3-22 実は俺強い?いやいや、調子に乗っちゃいかん。
雪道を踏みしめて馬車を進めているから、当然歩みは遅い。
曳かせているロバの足にも馬車の車輪もスパイクは付けているが、それでも滑る事もある。
さらに気温が低いので、ロバたちの疲労も蓄積しやすい。
当然、そこら辺を勘案して旅程は組んでいるが、ロバたちの様子を見て心配になるのは仕方ないだろう。
雪中での野宿は想定していて、予定通り2回乗り切っている。
人間側の疲労は、寝袋のおかげでさほどきつくはない。
さすがに前回と違い、俺とベーゼックの2交代で見張り番をしているので、全く疲れていないとは言えないけど。
ちなみに見張り番は建前上、修道士の修業の一環と言うことになっている。
なので、これまた建前上のお客様に対して、見張り番しろという失礼は回避している。
色々とめんどくさいね、建前。
まあ、それはいい。
問題はロバたちの疲労だ。
当然、人間なんかよりも寒さにも強いし、寒さ対策に毛布を巻いてやったりもしている。
それでも、辛そうにしているのを見ると申し訳なくなるのは、人間のエゴなんだろうな。
関所がそろそろ見えてくる頃だが、日はまだ高い。
自分の罪悪感を誤魔化すためにも、ロバたちに休憩をやるべきだろう。
『ヒロシ、ちょっと休憩にするか?』
「そうですね。ロバたちを少し休ませてやりましょう。」
どうせ日が傾く前に到着しても、関所に一泊する予定は変わらない。
休ませられるうちに休ませてやろう。
馬車を止め、ロバたちが休むための準備をしてやる。
雪の上に藁を強いてやったり、毛布を掛けてやったりマッサージしてやったり。
相変わらず、ロバたちは不細工だが可愛い。さすがに粗相をされると、萎えるけどな。
「君は馬丁みたいなこともするんだねぇ。」
「本職の人とは比べものになりませんけどね。」
実際、最近は慣れたけど初見の馬やロバだったらもっと苦労しているはずだ。
もちろん、呪文にも頼れるので初見の馬でも面倒は見れる。
とはいえ、使わなくて済むならそれに越したことはないしな。
「あ! そうそう丁度良いから手合わせしないかい?」
何が丁度良いんだろう?
まあ、世話も終わったし時間もあるから構わないけれど。
「構いませんけど、お手柔らかに。」
そういいながら、適当な場所を見繕う。
その間にベーゼックは、荷物の中からメイスとラウンドシールドを取りだしてきた。
盾の大きさは標準的で胸から膝あたりまで覆う物だ。
ずいぶんと堅実な装備だな。
見た目から、レイピアとかフランベルジュとかを使ってきそうな気もしたんだけど。
いや、まあクレリックなんだから刃物を使わないのは当たり前か。
ん?
実際はどうなのかな?
統一教は争いを避けるという話は聞いていたけど、実際は武装してるし。
刃物が駄目という話は聞いてないな。
まあ、いいや、後で聞こう。
「とりあえず、参ったと言ったらおしまいで良いですか?」
そういいながら、俺は槍を取りだし、穂先を取り外す。
じゃないと危なくて仕方ない。
「んー、そうすると君はすぐ参ったと言いそうだよね。」
メイスに綿を巻き付けながら、ベーゼックは俺の考えを見透かしたようなことを言う。
いや、実際さっさと参りましたって言いたかったけどね。
むすーっとした顔でベーゼックとにらみ合う。
「仕方ないですね。すぐには降参しません。」
ため息をつき、約束をする。
「じゃあ、始めようか。」
互いに武器を構え向かい合う。
実際の戦闘じゃあり得ない行動だ。
相手が武器を構える前、準備する前に攻撃をするのが一番良い。
だからこれはあくまで練習だ。
自由になっている片手で紋様を描き、呪文を紡ぐ。
《盾》の呪文でまずは防御を固める。
その隙を突いてベーゼックはメイスを打ち下ろしてきた。
完成したての魔力の盾では防げない。
俺は少し身を引いて攻撃を避けた。
ざっと、雪が舞う。
即座には追撃は来ない。鈍器の弱点だ。
体勢を崩して、追撃で敵の体力を奪うという戦い方は向いていない。
隙を突き、一撃必殺の打撃を与えるのが鈍器の戦い方だ。
そういう意味で、盾との相性は悪くない。
打撃の後は隙無く盾で身を隠す。
実にやりづらい相手だ。
組み合わせ的には。
どうにも俺の目にはベーゼックの動きが鈍い気がする。
メイスの振りも、盾の構え方も一拍おくような感じだ。
誘われているようにも見えるが、雪に足を取られているようにも見える。
これがレベル差やステータス差から来るものなのだろうか?
何度か槍を突き出し、メイスを振るわれる度に形勢はこちらの有利になっていく。
実際は、すぐ決着を付けようと思えば付けられたかもしれない。
俺は、ジェイス団長の言葉を思い出す。
敵を思いやるな。
もちろん、残虐になれって意味じゃないだろう。
ただ、敵に同情するのはおかしい。
それは俺にだって分かる。
それはより相手を苦しめることだってある。
勝つために必要なら嬲るような攻撃も必要だが、ためらってそんなことをするなら、楽しみのために嬲るのと大差はない。
俺は、一気に隙を突きベーゼックの胸に槍を差し込んだ。
がふっと息を吐き出す声が聞こえる。
じっと倒れ込んだベーゼックの動きを見据える。
「ま、参った。」
ベーゼックの言葉に俺は息を吐いて、構えを解く。
「全く騙されたよ。何が強くないだ。」
大の字になって、悪態をつかれているが不思議と気分は悪くない。
「すぐに参ったって言っちゃ駄目じゃないですか?」
なんだか冗談を言いたくなって、口を突いて言葉が漏れた。
「酷いなぁ。か弱い僧侶を嬲るなんて、天罰が下るよ?」
いつの間に取り出したのか、酒瓶を持ったベーゼックは上体を起こし、あぐらをかいて飲み始める。
「天罰が下されそうなときは、修道士が飲んだくれていたことを告発しますよ。」
「違う、これは酒じゃない。命の水だ。」
嘘をつくな。
なんか、変な坊さんだ。
思わず笑ってしまうと、それに合わせてベーゼックも笑い出した。
「チャンバラ遊びは終わりか?」
グラスコーがやや呆れ気味に声をかけてくる。
こっちはこっちで酒飲んでるな。
寒さをしのぐに便利なのかもしれないが、あんまり体にはよろしくない。
少し酒量を制限させるべきかね。
「とりあえずそろそろ出発しましょうか?」
俺はしかめっ面をしながら、そう伝えた。
関所への到着は日が沈む前に済ませられた。
かがり火がたかれ、道も除雪されているので馬車での移動も苦労しない。
それと思っているほど、積雪量は多くないようだ。
丁度この辺りから気候が変わってくるんだろうか?
さすがに行き交う旅人の数は少ない。
冬のうちに無理をして移動する人は少ないんだろうな。
とはいえ、自分たちを含めて冬の間でも移動しなきゃいけない人間も少なくないんだろう。
せわしなく道を移動している人は途絶えてはいない。
露店もそれなりに開いている。
馬車を馬商人に預け、早々に宿を決めた後は露店をひやかしながら夕食の当てを探して店を巡る。
今回はあまりぱっとしなかった。
時期が時期だけに、食材が乏しくなっているのが分かる。
パンにくず野菜のスープ、やせた鳥の焼き物が付いて銀貨2枚を取られるのはなんか納得がいかない。
仕事も適当だし、なんかやるせないな。
もちろん、旅の間の支払いはグラスコー持ちなわけだが、損した気分になるのは仕方ないと思う。
飲んべえの二人は酒を飲めれば文句はないのか特に不平を言う様子はない。
いつの間にかベーゼックは女の人を侍らせてたりするが、もはや言葉も出なかった。
やっぱりイケメンは得だよな。
さっさと宿に入って、とっとと寝てしまおう。
一人寂しい夜はいつものことだ。
発注作業やネタ探しにブラウジングしていたらいつの間にか寝てしまった。
以前とは違って、寝れば体が休まっていることを実感できるのはありがたいのだが、寝落ちが多くなって困っている。
といっても、深夜まで誰かが相手してくれる環境じゃないのも大きいか。
とりあえず、休み休み続けている素振りをして気まぐれにランニングをしたら、丁度朝食の時間だ。
ステータス的に言えば、こういう地道なトレーニングも根気良くできても良いはずなんだけどな。
どうにも、努力が続かない。
つくづく怠惰な人間だと実感させられる。
ちょっと軽めのランニングをしただけなのに、滅茶苦茶息が上がってしまう。
もっといけるだろうと思うんだけどなぁ。
沁みついた性根は直らないって事なんだろう。
ともかく、そういう個人的欠点は横に置いておいて、今日の予定をこなそう。
買い取った豚や牛の肉や内臓なんかは食肉業者に卸さないといけないし、穀物なんかは関所を統括する役人に納入する。
他にも鉛筆や消しゴム、そしてこちらの世界の紙と似た材質でできた罫線の入っている紙を売り込む予定だ。
前は周りだけって思っていたけど、反応を見てみないと判断できない部分もあるし。
写真やタイプライターは現在保留中だけど、文房具は安いし反応を見るのには悪くない商材だと思う。
顧客となりうる事務官との話は重要だ。
彼らが気に入らなければ、話にならない。そういった反応を探るためにも売れなくても話のタネにはなる。
あくまでも、本業は商人だからな。
体作りは、しておくに越したことはないが、人と話すことの方がよっぽど重要だ。
食肉業者との取引は順調で、冬の間に肉の供給がありがたいという話が聞けた。
やはり、冬になると流通網が麻痺しがちなんだろう。
供給源以外では、軒並み高値になってしまうのは仕方ない。
そういう話なんだと理解できるんだけど、実感が薄いなぁ。
経験が全くないわけでもないんだが、手に入れるのに物が高値になるような事態は目にしたことがない。
まあ、それだけ恵まれてたんだろうな。
もしかしたら、俺自身がそういう事態に巻き込まれる可能性もある。
モーダルは港町だから海上流通が停まる可能性は薄い。
でも内陸部、特に大きい河川がない地域は厳しいだろう。
運河の整備というのは、流通を改善する一つの手段だが、公共事業じゃないと行えない事業の代表選手だ。
何せ整備を行うのに必要とされる資源が半端じゃすまない。
国家規模の財産と人が必要だ。
道の整備に尽力していることからしても、もしかしたら計画はあったりするのかな?
もしかしたら、関所の書記官達は何かを知らないかと期待してしまう。
まあ、末端に期待するなと言われるかもしれないが……
ブックマーク、評価、感想お待ちしております。
よろしくお願いします。




