4-7 いったい何があった?
借りている部屋に帰り、夕飯の準備をしながら俺は軽くカールに大家さんとのことを尋ねてみようと考えていた。
受け答えが割とあやふやなカールなので事の真相はつかめるとは思えないから、ベンさんにも改めて詳しい状況を確認しよう。
今日の夕飯は包みピザに子羊のローストだ。
ひいきにしている料理人のハロルドが作った一品なのでうまいことは間違いなしだ。
未だに露店で商売しているが、最近客足も伸びているようで、遅くに行くと看板になっていることが多い。
今日は、たまたま運よく手に入れられた。
包みピザの方はマルゲリータのようにトマトソースとチーズだけというシンプルなものなんだが、客受けが悪かったらしい。
お試しに切った試供品の真っ赤なソースが嫌われた理由らしいんだが、やっぱり色彩って言うのも料理にとっては重要な要素なんだな。
こっちのトマトも別の大陸からもたらされているらしく、経緯も似たり寄ったりで食用という認識が薄いらしい。
でも、酸味やうま味もある野菜だから、慣れればそのうち受け入れられるだろう。
そう、なんでも慣れって言うものなんだよな。
そんなことを考えている間に食事の準備は整った。
言っても食卓に料理を並べただけなんで、食事の準備なんて大して時間もかからない。
早速食事になるわけなんだが、どう切り出したもんだか。
「なあ、カール。お前、大家さんと何があったんだ?」
話の切り出し方が下手だなと思うんだけど、気の利いた言い回しなんか思いつかない。
あと、何かって言われてもカールも困るか。
「おばちゃん、お菓子くれたから、お返しに絵を上げた。」
んー、なんか分かったようなわからないような。
「大家さんは、なんでお菓子くれたんだ?」
そこは、分からないらしくカールは小首をかしげる。
いや、まあ分からないよな。
俺だってわからん。
あれだけ毛嫌いしてたのに突然お菓子って……
しかし、なんだろうな?
包みピザを口に含んで、俺も想像をめぐらす。
あー、旨いなぁ。
そういえば、マルゲリータもバジルが決め手だった。
シンプルと言いながら、香草の利かせ方が要で難しいと言われたことがあったけど、確かにハロルドの包みピザもトマトの酸味やうま味に負けない香りがおいしさを引き出している感じがする。
決して高い素材じゃないのに、料理人の腕次第でこんなに高級感が出るもんなんだなぁ。
って料理の感想に耽っててどうする。
とりあえず、カールは何をやってたんだろうか?
「カール、大家さんがお菓子をくれる前に何をしていた?」
「お掃除。」
あぁ、そういえば確かに部屋散らかってないな。
人が生活していれば、部屋ってのは常に汚れ続けるもんだ。
狭い部屋だから物をそんなに置けないが、カールのために買ってやった絵本やらクレヨンやら……
あれ?クレヨンなんか俺いつ買ったんだっけ?
いや、大家さんに絵を渡したとか言ってるんだから画材がなきゃ絵なんか描けないのは当たり前なんだが、買った覚えがない。
おぼろげながらに買った記憶がないことも、ないか?あるか?
いや現物があるんだから、買ったのは間違いないだろう。
パッケージは、どう見たってこっちで買えるものじゃない。
まあ、経緯はともかくまめまめしいカールを見て大家さんも情が湧いたのかもしれないな。
しかし、カールは何でもよく食うよな。
トマトにも警戒心も抱かず、旨そうに食ってる。
もちろん、味の好き嫌いはあるみたいだけど、初めてのものに変な先入観は持たない。
出されたものは、それが相当不味いものでもなければ残さず食うし。
偉いよなぁ。
いや、単に俺が贅沢になれているだけかもしれない。
いつ飯が食えるか分からない状況に常に置かれていれば、四の五の言ってられないだろうしな。
本当に、俺は恵まれてるよなぁ。
食事を終えて、ベッドを用意した後に俺はカールの絵を見させてもらっていた。
どんなもんだろうと思ってたんだけど、その……
子供の絵だなぁ。
少し驚いたのは、ちゃんと古いものから順に箱にしまわれていたことだ。
ナンバリングをして整理しているあたり、本当にまめだ。
だから、最初の方の何を書いているのかはっきり分からない絵から、徐々に形が整い、何を描きたいのか分かってきている成長の様子が見て取ることはできる。
ただ、特別それがすごい絵になってきている雰囲気はないんだよなぁ。
本当に普通。
不意に、男の顔が描かれた絵が出てきた。
あー、これは俺かな?
特徴的に見れば、たぶんといった感じだが。
しっかし、不細工だなぁ。
よく特徴をとらえてる。
あー、これは確かにうれしいかもしれない。
例え、絵が特別うまくない子からでも一生懸命描いた似顔絵を貰えば親はうれしいもんな。
もっとも俺の場合は成人のゴブリン男性から描いてもらってるわけだから、ちょっと違うかもしれないけども。
中には喜ばない親もいるし、だれでも喜ぶと一般化しちゃいけないかもしれないが、大家さんにはスマッシュヒットになったのかもしれない。
でも結構な枚数だなぁ。
もしかして、カールは絵を描くのが好きなのか?
「なあ、カール」
「何、ご主人様?」
カールは眠くなってるのか、ぬぼーっとした顔になっとる。
あんまり長々付き合わせるのは良くないか。
「お前、絵が好きか?」
「うん、好き。」
半ばまどろんでるような様子も見える。
「そっか、じゃあちゃんとした先生に習ってみるか?」
今度は返事はないが、笑いながら頷いている。
相当眠いんだ。
まあ、画家の当てがあるわけじゃないが、探してみるのも悪くないかもしれない。
「おやすみ、カール。」
そういって俺も絵をしまった後、ベットに横になる。
翌日、早めに倉庫へと出勤する。
別に出勤時間が定められているわけじゃないが、戻ってくれば戻ってきたでなんやかんやとやらなければいけない仕事って言うのはあるものだ。
在庫の整理やら帳簿の確認、仕入れた商品の荷捌き。
歩く倉庫でもある俺がいないと、倉庫で荷物があふれかえることにもなりかねない。
特に生鮮品なんかほったらかしにすれば腐ってしまう。
唯一無二のチート能力だから有効活用しないともったいない。
もちろん、無限に何でもかんでも放り込むなんてことはできないので、商品の取捨選択は必須なわけだし、俺が出勤しないと仕事が始まらない部分も出てきた。
ライナさんにもそれが伝わったらしく、最近はぐーたらなダメ社員みたいな視線は緩くなった気はする。
非常に助かる。人間関係がこじれていいことなんて何一つないからな。
とは言っても常時商品仕入れしているわけでもないので、暇なときは暇になる。
実際、早くに出勤してしまえばお昼くらいには一通りの作業は終了だ。
一同で、いわゆるサンドイッチ、こっちではパンで具材を挟んだものって意味の言葉で言われているものを食しているわけだが。
めんどくさいなぁ。
ちょっと長い。
翻訳では、俺がサンドイッチと言えば、その言葉が伝わるみたいだけど、英語で言うところのインサートって単語に変換される。
だから、これ挟んどいてっていうニュアンスにも受け取れるから、そういう誤解が出そうな時はさっきの長々しい言葉が勝手に変換される。
今のところそれで支障はないがうまい事、商品名定着してくれないかな。
しかし、こう。
めっちゃぼそぼそしてる。
これが標準的なパンだと考えると気が滅入るな。
「ところで、ベンさん。大家さんの件なんですけど……」
食事から意識をそらさないとやってられない。
今日早く出てきたのは、ベンさんに大家さんの話を聞くためだ。
「何か問題があったか?」
「いや、むしろ大家さんが留守の時にカールを預かってくれるって話になりましたよ。」
「ほーん。」
ほーんじゃないが。
いや、まあいちいち気に留めてみてないだろうし、聞かれてもないことを思い出すこともないのは当たり前と言えば当たり前か。
「いつの間に、あの二人仲良くなったんですか?」
「ちょっと待ってくれ。確かにいつの間にか世話を手伝ってくれてた気がするなぁ。」
まあ、忘れっぽいのは俺も似たようなもんだしなぁ。
あんまり責められない。
「一回、二日酔いで顔を出すのが遅れた日があって……確かその日は、相当寒かったなぁ……」
話を要約すると、ベンさんがお昼くらいに俺の部屋に行ったときに、大家さんがすでに中にいて薪ストーブの火を起こしてくれていたらしい。
まあ、火をつけたのは執事のロバートさんだろうけど。
んで、凍えていたカールがかわいそうだと詰られたそうな。
あんまり話したくないのか言葉が右往左往していたけど、つまりそういうことだ。
いや、まあそりゃ話したくないのは分かるけども。
「隠すつもりはなかったんだけど、忘れてた。悪かったなヒロシ。」
「いやいや、無理を言って頼んだのはこっちですから、気にしないでください。」
なんせベンさんもそれなりの年だ。朝がきついことだってある。
もう苦笑い浮かべるしかないわ。
「結果としては良かったんじゃない?預け先ができたわけでしょ?」
ライナさんの言う通りなので、頷くしかない。
「ガキが出来たらそういう心配しなくちゃならないわけか。結婚しなくて正解だったな。」
グラスコーは肩をすくめて、そんなことを言う。
いや、別にカールは子供ってわけじゃないんだが。
「子供がいれば、頑張ろうって気持ちにもなるものよ。ナバラの奥様も子供ができたような気分なのかもね。」
そういえば、大家さんにはお子さんがいなかったんだったな。
親戚を養子に迎える予定だったとも聞いてたけど。
それが、あの甥御様なのかな?
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