1-8 間抜けなのは昔からだけどさ……
次の日、目が覚めると自室に戻っていたって事はなかった。
もうそろそろ夢と思うのはやめよう。
考えても答えなんかでない。
何度も飼い葉にシーツを敷いた簡単なベッドで目を覚ましている。
いい加減慣れる。
体が重い。
やっぱりこの生活はきついな。
それ以上になんだか気分が落ち込む。
ヨハンナが作ってくれる煎じ薬はよく効いて、眠りにつくのには支障はない。
ただ、起きたときにすっきりと言うわけにはいかない。
半ば無理矢理意識が戻った感じでぼーっとしてしまう。
昨日のハンスとのやり取りで思った以上に罪悪感を感じてもいた。
あんな事言わなきゃよかったのに……
衝動的な発言はいつものことだが、慣れるわけでもなく、やめることもできない。
とことんダメな人間だよな。
くだらないことを考えているうちに、ようやく起き上がれるようになった。
ふらふらとテントの中から這い出し、たき火の下へとにじり寄る。
今日も寒い。
「おはよう。」
最後の見張り当番だったロイドが挨拶をしてくれた。
「おはようロイド。」
しかしロイドは格好いい。
山羊皮をまとってるのは俺と変わりないのに、まるでどっかのモデルが写真に写ってるみたいだ。
ひげだって似合ってる。
対して俺は、見た感じ単なる蛮族だ。
同じ”きゃー!”でも、近寄るのと逃げ出すのとで全く逆の反応になるだろう。
妬ましい。
「ヒロシ、お湯をもらえるか?」
さすがに鍋を差し出す仕草までかっこよくはないが、それはつまり自然体って事だよなぁ。
部族が残ってたら、きっとモテモテだったに違いない。
「お湯ね。ところでロイド、みんなは?」
いつもなら、そろそろみんな起き出して、たき火を囲んで朝食を準備し始める時間だ。
だけど今は誰も来ない。
不意に、どこか遠くで山羊の悲鳴が聞こえてきた。
びっくりして俺は腰を浮かす。
「山羊を捌いてる。」
ロイドの言葉に俺はすとんと座り直した。
なるほど、山羊を捌いてたのか。
これは、ここにとどまっていた方がいいだろう。
しかし、山羊を潰すって事はそろそろ食料がやばいんだろうか?
「……気にしなくていい。」
そわそわする俺にロイドは野草で入れたお茶を差し出しながら声を掛けてくれた。
「あぁ、えっと……いつものことだから気にしなくていいってこと?……」
まあ、わざわざ聞かなくてもそうなんだろうけど確認してしまう。
「あぁ、そろそろ行商人と会う時期だ……」
から、食料は心配ないって言いたいんだろう。
ちょっとロイドは言葉が足らない。
いや、まあ人のことは言えないけどさ。
まあ、今荷物は食べられない山羊の皮や羊毛なんかでいっぱいだ。
”収納”の事を明かしているので、俺のインベントリにそれらが結構な量で溜まっている。
それらを食料と交換すれば……
あ……
これ、売れたんじゃ?
いや!
いやいやいや!!
今俺が預かってる荷物は全部彼らの持ち物だ。
勝手に手を付けたら不味い。
やるならせめてハンスの了解を得てからだ。
それに、”売買”についても伝えるかどうかを考えないとまずい。
”収納”の能力については、割とあっさり伝えていたが結構特殊な能力だと驚かれた。
何でも魔法の道具でホールディングバッグは、割と安価に手にはいるらしいのだが、2tという重量は破格らしい。
ので、ひとつなぎになっていれば、どんな重さでも大きさでもしまえることについては内緒にしている。
そりゃ、フェリーくらいの物を収納できるってなったら異常どころじゃないだろうしな。
でも、もしかしたらそんなのは普通かもしれないと思って探りを入れてみたんだが、どうやらチートに間違い無いっぽい。
まだ使ってないから詳細は分からないが、きっと”売買”もチートだろう。
俺自身、チーター気質だが、だからといっておおっぴらにチートを自慢できるほどの度胸はない。
「ヒーロシー」
ミリーの声が聞こえていつものように抱きつかれたと思ったら、ぬちゃっという感触が頬に伝わる。
「のわぁ!!」
血まみれのミリーの手が目に入り、俺はびっくりして飛び退く。
「あははは!!びっくりした?びっくりした?」
ミリーに笑われ、俺は怒りを覚える。
「お前なぁ!!……あぁ………」
だが、その怒りは急速に収まってしまった。
大人げない。
この程度でびっくりして情けない声を上げたことが急に恥ずかしくなってしまった。
「あはは、ごめんごめん。とりあえず、山羊食べられるよ!山羊!やったねヒロシ!!」
砂で血まみれの手を洗いながら、ミリーは陽気に笑う。
俺も、同じように砂で頬にべっとりと付いた血をぬぐった。
乾燥した砂はこういう時に、水の代わりに使われる。
もちろん単に拾ってきた砂ではなくてふるいにかけて、たき火で炙って消毒した物だそうだ。
さらさらしているので肌も傷めない。
そうこうするうちに捌いていたメンバーが全員戻ってきていたようだ。
「ヒロシ、これ頼めるかね?」
ヨハンナが皮でくるんだ内臓を差し出してくる。
「え?」
そのあまりのグロテスクさに俺は若干引き気味になる。
「お前さんの魔法袋に入れれば時間経過せんのじゃろう?洗わないと食えんが、足も速いからね。」
ヨハンナの言葉に、”収納”の便利な機能を思い出す。
そう、時間経過しないんだ。
仮に燃えたマッチを収納したら取り出したときも燃えたままだ。
超便利。
さらに視界内なら好きな時に好きな位置に取り出せるというおまけ付きだ。
ただ、収納するには触ってなきゃいけないのは残念だ。
とはいえ、どれもホールディングバックにはない機能で、普通は取り出すときはごそごそ探らなきゃいけないし、普通に袋の中に内臓なんぞ放り込んだら中で腐敗する。
その点で言えば、俺の能力は破格だろう。
しかし、触りたくない。
一応、砂で血や排泄物などは落としてるみたいで、血がしたたってたりするわけじゃないけど汚物って印象が強い。
料理した内臓料理は平気なんだけどなぁ。
水洗いして無くて生なのは、ちょっと……
いや、早めに収納しないと腐ってしまう。
意を決して俺は内臓に触れた。
ねちゃっとした感触が手に残る。
やっぱり俺にはキャラバン生活はきつい。
ちなみに肉は捌かれて、個別に皮に包まれていた。
こっちは熟成が必要だと言うことで収納する必要はないらしい。
なるほど、時間経過がないならないで問題もあるな。