4-12 電話だと口調が変になる時ってあるよね?
休みの日は暇だなって思うのはぜいたくなことなんだろうな。
割と余裕がないときの休みなんて、暇だなって思う間もなく過ぎていくもんだ。
とはいえ雪が降り積もる中、わざわざ外に出たくない。
晴れていれば、カールのために画廊をめぐってもいいだろうし、お礼を口実にベネットに会いに行ってもいいわけだけど。
何もする気が起きない。
アレストラばあさんの宿題をかたずけろと理性は言っているけど、休みの日まで仕事のことを考えたくない。
どこまでも怠惰な人間だ。
ふと窓を見れば、雪がびっしりと覆って薄暗くなるくらいだ。
叩きつけられる雪の音を聞いて、外に出ようという気になるだろうか?まあ、反語で言うまでもない。
まさか、ベネットやトーラスもこの雪では仕事に出てたりはしないよな?
ちょっと、ぞっとする。
そういえば、トランシーバーの使用テストをベネットやトーラスに対してはしてなかった。
ちょっと試しにかけてみようか?
「もしもし、聞こえますか?」
一応圏内にベネットとトーラス、ついでにグラスコーのトランシーバーが反応しているのは分かる。
個別通話の出来るタイプなので、ベネットに通話してみた。
ガタゴトという音が鳴り響く。
これは落したときに通話状態に切り替わったな。
「ごめんさい、ヒロシ。ちょっと落としちゃったわ。」
拾い上げたのかようやくベネットの声が聞こえる。
「もしかして取り込み中だったかな?」
周りから、若干音が入ってきてる。
人が周りにいる様子がある。
何かやってるところに割り込んだとしたら申し訳ないな。
「平気よ。ちょっと、仲間とおしゃべりしてただけだから。」
ということは、部屋の中なのかな?
割と鮮明に聞こえていて助かる。電波は結構届くものだなぁ。
「ちなみに、仲間って言っても女よ?」
ベネットは、なんだか焦り気味だ。声音に必死さがある。
「え?いや、自分の部屋なの?」
そんなに慌てなくてもいいんだけどな。
おしゃべりができれば十分なんだけども。
「あ、うん。本当に女の子だよ?」
そんなに強調しないといけないことなのかな?
それとも、おしゃべりを邪魔されたくないって事なんだろうか?
「いや、テストを兼ねて掛けただけだから、おしゃべりの邪魔だったら……」
通話を切ろうかと聞こうとしたところを割り込んでベネットがしゃべりだす。
「違うの、そうじゃないの。」
双方向通話だからよかった。
電話みたいにしゃべれるから割と普通に会話できそうだ。
後ろから、お邪魔様でしたーという女性の声と扉が閉まる音がする。
いや、むしろ邪魔したのは俺の方だよなぁ。
まあ、気を取り直そう。
「それならよかった。えーっと……」
よかったって何がよかったんだか、話すことも考えずにかけてしまったから、会話が思いつかない。
まあ、無難に天気の話かな。
「今日は、すごい雪だね。毎年こうなの?」
今年が特別だったら助かるんだけど、まあそう大きく気候が変わるものでもないよなぁ。
「そうね、大抵こんな日が毎年あると思うわ。内陸になると、これほど降ったりしないところもあるけれど。」
予測はつくよね。
北側に海があって常時曇り空。そうなってくると北陸とかみたいに雪が降るのは当たり前というか。
俺の世界の常識を当てはめて考えてしまうけど、それが正しく地理的にあっているかどうかには自信が持てない。
思い描いている気候とは大きく外れてないから、まあいいかなと思う部分もある。
「そっかー、大変だ。今日はお仕事お休みかな?」
休みじゃなかったらのんびり受け答えできる状況じゃないし、聞いてから野暮だなと思ってしまった。
気の利いた会話って言うのは難しい。
「ええ、屋内警備以外の仕事は全部中止。暇だから、仲のいい子とおしゃべりしてたのよ。」
なるほどなぁ。
どんな話をしてたんだろう?
女の子同士の会話って言うのはよくわからない。
普通ならファッションやら芸能界の話題だったりするんだろうけど、それはそれで俺の経験値の低さから来る勝手な思い込みかもしれない。
それにこっちの世界だと、それが当てはまるかわからない。
「どんなおしゃべりをしてたのか聞いてもいいかな?」
改めて思ったけど、俺ちょっと馴れ馴れしくなってないか?
ちょっと口調も変な気がする。
「たわいのない話よ? 仕事の愚痴とか、お洋服の話とか。あとは……うん、恋愛の話とか……」
恋愛話は、踏み込んじゃいけない気がする。
「他には、家族の話とかかな。弟がケガしたとか、妹の歯が抜けたとか。」
そっかー、とまた生返事をしてしまう。
ふと、キャラバンもみんなは平気だろうかと心配になる。
雪は降らないだろうけど、風は滅茶苦茶強かった。
そう考えると、今日みたいな日はもっと強いんじゃないだろうか?
「キャラバンの人たちが心配?」
思ってたことを言い当てられて焦ってしまう。
「あ、うん。雪はないみたいだけど、風がね。」
「そうね。雪は降らないとは聞いたけど、何もない荒野だと風は大変だもの。」
「テントが吹き飛ばされないか、不安になるよ。」
現実問題、そういうことは起こり得るだろう。
そうはいっても、長年蛮地で暮らしてたみんなだから何とかするんだろうなとは思うけれども。
「一度顔を出してあげたらいいと思うけど、場所が場所だものね。」
なかなかおいそれとは向かいづらい。
「まあ、いろいろと考えてはいるけどね。」
それでも何とかできれば、何とかしたい。
まあ、これ以上話しても進展がない話だ。
とりあえず、そろそろ話題を変えよう。服の話がちょっと気になる。
「ところで、ベネットさんって洋服ってどこで買ってるんですか?」
仕立て屋がモーダルにも数件ある。
が、どこもオーダーメイドなので、大抵の場合は流通している古着を手に入れてやりくりするのが普通だったりする。
服をマネキンで飾っているような店は、少なくとも俺はまだ見たことがなかった。
「普通に古着よ?デザインが気にいらない時とかは、自分で仕立て直ししたりもする。」
まあ、そこら辺は基本技能なのかもな。
「最近の流行りがあったりしますか?」
「そうねぇ……ワンポイントで刺繍を入れたり、フリルでごまかすのは割と流行ってるかも。」
なるほど、フリルか。
「ボタンの位置とかが気になる時とかは、割とよくやるのだけどフリルをしっかり縫い付けるのはちょっと面倒なのよね。」
ミシンがあれば便利かもしれないなぁ。
全部手縫いだと大変そうだ。
刺繍も機能が高いミシンを使えばあっという間に入れられる。
あー、いやそうするとお針子さんの仕事を奪うことになりかねないか。
「最近だと、糸の質が悪かったりするから余計ね。」
「質が悪いって何かあったんですか?」
「理由は分からないけれど、糸紡ぎのギルドでもめ事があるみたい。それで質の悪い糸が出まわっちゃって。」
ギルドか、この場合は職能ギルドだから職業組合みたいなものだ。
ちょっと、どうなっているのか探りを入れてみるのもありかもしれないなぁ。
あ、いや仕事の話は考えないでおこう。せっかくの休みなのだから、おしゃべりに集中したい。
「ちなみに、ベネットさんは服を仕立てたりしないんですか?」
「なんか、お姫様みたいに思われてるみたいだけど、実際は単なる傭兵よ?そこまでおシャレに回す余裕はないわ。」
これは銀髪の剣姫って持て囃し方には、ご不満なご様子だな。
まあ、アイドルみたいな扱いは、さすがに困るものもあるんだろうな。
「どうやら、二つ名に不満なご様子で、姫様。」
「不満と言えば、不満ね。確かに銀髪は珍しいでしょうけど、安直というか。」
確かにベネットの髪は、珍しい。
正確に言えば、銀というか、プラチナブロンドといった方が正確かもしれない。
より白い基調に暗めの色調が入った感じだ。
でも端的に表現するなら銀髪かなぁ。
それを短めに肩口で切っているので、お淑やかなお姫様ではないけど、お転婆で活発なお姫様ということをイメージした表現なのは分からなくもない。
「まあ、お姫様扱いしてくれる仕事じゃないのは、分かるけれどね。」
「そう、まさにそれ。仕事なんだから、シャベルを握るのは当たり前だし屋外で寝るのは当たり前なんだけど、特別扱いしようとしてくるのよ。」
それはむしろありがたいのでは?
「そういう特別扱いをしてくれても、私にいいことなんか一つもないの。人手が少ない、資材も少ない。私に浪費している分があるなら他に回さなきゃ、死ぬのはこっちなの。」
なるほど実情、余裕がないのに変に遠慮をされると確かに困る。
「まあ、身分があれば人を使うのも仕事だけど、どっちかと言われるとベネットさんも俺も使われる方だからね。」
それで、お金を貰ってるんだから、まっとうな仕事をやらせろという気持ちはよくわかる。
「本当、お姫様にしてくれるならして見せてよって……あー、うん……変な愚痴を言ってごめんなさい……」
お姫様かぁ。
「まあ、女の子はみんなお姫様になりたいって聞いた事はあるけどね。」
身分というか、生い立ちが関係してくる部分もあるし、じゃあお姫様にしてあげようというのは無理がある。
お姫様扱いなら、あるいは……
「違うの、本当。お姫様になりたいって事じゃなくてね?」
恥ずかしそうな声が、かわいい。
状況が許してくれるなら、徹底的に甘えさせたい。
問題はベネットが甘えてくれる対象には俺がなれてないことと女の子の甘やかし方もわからんという。
根本的であり、なおかつ致命的な問題がある。
「いや、憧れは分かるよ。そういう話だよね?」
数秒、ベネットの返信がない。
あれ、俺は地雷踏んだかな?
「うん、そう……憧れ、だね……」
どう受け止めればいいんだろう。
嬉しそうで、でも辛そうで、そんな感じに聞こえる。
「ねえ、ヒロシ。そういうの、おかしいかな……」
思わず俺も無言になってしまっていた。
心底心配そうに尋ねてくる。
「とんでもございません、おひい様。」
俺は恭しく受け答えた。
「いやだ、それじゃ爺やでしょ?もう、そうやってからかって……」
楽しそうに笑ってくれて、幸いだ。
爺やでも何でもいい。君が笑ってくれるなら。
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