4-8 試作品を持っていく。
午後は、防刃服の納品がてら暁の盾が駐屯する居留地を訪ねた。
こちらは誰かしらがいるので、手紙なんか書かずに気軽に訪ねてる。
おかげですっかり顔なじみといった感じだ。
というか、この街に存在している傭兵団、すべてに防刃服は買い求められているので傭兵相手にはそれなりに顔が利くようになったと思う。
ただ、今日用事があるのは客としての傭兵たちじゃない。
先日のギルドでの件について団長にお礼を申し上げたいのと、ほかにちょっと試してもらいたいものがある。
そして、スカウト対象のトーラスともちょっと話がしたい。
何より、ベネットに忘れられてるんじゃないかという気持ちがある。
彼女とは、仕入れ偽装の旅からモーダルに帰ってきてから1度も顔を合わせていない。
キャラバンからこっちに来る途中の旅の終わりに、もう会わないかもしれないと思っていたけれど、実際会えないとこんなにも不安になるとは思ってもみなかった。
もしかしたら、バレバレかもしれないので隠す意味なんかないけど、いきなりベネットに会いたいと申し入れるのは恥ずかしいので一応団長に面談しに来たとは言ってはいる。
しばらく待たされたけれど、今回は団長の執務室になっている部屋に通された。
エントランスと違って若干薄暗い。
部屋の作りとしては、かざりっけがなくて殺風景な雰囲気がある。
執務机の後ろには地図が掲げてあって、どこに誰が派遣されているのかを把握しているみたいだ。
地図は軍事機密だからあんまりじろじろ見ない方がいいかな。
「おう、ヒロシ、ベネットに会いに来たのか?」
開口一番、ジェイス団長に真意を見抜かれて俺は困った顔をするしかない。
「その、まあ、いえこの前のお礼も兼ねまして。」
意外と甘いものがいける口だというのもあって、クッキーの詰め合わせと、もう一つ蒸留酒のいいやつを持ってきた。
クッキーは売買で購入したものじゃなく、ハロルドに焼いてもらったものだ。
ばんばん、稼ぐために売買を使い続けてたらいつか経済を壊しかねない。
実物貨幣が主な流通を担っていることを考えれば、気づけば流通貨幣を自分が全部持っていたなんてことになりかねないしな。
もしかしたら、気にしなくてもいいかも知れないけれど一応ね。
ただ、蒸留酒は売買で買ったウィスキーを選んだ。
まだ信頼できる酒蔵というか醸造所って言うのを知らない。
出来れば、そういうのも知っておきたいわけだけど、俺自身下戸なのでいまいち把握できていなかった。
だから仕方なしに、有名ブランドのウィスキーを選んだというわけだ。
「お口に合えば幸いです。」
そういいながら、みやげを手渡す。
因みにラベルやら包装なんかは偽装されているから名前くらいしか残ってない。
割増料金支払っている甲斐もあって不自然にならない感じでありがたかった。
「お?なかなかいい色じゃないか?夜にでも飲ませてもらうよ。」
嬉しそうに団長はみやげを受け取ってくれた。
感触も悪くないので、一安心だ。
「と言っても、俺は礼をされる謂れはないんだがな。たまたま警備を請け負ってたやつが職務怠慢だっただけでな……」
にんまりと笑う。
つまりは、そういうことで処理をしているので、そのつもりでいろということだろう。
「いやいや、季節の挨拶みたいなものですよ。おかげさまで防刃服以外にもタオルなんかも納入させていただいてますし。」
枚数としては100枚程度だけど一括納入させてもらっている。
だから、暁の盾にはお世話になりっぱなしだ。
こういう付け届けは、大切だってことにしておこう。
「ちなみにベネットは、馬乗ってるぞ?」
いやいやいやいや、この人は俺をどうしたいんだろうか?
そりゃ会いたい。
会いたいけど、まだ話が済んでない。個人の感情よりも商談だ。
「その前にこれを見ていただきたいんですよ。」
俺は、金属製の器具を取り出した。
アレストラばあさんに試作してもらった銃剣だ。
「なんだこりゃ?飛び出し式のナイフ?いや、スティリットか?」
流石に武器には詳しいのか、即座になんに使うものかの察しはついているみたいだ。
飛び出し式というよりはか、引っ込める構造になっている。
筒状の鞘に溝を切り、ハンドルで出したり引っ込めたりできる形だ。
俺のへったくそな図面をみてアレストラばあさんがあっという間に作ってくれた代物だ。
「槍の穂先、いや、あー、なるほどな。」
固定する仕組みは銃身をいじらずに湾曲した2枚の板で挟み込みねじで固定する形だ。
その構造で正体が分かってもらえたっぽい。
「銃の先に取り付けるというわけか、なるほどなぁ。」
そういうと強度を確かめるように力を込めて引いたり出したり、ねじを回したりし始めた。
「試作品か?」
「そうです。思い付きだけで無理を言って作ってもらったものなので。現場の意見というものをお伺いしたかったんですよ。」
そういうと団長は何やら棚をごそごそといじり始めた。
「そうだなぁ。まあ、実際マスケットを使ってるやつに渡してみるのが手っ取り早いな。
人選はこっちに任せてもらっていいか?」
どうやら乗り気になってもらえたみたいだ。
「試作品は、団長にお渡ししたものともう一つだけなんです。できれば、もう一つの方はトーラスさんにお願いしたいんですが?」
もちろん、了承が得られなければ団長にお任せするしかないわけだけど。
「確かに、あいつだろうな。悪いが居留地に居ると思うから、直接届けてもらえるか?」
どうやら問題なかったみたいだ。
もう一人の人選に大分苦戦している様子なので、その場を辞すことを告げて、俺は執務室を後にした。
トーラスの居場所を聞くたびに、ベネットじゃないのかと聞かれるのは何とかならないかな。
お嬢お嬢と慕われているけど、変な虫つかないように守られている感じではないから俺としてはありがたいが。
鍛錬場にいるトーラスを見つけるまでに3回くらい同じセリフを言われるとさすがにな。
「トーラスさん探しましたよ。」
「ベネットに用があるんじゃないのかい?」
あんたもか。
レスリングの練習中だったらしく、練習相手の傭兵もうんうんと頷いているが、まだ仕事中だっつうの。
しかし、関節をきめられたままで痛くないのかな?
「違います、仕事のお話があってきたんですよ。」
そういうと、ようやく組み合っている状態を解いて話を聞いてもらえる状態になった。
「仕事の話って、難しい話かな?」
息を切らせながら、ベンチに腰を掛けてかなりお疲れモードだ。
手短にしよう。
「前に、接近されたらひやひやもんだって話をしてたじゃないですか? それで試作品なんですが、これをトーラスさんに試してもらいたくて、持ってきたんですよ。」
俺は、もう一つの銃剣を取り出してトーラスに見せる。
ただし、こちらは銃身に取り付ける方式が若干違う。
板で挟むのではなく、筒状の金属が収縮して銃身にくっつく手法だ。
スライドを引くと絞られ、押すと開く。
どうしてそうなるのか、俺にはわからない。
提案したのは、板で挟む方式だがこっちの方ががっちり食い込むと言われた。
最初は魔法かとも思ったけど、そうではない。
というか、鑑定してみても魔法の品ではないのは分かっている。
ただ、筒の金属に知らない成分が含まれているけど、それがどういう理屈で絞られたり開いたりするのかはさっぱりだ。
「銃身の先に取り付ければ、槍みたいに使えるかと思ったんですよ。」
筒を見せながら、絞ったり開いたり。
トーラスにも不思議に見えるらしく、首をひねりながら銃剣を見つめている。
「変な構造だけど、それを試してみればいいんだね? 承るよ。」
考えても仕方ないと思ったのか、トーラスは微妙な表情で銃剣を受け取ってくれた。
早速とばかりに練習用のマスケット模型を手に取り俺に見せるように銃剣を装着してくれた。
バチンっと割と大きめの音が響き、筒が絞り込まれた。
「ふーん、確かにこれなら外れないかな?」
グッと、押し下げようとしてみたり回そうとしてみたりしているけど、しっかり取り付けられているようだ。
普通は銃身に細工をしないとここまでがっちりと取り付けられないんじゃないだろうか?
「ちょっと的を使ってみようか?」
「そうですね。お願いします。」
おかしな武器を持ってきたぞという感じで、練習中の傭兵が集まってきてるけど、まあ見物されて困るものでもない。
トーラスが的の前に立つと人が囲んでる状況だけど、俺が見れればいいや。
すっと、刀身を出すとトーラスは数度軽く的に銃剣を突き立てる。
喉、胸、股間とスムーズに突き刺さり、引っこ抜かれる。
特に動作に問題はなさそうだ。
刀身が引っ込んじゃう様子もない。
次に全力で的に銃剣をつきこんだ。
根元まで刺さったと同時に引き金を引く動作をする。
当然模型なので真似でしかないけれど、これは結構えぐい攻撃だな。
まあ、あそこまで突っ込まれたら普通は死ぬ。
銃で追い打ちするまでもな……
いや、イノシシであれだけ苦労したし、そういう技もありかもしれないな。
「うーん、確かに槍としては使いやすいかもねぇ。」
出来ればそういう状況になりたくはないけどもと付け加えながら、トーラスは、次に装填の動作に入る。
刀身をしまい、清掃し、銃弾を込める仕草をしたあと槊杖で突き固める。
あくまでも真似だけれど、いつ見てもよどみなくて速い。
銃剣が邪魔をしている様子もないから問題なさそうだな。
次に若干後ろに下がって、的に向かってマスケットを構える。
重さで支えづらいようには見えないけど、どうだろう?
そこらへん、使ってみないと微妙な違いは分からない。
そこから膝立ちになって、刀身を出す、突き出す、立ち上がりながら刀身をしまう、打つ仕草をする刀身を出す、膝立ちになりながら刀身をしまう。
きびきびと銃と銃剣を使う仕草を試してくれてるのは分かるんだが、目まぐるしい。
しばらくして、ようやく納得がいったのか銃剣を模型から取り外した。
割とギャラリーは減ったけど、何人かは頷いてみている。
色々と感想やら思うところはあるだろうけど、まずトーラスの意見から聞かないとな。
「どうです、トーラスさん?」
自信満々で考えていたわけではないけど、使えないって評価だとさすがにへこむかな。
「槍兵いらなくなるかもね。」
若干嫌そうな顔なのは、護衛がなくなって自分が矢面に立たされるかもしれないことを危惧してのことなんだろうか?
元の世界でもマスケットに銃剣の組み合わせが生まれたおかげで槍兵は廃止されたって記憶している。
それがすぐさま起こるわけじゃないけど、そうなると銃兵は自分の身を自分で守らなくちゃいけなくなるわけだ。
嬉しいかと聞かれると微妙だな。
「実戦で使ってみないと分からない部分もあるだろうし、しばらく借りていていいかな?」
「お願いします。」
そう考えると、トーラスにとっては良かったのか悪かったのか。
余計なことをしちゃったんじゃないかと若干不安だ。
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