゃう? でも不死の秘術で再生するしなー。まあ、なんとかするし」
「はいはい、ありがとうお姉ちゃん。痛くない方法でお願いするよ。ほんと、お姉ちゃんは茶化さないと会話できないの?」
「じゃあ少し頑張ってみる。どうぞ」
「それで、キノコ雲の上がった場所が特定できたんだけど、そこには大穴が開いていて、周りの樹木なんかもなぎ倒されていたらしいよ。 雲を観測した数日前に、ガーディアン2人と一般兵10名を護衛につけた荷車が、王国から、そちらの方角へ出発してたのも確認取れてるみたい」
「オリジナル魔法を実験した痕跡では?」
「私的には、それだとしても問題あると思うんだけど。それに、そこまでの魔法を作れるのは、この世界ではお姉ちゃんだけだと思うよ……。とりあえず、これ見て」
渡されたのは、ズッシリと重い布の袋、口を縛る紐の結び目が硬い!
「ほどいて?」
「そのぐらい自分でやってよ。もう、面倒くさいなあ」
文句を言いながらも、ちゃんと解いてくれる。かなり苦戦しているようだけど。あっ、ナイフで切り裂いた。
出てきた物、ぱっと見は、何の変哲もない銀色の金属片なんだけど……。
「どこで?」私が手に持って、少しすると徐々に色が青に変化していく。
「爆心地から1キロ離れた林の中だって。爆風で飛んでいったんじゃない? ポリシーに反するとか言って滅多に使わないけど、お姉ちゃんの武器に使ってるのと同じ金属でしょ?」
「まずいね」この星には、存在しない金属だ、何処かから持ち込まれない限り。
「とりあえず、脱線させなければ普通にしゃべっていいから。なんか調子狂う。それで、どうまずいと思ってるの?」
「わがままだなぁー。この金属は、私の故郷の方じゃ珍しくないんだけど、この星じゃ手に入らないんだよ。通常の魔導兵器には、絶対使われない素材。溶かすのめちゃめちゃ大変で、加工性が悪すぎるの。逆に言うと、普通じゃない兵器に使われるんだよ」
「その普通じゃない兵器って?」
「環境維持装置を動かしてるのと、同じエネルギーを使う兵器」
「それは、まずいね」「ね? まずいでしょ?」
ん? 何故かシアルが、乱れてもいない襟を正した。
「それで、どうなさいますか? 守らざるを得ない相手というの厄介なところですよね。相手が、その事を知らなければ、武力による威圧も効果があるのでしょうが、人間を攻撃する事ができないのは周知の事実……」
「どしたの? 急に、お仕事モードになって?」
「これが私の本来のスタイルです。しいて言うなら、神頼みをやめて、自ら話が逸れるのを防ぐためでしょうか」
「そうきたかー。神としては、教えを守る、敬虔な信徒の思いに、応えないといけないね。――しっかし、シアル司祭は、好戦的だね。――まずは、国王と話し合いじゃない? 私は、武神じゃなくて、美の女神だと自認してるから、その辺は少し、改めて欲しいかな。うん。――ツッコミたそうな顔だね? そう、これは神の試練だよ」
畳掛けてみたけど、耐えたね。ツッコミ自主規制か、これは千載一遇のチャンスかもしれない。今なら怒られないかも? いつか言わなきゃいけない話だし。
「ただね、話し合いとなると、問題が一つあるんだよ。――私はルモイ王国の国王、細川 路美緒くんに酷く嫌われていてね。悲しい事だ。この不仲は、不可避だったんだよ。―――シアルも知っている通り、彼は優秀な男なんだ。魔法因子もレベル6を取り込むことに成功していたし、リーダーシップもあった。でも私には、どうしても彼に聞いておかなければ、ならない事があった。――それを聞く事で、彼との間に、埋める事の出来ない、深い溝を刻む事になると確信しながらも、やはり止める事はできなかったんだ」
シアルは、とても真剣な表情で、私の話を聞いてくれている。
この先の事実を聞いた時、彼女は一体どんな表情をするだろうか?
「意を決して、私は彼に問いただしたんだ……『ああ! ロミオ、あなたはどうしてロミオなの? うっ、ぷっ! クスクス』その後のロミオの表情の変化は劇的さ。さすがにヤバイと思ったジュリエットは、脱兎の如く逃げ出したね。――それ以来、まともに会話してくれないんだよ。酷いと思わない? ねえ?」
あっ、シアルが無表情で立ち上がった! その後のシアルの表情の変化は劇的さ。
その後、ジュリエットを待ち受ける運命は悲劇的!?
「どこが不可避よ! バカなんじゃないの!? 見えてる地雷を踏みに行ってるじゃないの! スルーするのが大人ってもんでしょ? 子供なの? 男子児童なの? ロミオだって、好き好んでロミオなんて、痛々しい名前、名乗ってんじゃないんだから! 謝りに行きなさい。菓子折りもって謝ってきなさい!!」
どうやら、逆鱗に触れるどころか、引っこ抜いてしまったみたいだ。
あっ拳を振り上げた、すぐに暴力に訴える! なんて野蛮な妹だ!
「やめて、ぶたないで? 私が悪かったから、ね? 次に会ったら、忖度して、美緒ちゃんって呼ぶことにする! それならいいでしょ?」
「うん、解った」
あれっ、許された? 絶対だめだと思ったのに。なんでも言ってみるもんだね。
創造された瞬間に、終わる事のない死の螺旋に放り込まれ、舞台の上で幾千幾万という死を繰り返していた、ジュリエットは、今! 私の手によって救われたのだ!!
「なんも反省してない事が、今、はっきりとわかったぁぁぁ!!」
許されて、いなかったわけで。
「話し合いましょう? 話せばきっと分かり合えるからぁぁー! ていうか、シアルも割と酷い事いってたからぁぁー!」
おふっ! キレのいい拳が飛んでくる。痛い、痛い、体重乗ってる!!
―――――-「さて、気を取り直して、さっきの話の続きをしよっか? これ以上叩かれたくないし。で、細川くんの名前さぁー『路美緒』じゃなくて『路美男』の方がパンチが効いてて良いと思わない? 両親、名付けのセンスないよねー」
「黙れ! ヒカリンゴ!!」私に新しい、あだ名ができた。
「とりあえず謝罪の品にマドレーヌ準備するのは決定事項として、誰が行くかだけど。他の星が絡んでるっぽいから、やっぱり私が直接行くしかないかな。刺激しないように二人でいこっか。明日の深夜3時に出発するから準備しといて」
「そうなると思っていましたよ。でも、3時は早すぎませんか? 日が昇ってから出発した方が良いと思うのですが?」
「太陽に寄って行くからね、3時くらいが、ちょうど快適な温度なんだよ」