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3-23 お役人との交渉は商人の宿命だよな。

「だから!相場はこれくらい上がってんだつってんだろ!!」

 通された会議室みたいな部屋にグラスコーの怒声が響き渡る。

「そんな大声を出されなくても聞こえます。そして相場の件も理解しています。」

 沈着冷静な返答が、素っ気なく伝えられる。

 メガネをかけて、いかにも有能そうな女性が表情一つ変えず返答する姿は様になるものだ。

 とはいえ、無理難題を吹っかけてくる相手だと悩ましい。

「私たちに残された予算では、これ以上は出せません。そして、状況は逼迫しています。

 無理に接収させていただくのは心苦しいですが、手段は選んでいられません。」

 言っている口調は、ちっとも心苦しくなさそうだ。

「だからいってんだろ!!予算がないなら、書面の一つでもくれってよ!!」

 グラスコーの言い分はもっともだ。

書き付けの一つもあれば、回収は後でも構わない。

一筆もらえれば、大人しく要求された品物を渡せる。

「残念ながら、それは出来ません。」

 しかし、美人さんの言葉は素っ気ない。

久しぶりに、妙齢の女性と話せると思ったら、これだったので俺は凄く残念な気分だ。

「出来る出来ないじゃないだろ!!やれよ!!」

「まあまあ、落ち着いてグラスコーさん。」

 美人さんの護衛なのか、屈強な兵士が二人ほど後ろに控えている。

グラスコーが叫ぶ度に、視線が鋭くなってくるのは勘弁して欲しい。

「とりあえず、何故書き付けすら拒まれるんでしょうか?」

 当然、何の理由もなく拒絶するって言うなら、ちょっと態度を改めなくちゃいけないかもしれない。

「納得できるような理由ではないかもしれませんが、よろしいですか?」

 よろしくはないが、聞くしかないだろう。

「お願いします。ともかく事情が分からなければ判断のしようはありません。」

 俺の言葉に頷くと、女性は話し出した。

「前任の管理官による書き付けの乱発によって、約束の履行が不可能な事態が発生しました。

 また、その書き付けで入手した物品は市場に流され、得た資金を手に入れ身元不明になっています。

 そのため、正式な手続きを踏まない取引は全面禁止とされました。」

 その後、つらつらと時系列順に不正な取引内容が語られたわけだけど……

 うん、最初の説明だけで十分です。

「以上が理由になります。ですので書き付けは出来ません。

 ちなみに接収についての法的根拠としては……」

「いや、それはいいです。」

 そこまでの説明はいらない。

ぶっちゃけ有能な人なんだろうけど、付き合いづらい人だ。

 しかし参ったな。

すでに納入予定だった物資は倉庫にしまわれている。

逃げ出した時点で、負け確定なんだよな。

グラスコーは、そっちの落ち度だろうがという感じでへそを曲げている。

 どうしたもんかなぁ。

「ちなみに、来期の予算を取り崩すことは?」

「出来ません。」

「えーっと、じゃあ予備費は?」

「ありません。使い切りました。」

 とりつく島もない。

「ちなみに予算て区分けされてませんか?」

「……どういう意味でしょう?」

 少し目が泳いだな。

不正を持ちかけられることを畏れてるんだろうか?

「いえ、もし区分けされているなら、他の取引で取り戻させてもらえないかなと……」

 もしかしたら、質の悪いドラマの見過ぎかもしれないが……

予算には種類があって建築の予算はなくても、環境整備の予算はあるのでそっちで支払うみたいな話を聞いたことがある。

それが可能なら、予算に余剰があるところから引っぱってきてもらえば良いんじゃないだろうか?

 あれ?でも、それって不正かな?

 いや、でも区分けにあった取引なら問題ないよね?

 ちらりとグラスコーを見る。

にんまりと人の悪い笑みを浮かべてやがって……

「……取り戻すという概念は分かりませんが、糧食以外の予算は幾分残っているのは確かです。」

 明らかに書記官の女性の顔色は悪い。

なんか、申し訳なくなってきた。

「ともかく、納入された物はこちらの金額からは動かせません。よろしいですね?」

「満足できる取引をさせてくれるなら、それで構わねえぞ?」

 冷や汗をかいてる女性に対して、その言いぐさは何だ。

なんかエロ漫画的な展開を思い浮かべてしまう。

「おい、悪役みたいな事いってんなよ。」

 さすがに小声でグラスコーに注意した。

下手したら、兵士に斬りつけられても仕方ないぞ?

「その、申し訳ありません。とりあえず、予算に余裕のありそうな項目を教えてください。」

 俺はぺこぺこ頭を下げて書記官の人に予算の内訳を確認する。

「分かりました。内向けの資料なので分かりにくいかもしれませんがご覧になって確認してください。」

 見せて貰った資料は、どれも綺麗な字で書かれていて分かりやすかった。

 でもいくつか訂正のために削られた跡も目に付く。

なんだかそういうところに視線が行くたびに恥ずかしそうにされるんだが、これ書いたのは、この人なのかな?

だとしても恥ずかしがる必要はないと思うんだけどね。

「とりあえず、この事務諸経費というのは、文房具の購入に充てる予算と言うことで良いですか?」

「はい。紙やインクなどは、その項目ですね。」

 割と予算が残っている。

これから、予定される契約とかがなければありがたいんだけどな。

「一つの提案として、こういう物があるんですがいかがでしょう?」

 俺は鉛筆と消しゴム、そして罫線を引いた紙を取り出す。

書記官の女性が興味を持ったのは、まず罫線の入った紙だ。

「素晴らしいですね。等間隔にしかもまっすぐ線が入っている。」

 手に取り、手触りなんかも確かめている。

割と粗めの紙質を選んでいるが、それでも羊皮紙よりも薄く、最近で回り始めたというパルプ紙よりも滑らかだ。

「お褒め頂いたようでありがとうございます。で、こちらが鉛筆と、消しゴムです。」

 綺麗に書かれた文章の後だと恥ずかしいが、自分の名前を書いてみる。

そして、消しゴムで書いた文字を消した。

 うん、綺麗に消えるな。

 何も言われないので、俺は目線を上げた。

「あ、あの……」

 なんか、目を見開きすぎていて目尻が切れそうで怖い。

「し、失礼しました。」

 何度か瞬きした後、目を押さえて謝罪してきた。

感触としては、悪くなさそうだな。

「ちなみに、これらの価格はいくらになりますか?」

 冷静さを取り戻した様子で、価格を確認してきた。

一応、グラスコーには値段の付け方は相談済みだ。

「鉛筆は銀貨2枚、消しゴムは銀貨1枚、紙は1枚銅貨1枚です。」

 鉛筆と紙は、在来の物を基準に値段設定している。

もちろん、それらよりも倍くらいの価格はしているわけだが、大きくは外れていない値段だ。

と言うわけで、半分がグラスコーの儲け、残りの半分から原価を引いた分が俺の儲けになる。

正直、鉛筆なんて一本100円だし、消しゴムも同じような物だ。

紙だって1枚5円もしない。

 さすがにコピー用紙が使えないので、それなりの見た目の紙を探すのは大変だった。

見た目がそれらしい物を選ぼうとするとどうしても値段が上がる。

古めかしさはおしゃれという考え方もあるから致し方ないのかもしれないが……

「…………」

 書記官の女性は、まじまじと文具を見つめる。

時折ぐむぅと唸ったりもする。

「試しに、使ってみてください。」

 俺は、鉛筆を差し出す。

「……試しと言うことは」

「あ、はい。お代は結構ですよ。」

 自分で値段を付けておいて、高級品だって事を忘れていた。

そういう物を無料で試させる業者って言うのは少ないだろうな。

 でも、目新しい物は実際使ってみないと分からないものだ。

「じゃあ、遠慮無く……」

 そういうと彼女は鉛筆を握り、カリカリと計算を始めた。

計算早いなぁ。

字もとても綺麗だし、引き抜きたい。

 いや、でも多分有能そうだから幹部候補とかだったりするんだろうな。まあ、引き抜きは現実的じゃないだろう。

しばらく眺めていたら、結論が出たらしい。

「ありがとうございます。それで、数はどれくらいお持ちでしょう? 場合によれば、追加発注も考えさせて貰います。」

 一瞬、間を開けてしまった。

実は予算を全て使っても買い切れないほど持っている。

卸値で買うと、最低ロットが100ダースだったりするからだ。

消しゴムも似たり寄ったりだし、紙に至っては1万枚からしか受け付けてくれない。

 もちろん、購入金額を誤魔化すためにグラスコーにも、そこまでの在庫を持ってるとは言ってなかったりする。

まずいまずい。

「500本程度であればすぐにご用意できますよ?消しゴムの方も同じくらいです。

 紙はその10倍程度ですかね?」

グラスコーに伝えてある在庫の量を、彼女にも伝える。

「え? そんなに?」

 まあ、予算の範疇だけど、全部使うわけにも行かないよね。

そりゃそうだ。

彼女は計算が狂ったらしく、消しゴムを使って数字を弄り始めた。

 うんうん、そういう使い方をしてもらえると大変助かります。

「すいませんが、鉛筆は200本、消しゴムも同じ数を頂きます。紙は5000枚で、お願いします。」

 どうやら、紙を優先したみたいだな。

まあ見た目の説得力は、紙が一番分かりやすい。

「ありがとうございます。では、すぐお渡ししましょう。」

 まあ、数的には大した量じゃない。

とはいえ、即決で決済できる額としては限界だったんだろうな。

とりあえず現物と証書を交換する。

 なんか、紙とか鉛筆を見てウットリしているように見えるのは気のせいかな?

「まあ、とりあえず損した分は取り戻せたし、姉ちゃんも満足みたいで結構結構。」

 グラスコーが茶化すように言い放つと、書記官の女性は咳払いをしつつ身を正した。

「正当な取引をしただけです。今後も正しいお付き合いをさせていただくことを期待します。」

「はい、よろしくお願いします。」

 まあ何はともあれ、無事に済んで良かった。

「あ、あの……」

 立ち去ろうとすると、後ろから声をかけられた。

「あ、はい何でしょう?」

 振り返ると、鉛筆と紙を持っている。

何だろう?

「持って帰らないんですか?」

 あぁ……

「えっと、差し上げます。」

 まさか、賄賂だとか騒がないよね?

「あ、ありがとうございます。」

 良かった、さすがにそこまで頑なじゃないか。

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