4-10 変なところに迷い込んでしまった。
好きな子と話した直後に夜のお店に入るのはいかがなものかと思います。
でも、スナックとかパブとかで妙においしいものに出会ったりしません?
古の幼い時の記憶ですが
おじいちゃんが懇意にしてたお店で食べたカレーがとてもおいしかった。
久しぶりにベネットと話せて浮かれてた。
時間を考えると早急に食事を確保に走らないと。
真面目に夕食の時間が早すぎじゃないかな?
当然ハロルドの店は看板だし、残ってるのは例の味がおかしなピロシキを置いてた店くらいだ。
因みに、今日は魚のごった煮だ。
いや、その。
食べたら死ぬんじゃないかって感じがする。
よくこの露店潰れないなぁ。ある意味でテロだぞ。
しかし、食べるものを求めて彷徨うことくらい辛いことはない。
また非常手段使うか?
いや、まだ手はある。何処か飲み屋に入って、料理を見繕おう。
この時間なら、飲兵衛は活動時間中のはずだ。
あるいは、普段いかない場所に意外な穴場があるかもしれない。
「ねえ、お兄さん、私と楽しいことしない?」
目の前の女性に声を掛けられたら、まあ怪しげなことを考えるよな。
しかも、手を胸へ持ってこうとするし。
「いや、結構です。」
さっと手を引くが、恨みがましく見られても困る。
なかなか艶っぽい視線を送ってくるけど、積極的すぎだろ。
真面目にそういうことをしに足を踏み入れたわけじゃない。
いや、もちろん、その女性に不満があるわけじゃない、十分美人さんだと思う。
ただ、正直二次元の方がお好みな変態気質の俺にはちょっと……
しかし、どこをどう間違えたら酒場をさがして色を売る場所に踏み入れてしまったんだか。
そりゃ酒が入ればそういう方面に走る酔漢が多いのは分かるんだが、道が一本違うだけでこんな雰囲気になってるとは思ってもみなかった。
足早に立ち去ろうとする俺の背中に、さっきの女性のいけずとかいう声やらお兄さん安くするよみたいな別の女性の声がいくつも投げかけられる。
きっとお上りさんみたいに見えるんだろうな。
田舎から出てきて、好奇心で足を踏み入れたカモかなんかだと思われてるんだろう。
高級な明かりの呪文が込められたガラス球がピンクやら紫に塗られて怪しげに光ってる。
あれ、そんなに安いものじゃないのに、結構ふんだんに使われていた。
まあ、それだけ儲かってるって事だろうから結構なことだけども、男の欲望は尽きないもんだ。
雪はどれだけどかしても、次から次へと降り積もるので、足場はぐちゃぐちゃだけど、そこら辺の汚さまでははっきりさせない絶妙な塩梅で明かりが確保されている。
だから、歩く分には困らないんだがどこをどう戻ればいいのやら。
腹減ったなぁ。
「お?ヒロシじゃないか?」
不意に男の声がして、思わず振り返える。
「こんなところで会うとは奇遇だね。」
「奇遇というか、こんなところいていいんですかね、ベーゼック修道士。」
俺は思いっきり皮肉っぽい口調で女性二人に挟まれて、だらけた顔のベーゼックに言葉を返す。
「別に、神様もこんなところまで見てないよ。固いことは抜きにしようよ。それより、もう店は決まってるのかい?」
いいところを教えようみたいな雰囲気だが、迷い込んだだけで別にそういう目的じゃない。
「ただ、迷い込んだだけですよ。夕飯を調達しようと思ってたんだけど、どこをどう間違ったのか。」
「なるほどねぇ。」
流石に、変な勘繰り方はされたりはしないようで、話が通じた様子だ。
「お料理のおいしいお店なら、私知ってるわよ?」
ベーゼックにしなだれかかっている片方の女性が話に割り込んでくる。
屈託のない笑顔だけど、顔がその。
犬かな?
煽情的な格好ではあるけれど、全身が毛に包まれている。
「あら、人狼は珍しい?」
でも、プロポーションは抜群だし、犬、いや狼そのものという顔立ちじゃなく、表情がより人間に近い感じがするのでむしろ人間の女性より美しく見える。
つくづく思うが、俺は変態だなぁ。
多分、普通のやつだったら不気味さを感じるところなんだろうけど、割とそこら辺は平気だ。
「そうですね、初めてお会いしましたよ。しかし、この近くに美味しいお店なんてあるんですか?」
「私たちだって、生きてる以上何かを口にするのは当たり前じゃない?」
まあ、確かに。
男の欲望を発散させるだけで生きていける生き物なんていないだろうしな。
あー、いないとも限らないのか?
まあ、本題とはずれるから置いておいて、言ってることはもっともだけど変な店行ってぼったくられるのは勘弁願いたい。
「警戒しなくても平気よ。まあ、私たち基準だから、それなりにお値段するけど。」
そういった後、ベーゼックの耳元で何かささやいている。
「そんなに心配なら俺がついて行っても構わないけど、どうするヒロシ?」
何を言われたんだか、ベーゼックの申し出はありがたいと言えばありがたいか。
まあ、どうせ飯代をたかられるんだろうな。
「お願いします。礼はしますけど、あんまり高いもんは勘弁してくださいよ?」
案内された店は、薄暗く女性が接客するようなお店だ。
こんな店でまともな料理が出てくるんだろうか?
どう見てもキャバクラかなんかに見える。
「お飲み物はいかがされますか?」
「私はエール!」
「白で」
「じゃあ、俺はソーダ割。」
席に着くなり、いきなり飲み物を遠慮なく注文されて困惑する。
まあ、なじみの店ならそんなものかもしれないけど。
しかし、メニューもなく頼まれると警戒してしまう。
「あ、あの、メニュー貰えますか?」
そういうと、ウェイターの男性はすっと冊子を出してくれる。
ちゃんとメニューあるんだな安心した。
一応飲み物を聞かれてるんだから飲み物は注文しないとな。
値段を見ると相場よりは1割くらい高いかもしれないけど、こういうお店なら良心的か。
「お茶で。それと料理を頼みたいので、あとでお願いできますか?」
畏まりましたと一礼するとウェイターさんは、そっと立ち去ってしまう。
呼び鈴とか無いけど平気かなぁ?
「ヒロシ君ってお仕事なにしてるの?」
いきなり声を掛けられると、びっくりする。
ベーゼックの連れていた、もう一人の女性。
こちらは、エルフだ。
でも、ずいぶんと色が白い。
先生と比べると病的な白さだ。
「行商人として下働きさせてもらってます。まだまだ修行中の身ですよ。」
女性二人して疑わしげな眼をしている。
何か言いたげな顔をしてるが、来訪者だなんて言うなよベーゼック。
「まあ、割と羽振りがいいところで働いてるし、平気平気、それにめっちゃ強いぞ?」
ベーゼックは安心させるように俺の身分を紹介してくれた。
確かに支払いができるかどうか心配になる自己紹介だったかもな。
ただ、めっちゃ強いというのは語弊がある。
そりゃ、お前よりは強いけどさ。
「えー、どれくらい強いの?」
「狼を《魔弾》で撃ち払ったり、練習じゃ槍さばきで俺をけちょんけちょんにするし、あれそんなに早く降参するんですかとか言われたよ。」
言ってねぇ。
というか、そんな言い方じゃなかったろ。
飲み物が届けられて、いったん会話が途切れるがベーゼックのおしゃべりが再開する。
「しかも狼の時なんか、追っ払うだけでとどめを刺さないからどうしたんだって聞いたら可哀そうだ、無駄に命を奪うつもりはないみたいな。」
いや、前半は言ってるが、後半は言ってない。
「やーん、かっこいい。」
女性二人は声を揃えて言ってくるけど、これ馬鹿にされてませんかね?
被害妄想かな。
「あの、変な脚色入れるのやめてもらってもいいですか?」
「大丈夫大丈夫、べーちゃんいっつも調子がいいから、話半分で聞いてるよ。でも、魔法使いなんだね。」
大分親しそうで、人狼さんは笑いながら冗談半分で受け止めてるとベーゼックの言葉を受け止めてくれてるみたいだ。
「本職の方とは違って、かじった程度ですけどね。」
謙遜が過ぎるかもしれないけど、まじめに自慢できるレベルじゃない。
先生にいろいろと教えてもらっているけど、呪文のレパートリーはさほど増えてないし。
「いや、なんか見た目と違ってやってることが色男っぽい。魔法も使えて武器の扱いもうまいとか、あんまり見ないよ?」
からかわれてんだろうなぁ。
白肌のエルフさんはくすくす笑いながら足を組み替えたりしている。
俺は思わず白肌のエルフさんの足に向いてしまいそうになる視線を、メニューに無理やり落としてスケベ心を抑え込む。
取り合えずソーセージの盛り合わせときのことチーズのオーブン焼きを頼もう。
あとキャベツの酢漬けくらいかな。
しかし、わざと机を低くしてるんだろうけど食事するのには向いてないよな。
そういうお店だと思えば、理にかなったつくりなんだろうけども。
ウェイターさんを呼ぼうと顔を上げると呼んでもいないのにすでに席の近くまで来てくれていた。
あぁ、こういうところはチップとか必要なのかな?
今のところ、普通に食事をしている時にチップを要求されたことがないからわからない。
「すいません、ソーセージの盛り合わせときのことチーズのオーブン焼き、それとキャベツの酢漬けを。」
そういいながら、メニューに銀貨を載せて返す。
「かしこまりました。」
そういうと、メニューを受け取って微笑まれる。
まあ、チップありってことでいいんだよな。相場としては、適正かどうかはあとで誰かに聞こう。
「私たちはいつものね?べーちゃんもそれでいい?」
いつものって何だろう?
あんまり高いものじゃないといいんだけども。
ウェイターさんは慣れた様子で、畏まりましたと言って、席から離れていった。
3人はチップ払ってなかったということは、チップいらなかったのかな?
「ベーゼック修道士殿、ちょっとお尋ねしたいことがあります。」
「何かな?ヒロシ君。」
神妙なやり取りが面白いのか、女性陣はにやにや笑ってる。
「チップって言うのは、どうなってるんですかねぇ?」
「なるほど、それはいい質問だ。」
店の仕組みが分からないから、田舎者丸出しでもしょうがないだろう。
実際、分からないんだし。
とりあえず、複雑な仕組みではなくて、こういうお店ではテーブルチャージ料みたいに注文の際にチップを渡すらしい。
なので、俺のやり方で問題ない。テーブルチャージだから全員で割り勘でもいいし、今回みたいに一人が払う形でもいい。
ただメニューに載せてって言うのは若干キザな行動だったらしい。
そりゃ笑われるわな。
「金額も、席1つに銀貨1枚は、まあちょっと多めかもね。銅貨3枚って言うのが相場だ。もっとも、ここはいいお店だし、いつもは5枚くらい私も出してるよ。」
テーブルチャージ料としては妥当な範囲な気はする。
でも、そこら辺のさじ加減は本当に人によるらしい。
女性陣の話によると、金貨を出す成金もいれば銅貨を1枚だけ投げつける客もいるらしく、幅は本当に広いらしい。
銅貨一枚投げつけるって、よっぽどひどくないかと思わなくもないけど。
もちろん、そういう客にはそれなりの対応になっていくそうだから、店にまともな対応をしてもらいたいなら相場を見つつ付き合っていけばいいとのこと。
こういう文化は本当になじみがない。
まあ、普通の食堂ではチップなんていう文化はないらしいので、そんなところでチップを出すと奇異の目で見られるからやめておいた方がいいとも言われた。
まず、きっちりした服装のウェイターがいるかどうか、酒類の扱いが多いかどうか、そこら辺を参考に判断する。
凄い曖昧だけど、まあ雰囲気で判断するしかないよな。
因みに、チップの取り分はウェイターが全部持っていく。
その分給金は安いので、チップ無しだと生活に困るらしい。
店側からすると、食い逃げや飲み逃げ防止の側面もあるので、チップを払わない客には警戒しておけという意味合いもあるとか。
そう考えると受け入れがたいとまでは言いづらくなってくる。
そんなたわいのない話をしていたら、料理が運ばれてきた。
いつものというのは、鶏モモの焼き物とカブのシチュー、それにパンという組み合わせだった。
割と標準的かな?
いや、値段いくらだか分からない。
もう一回メニューを頼んで値段を確かめるのも失礼な気もするし、できればぼったくりじゃないことを願おう。
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