3-15 頭のいい人の話は分かりやすい。
「しかし、こいつの発見がそんな飯の種になるネタだとは思えないんだがねぇ。」
疑わしげにグラスコーが眉を潜める。
「まさに、そこさ。」
先生は我が意を得たりと手を叩く。
「普通の人にとっては価値が分かりにくい情報だからこそ、隠蔽や改竄をしようとする人も少ない。
それでいながら、この術式は言ってみれば革命の礎ともなる可能性を秘めている。」
先生の熱っぽい言い様は、聞いていて恥ずかしくなってくる。
いくら何でも革命の礎は言い過ぎだし、おそらく俺以外にも試行錯誤した人はいたんじゃないか?
単に世に広まっていなかっただけのことのような気がする。
「まあ、思いついた本人は事の重要性を分かっていない様子だから、分かりやすい事例を出そう。」
そういうと先生は懐を探り始める。
そして、綺麗なガラス瓶に入った液体を取り出す。
「具体的な数字を出そう。このポーションの製造コストが3/4になり、製造期間は半減できる。」
それって凄いのか?
あまりピンとこない。
製造コストが安くなったからって言っても、3/4じゃ買い取り価格が下がるかどうか微妙なんじゃ……
「まじか!!」
グラスコーが叫んで立ち上がった。
思わず身をすくめちゃったじゃないか。
そんなに凄いことなのか?
「こりゃ、逆に情報封鎖して独占した方が……」
グラスコーがぶつぶつと不穏当なことを言い始める。
「まあ、そう短絡を起こさない方が良い。私が言ったのはごくごく単純な事例に過ぎない。
この発見はほんの、とっかかりに過ぎないんだから……」
どうやら先生が言いたい本題は入り口にも入ってなかったみたいだ。
「世にいる研究者は何も私だけじゃない。様々な思想や分野に分かれ、それぞれ切磋琢磨している。
この発見が大きく広まったなら、大きく躓いていた分野が発展する可能性だってあるだろう。
そうしたときこそが、君たち商人の出番じゃないのかな?」
先生の言葉に改めてグラスコーは俺を見てくる。
いや、俺はそこまで考えてなかったぞ?
せいぜい、いろんな人が利用してくれたら俺の発想は無駄にならないんじゃないかと思っただけに過ぎない。
それに目先のお金だって欲しいしな。
だから、俺は弁明をするように首を横に振った。
「先生の詭弁だな! こいつはそこまで考えちゃいないぜ!」
グラスコーは相好を崩して、苦笑いを浮かべる。
「もちろん、詭弁だとも。面倒くさい論文なんか書きたくないからね? とはいえ、嘘を言ったわけでもないよ?」
先生の物言いに俺を思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「じゃあ、先生のお手を煩わすのも何ですから、無料公開にしましょうか?」
「良いね。私の友達にもおしゃべりはいっぱい居るんだ。手紙を送ってしまってもいいかい?」
楽しそうな先生の仕草に思わず頷いてしまいそうになる。
だが一応雇い主はグラスコーだしな。
そう思って俺はグラスコーの顔を見た。
渋い顔をして、グラスコーは舌打ちをする。
「先生もしょうがない怠け者だぜ。まあ、ポーションが安く、そして早く作れるならそれだけでも十分かもな。
俺も伝手を使って広めてやるよ。」
どうやら納得したようで、仕方ないなと肩をすくめている。
どこまでの儲けを見込んでいるのかは分からないが、グラスコーが納得するなら問題はないな。
「じゃあ、先生宜しくお願いします。それとグラスコーさん。公開する資料は先生と協議の上で作成するって事でいいですか?」
二人とも異存はないようで頷いた。
「そこら辺は、先生と詰めてくれ。今後は俺無しで良いよな、先生?」
「もちろんだとも。どうせだったら魔術の手ほどきも……」
先生の言葉を遮るようにグラスコーは咳払いをする。
「あ、うん。もちろん、授業料は貰うけれどね?」
どうやらグラスコーから色々と釘を刺されて居るみたいだな。
今までのやり取りを見ても先生は金銭関係にルーズに見えるのだから、致し方ないとは思う。
まあ、仲の良い友達同士らしさが見て取れて、なんとも微笑ましい。
「そちらの方も、機会があれば宜しくお願いします。」
俺はお茶を濁すように苦笑いを浮かべた。
結局その後もおしゃべりが続き、先生の家を出る頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。
っていっても、雪がちらついていたから朝から暗かったわけだけど……
凍えるような寒さが更に厳しくなっているのは確かだ。
「ヒロシ、とりあえず俺は飲みに行ってくるから後は好きにしろよ。」
住宅街を抜けて飲み屋がちらほらと見えるところまで来るとグラスコーはそそくさと離れていく。
「あんまり深酒しないでくださいよ? 年なんですから。」
やれやれといった感じで軽口を叩いたらうるせーと怒鳴りながら走っていってしまった。
相当寒いからな。
早いところ酒を入れたくて仕方なかったみたいだ。
しかし参った。
ここまで雪が降ると夕食を売ってくれそうな露店はないだろうなぁ……
適当な店で持ち帰りを頼むか。
そもそも夕食って概念が薄いからな。
昼食が足らなくて空きっ腹を満たすとか、酒を飲むためにつまみが欲しいというレベルで食事をする人は多いが、一日の終わりに一番豪華な食事をするって言うのは特殊な考えになる。
露店に行っても、売れ残りを販売しているって言う感覚が強い。
田舎の方なんかだと農作業は過酷なので三食どころか四食五食なんて事もあるらしいことは聞いた。
そのため、ちゃんと調理の時間の取れる夕食が一番豪勢って言うのも不自然じゃないそうなんだが……
農繁期を過ぎると、それも自然と二食に落ち着いてしまう。
と言うのも、食糧備蓄の問題があるからだ。
やはり、作物を長期保存し備蓄しておくのも結構苦労がある。
それが故に、作物が出来る時期が過ぎれば、自然と消費量を抑える傾向が強くなるのだそうだ。
じゃあ都市の肉体労働者はと言うと、基本的には三食だ。
朝、昼、晩と食事を取らないと体が持たないというほど過酷らしい。
でも、基本的には調理する時間も惜しまれるので大抵は出来合いの物を消費するのが精一杯なんだとか。
そういうことで、ビールでパンを流し込むなんて言うのも食事にカウントする場合もあるそうだ。
なんというか、とてもじゃないが俺の感覚からは食事とは言い難い。
ビールを昼食にする場合なんか仕事の合間に飲むらしいが、仕事中に酒って感覚には到底なじめそうにもない。
手元が狂って事故とか起こさないもんなのかな?
まあ、何度も現地の風習に愚痴を言っても仕方ないことだし、さっさと夕飯を手に入れる算段を付けよう。
家へと向かう道すがら、微かな望みを託しながらいつも露店が並ぶ道へと足を踏み入れる。
案の定、露店の姿はほとんど見えない。
それでも一つ二つの店が寒空の下、店を開いている。
頑張るなぁ……
でも、一つは確実にパスだ。
明らかにゴミを売りつけるような店で、釣り銭を誤魔化そうとする。
一度買って痛い目を見たのでそこでは絶対買わない。
もしかしたら、改善してるかなとも思って覗いてみたけど、明らかに匂いがおかしい。
売っている物がパン生地に具材を詰めて焼いたピロシキらしき物なんだが、具材ははみ出しているし焼き色もまだらだ。
失敗したと思った時と何も変わってない。
前の時は見た目に囚われてはいけないと思って。買ったのが運の尽きだった。
まあ、三個で銅貨一枚もしない代物だからケチを付けるのもおかしいのかもしれないが……
とりあえず、もう一つの店を見てみよう。
店の主なのか店番なのかは分からないが、ちょっと薄汚れた服を着た若い男が寒そうに身を震わせている。
売り物は……
何だろう? ミートローフのような物だろうか?
挽肉か何かを入れ物に入れて、ゼリーか何かで固めたような物に見える。
うーん。
この寒空にこんな冷たそうな食べ物は買いづらいなぁ。
「あの……良ければ食べてみてくれませんか?……」
思い詰めた様子で男から声をかけられてしまった。
試食か。
こんな風に勧められたのは初めてだ。
いや、お金取られるのかな?
「あ、もちろんお代は結構ですよ。」
必死さに気圧されて断りづらい。
「じゃあ、少しだけ……」
俺が同意すると、男は商品を切り取り手に乗せてくれる。
意外とふわふわだな。
んー、こう言うときに使い捨ての容器とかあればいいのに……
俺は思いきって、手の上にのせられたミートローフらしき物を口に含む。
うまい。
うん、これはおいしい。
確かに冷たいけど、口触りもよくちょっと口の中の暖かさが伝わると崩れてしまうくらい柔らかい。
噛みしめると、こりこりとした食感も残っている。
これは内臓だろうか?
うーん……
どんな作り方をしてるのか気になるな。
「いかがですか?」
男は探るように俺の方を見てくる。
「とてもおいしいですよ。今残っているので全部ですか?」
「あ、はい。」
大した量じゃないし、全部買っちゃおう。
「全部でいくらになります?」
「え?」
男は驚いたように目を見開いた。
「結構するんですか?」
思わず聞いてしまった。
まさか露店なのに結構高い料理だったんだろうか?
だとしたら小分けにして貰うしかないよな。
いくらくらいだろう?
銀貨一枚で100g買えたらラッキーだな。
「いえ、えっと全部で……えっと銀貨1枚で……」
なんだ安いじゃん。
全部で500gくらいあるんだから100g銅貨2枚と半分、250円くらいだ。
いや、いくら何でも安すぎだろう。
でも、本当にって聞いたら高いって受け取られるかな?
うーん。
「いや、本当にその値段で売ってくれるならありがたいけど、安すぎませんか?」
いささか不躾だろうか?
でも上手い言い回しが思いつかない。
「あ、いや……その……端材を集めて作った物なので……それに日持ちもしませんし……」
そっか、そりゃそうだよな。
残っても廃棄するか自分で処分するかしかない。
スーパーじゃ半額シール品って奴になる。
とはいえ、生産者を前にすると、ラッキーと喜ぶのは気が引ける。
あ、いや……どうなんだろう?……
この人は、単なる売り子かもしれないしな。
「失礼ですけど、これを作ったのって?……」
意図は伝わったのか、頷いてくれる。
「私です。」
そういわれてしまうと困るな。
作り手の前で買いたたくのって、ちょっと気が引ける。
なんか変な気の回し方なのかもしれないけど、じゃあ遠慮なくとは言いづらい。
どうしたもんか。
いや寒空の下でぐだぐだ悩むのも、この人に悪い。
「じゃあ、全部包んでください。それと、明日もやってたりしますか?」
懐から、銀貨を取り出して手渡す。
「あ、ありがとうございます。今お包みしますね?」
あわてたように油紙で料理を包んでくれる。
やっぱり簡易包装が出来る物を売ってみても良いかもなぁ。
「一応、食材の調達次第ですが多分ここで店を開いてると思います。内容も変わりますが、どうぞご贔屓に……」
凄いな、この人。
料理の腕が確かなのもあるけど、接客が上手い。
「是非。また、よらせて貰います。」
俺は頭を下げて、商品を受け取った。




