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3-24 寒さでやられそう。

 関所を出て蛮地へと馬車を進めると、あれだけ視界を覆っていた白色が全くと言っていいほど目に入らなくなった。

もちろん、関所近くの境目に当たる部分は、それなりに雪があってしつこい地吹雪を巻き起こしている。

 だけど少し馬車を走らせれば、雪ではなく土埃が舞い始め、視界を塞ぐ。

風の冷たさは増しているけど、からからに乾いている。

ここまで急激に気候が変わる事なんてある物なんだろうか?

 あるいは元の世界で外国に行ったことのない俺が知らないだけで、こう言うところがある可能性だって無いわけじゃない。

 だけど、ちょっと不思議な気分になるのはしょうがないよな。

今回は、すぐに別の関所をくぐって雪の世界に戻るわけだが、すぐ隣り合わせにこんなにも違う環境があるって事に、少し戸惑いながらも好奇心が刺激される。

「相変わらず雪もねえのは驚きだな。」

 グラスコーがぽつりと漏らすって事は、やっぱりこっちの世界でも珍しい現象なんだろうな。

「まあ、雪がない分馬車は走らせ易いんじゃないの?」

 ベーゼックの反応を見るに、だからって特別な感慨は持たないのが普通なんだろうか?

割とどうでも良さそうだ。

 しかし、寒い。

身を切るような冷たさが風に乗って吹き抜けていく。

遮蔽物が疎らなだけに余計に寒く感じる。

防寒装備は完璧なつもりでいたけど、それでも辛い。

これは、野営の時はちょっと考えないといけないかもしれないな。


 南下していくと暖かくなる事を期待してしまう。

そういう感覚は普遍的な物じゃないのは分かってはいるけど、期待を裏切られた気分になるのは致し方ないと思う。

 別の関所までは、大まかに南に進むわけだが、寒さは衰えるどころか増している。

 そりゃ、山脈に向かっているわけだから海抜は上がっていく。

だから当然寒くなっておかしくはない。

おかしくはないが、寒いのが我慢できる理由にはならない。

 野営の時は、スコップを使って窪地を作った上でテントを立てたからしのげたが、馬車の上じゃそういうわけにも行かない。

這々の体で関所に潜り込むまでの間、俺の頭には寒いという言葉しか無かった。

 記憶が曖昧で、はっきりと意識が戻ったのは、どこかの部屋で暖炉の前に座りながら震えている所からだ。

どうやら宿屋に設置されている暖炉を囲み、みんなが身を寄せ合っているところらしい。

おっさんばっかが集まり、身を寄せ合っている何ともさもしい風景だ。

 だが、ちょっとの熱でも良いのでその場から離れたいとは思わない。

それくらい寒い。

風呂に入りたい。

とはいえ、暖炉から離れたくない。

 うだうだと考えながら結局、その日は動くことも出来ずに暖炉の前で過ごすことになってしまった。

知らないおっさんに囲まれてと言うのが何とも切ない。


 関所というのは、どこも同じような物なのか、北側の関所と印象は変わらなかった。

もちろん、肉屋の店主も関所の書記官も初対面の人だし、店で出ている物も微妙に違ってはいるものの何となく印象に残らない。

ちょっと意識が混濁気味なせいかもしれないけれど、取引内容もぱっとしないという印象が強い。

 いや、別に損をしたとか取引量が少ないってわけではないんだけれど……

なんか漫然と仕事をしてしまったような気がする。

思えば、こっちに来る前は常にこういう仕事しかしてなかったから、別段おかしいことはないんだろうけども。

ちょっと今までが気を張りすぎていた気もするし、そんな日もあるさと割り切るべきだろうな。

「おい、ヒロシ平気か?」

 グラスコーが少し心配そうに声をかけてきた。

そんなにぼーっとしてたんだろうか?

「ちょっと、調子悪いですね。出発には差し支えはないと思いますけど。」

 特に喉が痛かったり、熱っぽかったりはしない。

風邪の諸症状が出ているわけではなさそうなので、特に休まないと不味いという気はしないけれど……

「ヒロシも体調が悪そうだし、もう一泊しない? 私も風邪気味だし。」

 と、わざとらしくベーゼックは咳き込む。

人をダシに使って楽をしたいみたいだけど、体調が悪いのも事実だ。

最終的には、グラスコーの判断になるけれど、休めるなら休んでおきたい。

「そうだな。そもそも、そんなにきつい予定じゃないし、一晩泊まるか。

 俺も結構きついからな。

 朝に出発すれば、遅れも気にしなくて良いくらいの差で済むだろう。」

 グラスコーの様子は、普段と変わらないようにみえる。

もしかしたら気を使わせてしまったんだろうか?

「そういってもらえるなら宿を探しましょう。昨日の宿でも良いとは思うんですけどね。」

 そういえば、注文しておいたラミネーターも届いている。

個室を借りて、例の計画を進めてみるのもありかもな。

 とはいえ、まずはゆっくり休もう。


 関所の近くにある宿屋は数も多く、サービスもピンキリだ。

値段がそれに比例しているとは限らないとはグラスコーの経験談だが、基本値段と見た目が釣り合っていれば平気だろう。

銅貨3枚で大部屋で雑魚寝出来る宿って言うのは危険だが、この寒さなら貴重な宿だ。

盗難の危険性もあるが、そういうのを気にしなくて良い俺からすれば、利用しても問題はない。

 ただ、清潔感はないしプライバシーもお粗末だ。

昨日泊まった部屋は結局個室を使わなかったが、そういう宿ではなくて、ちゃんと個室が借りられる。

建物自体もしっかりしていたので、まずはそこに当たってみる。

「すいません、部屋開いてますか?」

「あれ? 昨日のお客さん。今日は出発じゃなかったんですか?」

 おや、顔を覚えられてたのかな?

あれだけ大勢いたんだから見分けなんか付かないだろうに……

「いえ、ちょっと体調がよろしくないもんで、出発を延期して貰ったんですよ。」

「なるほど。確かに、皆さん震えてましたもんね……」

 そんな世話話をしながら、部屋を借りる交渉は進む。

 やはり、それなりに設備は良いらしい。

各部屋に薪ストーブがあるという贅沢ぶりだ。

それだったら、個室で寝るんだったな。

毛布やら追加のストーブなんかも用意してくれてたから、全く動く気がしなかったけど、それだけサービスが良かった証だろう。

相場からすれば、それなりのお値段になるが日本のちゃんとしたホテル代くらいだから妥当だよな。

「あ、それと食事の持ち込みは問題ないですか?」

 夕食は、各自で済ませることになったので、グラスコーとベーゼックは飲みに行くと言われている。

宿が決まったら場所だけ伝えて、俺は一人で部屋で過ごすつもりだ。

こう言うとき無線機は楽だな。

「問題ありませんよ。何でしたらこちらでご用意しましょうか?」

「一応用意はしてあるので大丈夫です。」

 何を用意してもらえるか興味はあったが、今日は部屋に誰かを入れたくはない。

そういうわけなので、遠慮させてもらった。

「お連れ様はいらっしゃいませんが、こちらで使いの者を出しましょうか?」

 おおう。

そういうサービスまでやってるのか。

ちょっとびっくりだ。

一晩限りの客の顔を把握してるって事だよな。

恐ろしい。

「あ、平気です。一応連絡する手段は持ってますんで。」

 そういう魔法があることも知っているので、不自然な返答じゃないだろう。

「畏まりました。何かご用があればお伝えください。」

 人当たりの良い笑顔で、それ以上の詮索はしてこない。

この宿、いいな。


 部屋が決まったので無線機に連絡を入れた後俺はさっそく作業を始めた。

印刷するデータは事前に制作していたので、あとは印刷して裁断してラミネートするだけで完成する。

 薪ストーブが入っていて暖かい。

眠気がしてくるが寒さで作業が滞るよりはましだろう。

 なんといっても釣銭の代わりだ。

数はそれなりに必要だ。

額面を直接書く方式でもいいかなとも思ったが、やはり金額が記載されていた方がわかりやすいだろう。

分かりやすいということは大切なことだ。

 ふと、何か抜けているような気もするが……

「おい、ヒロシー!!帰ったぞー!!」

 不意に扉が開かれてグラスコーたちが部屋になだれ込んできた。

 しかし、帰ったぞーってお前は午前様の旦那気分かよ。

思わず眉をしかめてしまった。

「なんだお前なんか作業してたのか?休まないとだめだぞ?」

「いや、もう終わりましたから平気です。」

 とりあえず、一応の数は揃えられた。

作業は切り上げていいだろう。

 しかし酒臭い。

そういえばベーゼックが見えない。

「あぁ?あの生臭坊主か?多分女口説いてんじゃねえかな?」

「なんだかなぁ。またどうせ神の愛を説いてるとか抜かしてんのかな。」

 せっかく部屋を取ってるのに女のところに行くならもっと狭い部屋でもよかったな。

とはいえ、成功するとも限らないんだから予測するのは難しいか。

 しかし……

「あれだけ顔がよくてもナンパってのはうまくいかないもんなんだなぁ……」

 不思議なもんだ。

ベーゼックは口もうまいし、顔も良い。

それでもナンパが上手くいくのは3回に1回くらいだろうか?

意外とこの世界の女性は貞操観念が高いのかもしれないな。

「それよりさっさと寝ちまおう。明日は早めに出たい。」

 そういいながらグラスコーはさっさと寝床に入っていった。

調子が悪いのだから、俺もさっさと寝よう。

明日中につく村もあるだろうし、そうなったら明日は仕事になるしな。

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