1-6 キャラバンって大変だ。
キャラバンの生活は過酷だ。
基本的に畜産業だから、それ自体がきつい労働だ。
動物が相手だから気分にも気を配らなきゃいけないわ、体調も気にしてやらなきゃならない。
整った農場でも、餌の準備や水の確保は骨の折れる作業だ。
キャラバンなら餌は勝手に確保してくれると思うだろうが、そうそう都合良く草場はない。
だから餌を求めて荒野をさすらい歩き、水場を求めてまた歩く。
ひたすら歩く。
これが前述のきつい労働とセットなんだから堪ったもんじゃない。
ここら辺の気候は乾季と雨季の繰り返しらしく、夏と冬が乾期、その間が雨期になるらしい。
そうなると、放牧するのは夏と冬になるらしいのだが、今は丁度冬の時期だそうな。
寒い。
この気候の厳しさも、きつさに拍車を掛ける。
ハンス達のキャラバンに参加して2週間。
すでに着ていたジャージはぼろぼろだ。
一応水は自由に扱えるので2回ほど水洗いをしたが、大分生地が傷んでる。
それでも水洗いするだけでも大分違う。
ハンス達の服も一緒に洗ったのだが、それだけでも彼らの服装は身綺麗になったようにも見える。
そもそも洗濯なんて贅沢は、この無主の地では水場にたどり着かなければ不可能だ。
当然、そういう水場は整備されているわけだが他のキャラバンとの力関係で利用の優先順位が決まる。
だから水場に行けば、必ず洗濯できるわけではない。
3回に1回、飲み水の確保以外にも利用できれば御の字。
それも独占できるのはその半分くらいと言ったところらしい。
そういう意味で俺の呪文は大活躍だ。
もちろん、災害大国日本で生まれ育った俺だから水が重要なのは知っていた。
水道が使えなくなった途端に、食器すら洗えず、清潔さを保つことが困難になるというのはよくあったと聞いている。
でも実感は伴わなかった。
幸いにも、震災に直撃したことはなかったし、報道を見てもどこか他人事だった。
こうしてキャラバンに同行しなければ、水の大切さなんて多分実感できなかったんだろうな。
しかし、思うに1日に4回、1回100リットルの水って意外と少ない。
飲むだけなら特に問題ないけど、生活用水としては微妙な分量だ。
幸い呼び出した水は好きな分量を好きな場所に好きな形状で呼び出して保持できるという超便利な呪文。
そのおかげで無駄遣いや再利用も効率よくできるわけだが、それでもやはり足りない。
毎日4回全部使ってしまう。
まあ、残っていても意味はないのだから別に文句はない。
おかげでみんなも身綺麗になったわけだし、生理現象の時も大変お世話になっている。
問題は、水洗いする度にぼろぼろになっていく服の方だ。
おかげで今は、ぼろぼろのジャージの上から山羊の皮を羽織っている蛮族スタイルになってしまっている。
一応ヨハンナが裁縫をしてくれるので身動きしにくいわけではないが、見た目が本当に蛮族で困った。
こんな集団にあったら普通の人は攻撃してきそうな気がする。
何とか、貨幣を手に入れて服を入手できないだろうか?
いっそどこからの集落に襲撃をかけて……
やばい。
完全に略奪者思考になってる。
しかし寒い。
山羊皮のおかげでかじかむ程度ですんでいるが、ジャージだけじゃ確実に凍え死ぬ。
寒すぎて、震えが止まらない。
仕方がないので、水袋の中にお湯を呼び出して暖をとる。
暖かい。
「あー、ヒロシまた水無駄遣いしてるー!!」
ミリーが水袋を抱えだした俺を見て騒ぎ出した。
「無駄にはしてない!!水袋の中なんだから後で使えるだろ!!」
「でも、温める呪文は無駄遣いしてる!!」
ミリーがきゃんきゃん俺の周りで騒ぎ立てる。
「おい、ミリーが叫ぶから山羊が散りだしただろう!!」
俺はイラだって叫び返してしまう。
「叫んでるのはヒロシも一緒じゃん!!えい!!」
ミリーが俺に飛びかかってきた。
ハーフリングだと言うこともあるが、まだ幼いミリーに飛びかかられるくらいじゃ、いくら貧弱な俺でも倒れはしない。
「あったけー」
結局暖かい水袋が目当てだったのか、抱きついたまま目を細めている。
「ミリー…山羊逃げるぞ?……」
あまり邪険にもできないが、俺は気が気じゃない。
キャラバンにおける財産の大部分が家畜だ。
それが逃げたら、明日飢え死んでもおかしくない。
いやさすがに明日は言い過ぎかもしれないが、死が近づいてくるのは間違いない。
「大丈夫だよ。今日は寒いからみんなで集まってないと凍えちゃうし。」
牧童としての経験は俺なんかよりよっぽどミリーの方が熟練しているわけだから、その言葉に嘘はないんだろう。
過ごした期間は短いけれど、一見すれば無邪気にしか見えないミリーが意外としっかり者だというのは理解していた。
そんなミリーが、こうやってじゃれていると言うことは平気なんだろう。
「ところでヒロシ。馬は上手く乗れるようになった?」
ミリーが顔を上げて尋ねてくる。
「あー、速歩なら何とか……まだ全力疾走になると、しがみつくだけになっちゃうな……」
俺は恥ずかしくなって顔を反らした。
「おー、さすがはロイド。もうそんなに乗れるようになったんだ。」
ミリーが感心したような声を上げた。
確かに、全く馬なんか乗ったことのない俺が2週間で速歩までできるんだから、教えてくれるロイドは凄いだろう。
俺以外のキャラバン全員が馬を巧みに操るわけだけど、それもロイドのおかげらしい。
彼は、元々大きな遊牧民の部族で育ち、騎兵としても訓練を受けていたそうだ。
傭兵として何度も戦場を経験したのだが、部族同士の抗争によって彼は片腕と仲間を失ったのだという。
生き残りのほとんどは奴隷として売られ、自由の身なのはロイドだけ。
隻腕になってしまえば、戦士としては使い物にならない。
それでも馬の扱いはキャラバンの中では随一だし、斥候としての技術も有している。
その上、人に教えるのも上手だ。
物覚えの悪い俺でも、何とか馬と仲良くなれた。
もちろん、呪文のおかげである程度の意思疎通ができるのも大きかったが、そんな俺よりよっぽどロイドの方が馬と心を通わせてるんじゃないだろうか?
片腕なのに、なんの苦労もなく馬を操る様に軽く嫉妬を覚えてしまう。
キャラバンで飼っている馬は全部が短足でずんぐりむっくりな印象を受けるのだが、それでもロイドが騎乗すると美しく見えた。
なるほど白馬に乗った王子様があこがれの対象なのも分かるといった感じだ。
まあ、実際は糞は臭いし、体臭もきついし、歯をむき出しにすると笑っちゃうくらい変顔をする馬ばっかりなんだが。
今のキャラバンにいる馬は全部で5頭。
世話の仕方もロイドから習って色々と面倒を見ているけれど、どいつもこいつも不細工だ。
ロイドが言うには、俺を信用しているからこその表情だと言っているけど、むしろ馬鹿にされてるんじゃ無かろうか?
時々、頭をかじってくるのは勘弁して欲しい。