4-6 大家さんに怒られた。
気は進まなかったが日を改めて大家さんのお宅を訪ねることにした。
相変わらず、雪が静かに振るか曇り空の日々が続いているので、気が滅入ることこの上ない。
確か雪国だと日光の関係で鬱が増えるんだったっけ?
たまにはスカッと晴れた空が見たい。
辻馬車を降りて、恨みがましく空を見上げてしまった。
ちらつく雪が容赦なく見上げた顔をたたく。
「カール、とりあえず足元注意しろよ?ぬかるんでる。」
《水操作》でぬかるみから水分を抜いてもいいかもしれないが、周りからいくらでも染みだしてくるし。やるだけ無駄だ。
素っ転ぶくらいならいいが、下手したら怪我をしかねない。
俺はカールの手を引いて慎重に大家さんのお宅へと向かう。
大家さんのお宅は、それなりに大きな建物だが広い庭があるわけではない街中の邸宅といった趣だ。
スレートの屋根を備える3階建てで、ここら辺の建物の相場からすれば十分お高い。
まあ、元々海運で名をはせた豪商のお宅としてはこじんまりとしていると言われるかもしれないが、ご婦人一人では広すぎる家な気もするな。
もちろん、事前に手紙を出して訪問の意図や日時については伝えてあるし、訪問日の指定や時間についてご返答いただいている。
いきなり押しかけても出かけていたり他の来客があったら困るから、そこら辺の配慮は大切だ。
俺は戸をたたくためにドアノッカーに手を伸ばす。
だが、中から喧騒が聞こえ、こっちに足音がするのが聞こえた。
俺は、急ぎ扉の前から身を引く。
もちろん、カールが扉に巻き込まれないようにちゃんと手を引いてだ。
バンっと、扉が開かれ若い男性が飛び出してくる。
「ばばあ!!いつまでも待たんからな!!おぼえておけ!!」
振り返りつつ、部屋の中に向かって叫ぶ。
やばいな、怒りに任せて行動しそうだから邪魔にならないようにひっそりしてよう。
こういう人間は周りが見えてない。
下手したらいきなりぶつかってきても、こっちの責任にされかねない。
案の定、飛び出してきて雪道を歩くとは思えない乱暴な足運びで道を進んでいく。
当然ながら、そんな歩き方をすれば素っ転ぶ。
ずんずんと進んでる途中で盛大にこけて、お下品な言葉を吐き散らかし始めていた。
「ヒロシ殿?大丈夫ですか?」
不意に声を掛けられ、びっくりした。
大家さんの執事、ロバートさんが扉を開いたままこちらを心配そうに見てくれている。
「あ、大丈夫です。それよりあの方は?」
既に飛び出してきた男は立ち上がって姿を消していたが、大家さんの関係者だろうか?
怪我をしてなきゃいいが。
「我が主の甥御様です。ご心配なさらず、丈夫な方ですから。」
そういうと、ロバートさんは困ったような顔をしてため息をついた。
この人も気苦労が絶えなさそうだ。
「外はお寒い、どうぞ中へ。」
わざわざ外に出てきて扉を抑えつつ、ロバートさんは入室を促してくれる。
こういう対応は、ありがたいけど慣れてないのでむず痒い。
ただ、わざわざ躊躇えば対応してくれる人が余計に苦労するだけでいいことは何もない。
失礼しますと頭を下げ、カールとともに玄関に足を踏み入れた。
玄関と言っても、ご多分に漏れず広い。
よく、豪邸を褒める時に、この一部屋で十分暮らせるとは言われるが、確かに八畳以上の広さはあるかもしれない。
調度品も適度におかれ、殺風景という印象とはかけ離れている。
人によっては成金趣味とか思われるかもしれないが、何もなければ無いで違和感はあるものだ。
明らかにお金がありますよって雰囲気は感じられる。
とても、没落した商家とは思えない玄関だ。
ただ、掃除が十分行き届いていないのか、若干汚れがみえる。
そこがみすぼらしさを感じさせなくもないかもしれない。
天井のシャンデリアも明かりがぼけて見える。
しかし、あんまりじろじろと見るのも失礼か。
自分のコートを脱ぎ、カールに着せていたフード付きのコートも脱がせてやる。
こいつは本当に不器用だから手伝ってやらないと服を脱ぐのに手間取るから、補助はしてやった方が楽だ。
なんか子供の世話をしてやってるみたいだな。
いつから俺は保父さんになったんだろうか?
ロバートさんに脱いだものを渡して、応接間に通される。
カールも一緒に連れて来いと指定は受けてたとはいえ、ゴブリンが豪華な応接間でちょこんと座ってるのはなんともミスマッチだ。
一応身なりを整えさせて、それなりに余所行きの服を着せているがお仕着せっぽくて若干滑稽にみえる。
こっちの気も知らないでのほほんとした顔しやがって。
しかし、カールも呼べって言うのは何をやらかしたんだろうか?
「ヒロシさん、あなたは主人という自覚を欠いています。」
その言葉に反論の余地はない。
どうやら怒りの矛先は、俺に向けてだったようだ。
「おっしゃる通りです。」
そりゃまあ、何日も家を空けてほったらかしにしてたら当然怒られるわな。
食事やら住環境は整えていたし、不都合がないようにベンさんにはいろいろお願いをしていた。
とはいえ、奴隷を何もさせずに放置って言うのはよろしくない。
ただ、大家さんの雰囲気が違うんだよなぁ。
前までは、ゴブリンなんて汚らわしいみたいな対応だったんだが、今はカールのためにお茶を出してくれている。
そのうえ、おれがみやげとして持ってきたマドレーヌまで添えてだ。
俺のいない間に何があったんだろう?
「確かに、奴隷には何をしてもいいという考え方を持つ輩もいます。
わたくしもそういう人間を何人も見てきました。
でも、何もさせずにほったらかす人間は初めてです。
奴隷は、あなたの慰み者じゃないんですのよ?」
慰み者って、言い方ぁ!!
いやいや、たぶんそういう意味じゃないのは十分わかるし、大家さんの言うことはもっともだ。
本来なら、何でもいいから仕事を任せて十分な働きができるようにするのは主人の役割だろう。
といっても、種族というものが確実に障害になる。
表立って、接客業をやらせるわけにもいかないし、向かない力仕事を押し付けるわけにもいかない。
ただ、カールは何をしたいのかという意志も聞いていないのも事実だ。
そこは素直に反省しよう。
「行商に連れまわすのは、難しいのは分かります。
でも、少なくともその間、部屋に一人にしておくのはよろしくないのではなくて?」
なんかネグレクトしてる親に対するお叱りみたいになってきたなぁ。
一応、問題を起こさないようにベンさんにはお願いはしていたことはしていたけど、大家さんの怒りはどうもそっちじゃない様子だ。
放置が我慢ならないというのが前面に出てきている。
しかし、カールと大家さんはいつの間に交流を深めていたんだろう?
ギルドのことに集中してたから完全にこちらの問題は考えてなかったわ。
ベンさんには特に変わったことがあったとは聞いてなかったんだけど、どう考えても何かあったはずだ。
まあ、責められているのは俺だから、それならそこまで悪い状態とは言えないけども。
しかし、考えてみると前まで怯えていたカールがのほほんとマドレーヌ食ってられるわけだから、むしろいい方向に進んでいる気はする。
俺に出されたマドレーヌをカールの前においてやる。
「聞いてらっしゃるのかしら?」
「え?あ、はい。」
一応要求としては長期に町を離れる際には誰かに預けろ、カールに何か仕事をやらせてやれという2点に集約される。
問題は、預け先なんか思いつかないことだ。
何か仕事をやらせてやるのは、カールの希望もあるが何とかできるとは思う。
問題は、ゴブリンを預かってくれる知り合いなんて……
一応ベンさんにしても、あくまでも俺の部屋だから世話を請け負ってくれたわけでライナさんちみたいな家族がいるところは余計難しいだろう。
かといって傭兵団に預けるのもなぁ。
明らかに狩る側の人たちの集まりだし、カールがビビると思う。
「奥様、そのことについて差し出がましいのですがよろしいでしょうか?」
そばで控えていたロバートさんが急に話に割り込んできた。
今の今まで存在すら忘れるくらい、自然と控えていたからちょっとびっくりする。
この世界の執事さんやメイドさんは隠密スキルが標準装備でもされてるのか?
今のところ粗忽物の使用人って見たことないんだよなぁ。
「なんですかロバート、何か妙案でも?」
大家さんも驚いている様子だ。
それくらいロバートさんが意見することは少ないのかもしれない。
「妙案とまで呼べるかはわかりませんが、カール殿をわたくし共でお預かりするのはいかがでしょう?」
え?いやいや、まじで?
意外な展開で俺は驚いてしまった。
いくら何でも関係が改善したからっていきなり面倒を見てくれるなんて展開は都合よすぎないか?
「なるほど、それは……いえ、その……」
大家さんは一瞬喜色を見せたけど、俺を見て口ごもり始めた。
えぇ、大家さん的には問題ないのか?
「もちろん、お預かりする以上はそれなりに負担はしていただくという形になるとは思いますが……」
ロバートさんはお願いしますというような感じで視線を送ってくる。
いや、もう、こっちとしては渡りに船なわけで何ら問題はない。
大家さんもロバートさんも、カールには慣れている様子があることも考えれば願ったりかなったりだ。
「いや、お願いできるのでしたら、こちらとしては頭を下げる他ありません。
かかる費用は、言っていただければ負担しますので頼らせていただいても構わないでしょうか?」
俺が頭を下げると大家さんも乗り気なのか身を乗り出す。
だけど、何かわだかまりがあるのだろうか?
何かを言い淀んでいる仕草をする。
「その……その子はどう思っているのかしら?……」
あぁ、そういえばすっかり忘れていた。
言葉が通じないのか。
随分と親身になってくれているので、失念していた。
「時々は、おばちゃんだとか、通じることを言ってくれるのだけれど、何を話しているのか分からないのよ。」
おばちゃん?
俺は帝国語をカールに覚えさせようと思ったことはあるが、おばちゃんなんて言葉は教えてない。
むしろ、ろくにしゃべれてなかったと思うんだが、どういうことだろうか?
これは、ちょっと語学の問題があるかもしれない。先生に相談してみるか。
「カール、俺がいない間は大家さんのうちに泊めてもらう話になってるんだが、どう思う?」
俺がそう尋ねると、カールはうれしそうに笑う。
いや、まあゴブリンだからちょっと狂暴そうに見えるが、喜んでいるのは間違いない。
「ご主人様、俺はおばちゃん好きだから、ご主人様いないときはおばちゃんのうちに泊まりたい。」
注意して音を拾ってみたが確かにゴブリン特有の鳴き声みたいな言葉の間に人の言葉が挟まっている。
どういうことだろうなぁ。
「どうやら、カールは大家さんが好きらしいです。」
俺の言葉に大家さんは一瞬喜びを見せた後そっぽを向いた。
「そう、ならやぶさかではありません。もちろん、それなりに負担していただきますよ?」
真面目に何があったんだろう。
後でカールにいろいろ聞こう。大家さんじゃ素直に話してくれなさそうだ。
「よろしくお願いします。」
改めて頭を下げてお願いする。
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