3-17 誤魔化すために行商に行くって言うのもなんだけど……
とりあえず、あれから一週間何事もなく時間だけが過ぎていった。
平和すぎる。
一応、先生との打ち合わせの間に魔法のレクチャーを受けて、《魔弾》と《盾》、そして《魔力解析》の呪文を教えて貰ったり。
防刃服の採寸を済ませて、団長の着用する物だけは何とか納入した。
団員向けの予約は完了したので、これから順次供給していくわけだけど、結構サイズがバラバラで驚いた。
傭兵って言うのはみんな体がでかいもんだと思ってたけど、Sサイズでもぶかぶかという人もいたりで驚く。
そりゃ、何も戦闘だけが傭兵のお仕事じゃないけど。
とはいえ防刃服を必要とするような前線でのお仕事は間違いなく、どれも肉体労働だろう。
中には小学生高学年くらいの子もいたりしたし……
フィクションだと、そういう子が超強かったりもするだろうけど、この世界ではどうなんだろうね?
いや、やめよう。
どうしても俺は、日本の倫理観に引きずられる。
求められることに応えることに徹するべきだ。
とりあえず、20セットはすでに発注済みだ。到着次第納入しないとな。
他にも、タオル地を作成する織機や銃剣の件と槍の穂先については、グラスコー伝手で技術者に打診をお願いしている。
こいつの件を含めて、近々モーダルを離れないといけない。
当然、商売をせずに旅に出るわけにも行かない。と言うわけで商品の確保で割と忙しい。
タオル購入の偽装も兼ねるので、割と遠出をしなくちゃいけない。
ベネットとのデート……
いや、うん。
正確に言うなら、射撃訓練のお付き合いは、あれから1回しかできていない。
彼女も割と忙しくて、モーダルを離れている日が多い。
残念なことに、今回の買い出し旅行(偽装)には彼女は別の仕事を抱えていて雇えなかった。
また一緒に旅をしたいなぁ……
で、結局の所、今回は護衛を雇うのではなく、修行中のお坊さんを連れて行くことになっている。
そもそも、今回は蛮地の奥へ行くことはないので危険度が低いこと。
前線は俺一人でも十分と言うことを考慮して、傭兵を雇うことはやめるらしい。
そもそもお坊さんを連れて行くって何だよと思う人もいるかもしれないが、この世界では医療従事者=宗教家だったりもする。
お布施を支払って、教会から修道士を派遣して貰って医療面を賄うのは割とスタンダードなんだとか。
まあ実利があるのだから別に文句はないんだが……
うん、全然無い。無いったら無い。
ただベネットと会えてないから、忘れ去られそうで不安なだけだ。
「何ぼーっとしてるんだ? さっさと準備しないと日が暮れるぞ?」
グラスコーの言葉に思わず顔をしかめてしまった。
いや、真面目に働かないとな。
フェイスタオルやバスタオルもギルドに納入する分を除いて100枚ずつ購入しておいた。
卸値で購入できないのはもったいないかとも思ったが、そもそも資金がそろそろ厳しい。
他にもガラスやLEDランタンなんかもいくつか購入してある。
LEDランタンは、再充電可能な乾電池を用意して、ソーラー充電器も購入してある。
これ一式を購入すると、それなりのお値段になってしまうが照明の呪文を込めたガラス球の半分で売っても儲けが出せる。
懸念事項の廃棄問題は、壊れたり寿命が来たら下取りすることで幾分緩和できるだろう。
廃棄物の処理や再利用についてのサービスがあったので、それを契約したのでゴミでインベントリがいっぱいになることもない。
問題は、回収が上手くいくかどうか。
こればっかりは、買い手のモラルに頼るしかない。
難しいかなぁ……
「とりあえず、荷物のチェックは終わりました。こっちは、ホールディングバッグ、こっちは俺が預かる分。
確認お願いします。」
リストを手渡し、グラスコーの確認を待つ。
俺が預かる分は、一瞬でしまえるがホールディングバッグに入れる方は、この後詰め込んで行かなきゃいけない。
いくら容積を圧縮できても、ここら辺の不便は解消できないんだよな。
そういう意味でも、俺の収納能力は破格だ。
ガラスを割らずに運べるのも強みだ。
さすがに窓に合わせて裁断とかはできないが、そこは職人さんにお任せしよう。
正直に言って自分は不器用だから、とてもじゃないが職人さんの真似は出来ない。餅は餅屋だ。
「おし、とりあえずOK。出発前はいつもこうだな。もうちょっと楽に出来ないもんかねぇ。」
「先生に、そういうホールディングバッグが作れないかお願いしてみたら良いんじゃないですか?」
実際、しまってから計数や表を作った方が楽だ。
でも中身を確認しないと、どうしても不安だからいちいち納める前にチェックしてるわけだが……
状態確認や中身を覗いて商品をチェックできれば”収納”した状態でチェックが出来るだろう。
いや、必要な機能かと問われると微妙かな。
「さすがに、そこまではなぁ。金の無駄だろう。まあ、商品が増えたら人雇って入れさせる方が楽じゃないか?」
確かにな。
「まあ、従業員を増やすのは悪い事じゃないとは思いますよ?」
人手が増えれば、それだけ商売の規模を大きくできる。
問題は、信用できる人材じゃないとやばいと言うことだろう。
んー、まあ信用云々は程度問題だけどな。絶対裏切らない忠義者なんて、それこそすでに誰かに召し抱えられてるだろう。
能力関係なく信用がおける人格というのは、それだけで凄い価値だ。
と言っても、その価値を認める人って案外少なかったりもするのが何とも。
それに信用自体は双方向的なものだから信用される方の人格も重要だけど、信用する方の人格も大切だったりする。
だから、完璧を求めるより、そこそこで満足しないと駄目なんだよな。
そういう意味で言えば、グラスコーは懐が深い。
どう考えても、俺は忠義者には見えないだろうし、実際忠義なんかかけらもないし。
ともかく雇用に関しては、俺が口を挟む事じゃないのは確かだな。
とりあえず黙って仕事をしよう。俺は商品をホールディングバッグにしまっていく。
先生から購入したり、教会から購入したポーションが結構多い。
これが意外と馬鹿にならない利益があるので、丁寧に扱わないと。
脆いガラス瓶なのは投げて対象にぶつけることでも効果を発揮できるかららしいから、仕方ないとはいえ扱うのは怖い。
一瞬で金貨30枚とかが無駄になるかと考えると慎重すぎて困ることはないだろう。
魔法を扱える人向けの商品としては、巻物やワンドというのもある。
素養がそもそも無いと扱えないが、覚えていない呪文を巻物に書き込まれた紋様をなぞるだけで扱えたりする。
ワンドは、それこそ握って振るうだけで使えるのだから便利だよな。
ある程度、遠隔の対象にも扱えるので、ポーション見たく脆くないのは助かる。
もっとも魔法の素養がある人がそもそも多くないので、ポーションと比べれば全然数は少ない。
で、当然ながら魔法の品々と比べれば一般的な道具の方が遙かに多い。
しまい方に注意をしなくて良い分、日本の物流現場より遙かに気が楽だとはいえ、数が数だ。
骨が折れる。
フライパンやら食器やら、衣服の類まである。
一応、ホールディングバッグごとに分類ごとに納めないといけないので、結構手間だ。
何かを専門的に扱う方が楽だとは思うが、流通がどうしても貧弱なので万屋的な要望には応えなくちゃ商売が成り立たない。
車があるんだから、そのうち普及率が上がっていくことで、店舗設置型の専門店も増えていくだろう。
だけど現状の値段やら製造期間を聞くに、それはまだ先の話のような気はする。
その時期の見極めは注意しておかないとな。
しかし、考え事をしていたからなのか案外早く片付いた。
ふぅっと、息を吐き曲げていた腰を伸ばす。
能力値のおかげなのか、思っている以上に疲れは少ない。
「早いな。意外とお前、肉体労働に向いてるんじゃないか?」
「言うほど、肉体労働でもないでしょ? まあ、それに若いですし。」
にんまりと笑うと、なにおうとグラスコーが突っかかってきた。
「お前、調子にのんなよ。俺だって年の割には体力ある方だぞ?」
嘘付け。
すぐ大変そうな作業は逃げる癖に。
まあ、雇用主に厳しい現実を突きつけるのも酷だろう。
俺は、はいはいと笑って流してやった。
作業も終わったので、食事を終えたらお坊さんの迎えに行くことになった。
お布施の額やら期間やらの取り決めは、教会の責任者である司祭様とは話が付いている。
後は、実際誰が来るかという話だ。
初めて教会に行ったときは結構びびっていた。悪魔憑きと騒がれたらなんて警戒してたのが主な理由だ。
まあ、実際は何事もなかったわけだが……
別の神様から語りかけられるようなイベントもなく、平穏無事で事は済んでいる。
なので、今回は警戒する必要はないだろう。
町外れにある教会は東欧にあるような木造教会じゃなく、石造りの西欧風の建物だ。
木造教会も趣があって良いとは思うけど、一般的に教会をイメージするならこちらだろう。
中に入るまでもなく、司祭様と男性が玄関の前に立って出迎えてくれている。
おそらく来訪は人通りも疎らだから、すぐ分かるんだろうけど……
ふと、懐に忍ばせているトランシーバーが気になった。
すでにグラスコーには渡していて、街中で使用する分には滞りはないことは確認してある。
一応、トーラスとベネットにも渡して使い方を教えてはいるけど、どのくらいの距離まで届くかな。
それなら魔法の方が確実だと先生には言われたんだけど、呪文レベルが高いんだよな。
今現状では、俺には使うことが出来ない。
スクロールで準備すればいいんだけど、1枚で金貨45枚だからな。
頻繁にやり取りは現実的じゃない。
何でそんなことを思い出したかというと、そんな連絡手段を教会も持って居るんじゃないかと思ったからだ。
神様のお告げとか、普通にありそうだしな。
まあ、でも噂だと誰でも信仰系の呪文が使えるわけでは無いとも聞いている。
モーダルでは少なくとも教会に5人ほどしか使い手は居ないのだとか。
人口比率からすれば、結構少ない。
そんなわけで、お布施の額は傭兵を雇うのと大差ない金額になっている。
「そろそろ準備できましたかな? グラスコー殿。」
恰幅の良い好々爺然とした司祭が声をかけてきた。
隣にいるのが、おそらく今回同行してくれる修道士なんだろうな。
見た感じは、ちょっと線が細い感じがするけど禿頭ではなく、髪を伸ばしている。
ちょっとイケメンっぽさを感じて苦手そうなタイプに見えた。
いや、被害妄想が過ぎるのは分かってるんだけどね。




