4-5 お断りします。
すいません、少し遅れてしまいました。
相変わらず、張り付けた笑みは消えない。
ただ、さっきと違って怒りじゃなく、獲物を見つけたみたいな雰囲気がある。
「いやー、グラスコー君は薄情だねぇ。
君もいろいろと苦労をしてるんじゃないのかい?」
苦労かぁ。確かにいろいろと気難しいし、気まぐれだし、常に偉そうなところしか見ないから気が気じゃない部分はあるなぁ。
支部長が言ってることにも一理ある。
「そうですね。」
同意すると、支部長は向かいの席に座る。
不意に視線が俺の後ろに向いた。
「ところでいったいどんなからくりを使ったんだい?」
どう返答したものか。
これは、まだ俺の能力に気付いたのか、それとも気付いてなくてカマをかけてるのか。
「からくりって何の話でしょうか?ただの従業員ですよ?」
支部長は、なんかうれしそうに目を細める。
うーん、なんかその笑顔が好きになれない。
「君は嘘が下手だねぇ。防刃服の件は聞いているよ?あんな素晴らしいもの、一介の行商人が扱える商品じゃない。」
でしょうね。
うん、そりゃ一介の行商人じゃないもの。
「また、何着かまとめて用意しなければいけませんか?」
「用意できるのかね?」
質問を質問で返すな。
漫画で読んだセリフだったかなぁ。
しかし、実際は俺もよくやることなので人に言えた義理じゃないな。
「さあ、グラスコーさんと話してみないと何とも。私は従業員ですし。」
俺の言葉にやれやれと支部長は肩をすくめた。
「少なくとも君はただの従業員じゃない。君が来てからグラスコー君の商売はうまく回り始めた。それは間違いないことじゃないかな?」
あー、これ。
まだバレてないな。
「高く買っていただいているようで恐縮です。」
まあ、バレていても何も変わらないんだけどね。
「単刀直入に言おう。独立してみてはどうかね?」
「お断りします。」
若干食い気味に返答した。
面食らったように支部長が硬直している。
なんかすっきりした。
「何故かね? 開業資金であれば私が個人的に融資してもいい。何であれば、手伝いを用意してあげてもいい。」
まだ笑みを浮かべたまま、話し方にも余裕はある。
この人、本当に強いなぁ。
「いえ、まだ修行中の身ですから。」
一応、俺からも笑顔で返しておこう。
「馬鹿いっちゃいけない!あんな商人の風上にも置けない男について行っても碌なことはないよ?
君なら、あっという間にあんな男の何倍も稼げるようになる!
商人とは儲けを稼ぐことが本懐だろう!!」
言ってることは何も間違ってはいないんだよなぁ。
出会うタイミングが違えば、この人の下で働いてみてもよかったかもしれない。
「それとも何かね?あの男のように私の顔が気にくわないとでも言うつもりかね?」
初めて真顔を見せる。
この人こんな顔をするんだな。
よくよく見ると、グラスコーと似ている。
いや、顔とかじゃなくて面構えと言えばいいのか、なんというか。
しかしグラスコーもひどいこと言うな。
人を顔で判断するなんて。
これも人に言えた義理じゃないかもしれないけどね。
「いや、とんでもないです。ただ、買いかぶりすぎですよ。」
俺の言葉に支部長は首をかしげる。
「まだまだ俺はグラスコーさんの足元にも及びません。独立する自信が付いたら、その時はよろしくお願いします。」
俺は、立ち上がって頭を下げた。
実際、申し出に不満なんかなかったし普通に考えれば飛びついてもおかしくはない。
ありがたい話ではあるけれど、嫌な予感がする。
理由はそれだけだ。
できれば穏便に済むよう願いながら部屋を出ていこうとする。
「待ちなさい!」
呼び止められて俺は振り返る。
ダーネンは顔を真っ赤にしてぶるぶると震えていた。
やっぱりコンプレックスかなんかなんだろうなぁ。
「黙って君を返すと思っていたのかね?捕まえろ!!」
前回同様に出入り口には警備のための大男が二人たっている。
その二人に俺を捕まえさせるつもりなんだろうな。
でも、二人は動かない。
「な!何をしているさっさと捕まえなさい!!」
二人に高圧的に命令をするが眉一つ動かさない。
「業務にそのようなものは含まれてません。契約外のことは上を通してください。」
命令された傭兵が涼しい顔で返答したのを聞きながら、俺は部屋を出た。
実は、警備の契約を請け負っている暁の盾にはすでに話は通してある。
場合によっては強硬手段もあるだろうなとは思っていたので、ジェイス団長に相談していたんだ。
もちろん契約上に無い仕事を現場判断ですることはよくあることだし、場合によれば臨時ボーナスが出ることもある。
だけど、武力を持っているのはあくまで傭兵側だ。
気にくわなかったら、仕事を蹴っても何も問題はない。
法的にも問題はないし、できることと言えばあることないこと騒いで信用を落とすくらいが関の山だ。
それについても、実は手を回しておいてもらっていた。
今回の契約に際して、おかしなことは無かったというお墨付きをアライアス伯がしてくれる手はずになっている。
というか、お願いした先が弁護士だとは聞いていたけど、まさかお貴族様だとは露ほども知らなかった。
そこは事前に教えておいてほしかったわ。知ってれば安心感が全然違うでしょうに。
まあ、それはいいか。デカい後ろ盾ならなおのこといいしね。
つまり、権威、武力両面で難癖がつけられない状況を作っておいた。
下手すりゃ、俺が支部長をなんかしちゃっても何もケチをつけられない状態は作り上げていた。
もちろん、それなりに出費はしている。
警備の二人には契約を順守するようにお願いする代わりにボーナスと防刃服を優先販売を約束していたし、アライアス伯には少なくない金額と引換券の話が流れているはずだ。
おそらく、バウモント伯といろいろと画策するんだろうけども……
しかし当主自らご足労願うことになっていたのは本当に驚いた。
倉庫に戻ってきたら、あからさまにほっとした顔をされた。
なんだ、そんなに心配だったのか、グラスコー。
「戻りました。」
とりあえず、ひと段落着いたわけだけど、今日の業務は終わりかな?
「戻りましたじゃねえよ。どうだったんだ?」
どうだった?
何か、頼まれていたことでもあっただろうか?
思い出そうとしてもよく分からない。
「ダーネンの野郎とどうなったって聞いてんだよ。」
なんだそんなことか。
「手回しがしっかりしてたおかげでうまくいきましたよ。
しかし、まさかあんな大人物連れてくるとは思いませんでしたよ。」
多分こちら側が相当なへまをしない限りは、あちらも仕掛けてくることはないだろう。
多分だけど。
支部長は自分を見失って、自暴自棄みたいなことをするに人には思えない。
「独立持ち掛けられたんだろ?」
「個人の資金で融資してもいいとか言われましたよ。手伝ってくれる人も用意するとか、ずいぶん太っ腹なこと言ってましたね。」
何をそんなに聞きたいんだろう?
俺は適当な箱に腰かけた。
「いい条件じゃねえか。それでどうするんだ?」
おいおい、まさか独立すると思ってたのか?
「あんな人の言うこと聞くと思ってたんですか?」
だってあからさまに胡散臭いし笑顔が気持ち悪いし、言ってることムカつくし、特に俺にメリットないし。
「まず、顔が無理。」
人のこと言えた義理じゃないけど。
ぶはっとグラスコーは噴き出すと床を転げまわりながら大笑いし始めた。
きたねえなぁ。
「だよな!だよな!!あいつの顔ムカつくよな!!」
いや、無理とは言ったけどムカつくと言ってねえよ。
似たようなもんだとは思うけども。
「それ、本人の前で言うのはやめた方がいいぞ?」
あの様子だと、グラスコーにそんなこと言われるたびに深く傷ついてそうだ。
例えそうだと思っていても、言うべきじゃない。
「知るか!!あの顔で商売とはこういうものだよみたいな偉そうな口きかれてみろ!!うるさい黙れ、てめえの面が気に食わねえんだよって言いたくなるだろ?」
「それを我慢するのが大人だろう。」
「いやだね!!そんなもん我慢するくらいなら舌嚙んで死んでやらあ!!」
ガキじゃねえか。
まあ、気持ちはすごくよくわかるけどさ。
「じゃあ、せめて会わないようにしようぜ?相性悪いのはよくわかったわ。」
あっちから絡んでくる可能性は非常に高いが、できうる限り回避しよう。
お互いのためによくない。
「んなこと分かってんだがなぁ。先生もここに住んでるし、知り合いも増えちまったからなかなかな。」
あー、本拠地の引っ越しは考慮してたんだなぁ。
「俺としても仕事がなくなるから勘弁してほしいんだが?」
騒がしいのを聞きつけたのか、ベンさんが顔を出す。
そういえば、カールのことでいろいろ面倒をかけてたんだった。
礼を言っとかないと。
「ベンさん、いろいろ迷惑かけました。カールは何か面倒を起こしましたか?」
家に帰ってカールと話してみた時は、おじさんはすごく優しかったとしか言われなかった。
ただそれは迷惑をかけたのかどうかの返答じゃないので一応確認しよう。
「いや、ゴブリンの坊主は大人しかったけど、むしろナバラの奥様の方がなぁ。」
あぁ、そっちか。
「度々訪ねてきちゃ、いろいろ文句言って帰っていくから、文句は家主に言ってくれって返したらかんかんになってな。」
これは、俺の方から詫びに言った方がいいかもしれない。
しかし、まいったなぁ。
家を空けるたびに文句を言われるんじゃカールを置いておくのはまずいか。
防寒装備を固めれば、何とかなるか?
でも連れて行くと足手まといなのは事実だ。
もうなんだか、奴隷というよりペット感覚だな。
そういう扱いは失礼かもしれないが、実際問題どうすべきか。
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