3-4 手合わせって口実だったけど俺じゃ役には立たないのでは?
何とかごまかせたようで、その後は当たり障りのない会話をしながらお菓子をつまむ事が出来た。
ベネットは不思議そうな顔をしていたが、余計なことを口にしないでくれて助かる。
「とりあえず、屋内の練習場もあるから、今日はそこを使うと良い。手合わせをするなら見学させて貰っても良いか?」
団長は、外を眺めて雪のちらつく景色を確認していた。
エントランスには大きな窓があり、透明なガラスがはめ込まれている。
ガラス自体は、昔から存在していたらしいがあれだけ大きく透明な板ガラスは最近出回り始めたところらしい。
1枚でどれくらいするんだろうか?
はめ込みにも技術はいるだろうし、板ガラス自体の取り扱いも結構難しい。
価格差がないと商売にはなりにくい。
しかし、そう考えると傭兵団って言うのは儲かるんだな。
土地代は取られないが、建物の管理維持なんかの費用は傭兵団が支払っている。
ベネットが護衛をしていたから、この街の治安任務だけが仕事じゃないのは分かるが……
あんまり深く詮索したくはないな。
「とりあえず、ベネットさんが良ければ自分は構いませんよ?」
見られて困るような技術があるわけでもない。
むしろ、手練れの人に見て貰った方が勉強になる。
「じゃあ、早速始めましょうか?」
そういうと、ベネットは立ち上がる。
すっかり中身の無くなった木皿を革袋に入れるフリをしてインベントリに収納して、それに続いた。
「実は気になることがあってな。」
道すがら、団長がそんなことを口にする。
「護衛から帰ってきたら、ベネットもトーラスも見違えるようになったんだ。」
団長が何を言いたいのか掴みかねた。
「二人とも、戦闘技術はそれなりの水準だ。だけど、それだけだった。単に戦士と言うことなら、それでもいいんだが……」
何と言っていいか分からない様子で髭をいじっている。
「戦場では単に強いだけじゃ駄目なんだ。分かるよな?」
言葉にするのは苦手なタイプなんだろうか?
言いたいことは何となく分かった。
「要は、指揮する者としての素養ですね?」
本当は、士官としての素養なんだろうけど、この世界の軍隊組織がどうなっているのか分からない。
ニュアンスが伝わってくれればいいけど……
「あー、そうだ。言ってみれば小隊長や副官の素養だな。」
つまり、集団戦を意識した動きが出来るようになったって事か。
まあ、それは結構なことだとは思うけど……
「話を聞くに、お前さんのおかげっぽいんだよな。」
俺は思わず眉を顰めてしまった。
「まあ、お前さんが凄い戦士だとは思えんが、何か気付く切っ掛けになったのは確かなんだろうよ。」
うん。
まあ、切っ掛けくらいにはなったのかもな。
良いのか、悪いのかは分からないけど……
たどり着いた練習場には照明の呪文が籠もったガラス球がいくつも設置され、暗さを感じないほど明るかった。
幾人かの傭兵が、それぞれ思い思いにウェイトトレーニングや手合わせをしている。
視線が一瞬、入ってきた団長やベネットに向けられるけど、その後はそれぞれのしていることに専念し始めた。
結構汗臭い。
換気用の窓もあるが、板張りで今は締め切られている。
練習用の木製武器が壁に掛けられていて、それを使うようだ。
ベネットは、いつも使っている両手剣と形は同じ木剣を手に取っている。
「ヒロシは、槍だったわよね。」
ベネットが長い棒を手渡してくる。
先端は布で覆われて、白い粉が出るようになっている。
これは、チョークかな?
打撃や斬撃が当たったことが分かるような仕組みになって居るみたいだ。
ベネットの木剣も同じ作りらしい。
と言うことは、防具なしで闘うことを意識しないと駄目だよな。
「とりあえず、お手柔らかにお願いします。」
「よろしくね。」
互いに距離を取り、武器を構える。
「よし、じゃあ始めてくれ。」
団長が、合図するように手を挙げた。
すっと、ベネットが剣を引くと俺はごくりと息を呑んだ。
考えてみると、一番最初に斬りつけられたとき以来か。
殺気の籠もった目で見られるのは怖い。
心が浮つく。
いつ斬りかかられるかと、不安で手が震えそうだ。
一瞬ベネットが動いた気がする。
俺はとっさに後ずさった。
目の前を切っ先が掠める。
槍を突き出し、牽制をする。
それを意に介さず、ベネットは激しい斬撃を連続で打ち込んできた。
すさまじい連撃で俺は肝を冷やす。
何とか防戦することは出来たが、有効な反撃も出来ず無様に後ろに引くことしかできない。
圧倒的に技量で劣っている。
力では負けないことは分かっていても、いつ刃を突き立てられるか分からない。
ただ、なんだろう。
怖さは薄らいできた。
なんと言えば良いんだろうか。
ベネットの剣は相打ちを恐れない剣だ。
例え自身が死んでも、相手を殺すための一撃。
もちろん、無駄に死ぬつもりはないだろうから防御が疎かだとかそういうわけではない。
実際、俺の牽制や反撃は一切ベネットに届いていない。
だけど、仮に俺の攻撃を避けなければ致命傷になる攻撃が出来るなら迷い無く打ち込んできそうな気がする。
なんだか、俺は悲しくなってきた。
そんな精神状態で勝てるわけもない。
俺はあっさり、槍をはじき飛ばされ脳天に木剣を受けることになった。
頭がくらくらする。
おぉと言う声がする気がした。
気がつけば、周りを男達が囲んでいる。
「素人にしちゃ、なかなかやるじゃねえか。」
「お嬢相手に、あそこまで持ち堪えるとはね。」
「やっぱり槍の方が有利だな。」
「もうちょっと気を抜かなきゃ勝てたんじゃないか?」
口々に言われていることからすると、何とか善戦は出来たみたいで良かった。
「鍛錬不足だな。あと、あんまりお前さんは戦いに向いてないかもしれん。」
団長は何とも言えない表情で伝えてきた。
あ、やっぱり駄目なのか。
「いっとくが、お前らなら負けてたぞ? ヒロシが負けたのは相手がベネットだからだ。」
ちょっとざわついていた観客に向かって団長はそんなことを言う。
「やってみたベネットが一番よく分かってるだろう?」
そういわれてベネットは頷いている。
「ヒロシが私に勝つつもりなら、何度か打ち込めたタイミングはありました。
それが私だから打ち込まなかったのかは分かりませんが……」
俺としては実感が湧かない。
そんな隙があったようには思わなかったんだけどな。
「ヒロシ、お前さんは自覚してないみたいだな。」
「は、はい……あんまり……」
俺は素直に認める。
どういう事なんだかさっぱりだ。
「まず技術面は、鍛錬不足と言ったが逆に言うと不足しているだけだから間違っていない。
そのまま続ければいいと思うぞ。だけど、心構えの部分だ。」
どう伝えたものかと悩んでいる様子が見て取れる。
「相手のことを思いやるな。とでも言えば分かるか? 敵に気遣いをしたら勝てなくなるぞ。」
何となく、言わんとすることは分かったけれど。
「と、ここまで言っておいて何だが商人見習いだったんだよな。忘れてくれ。」
団長の心遣いは感謝しないといけない。
俺自身が考えて乗り越えない限り、どうにもならない問題な気がする。
乗り越えるべきか否かはまた別の問題だしな。
「ありがとうございます。」
「まあ、身を守るなら充分だろう。じゃあ、そろそろお開きだな。」
団長が手を叩くと、観客が散り散りになっていく。
「とりあえず風呂でも入ってさっぱりしてくれ。」
肩を叩き、団長も練習場を出て行った。
残されたのは、ベネットと俺だけ……
「ありがとうヒロシ。色々勉強になったわ。」
「いや、結局負けちゃったし、大してお役には立てなかったんじゃない?」
俺の言葉にベネットはかぶりふった。
「とても参考になったわ。団長はあなたの弱点を指摘していたけど、私の欠点も同時に気付かされた。」
張り詰めていたような表情が一気に和らぐ。
本当は、こういうふわっとした雰囲気が本来のベネットなんだろうな。
あ、やばい。
一つ用事を忘れていた。
「あー、それでベネットさん。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど……」
迷っていても仕方がないので俺は話を切り出す。
「なに?」
小首をかしげると、さらさらと切りそろえられたベネットの髪が揺れる。
「実は、少し射撃場を貸して欲しいんです。」
見とれそうになるが、気を取り直して用件を伝えた。
「射撃場? あるにはあるけど……」
少し迷ったようにベネットは顎を押さえる。
「人に見られちゃ不味いこと?」
勘が良くて助かる。俺は黙って頷いた。
「なら、ここは適してないわね……ちょっとトーラスに話をしてみるから、まずはお風呂に入ってて頂戴?……」
耳元に顔を近づけられて、小声で囁かれる。
なんだかくすぐったい。
「ヒロシって、敏感なのね。ごめんなさい。」
くすくすと笑われて、俺は思わず赤面してしまった。
「じゃあ、お風呂場に案内するからついてきて。」
これで手を引かれたら、完全に勘違いしていたところだ。
先に歩き出したベネットの後ろを俺はうなだれながらついて行った。
漆喰で塗られた石造りの壁は所々掛ける部分はあったが、清潔に保たれている。
思ったよりも、傭兵団の統率は取れているようだ。
時折、傭兵達ともすれ違うが、特に因縁を付けられることもない。
ただまあ、少し見た目が怖いが……
とはいえ、見た目も傭兵としては重要な要素だろう。
相手が萎縮してくれるなら、仕事はしやすいのも確かだ。
そういう意味で、女性はハンディキャップを背負うわけだから、傭兵達に一目置かれるベネットはやっぱり凄いんだろうな。
「今の時間は人はいないと思うけれど、居ても気にしないでね?男性はそっち。」
ベネットはドアの一つを指さす。
男性と女性で、風呂場は別れているらしい。
そういえば、男性ばかりが目に付いたけど女性もそれなりに居るんだろうか?
「私もお風呂に入るから、ここで待ち合わせましょう。」
俺が分かりましたと頷くと、彼女は女性と看板が掲げられたドアの中に入っていった。




