3-11 むちゃな要求があると思ってたけど、想像とは違った。
「それで? そのお友達とやらは俺たちを部屋に閉じこめて何をさせたいんだ?」
グラスコーはいらだちを抑えながら支部長のダーネンに問いかける。
「いやいや、別に閉じこめるつもりはないよ。ただ少し遅れただけじゃないか許してくれたまえ?」
謝罪の言葉だけれど、別に許しを請いたいわけではないだろう。
なんか、言葉や態度が全部うさんくさく見える。
「まあ、こうやって待っていて貰ったのは他でもない。君の持ち込んだタオルについてだよ。」
んー……タオルなのか。
「あれは実によい布地だ。出来れば、作っている職人を紹介して貰いたい。」
まあ、順当だな。
多分、ギルドは職人を囲い込み利益をギルド側で独占したいと考えているはずだ。
出来なかったとしても、その技術を取り込み新たな工房を開く手はずを整えたいと考えるだろう。
妥当だ。
でも、タオルだけなのか? 拳銃はともかく、防刃服については掴んでないんだろうか?
ちょっとそわそわしてしまう。
だが、相変わらず支部長の視線は俺に向かうことはない。
「出来るわけねえだろ。欲しいなら注文してくれ。」
「いやいや、あれを欲しがる人も多くてね。何であれば、製造する人員を派遣しても良いんだ。」
暗に、お前では需要に応える体制が整ってないだろうと言いたい様子だ。
「枚数によるな。何枚用意すればいい?」
グラスコーはあえて挑戦的に受けて立った。
「1000枚。」
支部長の要求は簡潔だ。
1000枚。
それだけしか言ってない。
だが、グラスコーが下ろした値段を考えれば結構な金額だ。
それだけじゃない。
おそらく通常の布地でも、1000枚分となればかなりの期間が必要になるのは分かるはずだ。
「小さい方と大きい方、それぞれ1000枚を一月で揃えてもらえるなら、これでどうかな?」
支部長は、おそらく用意していたであろう証書をテーブルに置く。
額面は30万ダール、日本円にして3000万円。
派手な値下げ交渉だな。
グラスコーが前回卸した単価を考えれば4000万円になるはずだから、1000万円値下げしろって言ってるわけだ。
これ、薄利多売でやってたら普通に赤字になるだろうな。
「馬鹿にしてんのかてめえ。」
グラスコーは怒り狂い、今にも暴れ出しそうだ。
俺は心配になり、グラスコーの肩を叩いてなだめるように名前を呼ぶ。
分かってるというように目をつぶり、グラスコーは深呼吸した。
「これは、ギルドとしての命令か?」
グラスコーの確認に支部長は首を横に振る。
「そんなわけ無いじゃないか? 無理なのは分かっているよ。だから教えてくれと、お願いしたんだ。」
つまり、これは上層部からの命令ではないと俺は解釈する。
仮に上層部からの意志なら、わざわざこんな回りくどいことを言う必要性はない。
ギルドからの通達があるので従うように、で済む話だ。
見せ金を用意する必要もない。
だから、敵に回すとしたら支部長の影響範囲までで済むだろう。
逆に言えば、それだけの力を持った上で言っている。
と言うことなんだろうな。
「良いだろうひと月で揃えてやる。その代わり、約束を書面にまとめて貰いたいな。」
支部長は、一瞬眉をしかめた。
グラスコーの言葉が意外だったのかもしれない。
「私が出来る約束なら構わないよ? こちらからお願いをしていることだしね。」
だが、すぐに元の余裕のある笑みに戻る。
俺はきりきり胃が痛み出した。
「まあ、ぶっちゃけた話、製造方法は公開するつもりだ。
ただ、それを好き勝手に真似されちゃ敵わない。
ギルドに技術流出の防止をお願いしたいってだけの話だ。
お前になら出来るだろう? なあ、支部長さんよ。」
グラスコーは、ちょっと調子に乗っていやらしい笑みを浮かべる。
「もちろん、公開してくれるなら助かるよ。
技術は大切な財産だ。権利者の保護をするのもギルドの役割だ。喜んで承らせて貰うよ。」
支部長も笑みを深くする。
「よく言うぜ。まあ、書面に関しては改めてまとめさせて貰う。おかしな事にならないように公証人も入れさせて貰うからな。」
グラスコーが言う言葉に頷きながらもちろんと支部長も頷く。
「まあ、あの素晴らしい布地が手にはいるなら私は文句はないよ。無理そうならいつでも言ってくれ。」
あくまでも、にこやかな表情は崩さない。
何で蚊帳の外の俺だけが、気分悪くなってるんだろうな。
勘弁して欲しい。
こういうギスギスした空気も嫌いなんだが、実際は全然余裕なんだよな。
丁々発止のやり取りをしているところが悪いんだけど、ちゃぶ台返しできる状況なわけだ。
グラスコーにしても、支部長にしても色々考えているはずなのにそれを台無しにしてしまうことにちょっと罪悪感を感じる。
問題点としては、グラスコーにどうやって仕入れ代金を誤魔化すかだけなんだよなぁ。
いかん、すっかり本題がどっかにいってる。
俺は採寸する人手を借りに行くついでに、防刃服の販売について根回ししておこうっていってたんだよ。
すっかりタオルのことで持ちきりだ。
「あの……」
静かになったところで、俺は話を切り出そうとする。
「あぁ、すまないね。蚊帳の外に置いてしまって。改めて名乗ろう。
私は、ギルドでモーダル市を任されている支部長のダーネンだ。宜しくね。」
支部長が立ち上がり穏やかに手を差し出されたので、あわてて立ち上がり握り返す。
「グラスコーさんのところでお世話になっているヒロシです。
今度、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが宜しくお願いします。」
「いやいや、商売とは大変なものさ。色々と苦労するかもしれないが、頑張ってくれたまえ。
そういう人を助けるのがギルドの役割だからね。」
支部長はあくまでもにこやかだ。
「そういってもらえると助かります。」
うさんくさく感じてるのは、事前にグラスコーの話を聞いてるからだろうな。
もしそうじゃなかったら、いい人だなって信じていたかもしれない。
まあ、あんまり疑いすぎるのも良くないな。中立的な視点は常に持っておこう。
手を離し、支部長が腰をかけたのを確認してソファに座り直す。
「早速なんですが先日、暁の盾にお邪魔させていただいたんです。」
何をしに行ったのかと不思議そうに支部長は小首をかしげた。
これ、話した方が良いんだろうか?
全く、何も伝わってなさそうだ。
「ある物を売り込みに言ったら意外と乗り気になっていただけまして。
つきましては、ちょっと採寸の出来る人をお願いできないかなと……」
「なるほど、もちろん協力させて貰おう。手続きは職員に言ってくれたまえ。」
おいおい、そこは現物見せろとか言うもんじゃないのか。
「長々と付き合わせてしまってすまないね? 私もこの後用事があるので、そろそろ……」
あくまでもにこやかだが、言外にさっさと帰れという態度を取られる。
「ありがとうございます。 また、お会いできることを楽しみにしておきます。」
俺は立ち上がり、頭を下げる。
「もちろん、私も楽しみにさせて貰うよ。」
そういう支部長を尻目にグラスコーは”けっ”を吐き捨てる用に言うと、さっさと部屋を出てしまう。
「し、失礼します。」
俺は、あわててグラスコーの後を追うように部屋を後にした。
職員さんを呼んで人の手配を手続きしながら、それとなく支部長の話を聞いた。
何でも、ここの支部はギルドの中でも成長株らしく支部長は若手のホープと目されているらしい。
若手ね。
なんか政治家の若手みたいなもんだと納得しておこう。
職員の受けは悪くないらしいが、ギルド所属の商人には結構恨まれている。
実際何度か刺されてるのだとか。
成長の源である金融に力を入れていて、危険な融資や貸しはがし、地上げなんてのにも手を出している。
それでも法には触れていないし、見方を変えれば悪行と決めつけるのは憚られる内容だ。
生活は派手に見えるが、女性関係も綺麗だしギャンブルや酒に溺れていると言うこともない。
むしろ、何が楽しみなのか分からないと言われるタイプの人間のようだ。
軽薄そうに見えたんだけどな。
実際は上手いこと隠している可能性もあるが、話を聞く限り上司としては有能そうだ。
職員との付き合いも良く、冠婚葬祭やイベント事の時は派手に使うらしい。
上司への付け届けや役人への根回しのための接待なんかも上手いらしく、組織運営能力にも長けている。
人の機微に通じた人というのが職員の印象のようだ。
役人への接待とか賄賂じゃないかと考えなくもなかったが、それが普通なんだろうな。
法には触れるようなことはしないとも言っていたし、問題ないんだろう。
そんな話をしている間、グラスコーはずーっと渋い顔をして唸っている。
支部長のこと、そこまで嫌いなのか。
ギルドの外に出たら、いきなり壁を蹴り始めた。
「クソ!!むかつく!!」
その後、不穏当な言葉をはき始めたので俺はグラスコーを適当な店に引っぱっていった。
しかし、参ったな。
敵に回すとやっかいな相手だけど、俺もグラスコー同様に支部長と仲良くやれる自信はない。
とはいえ、金融関係に絡んでいるという話だから相手にしないってわけにもいかないだろう。
ただ評判と実際の印象がちぐはぐすぎて支部長にどう対応したらいいかさっぱりだ。
ちょっと落ち着いて考えたいが、グラスコーのこの様子だと難しいかな。
ともかく、好きにわめかせて落ち着かせよう。
まさか、こっちの世界で上司のご機嫌取りをすることになるとは思っても見なかった。
そもそも日本じゃ、接待なんかしたこと無いんだが、どうすりゃいいのか。
まともなサラリーマンだったら色々やれるんだろうけどなぁ。
まったく、情けない。




