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2-21 同郷の微かな痕跡。

 俺は車を持っていなかったので、車の整備がどれくらい大変かは知らない。

だが、馬車よりはマシだろう。

 車体部分は脆いとか、構造が単純とかを差し引きしてみれば、さほど差はないかもしれない。

 だがエンジンに当たる駆動部、つまり馬車を引かせる動物の世話は格段に大変だ。

飼い葉は定期的に与えなければならないし、休息も適度に与えてやらないといけない。

当然休憩中は馬車から開放してやる必要がある。

機嫌だって一定じゃない。

 自動車だって古くなればそれなりに面倒を見てやらないといけないと言うこともあるだろうが、ロバほどじゃないだろう。

 いや、分からないけど。

 とりあえず、ぽんと車庫に入れて終わりというわけにはいかなかった。

一通り世話が終わった頃には、周囲は真っ暗だ。

 ふと見上げると、白いものがちらちらと空を舞っている。

 あー、雪だなぁ……

 手がかじかむと思ったら、ついに降り始めたらしい。

「雪か。参ったな。」

 やっかいそうにグラスコーは顔をしかめる。

まあ、確かに積もったら大ごとだな。

「本拠地まで、あとどのくらいなんですか?」

「そうだな。普通なら1日かければ充分なんだが……」

 俺の質問に答えながら、グラスコーは忌々しげに空を見上げている。

ふと気づくと、さっきの老人が外に出てきて空を見ていた。

「大丈夫ですよ、旦那さん。明日の昼にはやみますよ。」

 にこにこと笑って、そう声をかけてきた。

空を見るだけで分かるものなんだろうか?

 まあ、農家の人っぽいから天気予測もある程度出来るのかもしれないけれど……

「それよりも、早く中へ……雪は積もらなくても大分寒くなってますからな……」

「おう、じいさん、世話になるぜ。」

 勝手知ったる風情でグラスコーは老人の後に付いていく。

俺たちもそれに続いて老人の家へと足を踏み入れた。

暖炉の暖かさと明るさで、ほっとため息が漏れる。

 家の中には、合計で6人ほどの人がいた。

 家族なのだろうか?

 若い女性に老年の女性、先ほどの老人と若い男性と少年が二人いる。

「おじさん久しぶりー!!」

 少年の一人が、グラスコーに抱きついてくる。

迷惑そうにグラスコーは突っぱねるが、果敢に抱きつく動作を繰り返しグラスコーが根負けするまで続けた。

「相変わらず、なれなれしいガキだなぁ。ちゃんとしつけとけよ。」

 うんざりとした表情で、グラスコーは老人に悪態をつく。

「男の子はそういうものですよ。さ、おかけになって下さい。」

 老人に席を勧められ、腰を落ち着ける。

 グラスコーにじゃれついている男の子よりも、年上の子が俺をじっと見つめていた。

 なんだろうか?

 俺の顔が珍しいのかな?

「そういえば、旦那さん以外は初対面でしたな?

 遅れて申し訳ないが、一応名乗らせて貰ってもよろしいか?」

「あ、こちらこそ失礼しました。ヒロシと言います。」

 老人に声をかけられ、俺はあわてて頭を下げた。

「ほう、ヒロシ……珍しい名前ですな……

 失礼。人の名前を珍しいというのもおかしいか。

 わしは、この村で村長をさせていただいて折る、ドレンという。

 妻のファーマ、娘のミレン、婿のブラーム、それと孫のジョシュとアレンだ。」

 老人が名前を呼ぶ度に無言でお辞儀をされる。

 ただ、どうにも婿さんには警戒をされてる気がするなぁ……

 トーラスとベネットも名乗り、護衛として雇われていることを伝えていた。

なので、俺も一応身分を言っておくべきかもしれない。

「自分は、グラスコーさんに雇われた見習いです。

 もしかしたら、たびたび顔を合わせるかもしれないので、よろしくお願いします。」

 なるべく笑顔を作ってみたが、警戒は解かれない。

 まあ、しょうがないよな。

いきなり、見ず知らずの男とうち解けるなんて難しいだろう。

たとえ顔見知りの商人が雇った男とはいえ、信用できるはずもない。

 ただ、ジョシュだけは妙に俺に興味を持っている様子だ。

なんだろうか?

「まあ、旅の疲れもあるでしょう。どうぞくつろいでください。」

 ドレン村長は、微妙な空気を払拭しようと思ったのか奥さんに夕食の準備をさせ始めた。

パンに豆のシチュー、中身は豆の他にベーコンも含まれている。

干し肉じゃない。

燻製してあるベーコンだ。

 豆は苦手だけど、このベーコンは食べたい。

思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまった。

「お? ヒロシ、お前は豆苦手だったろ? 俺が食ってやろうか?」

 こんちくしょう。

「いや、せっかく用意していただいてるんですし、何よりグラスコーさんの作った奴より旨そうですしね。

 譲るなんてとんでもない!!」

 俺は、思わずかぶり振った。

 ぷっと、アレンが吹き出すと笑いが食卓に広がった。

「いやいや、まだ沢山ありますからどうぞ召し上がってください。」

 村長がそういうと、お祈りも早々に皆食事に手を付け始めた。

 俺も、いただきますといった後、シチューに手を伸ばす

 豆は皮が剥かれていて、丁寧に煮込まれている。

砕けて粒子状になった感じもしないし、これは美味しい。

豆一つとっても、色々あるもんだな。

 そして、脂ののったベーコンを口に含むと独特の香りが口いっぱいに広がる。

塩っ気が強いベーコンが、それを受け止めるような豆の味と合わさり丁度良い味になった。

これはベーコンだけじゃなくて、シチューとして完成してるんだな。

「おいしい……」

 思わず声に出てしまった。

「喜んで貰ってわしも嬉しいよ。」

 村長が、そういうと奥さんも頷いて笑ってくれた。

なんかちょっと気恥ずかしい。

「お前は食い意地が張りすぎなんだよ。こっちが恥ずかしくなるぜ。」

 グラスコーは苦笑いを浮かべながら、シチューを肴に酒を飲んでいる。

 あれ? 酒なんか出して貰ってたっけ?

「まあ、宿代代わりだ。じいさんも飲むだろ?」

 そういいながら、瓶を傾けている。

 あー、ウェストポーチから出したのか?

 宿泊代が酒ってのもどうかとは思うが、村長も嬉しそうに飲んでるしこれはこれでありか。

婿さんも、おいしそうに飲んでる。

みんな酒が強いな。

「あの……ヒロシさん……」

 食事を終えてぼーっと眺めてたら、不意にジョシュに声をかけられびっくりした。

「え?あ、何かな?ジョシュ君だっけ?」

 ジョシュは本を抱えて、俺の方をじっと見ている。

なんだろうか?

 しかし、お金持ちなんだな。

 活版印刷があるとはいえ、まだ紙の値段は高いらしいのに……

 いや、まあ村長のお孫さんならそれなりに裕福なのかもしれない。

「えっと……その……僕、魔法の才能があって……それで……」

 話の要領を得ない。

 別に俺が魔法使いだと思って声をかけたわけじゃないよな?

 本を抱えてるって事は、読んで欲しいんだろうか?

 ふと、表紙を見てみる。

 そこには、漢字とひらがなで”実践!魔法の使い方!!”なるタイトルが目に飛び込んできた。

「僕、この文字が分からなくて……」

 そりゃ分からんだろうな。

「な、なるほど。俺が読めないかって思って持ってきたんだね?」

 俺がそういうとジョシュは頷いた。

 まあ、顔立ちがここらにいない顔立ちだけに自分が読めない文字が読めるかもと思うのは不思議でもない。

 問題は、その読めない文字が漢字とひらがなだって事なんだよなぁ……

 誰が書いたんだ?

「あの、見てもらえますか?」

 おずおずとジョシュが本を差し出してくる。

とりあえず、見る分には問題ないかな。

「じゃあ、見せてもらうよ?」

 まず表紙を見てみる。

 題名の他には、著者名があるだけだ。

 大崎叶……カナエかな?……

 思いっきり日本人名だな。

珍しいと言えば珍しい名前だけど、きらきらネームと断じるほどじゃない。

「この、大崎叶って誰かな?」

 ジョシュはその名前を聞いただけで、期待に満ちた視線を送ってくる。

 いや、単に著者が分かっただけだぞ?

「カナエ……聞いたことがあるわ。

 秘術系統の魔術を飛躍的に効率化した天才、魔法を技術たらしめた偉人の名前ね。」

 偉人ときたか。

ベネットのやや熱の籠もった言葉が気になるな。

 しかし偉人となると、もう存命じゃないのかな?

「もう、すでに100年以上前の人物だから、今は意志を継いだ子孫が研究を続けているそうよ。」

「僕の師匠も魔女カナエの血脈だそうです。」

 ベネットの言葉に、ジョシュは嬉しそうに笑う。

対して、弟のアレンは手持ちぶさたな様子で、明らかに飽きている。

「でも良かった。師匠のお顔と似ているからきっと日本語を使えると思ったんです。

 思った通りで本当に良かった。」

 いや確かに日本語は読めるが、書いている内容が分かるとは限らないんだが。

 思わず苦笑いが漏れる。

 これでちんぷんかんぷんだったらどうしよう。

 おそるおそる俺は、本を開く。

 まず序文を読もう。

”将来、この世界に来る同胞へ贈る”

 文章は、その文言から始まっている。

タイトルから何となく現代人じゃないかと思っていたが、予想通りの現代的文体にほっと胸をなで下ろす。

 しかし、お約束とはいえ時系列の混乱にちょっと戸惑う。

 話によると活版印刷は100年前には存在していなかったはずだ。

 だが、オーパーツとも言える活版印刷を独力で開発し、彼女はこの本が後世に伝わるよう尽力したようだ。

なんだか妙にセンチメンタルな気分になる。

 彼女が、この本を記すまでにどんな苦労をしたのかとか、その後どうなったのかだとか。

気にしても仕方がないのだが、気になってしまう。

 もちろん、これはあくまでも魔法を実践する上でのハウツー本なので、彼女についての情報は少ない。

一応プロフィールとかもあったが女性であること、こちらに来る前は高校生だっただとか、そんなことしか分からない。

 後はこちらに来てからの経歴だ。

ちょっと驚いたが、大学で教授をしていたそうだ。

 いや、まあ……

 大学があるのは全然不思議ではないし、神様の加護を受けてやってきたのなら教授に招聘されるくらい優秀でも不思議ではない。

ないんだが、何とも不思議な気分だ。

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