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4-4 やっと荷が下りる。

 そういえば、ギルドに監禁されたのはどれくらい前だったっけ?

改めて数えると大して時間は経過していない。

 でもなんか感慨深い。

滅茶苦茶大変な思いをしたような気がして、改めて同じ部屋に戻ってきたことが不思議な気分になる。

 漫画なら当然テーブルに1000枚のバスタオルと1000枚のフェイスタオルが置かれるんだろうけど、そんなことはなく、絵面としては前と何にも変わりはない。

違いがあるとすれば、嬉しそうに証書を眺めてにやにやしているグラスコーと苦虫を噛み潰したようなダーネン支部長の顔くらいだろうか?

給仕している女性はピリピリしている支部長にビビってるかもしれないが、さすがそこはプロなのか顔に出してないし、おかしな行動もとってない。

実に素晴らしい。

「さてよお、ダーネン。まずは、証書を頂いて感謝申し上げるぜ。」

 得意満面の笑みでグラスコーが切り出す。

「いやいや、元々の約束を果たしただけじゃないか、何も感謝されることはないとも……」

 やや笑顔が引きつっているけど、さすがは支部長。変に怒鳴ったり詰ったりがないだけでも立派だと思う。

思惑が大外れして、心情察して余りあるけれど。

「いやいや、友達だからなぁ。俺も骨を折った甲斐があったってもんだぜぇ。」

 グラスコーよ。どう見てもお前の方が悪役に見えるぞ。

嬉しくて仕方ないのは分かるけど、ちょっとは笑顔を引っ込めろ。

支部長のこめかみが一瞬動いたような気がする。

「それで、なんだったかな。このタオルの製造について独占契約を結びたいという話だったかな?」

 決まった話でもあるので支部長は渋ったりしなかった。

 うーん。

これは俺の認識を改めるべきかもしれない。

「おう、そこでだ。公証人を呼んであるから通してもらってもいいか?」

 そういうとグラスコーは指を鳴らした。

小芝居が過ぎる。

 しばらくすると、部屋の扉が開かれ、一人の老人が部屋に入ってくる。

付き従った男性を引き連れ、用意された椅子に腰を掛けた。

 因みに俺は、扉が開かれる前から席を立って頭を下げている。

あわただしくダーネン支部長が腰を浮かせると、それを取り繕うように今度は優雅に頭を下げた。

「これは、ヒューバルト閣下、このような粗末な場所においでいただくとは恐悦にございます。」

 アライアス伯爵ヒューバルト。

モーダル市に隣接する領地を有しモーダルを統治する評議会の議員であり、長く王国で栄える大貴族、その当主たる人だ。

 グラスコーが何とかすると言っていたわけだが、まさかお貴族様と顔見知りだとは思わなかった。

「よい、畏まるな。わしは法を司るものとして公証人を引き受けたまで。」

 法を司るものというのも、このお貴族様は弁護士としても有名で、一時期は巡回裁判所判事と言う肩書も有していた人物だ。

 現在の王国では一応貴族たちの自治が名目としてあるため、裁判権は領主に委ねられるという建前がある。

 だが、長年の改革で明文法が整備され王国が派遣する官吏が裁判を代行することが慣例であり、わざわざ逆らう領主も少ない。

 各地の立法については自治に委ねられているが司法は別だ。実質、法務畑の官僚が裁判を取り仕切っている。

 巡回裁判所は、その法務畑の官僚を束ねる組織であり、そこの判事はそれら官僚のトップと言っていい。

 4つに分割された管轄区域に、判事はそれぞれ1名だけ。つまり、王国に最大4人しか存在しない。

そんな彼らの出す判決は王の裁可とみなされる。

 大貴族で、なおかつ法律家としても上り詰めた人物だ。

さすがに緊張するなって言う方が無理がある。

あるはずなんだけどなぁ。

「ほれ、そこの小僧を見習って少しは気を緩めろ。」

 ちらりとグラスコーの方を見ると、ふんぞり返って茶をすすってる。

随分余裕っすね、グラスコーさん。

「では、失礼させていただきます。」

 支部長もだいぶ肝を冷やしてるらしく、座るときには若干ぎこちなさがある。

俺もそれに倣い、頭を上げた。

 じっと、ヒューバルト閣下が俺の方を見ている。

これは、座れって事かな?

俺は、そそくさと席に座る。

 うわー、無様……

「グラスコー、お前のところの若いのはどんくさいのう。」

 楽しそうに笑われた。

「まあ、お貴族様と付き合いがあるって言うのは秘密にしてたしな。緊張してんだろ?」

 大したことでもないみたいに言ってくれてるが、聞かされたのが今朝だし、どうすればいいのか聞いてもにやにやしてるだけだし、あわてるなとか言われても無理がある。

「別にわしは、庶民がどういう態度でいても気にせんのだがな。」

 いやいや、絶対嘘だ。

それをうかつに鵜呑みにしてたら、命がいくつあっても足らない。

流石に無礼討ちみたいな斬る方も命がけみたいな法律はないって事らしいが、普通に失礼な態度をとって鞭打ちに処される話があるのは聞いた。

別にお貴族様本人が気にしなくても気を利かせた部下が黙っちゃいないはずだ。

 そこら辺のさじ加減はさすがにグラスコーもわきまえてると思うんだよな。

 それと同じことを要求されても、俺にはまだ無理です。

「さて、些事と聞いておったのだが早速書面を見せてもらえるか?」

 メガネを取り出し、閣下は書面を要求してきた。

先ほどまでの柔和な雰囲気とは違い、しっかりとした仕事をする顔になっている。

 とはいえ、公証人は取り交わした書面を保証するのが仕事であって文面に口出しすることはない。

保証する以上はそれなりの責任はあるが、今この場ですることは限られている。

 俺も事前に文面は目を通しているが、内容としてはそんなに複雑じゃない。

と思うんだけど、じーっくり目を通している。

 かなり長い。威圧感を感じるなぁ。

「両者ともこの文面に訂正はないな?」

 グラスコーは閣下の言葉に鷹揚に頷き、ダーネン支部長は渋々といった様子だが最終的には頷いた。

それを見た閣下は静かにサインをしたため、それぞれに書面を渡す。

そして、残り一枚を付き従っている男性に持たせて閣下は頷いた。

「これでわしの仕事は終わりだ。両者にとって良い契約であることを望む。以上。」

 そういうと閣下は立ち上がった。

「閣下、ご足労いただき誠にありがとうございます。つきましては……」

 支部長は立ち上がり、揉み手をしながら閣下へとすり寄っていく。

 流石というかなんというか。

びっくりした。

 だが、それを遮るように付き従っていた男性が立ちふさがる。

「すまんな。わしも急な頼まれごとでいろいろと用事がある。もし何かあるのであれば次の会合で聞こう。」

 取り付く島もないといった感じだ。

「左様でございますか。では、また機会が訪れました際には良しなに。」

 断られたことにはショックがないのか、恭しく支部長は頭を下げた。

その様子を見て俺はちょっと呆然としてしまう。

凄い根性だな。

 俺があんな態度を取られたらショックで落ち込むぞ。

 気付いたけど、俺たって頭下げてないや。

あんまりにも鮮やかすぎて、礼儀を忘れてしまっていた。

閣下が部屋を出てしばらくシーンとした空気が流れる。ばつが悪い。

「いやはや、さすがだねグラスコー君、私は感心したよ。」

 見送っていた支部長が、くるりと振り返って笑顔を向けてくる。

 しかし、目が笑ってない。

言葉も別に特別乱暴でも何でもない。

だが、怒りが滲んでくるようだ。

「いろいろとお前から守ってくれたのが、あの爺さんだったからな。それはお前もよく知ってただろう?」

 こっちは無表情だ。

グラスコーとダーネン、両者の確執はどんなもんなのかは知らないが根は深そうだ。

「ご老体に鞭を打って引きずり出してきたことに感心してるんだよ。やることがえげつない。」

 後半は小声だが聞こえないことはない感じで嫌味を言ってきた。

 いや、相当頭に来てるんだろうなぁ。

「えげつねえのはどっちだか、わからねえよなぁ。」

 グラスコーは立ち上がって、ヤンキーみたいに顔を支部長に顔を近づけて喧嘩を売り始めた。

相変わらず支部長は笑顔だ。

 凄いなとは思うけど、やっぱり好きになれないわ、この人。

「おやおや、気に障ったかな?それは申し訳ない。口は禍の元だね。自嘲しないと。」

 口元を隠して笑い声をあげる。

胃が痛い。

 給仕をしてくれている女性が冷めた紅茶を下げて新しいお茶を入れてくれる。

俺は、それを手にとって啜る。

できればこういう関係には巻き込まれたくないんだよなぁ。

 しかし、本当に気の利く女性だ。

これまでのやり取りで何一つ気になる行動がない。

ギルドもこういう人たちに支えられてんだろうなぁ。

「そうそう、ヒロシ君だったね。少しいいかな?」

 急に話を振られて俺はお茶を吹き出しそうになる。

「は?なんでしょう?」

 油断してた。

多分、いつまでもノーマークではないとは思わなかったけど、さっきのやり取りで気がそがれてたわ。

「グラスコー君が良ければだが、君と二人で少し話してみたいんだがよろしいかな?」

 まあ、予測はついていたことだ。

機会があれば、来るだろうなとは思っていた。予測よりも遅かったがやっとかというよりも嫌だなという気持ちの方が強い。

「どうかね?」

 支部長はグラスコーと俺をおどけたように交互に見てくる。

仕草だけなら気さくな人と勘違いしそうだ。

「好きにしろ。俺はこれ以上お前の面なんざ見たくねえ。」

 そういうとグラスコーはわざと床を鳴らすように部屋から出て行ってしまった。

なんか取り残された感が強いなぁ。

追っかけて行って話すこともないので、別にいいけどさ。

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