3-3 勢いで傭兵団に押しかけてみた。
暁の盾の居留地は結構な広さで、胸壁の内側にあるにしては広々としている。
元々は正規の練兵場だったが、今は治安業務を請け負った傭兵団が借り受けるのが通例になっているそうだ。
建物は古く、石積みの壁で作られた無骨な建物が立ち並んでいる。
馬車を降り、周囲を見回す。
さて、どこに行ったら良いんだろうか?
こう言うとき気後れするのが、おたくの悲しいさがだな。
辺りをうろちょろしていると、一応外向きに扉がある建物が見えてくる。
なんか、柄の良くない、いかにも傭兵ですよって男が数名屯していた。
俺が嫌な顔をしたのが気にくわないのか、立ち上がってこっちにやってくる。
「おう、兄ちゃん。何のようだ?」
身長は俺の方が高いが鍛え上げられた体や傷跡が俺を圧倒している。
とてもじゃないが敵わないだろうと感じさせるに十分だ。
「いや、実は……ベネットさんと約束がありまして……」
ベネットの名前を出すと、少々訝しんだ顔をされる。
「お嬢に用だ? お前、名前は?」
「ひ、ヒロシです。」
名前を告げると、少し待ってろと言われた。
一人が建物の中に入り、他の男は俺を囲んで監視している。
怖い。
袋だたきにされる程度ならましかなって雰囲気だ。
そうこうしているうちに、タオルで汗をぬぐいながらベネットが建物から出てきた。
「あー、えっと……お久しぶり、ヒロシ……」
う、うん、なんか頬を染められてたどたどしく名前を呼ばれると誤解してしまいそうだ。
単に訓練か何かの最中で息が上がってるだけだろう。
どっちかというと何しに来たのか訝しんでるんじゃないかな?
だから、睨まないでくれませんかね。傭兵さん達よ。
「お久しぶりって程じゃない気もするけど。手合わせの約束と、ついでにちょっとお試しで食べて貰いたいものがあるんだ。」
約束をしていたことを思い出してベネットが納得した表情を浮かべる。
それと、食べて欲しいものというところでいったん首をかしげて、徐々に期待に表情が変わる。
「そ、そうだったわね。ちょっと待ってて、準備するから。」
あわてて表情を隠しながらベネットは、そう告げると中に案内するように男の一人に、お願いをしてくれた。
何とか無事に中に入れそうだな。
「お嬢と手合わせだって? お前そんなに強いのか?」
中のエントランスに案内しつつ、男がいぶかしげに尋ねてくる。
まあ、どう見ても俺よりあんたの方が強そうだもんな。
「強そうに見えます?」
俺の言葉に男は少し悩んだ様子で首を捻る。
「分からん。世の中見た目ばかりじゃないからな。とりあえず、ここなら変なちょっかいはかけられないから安心してくれ。」
エントランスには簡素なテーブルがいくつも並び、それに合わせた背もたれ付きの椅子が何脚か用意されていた。
打ち合わせのために用意された場所らしく、広々とした空間には俺以外の人達もいる。
商人らしき人や役人然とした人がテーブルを囲んで話したり書類を書いていたり……
雰囲気としては、大手の派遣会社が設けているラウンジに感じは似ているかな。
ただ、紹介されている人物が筋肉質で、人を何人も殺している人相って言うのが違いと言えば違い……
いや、考えてみると元の世界でも、そんな人相の人もいたなぁ。
その人は凄くいい人だったけど。
あ、そうだ。
案内してくれたんだから礼を言っとかないとな。
「ありがとうございます。しばらく待たせて貰いますね?」
おうと応えると、案内してくれた男は入り口へと戻っていく。
んー、もしかして単に警備しているだけだったんだろうか?
なんか、コンビニ前に屯っているヤンキーみたいに思ったのは失礼だったかもな。
しばらくすると、ベネットがエントランスにやってきた。
ただし、一人じゃなくてものごっついおっさんを連れて……
身長は俺よりも頭二つ分くらいでかく、禿頭のひげ面がめっちゃ似合う格好いいおっさんだ。
「ごめんなさい、ヒロシ。団長がどうしても見てみたいって……」
俺は立ち上がり頭を下げる。
「ヒロシです。グラスコーさんのところでお世話になってる商人見習いですが、どうぞよろしくお願いします。」
「お、おう。そこまで畏まらんでいいぞ? 一応貴族だが今じゃしがない傭兵隊長だ。礼儀は気にするな。」
あほか!!充分畏まらないといけない対象だ!!
貴族で武装集団の長になめた口なんか聞けるかよ!!
「いえ、そういうわけには……」
「まあ、好きにしてくれ。改めて名乗るが、暁の盾を率いているジェイスだ。一応家名もあるがそっちは良いよな?」
長ったらしくて嫌なんだと付け加える。
しかし、なんと呼べば良いんだろう?
ジェイス様じゃなんか畏まりすぎな気もするが、ジェイスさんじゃ砕けすぎてる気もする。
まあ、役職があるならそれで呼ぶのが妥当かな?
「改めて、よろしくお願いしますジェイス団長。」
鷹揚に頷いてくれたので、問題なさそうだな。
しかし、何のために来たんだろう?
一団員のために時間を割けるほど暇な役職でもないだろう。
「いや何。俺はベネットを娘のように考えているから、どんな男が言い寄ってくるのか気になってな。」
冗談めかして言ってくるし、別段探られている様子もない。
多分、本当に冗談なんだろうけど……
「娘のように思っているなら、もうちょっと気を使って欲しいんだけどね。」
どうやら団長とベネットの関係は良好みたいだな。
冗談を言い合える仲なら安心だ。
「実際はヒロシの持ってきたものに興味があるのよ。意外と甘党なの……」
ふんわりと笑う姿が愛らしい。
こういう表情されると、何でも許してしまいそうだ。
「と言うわけで、まあ手合わせは後でな。何を持ってきたんだ?」
団長に興味津々と言った表情で詰め寄られる。
おっさんに詰め寄られて喜ぶ趣味はないんだが……
まあ、そこまで大仰なものじゃないんだけどな。
「大したお菓子じゃないんですけど、お口に合えば嬉しいです。」
そういいながら、俺はバームクーヘンとナッツチョコを取り出す。
包装を解き、木皿も取り出してそれにのせていく。
「お、こりゃバームクーヘンか。俺の田舎でもよく焼いていたぞ?」
あ、やっぱりこっちの世界でもあるお菓子か。
遠慮無く団長はバームクーヘンを口に入れる。
「うほ!!」
変な声を上げて、飛び上がった。
「ベネット、これ旨いぞ!! 滅茶苦茶甘い!!」
バームクーヘンが甘いのは当たり前じゃないのか?
ベネットも首をかしげて、バームクーヘンを口にする。
「………!!」
驚いて目を見開いた後、俺を見てバームクーヘンを見て、また俺を見てくる。
お気に召したようで結構。
「何、これ………何?……」
いや、何と言われても。
バームクーヘンだよな。
しかも市販品だ。
「焼きたてでもないのに、しっかり味があるしキメも細かい。焼きたてならもっと旨いところは知ってるが、凄いな。」
さすが貴族、お菓子にも造詣が深いようで。
なるほど、焼きたてならもっと旨いところもあるのか……
保存料のおかげだな。
ベネットを見ると、チョコを手にしてくんくんと臭いを嗅いでいる。
「これ、チョコレート?」
不思議そうに聞いてくる。
「えぇ、中にナッツが入ってますけどね。」
チョコレート以外の何に見えるんだろう?
チョコの存在を知らないなら、まだ分かるんだが……
「ほう、冷やして固めたチョコレートか。珍しいな。」
団長が口にして、味わうように噛みしめる。
冷やして固めてあるのが珍しい……
と言うことは、ココアみたいにして飲んでるのかな?
おそるおそるといった感じでベネットもチョコを口に含む。
ため息をついてウットリとした表情を浮かべた。
俺も、チョコを口に含む。
リラックス効果があるのは確かだけど、そこまでのものかな。
「なるほど、この歯ごたえ良いな。日持ちもしそうだ。」
あー、うん。
傭兵団を率いているなら、そういう考え方をするのは自然だよな。
団長は、噛みしめながらうんうんと唸っている。
「問題点としては、熱で溶けやすい点ですかね。」
まあ、糖衣で包んだ奴とかもあるから、糧食にするならそっちを勧めるけど。
「まあ、娯楽として考えるくらいだな。当然、商人って事はこれを売り出すつもりだろう?」
いや、そんなつもりはなかったんだけどね。
女の子の喜ぶ顔が見たかったんですとは、正直に言えない。
「まだ、調査の段階ですけどね。」
そういって、お茶を濁す。
「そうか、それも気になるが防刃服も扱ってるんだろう? そっちの方はもう注文できるのか?」
あー、なるほど……
すっかり忘れてた。
傭兵団長が何でわざわざと思っていたが、ベネットとトーラスに売った防刃服は確かに気になる商品だ。
ここまでの流れを考えると、俺はベネットをだしにして商談しようとしてくるセールスマンそのものにみえる。
いや、全然そんなことを意識していなかった。
どうしよう。
ここからどう軌道修正したもんか。
売り物はまだ確保していないし、グラスコーにも話していない。
ギルドがどう考えるかなんてのも見えてこない。
ここで大口の契約なんてしたら、後々で問題になりそうな気がする。
とはいえ、そんなことを言ったら、この団長には侮られかねない。
今後の商売として、大口顧客に舐められていい事なんて何一つ無いだろう。
不味い。
どうしようかな。
………そうだ。
「あれはあれで、生産に時間がかかるものなんです。
もし、ご購入を検討していただけているようでしたら、まずは採寸のお許しをいただければと考えています。」
そう、団長は馬鹿でかい。
おそらく傭兵の中には、そういう人も多いだろう。
まずは採寸しないと生産できないと思わせれば、この場で品物を持ってきていない言い訳は出来るだろう。
実際は、LLだとか3Lとかサイズごとに別れているから採寸なんかせずに適当な大きさを渡せば済むんだけどな。
「なるほど、それもそうか。希望者がどれくらい居るか分からんからな。出来れば、後日改めてお願いできないか?」
「もちろんです。」
俺は愛想笑いを浮かべて、内心ほっと胸をなで下ろしていた。
じゃあ、今から採寸とか言われたら面倒くさいことこの上ない。




