3-18 同行者は飲んだくれの生臭坊主。
「よろしくお願いします。グラスコーさん。」
男性は、グラスコーに向かって頭を下げる。
「ベーゼックといいます。この度は巡回宣教にお付き合いいただきありがとうございます。」
ニコニコ笑いながら、頭を下げる。
「あー、はいはい、よろしくねベーゼックさん。」
一応建前は建前として受け入れてはいるが、何となーくモヤモヤしているグラスコーの様子は笑える。
基本的に、統一教の教義上、争い事には関わらないし特定の個人を優遇することはあってはいけないことになっている。
だから、あくまでも巡回宣教を共にすると言う建前が必要なわけだ。
もちろん、そんなことは建前で教会の運営をするための外貨稼ぎなのは本人達も理解しているだろう。
それでも、建前というのは大切だ。
「こいつは、ヒロシだ。うちの従業員で護衛を兼ねている。宜しくしてやってくれ。」
ぶっきらぼうにグラスコーは俺の紹介をする。
「よろしくお願いします。ベーゼック宣教師。」
一応丁寧に頭を下げておく。
多分ヒエラルキー的には、俺が最下位だろうしな。
「よろしく頼むよ、ヒロシ。」
鷹揚に頷いて、嘲笑の籠もった笑みを浮かべられる。
まあ、異国人顔だし、武器も帯びているようにも見えない。
それなら、侮られても仕方ないかなとも思う。
いい気はしないけど、これもお仕事だし我慢するべきだな。
何せ場合によれば、命を預ける相手だ。
初対面の印象だけで邪険にしてたらやっていけない。
と言うわけで早速、2台の馬車を繰り出し、街道をたどっていく。
「いやー、ヒロシ君! 外は良いねぇ!! 自由がある!! あの小うるさい司祭も、怖い助祭も居ない! 最高!!」
門を出てしばらくしたら、どこから取り出したのかベーゼックは酒を取りだしかっくらい始めた。
同乗する俺に絡むように教会の愚痴や尼僧に手を出した自慢話を繰り返している。
いや、別にそれくらいなら良い。
騒いで耳元で大声を上げるのだけは勘弁して欲しい。
俺は、曖昧な笑みを浮かべつつ、気のない相づちを打ちながら聞き流していた。
年の頃は似たり寄ったりの外見だから、君づけでも呼び捨てでも良い。
ただ少しは黙っててくれないかなぁ。
本当にこんなのが信仰呪文を使えるのか心配になる。
正直気が引けるが”鑑定”しておくか。
俺は、相変わらず話を聞き流しながらベーゼックを視界に捉える。
指一本でも視界の端に引っかかっていれば”鑑定”できるんだから、凄い便利だよな。
まずはアル中じゃない事を確認しつつ、能力について確認する。
表示されたウィンドウにはしっかりと信仰系統の術者としての能力が刻まれていた。
ただし、レベルは1だけどな。
能力値は恵まれているようで、《治癒》呪文の回数もそれなりにあるし、《治癒》のワンドも携帯している。
ちなみに、ワンドは複数回使用することが可能だ。
最大で50回まで使用でき、使用回数を全て使い果たすと燃えて塵になって消える。
使用回数は、32回と十分な回数が残っていた。
まあ、仕事を放棄するつもりはないと思っていて良いのかな?
と言っても、建前とはいえ本来の仕事は宣教なわけだけど、そっちはどうするつもりなんだろう?
「なにかなぁ? いや、ちゃんと宣教するか心配? 大丈夫、体面を保つの得意だから。」
へらへら笑いながら言われると不安になる。
別に面子が潰れてもこの人個人の問題だからどうでもいいんだけどね。
「私も本当は、商人とかやりたかったんだ。でも親がうるさくてねぇ。」
どうやら貴族の三男坊らしく、平民のような仕事に就く希望は家の面子のために禁じられたらしい。
それはまあ、同情しなくもないかな。
「まあ、でも今思えば根気もないし、運良く神様の声も聞けたしこれはこれで天職なのかもね。」
げたげた笑って、酒をあおる。
あー、もうぼたぼたこぼして……
こいつ駄目人間だな。
妙な親近感を覚えるが、迷惑なのも確かだ。
さっさと酔いつぶれて寝てくれないかな。
周囲の警戒も一応しておかないとだし、正直気が散る。
結局、アルノー村につくまでベーゼックのおしゃべりは停まらなかった。
道行く女の子に声をかけては勝手に馬車に乗せたり、くだらないおしゃべりが延々と続いてうんざりだ。
ちょっと気になることがあって、そっちに注視しようとする度に、話しかけてくるのでイライラが募る。
ところが村に到着したら途端にきりっとした表情になってさっきまでべろべろに酔っぱらっていた素振りをかけらも見せない。
ある意味、凄い男だな。
グラスコーもこれにはびっくりして、言葉もないようだ。
「おぉ神父様が来てくれるとは、ありがたい。どうぞ、我が家にお泊まりください!!」
ドレンさんが顔を出すと、いたく歓迎してくれたわけだが、俺とグラスコーは微妙な表情を作り互いに顔を見合わせてしまう。
まあ、見た目は立派そうだしな。
「村長殿ですか? 今回は、巡回宣教の任に当たりますベーゼックです。宜しくお願いしますね?」
酒に酔っぱらってだらしない顔をしてたのはどこへやら。
ばっちり決め顔で村長に挨拶している。胡散臭いことこの上ない。
はあ、あの痴態を知らなきゃ立派な神父様に見えるだろうなぁ。
「申し遅れました、村長のドレンです。いや、旦那さんは教会ともコネがあるとは……
今日はとっておきを準備させて貰いますよ。」
んー、ここら辺の宗教観ってどんなもんなんだろうなぁ。
ドレンさんが特別信心深いんだろうか? それとも、村を挙げて歓迎といった感じなんだろうか?
まあ実利がある分、宗教に対する忌避が薄くてもおかしくはないよな。
「別に大したこっちゃねえよ。いつも通りにしてくれよ。」
やれやれといった感じでグラスコーは肩をすくめた。
あー、そういえばコートの作成を依頼してたんだった。頃合いからすれば丁度良い時期かもしれない。
「お久しぶりですドレンさん。ブラームさんはいらっしゃいますか?」
「おぉ、ヒロシさん。ブラームはそろそろ戻ってくる頃合いです。いや、あいつも血は争えないんでしょうな。
こっちが心配になるくらいの気の入れようでしたよ。」
どうやら、ちょっと無理をさせてしまったみたいだな。
ちゃんと報酬は支払わないと。
「ご迷惑をおかけしたようですいません。」
「いやいや、もう収穫も終わって手持ちぶさたになる頃合いだったし、何も困りはしませんよ。」
にこにこ応対してくれているけど、実際はどうだったんだろう?
まあ、嫌みを言われるわけでもなかったから、こっちが勝手に恐縮するのも悪いか。
ブラームさんが帰ってくるとすぐに作業部屋に通された。
独特の匂いが染みついた部屋で、最後の調整が行われたわけだが……
腕良いな。
俺の体型を把握してくれているのか、妙にしっくり来る作りになっている。
裏地には、羊の毛まで縫いつけられていて、とても温かい。
これなら、ダウンジャケットなしでも良いかもしれないな。
しかし、こう……
何とも言えない匂いだ。
普通に考えれば、良い匂いでは決してないんだが、妙に嗅ぎたくなる匂い。
「どうですか、ヒロシさん?」
「ありがとうございます。凄くしっくり来てますよ。」
良かったと、ブラームさんは胸をなで下ろしている。
「それで、準備金は足りましたか?」
「あー、ええ、充分でしたよ?」
本当かな?
まあ、そこは疑っても仕方ないか。
「じゃあ、支度していただいた代金をお支払いしますね。」
そういいながら、俺は事前に用意していた報酬を手渡す。
「ヒロシさん、これって……多すぎでは? ……」
革袋を開いて、中を確認した後そんなことを言われた。
「いや、多すぎと言うことはないと思います。まあ、駆け出しの商人ですから、例え多かったとしても目をつぶってください。」
金貨で渡したのが不味かったかな。
オーダーメイドの代金としては金貨10枚は、そんなに大きい額だとは思えないんだけれど……
一応、これでも服飾店に顔を出して、参考にしながら算定した報酬のつもりだ。
もし間違っていたら、修行が足らないって事だな。
まあ、足らないと言われるよりかは全然マシだ。
でも、何とも言えない表情をされてる。
「まあ、今後の勉強代ですよ。それに、もしブラームさんが良ければ、お仕事をお願いするかもしれません。
その時はよろしくお願いしますね?」
「そういうことでしたら、こちらこそよろしくお願いします。」
最後は嬉しそうな笑顔を見せてくれたから、これはこれで良しとしよう。
しかし腕の良い革職人とのコネは、ありがたいな。
大切にしよう。
ふと気付くと、部屋の入り口でジョシュがのぞき込んでいる。
こっちの視線に気付いたのか、ぺこりと頭を下げてきた。
「こんにちは、ジョシュ君。お久しぶりだね。」
小さい声で、こんにちはと返してくれた。
彼は、魔法の才能を持つ俺の学友でもある。
やや、お師匠様に難がありそうな気もしなくもないけど……
あれから勉強は進んでるだろうか?
「と……父さん、ヒロシさんとお話ししても?……」
静かな質は、お父さん似なんだろうな。
ちらりとブラームさんがこっちを見る。
「私は構いませんよ? 不都合がなければ、おしゃべりさせてください。」
そういうと、ブラームさんは申し訳なさそうによろしくお願いしますと言ってきた。
「じゃあ、どこで話そうか? なるべく邪魔にならないところにいこう。」
ふと、俺の頭の中に事案発生という言葉が浮かんだ。
別にそういう趣味があるわけじゃないが、日本だったらやや問題がある行動かもなぁ。
これが女の子だったら、さすがに家人と同席を求めるとは思うけど……
男の子だしな。問題ない問題ない。
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