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2-26 起こって欲しくないことほど起こるものだったりする。

 早番が終わり、俺はテントに潜り込んだ。

 静かな夜で、ぱちぱちと爆ぜるたき火の音くらいしかしない。

 見張りをしている間は暇だったので、パソコンの購入やインターネット契約を済ませた後は、

ひたすらサービス項目を眺めていた。

 サービスの内容は結構特殊で、全然頭に入ってない。

 特に保険。

医療保険なんかは、お金が支払われるんじゃなくて治療が行われるという内容になっている。

 どういう理屈だ。

 ロードサービスなんかも同様で、修復されるという結果がもたらされるというトンデモぶりだ。

 相手との示談交渉はさすがに相手を魅了してと言う内容じゃなかったが……

 専任担当者を派遣ってどういう事だろう?

 この世界には、このシステムを理解して雇用されている人間が居るって事なんだろうか?

 それとも、別の世界の人間が派遣されて特殊な交渉術とやらで違和感なく仕事をこなしてくれるとか?

 いまいち実感が湧かない。

 理解の及ばないことばかりで、俺は疲れ切ってしまっていた。

 だからなのか、テントに入ったら眠気が急激に押し寄せてくる。

ぱちぱちと薪が爆ぜる音のせいかもしれない。

 どれくらいたっただろうか?

 不意にけたたましい音が鳴り響き、まどろみから引き戻される。

俺は、あわてて転げ出るようにテントから出た。

音から察するに北側に設置した対人センサーが反応した様子だ。

「ヒロシ、この音は北よね?」

 当番のベネットはランタンの光量を増やし、剣を抜いて北を向いている。

反応距離は8m程度、とはいえランタンの明かりでは十分ではなさそうだ。

俺が出てきたことで役割が終わったと判断したのか、ベネットは受信機が発する警戒音を消す。

「北です。他の経路から来るなら別の音が鳴ります。」

 俺も槍を準備し、構えて警戒する。

あわてた様子で、トーラスもテントから出てくる。

銃の準備にはそれなりの時間がかかるはずだ。

それまでフォローしないとな。

 がさがさと茂みをかき分ける音と共に、小さい影が右往左往している。

 突然、明かりが付いてあわてているのかもしれない。

銃の準備もすっかり整い、トーラスが構えられる位になると、こそこそと何かしゃべっている声も聞こえてくる。

「なあ、どうする? ばれてるみたいだぞ?」

「しかも銃を持ってる奴も居るぞ? 本当にやるのか?」

「お前、まず突っ込めよ。」

 聞こえてくる言葉は日本語に聞こえるが、一応翻訳前の音に集中してみる。

 なんだか動物の鳴き声みたいに聞こえるんだが……

「ゴブリン語ね……」

 ベネットが、その会話を聞いてどんな言葉かは理解できたみたいだ。

 ゴブリン語か……

「大人しく出てこい。悪いようにはしないぞ?」

 ちょっと高圧的にゴブリン語で話しかけてみる。

 がさっと大きな音を立て、どたどたと逃げ去る音が聞こえた。

 どうするべきだろう。

 追っていくのも不味い気がする。

 そう考えていたら、どう間違えたのか小さいゴブリンが一匹こっちに転がり込んできた。

相当あわてているのか、無様に転んで地面に伏せている。

 俺は、とっさに槍を突き出しそうになってあわてて狙いを外した。

どうしたらいいか分からず、そのまま刃のない柄の部分で起き上がろうとするゴブリンを押さえつける。

「ギャン!!」

 まるで犬が鳴くような声を上げて、ゴブリンは突っ伏す。

 いや、そこまで力込めてないんだが?

再び北側の対人センサーが反応したことを示す音が受信機から響く。

 これは逃げていったと判断すべきか?

 ベネットは再度、受信機を操作して警戒音を止める。

 さて、どうしたもんかな。

トーラスは、銃口を北側に向けて警戒を続け、ベネットはそれをフォローするように傍らに立っている。

 この段階で、ようやくグラスコーはテントの外に出てきた。

「なんだ? 襲撃か?」

 あくびをしながら暢気なもんだ。

 いや、まあ戦闘要員じゃないんだから、それくらい余裕があってくれた方が助かるか。

「ゴブリンが数匹、今一匹押さえ込んでるところです。」

 大して抵抗もしないので簡単に押さえ込めているが、本当にどうしよう。

まあ、尋問すべきなんだよな。

「えーっと、お前、名前はなんだ?」

 俺の問いかけにゴブリンは不思議そうな顔をしている。

 なんか変なことを聞いただろうか?

「助けて、助けてください。何でもします。何でもします。」

 俺が怪訝な顔をしたからなのか、ゴブリンは地面に頭をこすりつけて命乞いを始めた。

「おい、ヒロシ。そいつ何いってんだ?」

「命乞いですね。どうしましょう?」

 尋ねてくるグラスコーに応えながら、俺はゴブリンを見た。

 見た目は凶悪だ。

 武器を振りかざされて襲いかかられたら間違いなく迎え撃っただろうな。

「とりあえず縛り上げておくか?」

 縄を持ち出し、グラスコーがゴブリンに近づいていく。

 まあ、あまり嬉しい状況じゃないよな。

 ゴブリンは必死にもがいているが……

 大して押さえ込むのに苦労はしない。

予想以上に俺の力が強いようだし、ゴブリンの力が弱すぎるのかもしれないが、なんか微妙な気分だ。

グラスコーが縛り上げるまで、特に危なっかしい事もなくゴブリンは拘束された。

 とりあえず、俺はベネットとトーラスの方を向く。

 こういう場合、何を質問すべきだろう?

「とりあえず仲間がどれくらいいるか聞きます?」

 俺が質問すると、トーラストベネットは少し考え込んだ。

「ゴブリンだからなぁ……数の概念が怪しいこともあるよ?……」

「まあ、それもそうだけど、後ろに人間が居るかどうかは聞いておいた方が良いんじゃない?」

「分かるかな?」

 トーラスの言葉にベネットは顔をしかめる。

 そこも怪しいのか……

 まあ、ともかく聞いてみよう。

「お前の仲間は何人いる?」

「多分10人くらい? だと思う……」

 うーん。

入れ替わりもあるんだろうし、当てになるかどうか分からないな。

「仲間はゴブリンだけか?」

 俺の言葉にゴブリンは少し怯えたような表情を浮かべる。

これは背後にゴブリン以外が居るな。

「人間か?」

 なんで分かったのって感じの顔で俺を見上げてきた。

 しかし、ゴブリンの表情って言うのも微妙だな。

ヨハンナと生活してなかったら、見分けが付いたかどうか分からん。

「比率は分かりませんが、人間が指揮している10人前後の集団みたいですね。」

 俺の言葉にトーラスとベネットが顔を見合わせる。

「ねえ、ヒロシ。本当なの?」

「いや、推測も含みますけどね。」

 ベネットに疑わしげに言われるが、本当かどうかなんて確かめようもない。

「あ、いや、ヒロシを疑っているわけじゃなくて、ずいぶんと少ないやり取りだったから……」

 あぁ、なるほどな。

「キャラバンにゴブリンのおばあさんがいたんで表情を読み取るのに慣れてるんですよ。」

 言っとかないと、どうやって推測したかなんてわかんないよな。

なるほどと呟いてベネットも納得した様子だ。

「他に聞くこともないだろうし、始末しようか?」

 やれやれといった様子で、トーラスは腰からナイフを引き抜く。

 あー、そうか……

 そうだよな。

襲いかかってきた相手を放置するのは危険だ。

ましてや相手は人間じゃない。

さっさと殺す方が安全だ。

「ど、どうしたんだいヒロシ?」

 トーラスが驚いたような表情で俺を見てくる。

「あ、いや……」

 俺は思わず言いよどんでしまう。

 表情に出ていたんだろうか?

 俺は頬をさする。

「トーラス、始末するかどうかは後にしましょう。」

「え?あ、あぁ……分かった……」

 ベネットの言葉に曖昧に頷いて、トーラスはナイフをしまってゴブリンから離れた。

入れ替わるようにベネットがこっちにやってくる。

「気持ちは分かるけど、いざというときは切り捨てないと駄目よ? これはゴブリンだからじゃない、人間だって同じ。」

 真剣な表情に俺は気圧される。

「それとちゃんと言っておいてね。下手な真似はしないこと。そうじゃなきゃ命の保証はないって……」

 冷たい表情を浮かべてゴブリンを睨んだ後、ベネットは興味を失ったようにきびすを返した。

 でも逆に言えば、変なことをしなきゃ助けるって事だよな。

「とりあえず、変なことをするなよ?」

 ゴブリンにそう伝えると、ガクガクと首を縦に振るった。

この様子なら、大丈夫そうだろうな。

 まあ、油断は禁物かもしれないけど……

 しかし、10人か。

戦力差を考えると3倍以上だ。

素直に考えるなら、キャンプ地を引き払うのが正解かもな。

 俺はゴブリンの縄を木に縛り付けた。

たき火の火を落とし、ベネットとトーラスは相談している。

出発の準備をするとなると次の襲撃が怖いな。

急いだ方が良いかもしれない。

「ヒロシ、ちょっといい?」

 準備をしようとしたところで、不意にベネットから声をかけられた。

「え?あ、あぁ……」

 グラスコーも声をかけられたようで、たき火後に全員集合する。

 もちろん、ゴブリンは視界に入れておくように注意しておく。

「とりあえず、迎え撃ちましょう。」

 ベネットの言葉に俺は目を剥く。

 いや、ちょっと3倍の戦力差は厳しくないですかね?

「そうだな。面倒なもんはさっさと片付けてくれ。」

 グラスコーは大したことでもないように頷く。

 これは、俺が非常識なのか?

「ヒロシ、作戦を考えてちょうだい。」

 真剣な顔でベネットが俺の顔を見つめてくる。

「は?」

 俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

思わずトーラスやグラスコーを見るが、二人も似たような表情だ。

 こいつらは、いったい何を勘違いしてるんだ?

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