2-22 人に教えるのも勉強なんだよな。
どうやら俺の魔法の使い方は間違っていたらしい。
ジョシュから借りた本を読み上げ彼に伝えたわけだが、当然俺もその内容を理解できる。
そこで分かったのが、魔法の行使には適切な動作と適切な発音があって、それを行えば効率的に呪文が発動するそうだ。
逆に言うと、それらを行わなければ魔法はきちんと発動しない。
じゃあ、何故俺は魔法を使えていたかと言えば、俺が覚えている呪文はいわゆる初心者向けだったかららしい。
水を誤発動してもずぶ濡れになるだけ、温度の上昇も急上昇するわけではないので危険があれば途中で発動が停まる。
動物をなつかせるのも、落ち着かせる程度の物であって抵抗しようと思えば簡単にできる。
それぞれに物体の生成、移動、エネルギーの変化、精神へのアクセスを体系的に理解するためのに作り出された呪文らしく、これらを正しく発動させることでより高度な呪文を発動するときのリスクを軽減するのが目的となっている。
もちろん熟達の術者なら動作や発音をせずとも呪文を正しく発動できるそうなのだが、それにはそれなりのリスクがある。
その一つが、俺がぶっ倒れる原因になった能力値ダメージだ。
つまり、ちゃんとした動作と発音をすれば、純水を作るのはもっと簡単だったらしい。
なんかため息が漏れるな。
「と言うわけで、この図形を頭の中に思い描いてくれ。才能があれば、空中に紋様が浮かび上がってくるはずだ。
それと、発動するための呪文も覚えて……」
俺が、本の内容を伝えるとジョシュは素直に俺の言葉に従う。
だが、どうも上手くいかないらしく、顔をしかめたまま本をにらみつけているばかりだ。
試しに、俺は水を呼び出す呪文の紋様を思い浮かべてみる。
青白い光が浮かび上がり、紋様を形作る。
それと同時に呪文も頭の中に思い浮かんだ。
結構細かい紋様だなぁ……
これを正確になぞる必要があることを考えると、鎧を身につけたり手に何か持つのは厳しいかもしれない。
本の中でも、なるべく軽装になって落ち着いて発動するように書かれている。
もちろん、多少間違えたところで発動は可能だし、通常の使い方なら俺の覚えている呪文は問題ない。
問題になるのは、超純水を作るような時だ。
本によると魔法とは現実を改変する能力であり、魔力という、この世界独特の力が必要とされる。
魔力自体は、魔法を発動しても消費されることはない。
だが、現実をねじ曲げる範囲が広ければ広いほど多くの魔力が存在しなければならないため、その魔力を寄せ集めるのに代償が必要になってくる。
これらの代償は信仰系統であれば神様が支払ってくれるもので、見返りとして信仰を捧げることになる。
秘術系統の呪文は、そういった便利な存在に頼ることが出来ないため自力で支払う事が必要だ。
通常であれば疲労程度ですむ話なのだが、高度な呪文では肉体を損傷する可能性もあり得る。
それらを軽減するために、先ほどの動作や発音が必要となってくるのだそうだ。
そして、それらの代償をより軽減するための手段が科学知識というか科学に対する理解というか……
とにかくそういう物らしい。
それは、たとえば影響範囲や対象との距離、重さや大きさを理解する上で、明確な度量衡の理解があるかどうか。
温度や時間への理解があるかどうかで変わってくる。
もちろん、それらが体感で正確に計測できるわけではないが、感覚としてそういう物があると理解できるだけでも違うのだとか。
だから、単位は別にグラムメートルでも、ポンドヤードでも問題はない。
要は、そういう区切りが意識されるかでも違う。
つまり、現実とはどういう物かを把握しようとする事が、より現実を効率的にねじ曲げられることになる。
そして、ねじ曲げる範囲を限定できることになるので代償を軽減できるのだそうだ。
「駄目です。何も出てこない。」
俺が考え込んでいる間中、ずっと集中してたのか、ジョシュは疲れた声を上げた。
真面目だなぁ……
いや、真面目にもなるか。
こんなに明確な能力なんだから、使えるなら今後の人生に関わる大事だ。
才能があると明確に分かっているなら、誰だって使いこなせるように努力をするのは当たり前かもしれない。
少し考えて本の中の練習方法をジョシュに試させることにする。
「ジョシュ君、指を伸ばして。」
俺は、ジョシュの後ろに回ると水を出す呪文の紋様を思い浮かべる。
そして、ジョシュの伸ばした指を、ゆっくり紋様に合わせて動かしてやる。
「呪文を繰り返し唱え続けて……」
結構難しくて、5回目でやっと最後までなぞることが出来た。
途端に、ジョシュの指から水があふれ出した。
量としては、大した量ではない。
でも、実際ジョシュは呪文を行使することが出来たわけだ。
「………凄い!!水が出た!!」
まだ制御もままならないから水はこぼれ落ちるだけだけれど、水が出てきたという事実は心強いだろう。
そういう意味で、この本は良くできている。
「後は、この紋様を木の板か何かに書き込んでそれをなぞってみるのも練習になるらしいから……」
俺が、そういうとジョシュは何度も頷く。
「ありがとうございます、ヒロシさん。」
なんだ恥ずかしいというかなんというか……
結局、本の通りにしただけに過ぎないんだよなぁ。
そういえば、師匠とかが居るって話をしてたから余計なことをした可能性もある。
そう考えるとこれ以上は、介入すべきじゃないかもしれないな。
何せ、俺は素人だ。
余計なことを言って、本職の人の指導に介入するのもよろしくないだろう。
「じゃあ、ここまでにしようか? 俺が勝手に教えるのも、あまり良くないだろうしね。」
そういうと素直にジョシュは頷いて、ありがとうございましたと言って改めて頭を下げてくる。
いつの間にか村長とジョシュ以外のこの家の住人は、すでに部屋に引き揚げていたらしく、残っているのは俺たちと二人だけだ。
ジョシュも大分疲れていたのか、村長に促されて寝室へと向かっていく。
しかし、なんでこう悪い事してる気分になるんだろうか……
カンニングの手助けしているのに似てる気がするからかな?
しかし、読めない本をぽんと渡して、それきりの師匠って言うのも腑に落ちない。
どういう考えでそういうことをしたんだろうか? 何とも判断がつかないな。
まあ、そこは考えても仕方がない。
ジョシュと師匠との関係なのだから、俺がどうこう言うことじゃないだろう。
それよりも、本の内容だ。
科学的理解が重要なのは、水を呼び出す呪文で痛感した。
できることの幅も、それによって違ってくるのだろう。
本では、単に水としか言及がされていない。
もちろん、それらを操作し、好きな形に変形させる方法についても書かれてはいる。
だが、初心者向けの本だからなのか水と液体との区別については言及されていなかった。
俺の中で水とは飲み水としての水以外にも、解釈の仕方が色々とある。
その一つが、純粋な水素と酸素の結合物としての水。
そして、こっちは拡大解釈になるわけだが、水は不純物を含んでいる物だという理解もできる。
だから血液も水を含んだ液体も水という解釈も成り立つ。
こうして考えると水分を含まない液体は、ずいぶんと少ない。
逆に言うと、俺の解釈では水を操作できると言うことは、大半の液体を操ることが可能だと言うことになる。
実際、イノシシの血液を引きずり出すことができた。
そうだとするなら、この呪文の範囲はかなり広がるだろう。
ただ、どうやら体内の血液を操作するというのは難しいらしい。
ナイフで傷を付けて、にじんだ血液は操作ができた。
だが、にじむ速度以上には血を操ることは不可能だった。
そして、徐々に凝固していくと、操作できなくなってしまう。
本の中では自分により近い位置ほど操作は簡単になると言うことだから、自分の体の中の血流なんかは止められるのかもしれない。
だけど、それはちょっと怖くてできない。
場合によれば、不整脈で死ぬかもと考えるとちょっとね。
逆に、他者の体内なんかは操作が難しいため、初心者用の呪文では介入不可能だとされている。
でも体外に出た血は操作可能なんだよなぁ……
もしかして、止血に使えるか?
いや、まあそんな使い方をしなくちゃいけない状態にはなりたくないけども。
まあそれは置いておいて……
もしかしたら、もっと高度な内容が書かれた本があるかもしれない。
そう考えると、それらの本はできれば確保しておきたいな。
「どうもありがとうございます。あの子は大人しいようで熱中すると見境が無くなるもので……」
「いやいや、こちらも有意義でした。こちらこそありがとうございました。」
申し訳なさそうに頭を下げてくる村長に俺の方も頭を下げる。
「ようやく終わりか? おつかれさん。とりあえず、寝ようぜ?ねむいわ。」
グラスコーがあくびをすると、トーラスやベネットも眠そうだ。
「もう夜も遅いですし、どうぞ皆さんもゆっくりおやすみ下さい。」
そういうと村長は寝室に案内してくれた。
大きい家なので、余裕はあるんだろう。
一応、女性と男性で別れられるように二部屋用意してくれていた。
部屋の中は、隙間もないのでそれなりに温かい。
グラスコーは慣れたものなのか、さっさとベッドへと潜り込んでしまう。
「何もないですが、どうぞごゆっくり。」
「ありがとうございます。」
俺は、村長に礼をいったあと、扉を閉めて開いたベッドへと潜り込んだ。
さすがにベッドは、綿じゃなく藁が詰まっていたが、清潔なシーツを使ってくれているのか眠り心地は悪くない。




