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2-28 これで正しかったんだろうか?

 さて、どうしたものかな。

 少々問題が残っている。

 盗賊達については、首が綺麗に残っていたので門衛の照会もスムーズに終わってる。

心配していた伏兵も居なかったので、襲撃での損害も俺が軽く刺し傷や切り傷、打撲傷を受けた程度で済んでいる。

途中で首に刃物を当てられたときは焦ったけど、追加で買った防刃用ネックガードのおかげで無事に済んだ。

 問題は……

 そう、生き残りのゴブリンだ。

 人間と違ってゴブリンの扱いは軽い。

人相とかそういうのを求められないから、耳を切り取っていけば賞金がもらえるそうだ。

生きて連れてきても賞金は変わりない。

 問題は扱いだ。

ほとんど害獣と扱いは一緒で、その場で殺処分するのが通例らしい。

引き渡せば、俺たちの見てないところでさっくり片付けてくれる。

 ただし、例外がある。

ゴブリンは言葉があることでも分かると思うが、意思疎通しようと思えば意思疎通が可能だ。

言葉が分かるゴブリンなら奴隷にして使役することも珍しい事じゃない。

俺が捕虜に取ったゴブリンは、ゴブリン語しか話せないので売ることは出来ない。

 だけど俺はゴブリン語が分かるので、奴隷として使役してもおかしくないそうだ。

 もちろん、奴隷が犯罪を犯せば俺の責任になる。

損害賠償の請求先は俺になるし、俺が罰を受けることになってしまう。

 つまり俺には、リスクしかないわけだ。

 ゴブリン自体差別の対象だから、おおっぴらに連れ歩いているだけで危害を加えられるかもしれない。

そもそも、こいつがどんな奴かもしれないのに安易に保護なんか出来るわけがない。

 だから、当然門衛はゴブリンを始末しようと連れて行こうとしたわけだが……

「で? どうするんだ?」

 思わず呼び止めてしまった俺に、めんどくさい説明を終えた門衛はうんざりとした顔をして尋ねてくる。

俺自体が、滅多に見ない人種の怪しい男だ。

つっけんどんな態度をされてもしょうがない。

 でも、じゃあ、ごめんなさい連れて行ってくださいという言葉がなかなか出てこない。

ゴブリンは自分の運命を覚っているのか、半ばあきらめ顔だ。

「ち、ちなみに奴隷として飼う場合、お金かかるんですか?」

 お金がかからないなら、もったいないじゃないか。

そう考えることも出来るよな。

「登録料はかかるぞ? 銀貨5枚だ。」

 安い。

 が、5000円かぁ………

 いや、放置自転車の引き取りと大して変わらんよな。

そう、大した金額じゃない。

「て、手続き、お願いします。」

 何いってんだこいつって顔をされてしまった。

「ははは!! 変わりもんだな、お前は!!」

 俺の後ろでグラスコーが大爆笑をはじめやがった。

 おぼえとけよ!!くそう!!

「グラスコー、こいつ本気なのか?」

 門衛はあきれ果てた顔でグラスコーに問いただしている。

この門衛もグラスコーとは顔なじみみたいだな。

「本気だろ? じゃなきゃこんなに悩まねえよ。」

 笑い転げるグラスコーを見て、混乱しているのかゴブリンは混乱しているようだ。

「しょうがない、手続きしてやるから書類書けよ。」

 仕方ないといった様子で、門衛は詰め所の方へ来るように促してきた。

ゴブリンは結局、奥の方へ連れて行かれたわけだけど。

 改めて、俺は胸壁を見上げる。

結構立派な石壁だ。

行政区分からすると都か市なんだろうな。

町が胸壁を持つこともあるらしいが、北の方では珍しいとかいってたし。

 詰め所の中はカビ臭く、古ぼけた机と椅子があるだけだ。

うわ、なんか緊張するな。

「ほらよ。ここにお前の名前と、ゴブリンの名前な。内容は分かるか?」

 出された書類は正式な物らしく、羊皮紙に細かい字でびっしりと規則が書かれている。

仮にあいつが逃げ出して、犯罪を犯した場合や疫病をまき散らしたりした場合について等、注意深い文言で書かれていた。

「あの、これ写しをもらえるんですか?」

 門衛は黙って頷く。

 良かった。

これで写し無いとか言われたら、中身を覚えておく自信なんか全くない。

 さて、俺の名前は良い。

単にヒロシと書くだけだからだ。

 問題は、ゴブリンの名前なんだ。

考えてみると、俺、あいつの仇なんだよなぁ。

仲間の頭をぐっちゃぐちゃにした奴の奴隷にされるって、どんな気分なんだろう。

あとで復讐とかされそうで怖い。

 やっぱり、やめようかな。

「やっぱやめるか?」

 門衛は親切に聞いてきてくれる。

ここでそうしますって言えば、後腐れ無くて良いよなぁ。

「いえ、名前をどうしようかと思いまして。」

「何でも良いだろう?ハンスでもアベルでもユダでも。」

 そういわれると困る。

 いや、もう諦めれば……

 そう考えなくもなかったが、カールという名前が思い浮かんだ。

なんか妙に格好いい名前だけど、そう名付けようと思ってしまった。

自然と名前欄に書き込んでしまう。

「自由ね。」

 門番が皮肉げに呟いた。

「え?」

 思わず聞き返してしまった。

 なんか変な名前なんだろうか?

「あぁ、古語で自由を意味してる名前だったからな。奴隷に付けるには皮肉が効いてていいんじゃないか?」

 いや、皮肉のつもりはなかったんだが。

名前を書いた時点で書類は取り上げられたから、写しの方にも同じ名前を書かなくちゃいけない。

他に名前も思いつかない。

 俺はため息をつきながら、写しにも同じ名前を記した。

丁度その時、ぎゃーと言う声が響く。


 どうやら、焼き印を入れられた時の悲鳴だったようだ。

そわそわと外に出ると、ゴブリンは涙をこぼして腕を押さえていた。

「ほらよ。せいぜい悪さしないように教育しておけよ?」

 もう一人の門衛が、乱暴にゴブリンを突き出す。

 まあ、扱いなんかこんなもんだよな。

嫌悪感が顔に出てなきゃ良いけど。

「大丈夫か?」

 声をかけて、俺は手を差し出した。

「だ、大丈夫。俺、奴隷?」

 思わず口ごもってしまう。

でも、言わないといけないよな。

「あぁ、お前は今から俺の奴隷だ。」

 ゴブリンの顔がぱっと明るくなった。

「やったやった!!俺奴隷!!殺されないよ!!やったー!!」

 喜ぶのかよ。

差し出した手を無視して、飛び跳ねてる。

「お前、名前言わなかったから勝手に名前付けたぞ?」

「なんですか!ご主人様!!」

 ご主人様………

 ここまで嬉しくない”ご主人様”って言うのも珍しいな。

「カールだ。カールって名前付けたぞ?」

「俺、元々名前無かったから嬉しいです!!」

 お、おう。

 無かったのか名前……

 こんなに無邪気に喜ばれると反応に困る。

「ヒロシ。」

 不意に後ろから声をかけられてびっくりする。

ベネットが難しい顔をしてこっちを見ていた。

「な、なんですか、ベネットさん。」

「これ、代金は良いから付けておいて。」

 手渡されたのは、フード付きの服と首輪だった。

いや、フード付きの服は分かる。

下手にゴブリンを連れ歩いてるのが分かったらケチ付けられそうだからな。

 だけど、首輪って……

 思わず、ベネットの顔を見てしまう。

「あなたの知り合いのゴブリンは知らないけれど、普通のゴブリンは人間の常識はないのよ。」

 首輪とカールを交互に見る。

「カール、服を着ろ。」

 そういいながら、服をカールに手渡す。

もたもたした手つきだが、嬉しそうに服を着用している様子は人間の子供のように見えた。

「まず、盗みに対して忌避感がないわ。それと暴力に対する抑制もない。」

 それにと、躊躇いがちにベネットは顔を伏せた。

何となく、分かった。

多分、食人とかも平気なんだろうな。

 服を着終わったカールに、幾分躊躇いを覚えたが俺は首輪を付けようとする。

カールはどこか誇らしげだ。

なんだろう。

 それでいいのか、お前?

 まあ、嫌だと言われても付けるわけだが。


「まあ、すったもんだがあったが”ようこそモーダル市へ”。」

 門の内側に入ると、グラスコーは俺に向かってそういった。

 ようやく念願の街へとたどり着いたわけだ。

やっかいごとを抱えてだけどな。

にやにやしたグラスコーの顔が憎ったらしい。

 そういえば、モーダルって言うのがこの街の名前らしい。

海の匂いがするということは港町なんだろうか?

 まあ、商人が本拠地にするには港町は定番だよな。

「とはいえ、お前の市民としての登録もあるし、ベネットとトーラスの給金も精算しなくちゃならん。

 まだしばらくは、落ち着かないだろうが気長にな。」

 グラスコーはどこかほっとした感じだ。

「一応護衛任務は店の前までですから、ご一緒しますよ?ここまで来たら危険なんか無いでしょうけどね。」

 そういいつつ、トーラスは馬車に乗っかる。

どうしたもんだろう。

カールは馬車に乗せても構わないのかな?

俺がためらっていると、トーラスもグラスコーも頷いた。

「カール、馬車に乗れ。それと静かにしておくんだぞ?」

 フードを目深にかぶったカールは頷くと、おぼつかない様子で馬車によじ登る。

仕方がないので、補助してやり、俺も馬車に乗った。

ベネットが不意に馬車に馬を寄せてくる。

「な、なんですか、ベネットさん。」

 こんなことは初めてなので戸惑ってしまう。

「さっきは厳しいことばかりいったけれど……」

 視線をしばらくさまよわせた後、ベネットは俺の目を見てきた。

「本当は嬉しかったわ。あなたには無慈悲になって欲しくなかった。」

「じ、慈悲なんかじゃないですよ……」

 そう、慈悲なんかじゃない。

 俺はベネットの視線が辛くて目をそらしてしまう。

ただ見殺しにしてしまうのが、怖かっただけだ。

 そもそも慈悲深い人間は問答無用で槍を突き立てたりしない。

生きるためだと言い訳をしたところで、殺した事には変わりはないのだ。

これで、無慈悲じゃないとするなら何が無慈悲なのだろう。

「単に俺は、弱いだけですよ。」

 そういって俺は彼女の方を見ると、今にも泣きそうな顔でベネットは笑っていた。

二の句が継げない。

 俺は酷い男だ。

これにて第2章終了です。

読み進めていただいた方やブックマークや評価をくれる方、ありがとうございます。

続きについてはちょっと間が開くと思います。

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