22-26 それはごもっとも。
やってることは大それたことでも、中身は大したことはない人間なんですよね。
普通なんです。普通。
促されても、ヨースケは少し黙ったまま俺の方を見てくる。不信感だろうか、それとも質問する内容を吟味しているのか。
別にこちらは何か隠しごとをしようという気はないんだけれども。
「まず、国王を除く家族を逃がしたのはあんたでいいのか?」
表向きは全ての王族が処刑されていることにはなっているが、実際には国王の妻と息子、そして娘たちは無事だ。こちらもやはり連邦に身柄を移していた。
海を隔てると、それだけ発見しにくいしな。
「本来なら、国王陛下にもお逃げ頂くつもりでしたけどね。条件を蹴られてしまいました。」
それは矜持なのか、責任感だったのか、それとも恐怖だったのかは分からない。何せ、ほんの数分程度のやり取りしかしていなかったからな。
「身分を捨てろなんて、王に提案すること自体が間違っている。王と言うのは、そういうものだ。」
そこら辺の感覚は俺には全く分からない。
どうせ、身分を捨てるといったところで口約束に過ぎない。後でいくらでも翻せそうなものだけどなぁ。
「それで、大公の子息として王子の誰かを割り当てたというわけか。おかげで大分予定が狂ってしまった。
世継ぎが居ないことで求心力を失っていたはずだからな。」
それについては俺は関与していない。
「モーラ神に誓って、それに私は関与してません。」
そう言って、俺はモーラに対して頭を下げる。彼女が、モーラの生まれ変わりと知らないヨースケや、そもそもモーラを知らない側仕えの人たちは怪訝な顔をしている。
「早速ネタ晴らしか? その計らいは私、モーラの手によるものだ。あまりにあっさり終わってしまってもらっても困るからな。」
正体を知っているベネットやトーラスも苦笑いを浮かべている。マーナは我関せずといった感じで欠伸をしていた。
ヨースケは、その言葉で思いついたのか”鑑定”をしてモーラの正体に気付いた様子だ。
「魔王どころか神までも味方につけたというのか?」
言葉にされると仰々しいな。しかもそれが正しいと言える実体を伴っているとも思えない。
「魔王の方は、ビジネスパートナー、そしてモーラ神に対しては成人するまでのお世話をさせてもらっているというのが正確なところです。
前者は味方という言葉は当てはまりますけど、モーラはベネットと俺の娘でもありますからね。育てる義務があるというだけで、味方になってもらえるとは限りません。」
側仕えの人たちはますます混乱している。そもそも神が娘になったというのがどういう状況下を飲み込むことは難しいだろう。
ヨースケもからくりが分かったとしても、釈然とはしないはずだ。
「なるほど。それでこれからどうするつもりだ? 神を手懐ける算段が付けば、世界を手中に収めるつもりか?」
若干の勘違いがある様子だ。ヨースケの中で俺の存在が肥大化している気がする。
ベネットなんかはあまりのギャップに噴き出しかけてるしな。
「言っちゃなんですが、俺はそこまで野心的な人間じゃありませんよ? もしかしたら、あなたの中では計画を潰した黒幕か何かと思われてるかもしれませんが。」
全ては偶然の産物に過ぎない。俺の今の地位も、これまでの出来事も、多くが流されてたどり着いた場所でしかない。
唯一選んだとすれば、ベネットの側に居たいと願ったことくらいだろうか?
信じられないという顔をされても、事実なのだからしょうがない。
「これからどうするのかと尋ねられても、正直これまでと変わりません。息子が育って領地や仕事を引き継いでくれるまでは精々仕事を頑張るくらいですかね。
幸い、貯えはあります。引退したら、好きなことをして暮らしていこうとは思ってますけどね。」
何であれば、日本に戻ってもいい。彼女と一緒なら、どこで暮らすのも悪くはないだろう。
「ふざけるなよ。そんな無責任なことが許されてたまるものか!!」
急に怒鳴られて、俺は思わず委縮してしまう。つくづく小心者だなぁ。
「いや、ふざけてなんていませんよ。
分不相応な力を得たことも、信じられないほどの幸運に恵まれたことも感謝しかありません。だから果たすべき責務があるのであれば、精一杯果たすつもりはありますよ。
ただ、それはあくまでも自分の幸福が優先です。」
結局、俺の中身は何も変わってはいないんだよな。もちろん、以前よりも幸せかと尋ねられれば、幸せだと応えるけれども。
「クズが。どこまでも見下げ果てた奴だな。」
そこまで怒られるとは思わなかった。どうしたものかなぁ。
「左様にございます。自分でもびっくりするくらいですよ。」
俺は深々と頭を下げる。
「自分が高潔な人間であるだとか、立派な人物であるだとか、優しい人間であるだとか、そういう風に言われるたびにそんなことはないのになって、戸惑い続けていたので。
まさしく、あなたの言う通りです。
自分の都合でしか動いていない人間と思ってもらえればいい。」
ちらりとベネットやトーラスの顔を見ると納得したように頷いてくれた。理解者が居てくれるというのは幸せなことだな。
「さて、そんなクズがあなたに提案していることは、そんなに不自然なことですか?
出来ればしばらくの間大人しくしていて欲しい。出来れば、うちの身内に手出ししないでほしい。
私にとって、そんなことを要求するのはおかしなことでしょうか?」
憤懣やるかたないといった調子で、ヨースケはため息をついた。納得はできないが理解はできたという様子だ。
「なるほど、ベルラント伯とはそういう人物か。つまり、ノゾミさんの願いを叶えたいという気持ちにも嘘はないと。」
勿論だ。
良い人が報われないのは好きじゃない。それだけのことだ。
「しばらく考えさせてくれ。一晩だけでいい。」
待てない時間じゃない。ただ少し不安は覚えるよな。
「一晩立って尋ねてたら、死んでたとかはさすがに洒落になりませんよ?」
軽く笑いながらヨースケは頷いた。
「さて、ヨースケはどうするのかなぁ? 出来れば、乗ったふりをして、連邦を乗っ取る算段でもしてくれるといいが。」
混乱を求めるモーラならばそういうだろうな。
「正規の手続きで、別の身分でやられたなら俺は何も言えないけれどね。」
インベントリ経由で、講和会議の議場に戻りつつ俺はモーラの言葉にため息をつく。
実際、時間と言うのは異世界人の味方だ。どんなに優れた王や政治家であってもいずれは寿命は尽きる。
全てのライバルが消えた後で動き出せば、確実に有利なポジションを狙えるだろう。結局、俺の提案なんて気休めにしか過ぎないんだよな。
勿論、逆に言えば俺にだってそれをやることは可能だ。ヨースケだけが有利と言う話でもない。
「なんだか嫌な予感がする。」
駆け寄ってくる執事の姿を見て、ベネットがうんざりとしたような顔をした。あの慌てた様子からすると、会議で何かとんでもない話でも出たかなぁ。
覚悟を決めるか。
今日の敵は明日の友。逆もまた真なりと言う話だ。
同盟を組んでたからと言って国同士というのは仲良しこよしと言うわけじゃない。戦争で勝てば全てを総取りできるなんてことにはならない以上、勝った側は勝った側で次の戦いに臨むことになる。
負けた側も、負けたなりに好条件を出す相手を優先するという動きをする。
がめつい条件を突き出せば突っぱねられるし、かといって甘い条件を出せば足元を見られる。外交のプロが集まる議場の雰囲気は緩急が付いた議論が熱を帯び、近寄りがたい空気を作り出していた。
「閣下、どこに行ってらっしゃったのですか?」
てめぇこの野郎サボるんじゃねえよと言いたげな顔をして、俺の補佐官が駆け寄ってくる。
「個人的な用事です。どうせ状況は動いてないんですよね?」
俺の言葉を聞いた瞬間、補佐官のこめかみが動いた気がするのは気のせいだろうか?
「確かに、閣下の仰る通りです。ポートランドの帰属について、結局は平行線です。」
ポートランドと言うのはサンクフルール東北部、モーダルと蛮地を挟んだ反対側にある地域の名前だ。元々がサンクフルール内では独立意識の強い地域であり、貴族が独自文化を築いていた地方でもある。
フランスにとってのオランダやベルギーにあたる地域、丁度フランドル地方と言っていた地域に似ているな。
革命が起こる直前まで徹底的な弾圧を受けると同時に連合との交易で栄えていた。この土地を割譲するように迫っているわけだけれども、ことはすんなりとは決まらない。
なにせ、弾圧を受けていた地域とはいえ有力者がひしめいていたし、革命以後はその有力貴族がサンクフルールの制度改革に乗り出していた側面も有している。
割譲しろと言われて、軽々しく手放す土地じゃない。
連合の影響を色濃く受けていることもあり、当然ながら連合側は彼らが派遣する提督による支配を主張している。
対して、連合の伸長に神経を尖らせている帝国は、サンクフルールから切り離すのは賛同しているものの、地元の貴族による支配を主張していた。
だけど、この主張はやや現実味がない。弾圧を受けていた地域を直接支配していたのは官僚たちであり、実力者と呼ばれていた人物たちに貴族は存在していない。
では地元の貴族と呼ばれている人物たちは誰かと言われれば、支配権を王国に引き渡し、王都近くの地域で活動していた王党派の人々だ。
地元の人間とは、ほとんどと言っていいほど交流がない。
そんな人たちに統治能力があるかと問われれば疑問符が付くというのが当然で、帝国側ですら形勢が不利であることを自覚している節があった。
では、割譲を諦めるかと言われればそれも難しい。
再びの戦乱になった時に少しでもサンクフルールの牙を抜くには、この地域を切り離さなければならない重要地点なのだから絶対に取っておかないといけない土地だ。
フランドルとしても、出来れば何らかの影響を持たせたいと必死にくらいついているわけだけども。
何せ交渉材料がない。
今回の戦争での一番の被害者は帝国だろうし、勝利へと導いたのは連合だ。フランドルの担った役割や被った損害はその2つの国と比べればやや影が薄いと言わざるを得ない。
もっとも、領地を直接荒らされた自分としては複雑な気持ちになるけどな。
戦乱に巻き込まれたことには変わりないし、失ったインフラもそこそこ多い。戦いにかけた費用も馬鹿にならない。
だからと言って主力に蹂躙された帝国ほどの広さや失われた人命の数はと問われると口を挟むのは憚られるだろう。
分遣隊が戦争にどれほどの影響を与えたのかと問われれば、疑問符が付く部分でもあるしな。せいぜいがヨースケによる俺への警戒心がもたらしたいざこざ程度の代物だ。
講和会議の場で主張するためには少し数が心もとない。
数字で人の命を語るべきかという道徳的な問題はあるけれども、同じ人命なのだから数が多い方が優先されるのは仕方がないだろうと言われてしまえば反論は難しい。
そんなことを考えていると、補佐官は恨みがましい目で俺を見てくる。
「少しは感情的に訴えてください。被害者の一人であると主張するのも、同情を買うのも外交官としての責務ですよ。」
思わず苦い顔をしてしまう。それで、批難を受けるのは俺なんだよなぁ。
被害者ですって顔を前面に出せば、更に相手はこっちの被害の方がひどいと感情的な論争になりかねない。
補佐官が何度かチャレンジをしたけれども、ことごとく跳ね返されるのを見て、自分でも突撃していく気にはなれないんだよなぁ。
「申し訳ないけれど、自分にそんな根性はないよ。勘弁して。」
どうせ議論は続くだろう。今しばらくは状況を眺めるのが得策だ。
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