4-14 あけましておめでとう?
「あけましておめでとう、ヒロシ。」
突然の挨拶に面を食らう。
ベネットの顔が見たいと思って、居留地に来たわけだが色々と飾り付けられてるし、年始を祝うって言う風習があったんだなと思ってはいたけど。
あけましておめでとうというのは新鮮だ。
現地の言葉をちゃんと訳しているので意味合いとしては、新しい年が明けて、めでたいという意味であっている。
ただ、着飾ったベネットを見ると、やっぱり違和感がある。
クリスマスが欧米では祝われる日であって、年始はあっさりしたものだと勝手に解釈してたけど、違うのかな?
まあ、ここは異世界であって欧米ではないが……
「あ、あけましておめでとう。」
いや、やっぱり着飾ると可愛いなぁ。
真面目にお礼に服を一着仕立てたくなる。
服装のセンスはないので、ベネットの好みや仕立て屋のセンスにお任せになってしまうかもしれないが、絶対ちゃんと着飾った方がいい。
素っ気ない鎧下でも、別に可愛さが損なわれるわけじゃないし、むしろきりっとした表情は美人だなって思うけれど、やっぱりかわいい子にはちゃんとした衣装を着せてあげないと。
「似合わないかな?」
ベネットの言葉に俺は、思いっきり首を横に振る。
「そんなことないよ。可愛い。」
いや、あんまりオーバーアクションをとっちゃいけない。
ベネットにも迷惑だろう。
「お世辞でもうれしいわ。馬子にも衣裳ってやつね。」
時々熟語が出てくるが、ニュアンスを含めて本当に似た言葉だ。
もしかしたら、来訪者が言った言葉がそのまま伝わった可能性もあるな。
「こんな馬子がいるなら、みんな豪華な衣装を着せたがりますよ。自信を持ってください、おひい様。」
冗談めかして言ってみたけど、まんざらでもない顔をしてくれている。
いや、よかったよかった。
滑ってたらどうしようかと思ってたけど、ベネットには受けてる様子だ。
とりあえず、年始の祭りについて一通り説明を受けながら、お祝いの会場になってるエントランスへと通された。
関係者の家族が呼ばれみんな和気あいあいと言った空気が流れてる。
さすがに明日をも知らない傭兵の家族って言うのは少ないが、それでも事務員やら取引のある商人も結構な数なのでにぎやかだ。
他の傭兵団も似たような感じなんだろうか?
子供にお年玉として飴を贈る風習があるらしく、仕方なしにチョコレートやお菓子で代用することにした。
廉価品の糖衣でくるんでいるチョコレートだし、飴と言えなくもないだろう。
包装は、その場で折りたたんだ紙を使ったけど貧相なのは勘弁してほしい。
完全にそんな風習があるとは思ってもみなかったから、準備してないよ。
マドレーヌやバームクーヘンもハロルドお手製の品だから、味は保証できる。
インベントリには丁度一番美味しいタイミングを教えてもらって入れたから、一番いい状態で楽しんでもらえるはずだ。
収納様には頭が上がりませんな。
「はい、ベネットさんもどうぞ。」
俺は、にっこり笑ってお年玉をベネットに渡す。
「あら、私を子ども扱い?」
うわ、ずるいわ。
そういう表情されると、男の部分が刺激される。
時々、わざと誘ってるんじゃないかと勘違いしそうだけど、別にそんなつもりじゃないよな。
冷静になろう。
「おひい様の爺やですから?」
恭しく頭を下げる。
「やめてよ、困ってるって話はしたでしょ?みんなの前では、やめてね。」
嫌がっているわけではないけれど、困ってしまうのも確かだろう。
あんまりしつこいのもよくない。
「しつこかったですね。ごめんなさい。」
それでもお年玉を受け取ってくれたから、嫌われたわけじゃないよな。
多分。
残念ながら、お姫様とのお話はこれでおしまいだ。
あっという間に連れ去られてしまった。
まあ、魔王に攫われたわけじゃなく来賓の商人や、その家族に割って入られて俺が一人取り残されてしまったわけだが。
特に、暁の盾の納入業者に俺は嫌われてる。
なんせ横から割って入ってきた、どこの馬の骨ともわからん怪しい人間だ。
敵視されて当然だ。
せっかく生まれたアイドルとそんな奴とを一緒にしたくはないだろう。
わだかまりのない子供には、特に警戒されてないから、よくお年玉をねだられるが関係ないんだから邪険にはできないよな。
言われるがままに、鬼ごっこの鬼をやったり、変わった遊びに付き合ったりしてしばらく保父さんみたいなことを繰り返していた。
ルールは多岐にわたるが、大半が体を動かす遊びだから疲れる。
こういう遊びは、大人が手加減しないと遊びにならない。
もちろん、手加減してますよって雰囲気を出すのもまずい。
適度に本気で、でもむきにならずに付き合うのがこつだ。
でも、それってめちゃくちゃに疲れる。
「もう本当に勘弁、死ぬ。」
だらしないぞヒロシとか子供に騒がれてるが、もう本当に無理。
カップに自分で注いだ水を飲みながら、ベンチにだらしなく腰かけてしまう。
「子供あしらいが上手いね、ヒロシ。」
トーラスが笑いながら、話しかけてきた。
お代りにとワインを勧めてくれるが、この状態で酒は飲みたくない。
どうしたもんだろう。
断るのも悪いし、ちょっと試してみるか。
「ありがとうございます。」
カップに注がれたワインを《水操作》でアルコールとそれ以外を分離して、アルコール分がそこに残るように他の部分を宙に浮かせる。
下手に動作できないから、ちょっと無理やりな使い方だけど、この程度の量なら平気だろう。
そして、口をつける前にアルコールをインベントリに入れる。
あとに残ったのは、若干渋みのあるぶどうジュースだ。
正確に言うと、完全にアルコールを抜き切ったわけでもないし、ぶどうジュースというには甘みが少ない。
そりゃ、糖はアルコールに変換されてるわけだから当然だよな。
まあ、残念な飲み物になったけど飲めなくはない。
「そういえば、銃剣の使い心地はどうですか?」
「悪くないね。普段使う分にはとても便利だよ。戦争で前線に並ばされるとしたらちょっと勘弁願いたいけども。」
話を聞く限り、戦争の仕方は陣形を組んで密集したまま敵にぶつかる方式だ。
逃げるわけにはいかないから、確実に何人かは死ぬ。
特に歩兵はそういう運命になりやすい。
まあ、戦争というのはそういうものだ。傭兵である以上逃れられない。
とはいえ、個人の技量関係なく死なせるって言うのもちょっといただけない。
特にトーラスの腕前は確実に高いと思う。
まあ、他のマスケット使いを知らないからかもしれないけど、何度か射撃を見せてもらってる限り、外したところを見たことがない。
なら身を守るすべを与えるべきじゃないかと思うんだよな。
「トーラスさん、一つ秘密を共有しませんか?」
もしこれがばれると面倒くさいことになる。
戦争の形が変わりかねない代物だ。
防刃服の時点で、影響が皆無とはとても言えない。
でも、誰にでも渡そうというのは、さすがにきつい。
「僕だけでいいのかい?」
人だかりができている方を見て、そう尋ねてきた。
「もちろん、彼女にも勧めるつもりですよ。」
俺の言葉に、やっぱりねといった感じでトーラスは肩をすくめた。
「まあ、いつまで秘密を守れるかは分からないけれど、君の提案で損したことはないしね。乗るか乗らないかなら、当然乗るよ。」
信用してもらっていて幸いだ。
ついでにもう一つ、聞いておこう。
「ベネットさんとトーラスさんの予定って聞いてもいいですか?」
付け加えないと、受け渡しの話と勘違いされそうな言い方だな付け加えよう。
「護衛依頼をしたいと思ってるんですよ。蛮地へ向かう旅のための。」
意外な申し出だったらしく、トーラスは片方の眉を上げる。
「春になってからかい?」
まあ、当然そういう反応になるだろうな。
でも、春なら今から言いださなくてもいいはずだ。
「できれば、準備ができ次第すぐにでも……」
無茶な話だよな。どう考えても冬の間に動くのは得策じゃない。
「まあ、普通なら断るけど、何か算段はあるんだよね?」
もちろんと俺は頷く。
「ただ、そのためには俺の秘密を知ってる人じゃないとダメです。」
条件に合致するのは、4人。グラスコー、ベネット、トーラス、そしてベーゼック。
このうち、グラスコーは除外だ。
これは俺のわがままで行う旅だし、商売のための旅じゃない。
あるいは、将来的には儲け話になるかもしれないが、確証のある話じゃない。
実力的には、ベーゼックも除外だと思う。
蛮地を連れまわすのは酷だと考えている。
それに教義的に問題がありそうだ。
ベーゼック本人は破戒僧みたいなもんだけど、大っぴらにオークやゴブリンを助けるたびに手を貸したとなったら立場がますます悪くなる。
傭兵なら、金のためにやったことで言い訳が可能だ。
まあ、この話が外に漏れるとも限らないけど責任は負えない。
命の補償は、二人にできるかと言われたら正直できないわけだけど。
少なくとも俺一人じゃ無理だ。
だから、できうる限りの努力はするし無理だと断られたら中止するつもりでもある。
トーラスは、参加してくれるけどベネットはどうだろう。
人々に囲まれてる彼女を巻き込むのは少し駄目なんじゃないかとも思うけれど、他に伝手はない。
もちろん、やるからには万全を期すつもりだけど、見落としや運が悪い場合だってあり得る。
だから、今も迷いが無いわけでもない。
とりあえず、せっかくの祝いの席だ。
今は楽しむ方がいい。
子供たちがもう休憩いいだろうと、手を引かれる。
「いや、まだもうちょっと休憩させて!!トーラスさん!!助けて!!」
「頑張ってねぇ……」
すっと身を引いてトーラスは逃げていく。
子供の体力は底なしか!!
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