3-10 ギルドへ向かったんだが……
「まあ、魚好きが多いのは分かった。とりあえず、このリストの1枚目は売却で頼む。」
この中では少数派だと覚ったグラスコーは話をまとめ出す。
「3枚目については、このリストの値段で買うって事でいいのか?」
「お願いします。」
そういって、俺は金を差し出す。
「問題は2枚目か。まあ、元は取ってるから後は好きにして良いんだがな。」
グラスコーも処分方法に悩んでいる様子だ。
「売り時を見計らって、この街で流しましょう。大した量でもないですし。」
常時取れ過ぎって事はないだろう。
鮮度さえ維持できれば売り時はあるはずだ。
「上手いこと調理して売りさばけたら良いんだがな。」
アサリはクラムチャウダー辺りが良いかもしれないな。
「まあ、焼くか煮るかしかないですからな。」
ふとベンさんが漏らした言葉を聞いて、練り物に出来たら子供受けするんじゃないかとも思った。
スケトウダラって、はんぺんや薩摩揚げの材料になったよな。
だけど作り方が分からない。
ネットの知識で何とかなるもんかね?
どっちにしろ本職の料理人がいないと話にならないだろう。
「まあ、それは置いておいて。昨日暁の盾の居留地に行ってきましたよ。」
当然グラスコーは売り込みにいったんだなって顔をしているが、本人にはそのつもりがなかったのは内緒だ。
「で、一応防刃服については採寸をしてからって言っておきました。」
そ のうち、その話が来るだろうと付け加えて伝えておく。
「採寸なんて必要なのか?」
不思議そうにグラスコーが言ってくる。
確かに細かい採寸なんか必要ない作りなのは、分かってるからな。
「誤魔化したんですよ。ギルドに話し通さなくて平気ですか?」
根回しというのは、大抵の場合必要だと思う。
それに対してグラスコーは渋い顔をする。
「お前はちっさい野郎だな。良いんだよ、好きに商売すりゃ。」
吐き捨てるような言葉だが、何があったんだ?
「昔ギルドに話をした商売の種を取られちゃってね。」
事務員であるライナさんはグラスコーとの付き合いも長いのか、同情するように言葉を付け加えてくれた。
どんな商売だったんだか知らないが、まあ気分のいい話じゃないな。
「まあ、でも……上手く付き合っていった方が良いのは確かじゃないかしら?……」
ライナさんの取りなすような言葉にグラスコーも少し渋い顔をゆるめた。
「逆らって良いこともあんまり無いか。
それに採寸の話をしてるならどっちにしろギルドに話を通しておいた方が無難だろう。
何せ暁の盾はギルドずぶずぶだからな。」
やれやれといった様子で、グラスコーはため息をついた。
結果としては、俺は上司の機嫌を損ねたみたいだな。
ちょっと注意しよう。
「まあ、ともかくこの件は後でギルドの方に顔を出そう。他にも商売の種になりそうなこともあったんだろう?」
グラスコーは下手にへそを曲げないだけ、人間が出来てるんだろうな。
そこら辺、商売人としては立派だと思う。
「とりあえず、ガラスの値段を知りたいですね。もしかしたら結構な儲けが出せるかもしれない。」
こちらの世界に来てからガラス自体はよく見かける。
関所の宿屋では磨りガラスだったがちゃんと窓にはめ込まれていた。
傭兵団の居留地では結構透明度の高いガラスを使って、明かりを取り込む構造になっていた。
そう考えると、製造技術はないわけがない。
とはいえ、じゃあどこでもガラス窓かと言われるとそんなことはない。
実際、大抵の家は戸板の窓で、光を取り込む際は布張りのふすまみたいなものを使っている。
窓がある家は、そこそこ珍しい。
見栄えはするので、賃貸物件には結構使われているが、やはり贅沢品であるのには変わりがないように思えた。
需要は高いと思う。
だけど、実際の販売価格が分からないんじゃ儲けが出るかどうかも分からない。
実は魔法で簡単に作れますとかだったら、価格競争になって共倒れになる可能性だってある。
そこら辺の供給能力を把握する必要はどうしたってあるだろう。
「ガラスねぇ。確かに見栄えはするが割れやすくて高くて、とてもじゃないが手を出したい商品じゃないなぁ。
そういう意味で言えば、お前の能力はうってつけかもしれん。普通に商売しても儲けが出せそうだな。」
確かに運搬時の破損のリスクは低減されるな。
「他にも、ちょっと作ってもらいたい武器を思いついたんですよ。」
俺は、軽く銃剣のアイディアをグラスコーに伝える。
有効性については、あまりぴんと来てない様子だが新規性があることは確かなことが分かる。
「売れるか、そんなもん? まあ、鍛冶屋に伝手がないわけじゃないが……」
懸念材料としては有効性が分からないこともそうだが、作りがシンプルすぎて真似をされそうだと言うことだろう。
「まあ、独占ではなく扱う商品が増える程度に考えれば良いんじゃないですか?
もし、売れれば先行した工房を把握できるというメリット、売れなければ無駄なアイディアでおしまい。
そう考えれば大きな損失でもないでしょうしね。」
もっとも今は銃の価格が高すぎて、大口の顧客がいなければ大した儲けが期待できない。
そう考えると、この話は目先の利益を目論む商売じゃないだろう。
誠実に、仲介者として開発者と使用者を結びつける。
そういう信頼を築くための商売だ。
儲けを出すのは、銃がもっと一般化して来てからが勝負になる。
と、俺は勝手に考えているんだが商売の先輩であるグラスコーはどう考えるだろうな。
「なんか、まどろっこしい事を考えやがって。まあ、資金を出すかどうかは話が煮詰まってからだな。」
少しは前向きに検討してくれてるみたいでよかった。
他にもタオルの製造方法や乾電池が生産できないかどうかを検討してみたかった。
そういう意味で、技術者との伝手は大切だろう。
もちろん、明日会う予定の魔術師にも相談してみたいことは結構ある。
ただ、今はまずはギルドに顔を出すことが先決じゃないかな。
「色々あるがまずギルドに顔を出さないと不味いのか。仕方ねぇ。ヒロシ、お前が言い出したんだからつきあえよ?」
気が進まないのかグラスコーの腰は重い。
午後からギルドへ向かったわけだが、今俺たちは監禁されている。
もちろん、地下牢とかではない。
作りは立派な部屋で、窓からは日差しが差し込んでいる快適な環境だ。
透明度の高い窓ガラスはきっと結構な値段がするだろう。
勧められたソファも結構座り心地は良い。革で作られたそれは、さわり心地もいい。
目の前では、香りの良い紅茶が湯気を漂わせている。
しかも、ぬるくなる度に入れ替えてくれるというサービス付きだ。
給仕のお姉さんは美人だし、添えられているクッキーなんかも高級品だろう。
喫茶店なら、悪くない。
ただし、入り口を強面のおっさん二人に固められてなければだが。
よく見れば、暁の盾のメンバーだろうか? 昨日見たような気もする。
その二人が、剣をぶら下げて睨みをきかせていた。
正直、その二人を突破して逃げ出す自信なんかこれっぽっちもない。
例えグラスコーをおとりに使っても、ギルドの建物を飛び出す前にとっつかまるだろう。
グラスコーは不機嫌そうにクッキーを貪りながら、紅茶を何度も要求している。
何だろうね、この扱い。
ギルドに足を踏み入れた瞬間に、職員にとっつかまり訳の分からないまま、この状況だ。
支部長が来るまでお待ちくださいとは言われているが、かれこれ2時間は待たされている。
トイレを借りるときも別の警備担当が後ろから付いてくるし。
勘弁して欲しい。
「いやいや、お待たせお待たせ。」
そういいながら、軽薄そうなおっさんが扉を開けて入ってくる。
一見するとグレーの髪をなでつけたおしゃれな老紳士に見えなくもない。
細い体躯で、着込んだ服もおしゃれな雰囲気がある。
ジャケットもスカーフもシミ一つ無く卸たてにみえなくもない。
庶民の服装がシンプルなのに比べれば、非常に手が込んでいるのを見るに、相当金を使ってんだろうな。
でも、表情がそれを台無しにしている。
いやらしい笑いを浮かべ、目を細めつつ視線をせわしなく動かしている。
落ち着きというものが感じられない。
「久しぶりだねぇ、グラスコー君。商売の方は上手くいっているかね?」
「お前に心配されるいわれはねえよダーネン。それより俺らを監禁してどうするつもりだ?」
ハイテンションな男の言葉に忌々しげにグラスコーが吐き捨てる。
ダーネンというのがこの男の名前だろうか?
「酷いじゃないか。これでも支部長としてギルドの人間には気を配っているんだよ?」
グラスコーはその言葉を聞いた途端テーブルを蹴った。
おいおい、曲がりなりにも支部長相手にそれでいいのか?
「暴力に訴えるのはやめたまえ。痛い目をみるのは君だよ?」
言う人間の態度次第では脅しとも取れる言葉だが、支部長と名乗る男の声音はどちらかというと笑いを含み、どこか本当に心配している様子もうかがえた。
まあ、絶対強者の余裕って奴なんだろうな。
グラスコーはそれに対して憮然とした表情を浮かべることしかできない。
「分かってくれて結構。私と君とは友人だ。出来ればその友誼を大切にしようじゃないか。」
これはとんだ食わせもんだな。
今のところ、支部長側に非がある所なんて何もない。
どう見てもグラスコーが勝手に敵視しているように見える。
だが有無を言わせず拘束し、嫌がる相手に友達だろなんて言うのはまともな人間の発言じゃないだろう。
まあ、商業ギルドの中でそれなりの地位につくくらいだ。
多少おかしいのは、当たり前なのかもしれないが……
好きか嫌いかで言えば、あまり好きなタイプではないな。