3-20 ベッドの上で寝袋って言うのはちょっとおかしいかな?
楽しい食事も終わり、就寝の時間となった。
安全な寝床で寝られる機会は少ない。
ちゃんと体を休めよう。
と言うわけで、もう一つ試してみたい物を早速取り出す。
「なんだそりゃ?」
取り出した物を見て、グラスコーは興味を示した様子だ。
「変わった寝袋だねぇ。」
まあ、見た目から寝袋であるのは推測できるだろう。
形からしても、この国によく流通している封筒型の寝袋だ。ベーゼックが寝袋であると推察するのに不思議はない。
蓑虫型の方が折りたたみやすくて携帯性に優れて居る。
だけど、重量に差はあまりないので、収納能力のある俺にとってはどちらでもいい。
なので、形だけでも見慣れた物にしておいた。
「つっても見たことのない素材だな。やたらつるつるしているように見えるが……」
そこが特殊な部分だ。
冬用のために、断熱性に優れ防寒性能が高い素材が使われている。
中にマットも入れてあるので、寝心地も、そこそこいい。
まあベッドに比べればやや劣るかもしれないが、寒さに凍えるよりも良いだろう。
これと同じ物をカールのために置いていっている。
間に合わせでかった薪ストーブもあるから、凍えることはない……
と思う。
なんか今回は初めての留守番だから、なんか不安なんだよな。
火の扱い方は意外と慎重だったので、カールがストーブを使うのに問題はないと思うんだけど……
実際どうなるかは帰って結果を見るまでわからない。
ともかく、不安は不安として胸に留めるしかないんだけどな。
考えてみるとキャラバンのみんなは平気なんだろうか?
話によると、蛮地は雪は降らないけれど、寒さはここ以上だとか。
何年も蛮地で過ごしているみんなを心配するのはおこがましいかもしれないが、カールのことを考えていたらそっちも気になりだした。
「で、お前それ使って寝るのか?」
グラスコーの問いかけで、ぼーっとしていた意識が現実に引き戻される。
「ええ、一応ベッドの上で使いますけどね。」
なるほどねと呟いた後グラスコーは少し考え込む。
当然として興味を示すのは分かっていたから、グラスコーの分も実は用意してある。
とはいえ、使いたいと言われる前から渡すのも変だしな。
「どうせ俺の分もあるんだろ? 出してみろよ。」
勘の良いおっさんだな。
「もちろんありますよ? ちなみに、ベーゼックさんも使いますか?」
そういうと、ベーゼックは少し悩んだ様子を見せる。
「私は良いよ。寝袋ってなんか苦手なんだ。」
まあ見たこともない素材も使ってるし、敬遠されるのも仕方ないよな。
一応、数自体は同行者分を用意しておいた。
当然使用した感想を期待しての事だ。場合によれば、これも商品になるしね。
「じゃあ、グラスコーさん、どうぞ。」
そういいながら、グラスコー用の寝袋を渡す。
「お、軽いな。」
品定めするように色々といじくっている。
「まあ、いじるのは良いですけど早めに寝ましょう。こうやって寝床を確保できる日も多くないんですから。」
そういいつつ、俺は早速寝袋に潜り込んだ。
封筒型だけに締め付ける感じもなくて快適に思える。
マットレスのクッション性も悪くないんじゃないだろうか?
まあ、それは地面に敷いて寝るときじゃないと真価は発揮しないだろうから、そんな気がする程度でしかないけれど……
それと、何より藁のちくちく感がないのがありがたい。
これならキャラバンのみんなにも寝袋を用意してあげたいなぁ。
こっちに来てから寝付きが良くなった気がする。
寝袋に入って、いつ寝たんだか。
夜中にたびたびごそごそする音が聞こえたが、目が覚めることもなく朝までぐっすりだ。
あくびをして寝袋からでる。
「寒!!」
びっくりするほど部屋が冷えている。
「君ら、よく寝れたね。こっちは寒くて酒を飲んでるかトイレ行くかしかできなかったよ。」
ベーゼックはうんざりといった様子で、恨みがましい目を向けてくる。
がたがた震えながら、酒をあおり毛布にくるまっていた。
「その寝袋、魔法の品か何かなのかい? そういうことだったら、言ってくれよ。」
俺は苦笑いを浮かべながら、すいませんと謝った。
昨日の夜は大分寒かったらしく、慣れている村長一家でも寝付けない人は多かったようだ。
朝食時には、眠い目をこすっている人もいる。
ジョシュとアレンは、どうやら平気だったらしく朝から元気だ
しかし、ミレンさんとファーマさんは暖炉の前でうつらうつらと船をこいでしまっていた。
その様子から、冷遇されていたわけではないのを理解したのか、最初は文句を言ってやると言っていたベーゼックは苦笑いを浮かべて抗議するのを中止したようだ。
「申し訳ありません、まさかここまで冷えるとは。」
「いえいえ、このようなこともあるでしょう。お気になさらず。」
ドレンさんが申し訳なさそうに頭を下げると、爽やかな笑顔でベーゼックは謝罪を受け入れた。
神罰がどうのとか言ってた癖しやがって。
この変わり身の早さは見習うべきだろうな。
朝食は、豆のスープとトーストしたライ麦パンが供された。
トーストにはマーガリンを塗るのが俺の流儀なんだが、ドレンさんの家ではラードを塗るようだ。
一応、香り付けのために香草が加えられ、塩も混ぜられているので獣臭さは感じない。
と言うか、ありかも。
豆のスープも温かくて、おいしい。
豆は皮を丁寧に剥いているので、ジャガイモみたいな食感なのも嬉しい。
ふと見れば、酒量が多すぎたのかベーゼックの食は進んでいない。
スープに口を付けて、手が止まっている。
逆に、同じ酒飲みのグラスコーは珍しく快活に飯を食っていた。
睡眠の差はでかいんだな。
朝食を終え、ベーゼックは説教のために、俺たちは商売のために広場へと向かう。
「おい、ヒロシ。あの寝袋は良いな。値段はいくらだ?」
どうやら、グラスコーのお眼鏡にはかなったみたいだな。
「結構高いですよ?」
そういいつつ、俺は手のひらを開く。
「たけぇな。いや、まあ、その価値は充分あるか。さすがに倍は不味いとして金貨7枚くらいでやってみよう。」
俺の方でもマージンは金貨1枚だ。
そのくらいが値段としては妥当な気がする。
しかし、雪が降ってから行商人が来るのは珍しいのか開店前から露店の前に屯している人が多い。
さっさと開店準備しないと店を開く前に解散されそうだ。
ちょっとあわただしく、商品を陳列していく。
今日の目玉はクラムチャウダーだ。
寒い冬には暖かい物は売れるだろう。
前に大量に手に入った貝類を使用しているので、材料費は大分抑えられている。
調理は料理人であるハロルドにお願いしてあるので、味はもちろん良い。
マージンを支払っているので、1杯で銅貨3枚の設定だが強気って気はしない。
ちゃんとした店で、ちゃんとした器で出せば銀貨1枚くらい取れそうだしな。
さすがに屋外でお試しで売るからそんなに高い値段設定は出来ない。
それでも、銅貨1枚の儲けは確保できる計算だ。
もっとも、鍋を取りだして温めながらだと燃料代が心配だ。
売れ行きが悪いようだったら、大鍋を外に出さずに小分けでの販売に切り替えた方が良いかもしれない。
とりあえず、そういう理由もあるので、クラムチャウダーの大鍋は最後に陳列だ。
タオルはもちろん、前に見せているので注目が集まっている。
LEDランプも珍しさから、興味を持って貰えてる様子で安心した。。
手に入りにくくなった新鮮な葉物野菜に対する反応も上々だ。
細々した雑貨の中に、いくつか俺が”売買”の能力で購入した物もある。
めざとい人は、そういうのにも注目しているようだ。
最後に、俺はクラムチャウダーを入れている大鍋を取り出す。
事前に組んだたき火の上に鍋を置くと、小さい歓声が聞こえる。
分かりやすいように立て札も用意しておいた。
値段を見て、顔を見合わせている。
これは高いって反応なのか、安いって反応なのか、いまいち掴めない。
ちょっと不安を覚えつつ、開店準備は完了した。
アルノー村での2度目の開店だ。
開店当初から、注文が殺到した。
商売をする側としては、嬉しくもあり辛いことでもある。
店員が2名しか居ないから、どうしても手が足りない。
計算間違いも不味いので、ちゃんと会計しないといけないというのも辛い。
しかも、販売ばっかりじゃなくて買取もやっている。
最近潰したばかりの豚肉やラードの買取や、牛の角をかってくれとか言う依頼もある。
”鑑定”の能力がなかったら、値踏みの能力も要求されていただろう。
しかも、その買い取った値段のうち、こっちの販売している商品の購入に充てたいという要望もある。
途中で頭がこんがらがり、間違いを指摘されるときも結構あった。
はっきり言って辛い。
クラムチャウダーが飛ぶように売れ、100杯を入れられた大鍋2つが消える頃には昼を回っていた。
どうにかこうにか、ある程度の需要は満たせたようで客足はようやく疎らになる。
しかし、まさかアルノー村でクラムチャウダーが看板になるとは思わなかった。
大鍋は全部で3つで、最後の大鍋もほぼ空だ。
途中で見ず知らずのおばちゃんが給仕してくれてたから助かったけど、ちょっと考えないと不味いな。
鍋の中のクラムチャウダーは、具がほとんど残ってないので俺とグラスコーで食おう。
「あれ? もう閉店?」
のんびりと、ベーゼックが店の前までやってくる。
説法の方は終わったんだろうか?
「おかげさまで……とりあえず、残りで昼食にしましょうか?……」
へたってるグラスコーに声をかけてみる。
「おう。俺もへとへとだ。昼にしようぜ。」
ぐったりしながら、地面に座り込む。
まあ、行儀が悪いが仕方ないよな。
「あ、じゃあ私も貰っていいかなヒロシ君。」
どうやら、酒が抜けてきたのか食欲が戻ってきた様子のベーゼックも無心してきた。
「構いませんよ、神父様。」
そういいながら残りを三等分し、乾パンを浸しながら昼食にありつく。
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