3-25 シャレにならん。
失敗した。
完全に失敗した。
グラスコーが喧嘩を吹っ掛けたわけじゃない。
ベーゼックが人妻に手を出したわけでもない。
完全に俺がやらかした。
俺がへまをしたせいで村人に囲まれている。
屈強な男たちは農具を持ちこちらをにらんでいる。
女性陣は女性陣で武器になりそうなものを手に持ち、剣呑な目を向けてくる。
どうしてこうなった?
いや、これは完全に俺のせいだ。
どうしよう。
事の発端は、関所を離れ一番近い村まで来たときにおこった。
その村は、グラスコーが顔なじみにしている村じゃなかったが特別変わった村でもない。
ことが起こるまでは何のことはない平凡な農村。
雪に覆われていて畑が見えないからどの程度の規模かはわからないが、少なくとも貧しい雰囲気もない。
家の数もそれなりに密集しているし商売相手としては全然おかしくない村だ。
当然、俺もグラスコーもいつも通りに商売を始めるつもりだった。
いつもと違うところを上げるとするなら、アルバイトを雇ったこと。
そして、温めていたアイディアの引換券をしようとしたことだ。
関所で完成させた引換券はラミネーターで加工してあるものの出来はそこそこいい出来だったし、注意事項だってちゃんと入っている。
村長さんにもアルバイトを雇う許可は取っていたし、俺は全く問題を感じていなかった。
実際、最初のうちは訝しがられながらも珍しい商品を扱う商人に敵対心をむき出しってわけじゃなかった。
そう、販売のほうは問題なかった。
問題は買い取りだ。
最初のうちは現金だけのやり取りで様子見と言った感じで品物を手に取った人には悪い印象を受けなかった。
しかし、買取を頼まれ引換券を渡した段階で雰囲気がかわってしまう。
いや、事前に説明はした。
文字が読めない人もいるかもしれないと思い口頭で説明をした。
その時に、飲み込めない感じの人がいたのはわかっていたし、引換券を渡すときもちゃんと口頭で説明した。
だが引換券を見た時点で店を囲んでいる人の表情が徐々に剣呑な感じになるのが手に取るように分かった。
何がまずかったんだ?
いや、最後まで買い物を済ませてくれた人もいたが、その人たちも怪訝な様子ではあったけど。
なぜこんなに険悪な雰囲気なんだろう?
ラミネートのせいだろうか?
いや、途中で貨幣で渡してくれって要求されていたことを考えれば、引換券そのものじゃなくて、この取引方法がまずいのだろうか?
「おい……詐欺師か、お前ら?」
不意に投げかけられた言葉で俺は言葉を失った。
「はい?」
思わず気の抜けた返答をしてしまった。
気がつけば、グラスコーと俺、二人が村人たちに囲まれている状況だ。
アルバイトとして雇った村人は輪の外側にいる。
「何言ってやがる。俺たちがいつ騙したよ。」
グラスコーがややひきつった顔で言い返すが、やめてほしかった。
「んだとコラぁ!!」
一人が怒声を発すると、それを契機として口々に叫び始める。
怖い。
なんだこれ、まじでなんだこれ。
俺は、思わずパニックに陥りそうになる。
ベーゼックは幸いこの囲みの中にいないから、まだ望みはある。
とはいえこの状況は漏らしそうだ。
何がこの人たちをここまで怒らせたのか、俺にはわからない。、
ただ、いつ袋叩きにあってもおかしくないのだけはわかる。
いっそ、槍を取り出して切り抜けるか?
でもグラスコーを守りながらなんて無理だぞ?
しかも、その場合は商品を置いたまま逃げなくちゃならない。
悠長に収納してる暇なんてあるか?
それに、ここで武器をふるうってことは……
「何をやっとる馬鹿どもが!!」
野太い声があたりに響く。
冷え切った空気を切り裂くような大声で、皆が呆けた。
俺も例外じゃない。
やってきたのは野良着姿の爺さんだった。
着ているものはみすぼらしいが姿勢はしっかりとしていて、背もそれなりに高い。
よく漫画で見てきた近所の口悪い爺さんみたいな人だ。
こういう例え、通じるだろうか?
センス古いなと自分でも思ったが別に誰に伝えるわけでもないからいいか。
「親父様、いや俺たちは……」
先頭に立っていた屈強なおっさんが言い訳がましく手を前で振りながらおびえだした。
あれ?
この人村長じゃないよな?
いや、確かに村長じゃない。村長と名乗った人は別にいる。
この人じゃない。
どういうことだ?
誰だこの爺さんは……
じろりとにらみつけられると俺は身をすくめた。
何だろう。
怖い大人に殴られた記憶がよみがえる。
こういう有無を言わさない雰囲気苦手だ。
「あ、あのすいません。どなたですか?」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗れ。」
決して、怒鳴られたわけじゃないが、さっきよりも緊張する。
「も、モーダルから来た商人です。こ、こちらがグラスコー、私は使用人でヒロシといいます、す。」
「名を名乗れたぁ、いいご身分だなぁ爺さんよ。」
グラスコーてめぇ!!
なに喧嘩売ってんの、なに喧嘩売ってんの?
「ほう、なかなか肝が据わってるじゃないか。急いできたかいがあるってものだ。」
爺さんは笑顔になったけど、なんかその笑顔怖い。
「だが、わしの領地でふんぞり返っていいのは、わしだけだ。」
領主。
あぁ、うんそんな気はしてた。
「るせぇ!!田舎領主が偉そうな口きいてんじゃねえぞ?お前のところは何の落ち度もない商人を袋叩きにしていいとでも教えてんのか!」
そのグラスコーの啖呵に応じるように、村人の一人が声を荒げた。
「落ち度がねえだと!!ふざけんなこの詐欺師!!」
バンっと音が鳴り次の瞬間、叫んだ村人が倒れこんでいた。
「黙れ。」
小さくぼそりといった言葉がやけに大きく聞こえた。
村人たちが完全に縮み上がってる。
怖い。
なんだこれ?
グラスコー、お前こんなのにも喧嘩売るの?
俺逃げたい。
「確かに、わしは田舎領主だ。長年、伯爵様に騎士として仕えながらも大した軍功も上げられず、町一つを治めるのがやっとの老いぼれだ。」
こんな鋭い眼光しながら軍功がないなんて嘘だろ?
絶対嘘だ。
相当な人を殺してる人間の目だ。
やばいぞ。
「だが、わしは任された領地で好き勝手させるほど、耄碌しておらんぞ?何があったか詳しく聞かせろ。」
あまりの威圧感にグラスコーも口を閉じた。
冷静に考えれば、別に武器を構えられてたわけじゃない。
体格だってでかいとはいえ、人間離れしてるほどじゃない。
だけど有無を言わせぬ雰囲気だけで、周り全員が委縮している。
爺さんが踵を返して近くの小屋に入っていくのを見て、自然と村人は道を開けるし、俺たち二人は小屋に自然と足を向けていた。
なんだこれ?
催眠術か?
それとも魔法かな?
いや、別に魔力を感じたりはしなかった。
呪文を使って恫喝していたなら、その雰囲気があるって先生には教えてもらっていた。
そう考えると、これは呪文でも催眠術でもない。
でも、抵抗する気にはなれない。
考えてみると、さっきまで村人を殺してでも逃げようと思ってたのに、詳しく聞かせろと言われた時点で話そうという気になっているのが不思議だ。
いや、まあ話を聞いてくれるならそれに越したことはないんだけどさ。
ないんだけど……
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