2-20 どういう神経しているか分からない。
よくよく考えてみたら水の件は、それほど悩まなくても良さそうな気がしてきた。
と言うのも、無限の水差しがあるからだ。
900万もする代物だが充分その価値がある。
何せ毎秒19リットル、30秒ほどあれば実験で使った水の量を取り出せるんだからな。
すぐに買い取れないし、グラスコーの持っている奴は他人に買われるかもしれないが、探せばどこかにあるはずだ。
それに借金の形として手に入れたものらしいから、交渉すれば安めに手に入れられるかもしれない。
まあ、希望的観測になるけども……
特別収納枠に雨水タンクでも入れて取り出すとかって方法も考えたけど、もったいないしな。
どんな大きさでもって事なら、もっと馬鹿でかいものをしまいたい。
思いつくところでは、車とか船だろうな。
フェリーなんかなら、それこそ膨大な量の物資を一緒にしまっておける。
もっとも、どれくらいの値段がするものかもさっぱりわからんので想像も付かないんだが……
上手いこと、大金を稼ぐ方法を見つけないとな。
確か手持ちは、40万くらいだから先は長い。
しかし今すぐ何とかしないといけない問題でもない。
そもそも銃を対象に防御力を求めたわけだけど、別に戦争をしたいわけでもない。
この国の治安がどれほどのものかは分からない。
とはいえ、こちらから戦いを仕掛けるのでなければいきなり銃を向けられるって事はないだろう。
だからとりあえずは、まず商売のことを考えた方が建設的だ。
お昼の休憩からずっと馬車に揺られながら、俺は帳簿をメモに書き写す。
そうしながら、相場や文字を覚えつつ色々と商売の種がないか妄想を膨らませていく。
とりあえず、現地の文字で名前を書けるくらいにはなったところで、ふと地理について疑問が浮かんできた。
馬車は関所に着くまで東に進んでいたと思うが、今は北に向かっている。
相場を見ていると取り扱っている商品や高値で買っている商品、つまり不足している物は分かる。
そして村の名前や人物の名前が記載はされている。
だけど、それらの位置関係が全く分からない。
おおざっぱでも良いから地図が欲しいな。
とりあえず、自分でも地図を作っておこう。
「ヒロシ、そろそろ宿泊地に着くよ?」
トーラスの言葉に俺は顔を上げる。
馬車が進む先には広い農地と数軒の家が寄り添っている姿が見えた。
全体を貧弱な木の柵で囲まれている農村だ。
そういえば、こう言うのは村で良いんだろうか?
行政区分がよく分からないな。
「あれは村ですか? ちょっとそこら辺の違いが分からなくて……」
どう説明して良いのか分からないのか、トーラスもちょっと固まった。
「うーん、あれは村だね。確かアルノーだったかな?」
俺が村の名前を聞きたかったわけではないのも分かっているんだろうけど、それ以上はよく分からない様子だ。
「ヒロシが聞きたいのは、王国の行政区分のことでしょう?」
馬車の横に馬を寄せて、ベネットが補足をするように語りかけてくる。
「基本的に、王国では領地に一つ都があって、その下に代官が置かれる市が存在するの。
で、領主の配下が直接支配する集落が町、都や市の隣接していて平民しかいない所を村というのよ。」
ベネットの説明からすると、ちゃんと機能している区分みたいだな。
「ちなみに、見た目で違いが分かったりするんですか?」
「そうね。基本的に市以上になると胸壁で囲むのが通例ね。
最近だと、建築するお金が無くて胸壁がない市も結構目立ってきているけれど、基本は居住地を塀で囲むものよ。」
もちろん例外はあるけれど、とベネットは眉を潜めながら言った。
基本的に、壁を立てると言うことは外敵を警戒していることを示しているため、一つの王国という建前があるので都や市以外に胸壁を立てることは望ましいことではないらしい。
だが、力を持った町や村などでは胸壁を立てて領主に反旗を翻すところが増えてきているらしい。
それらは自治都市を自称しており、武力衝突を起こすことも珍しくないのだとか。
いや、まじか……
王国としては、これらの勝手な自治は認めていないが領内での政治は領地を納める貴族の裁量に任されるため介入が難しい。
最悪、貴族が泣きついてくれば国を挙げて鎮圧が出来るわけだが、そうなると貴族の面子が潰れる。
領地経営が上手くいっているならともかく、色々と手が回らない貴族なんかは、ある程度の自治を認めてしまう事も多いそうだ。
まあ、そういうところも自分たちの実力は把握しているので王国にたてつくケースは少ない。
街道の整備などの義務や兵役に関しては協力的で、胸壁の建築もあくまでモンスターの類が多いからという理由付けになる。
「まあ、実際近くの遺跡が根城にされたせいで化け物があふれ出して仕方なくってケースも多いらしいわ。
とはいえ、胸壁を作る村や町は例外的だし北の方では珍しいことなんだけどね。」
ベネットは明るく言うが、俺は思わず眉間を抑えてしまった。
この国大丈夫なんだろうか?
一応、専売品の仕組みや街道での収入、ギルドの囲い込みと手腕が悪いわけでもなさそうだ。
街道の維持管理が貧民救済の側面を備えているのも分かる。
だけど、好き勝手に自治を許してしまうのは、ちょっと不味いんじゃないか?
既得権益の貴族と、新興勢力の自治都市との間で大規模な内戦が起こってもおかしくない。
他国からの介入って言う線も捨てきれない。
「王国は平気なんですかね? なんだか、他の国から介入されてる気配を感じちゃうんですけど……」
俺の言葉にベネットは顔をしかめる。
「そうね。噂は色々あるけれど実際はよく分からないわ。
でも、フランドルの民はみんな昔から仲良くやってきた。だからいざとなれば、国王陛下のもとで一丸になれる。
私は、そう信じているわ。」
ベネットは、そういいつつも不安そうだ。
まあ、その不安も分かる。実際仲良くやってきた隣人だって些細なことで喧嘩別れすることだってある。
ただ何となく、同じ言葉をしゃべるから、習慣が同じだからと言って一丸になれるものでもない。
だけどベネットの願いも分かる。
言葉が通じるなら、同じ考え方が持てるなら仲良くやっていきたい。
苦しんでいるなら手をさしのべ、立ち向かう背中を支えたい。
そういう同族意識というのは、どんな世界だって少なからずあるはずだ。
「まあ……その仲の良いフランドルの民に俺も加えてもらえるとありがたいんですけどね……」
結局、俺は皮肉めいたことを言って笑うくらいしかできないけど、ベネットの願いが叶うと良いな。
「ずいぶんと格好いいこと言うね。ヒロシは、ベネットのことが好きなのかい?」
からかうようにトーラスが笑う。
「あ、いや、そりゃこんな美人なら好きに決まってるじゃないですか。」
からかいを真に受けるのもどうかと思うが、嫌いと言う気にもならない。
少し不真面目すぎるかなとは思ったけど、茶化すような言い方じゃないと恥ずかしすぎる。
ベネットの方を見ると、ちょっと複雑な表情をしてた。
うん、だよね。
へこむわー……
「ベネットもそんな顔をしない。ヒロシが可哀想だろ?」
からかわれてるのは分かってるけど、笑いを押し殺すように言われるとさらにへこむ。
なんか情けなくて涙が出てくる。
「おーい、茶番はその辺にしとけー!! アルノーに付くぞー!!」
グラスコーの言葉に俺は思わず舌打ちしてしまった。
いや別にグラスコーが悪いわけじゃないんだけどさ。
「ごめんね。ヒロシ……」
ベネットが謝ってくるから余計惨めな気分になる。
「いや、気にしなくて良いですよ? 俺もちょっと調子に乗りすぎました。」
もうこんなん、笑って誤魔化すしかないだろ。
馬車は徐々に速度をゆるめて、農地の中にある小さな村へと入っていった。
日がもうそろそろ落ちそうなので、家路へ向かう村人が目に付く。
どの家も、ドングリの背比べみたいなもので大きさに差はないような気がする。
どれも漆喰で固められ、スレートで作られた三角屋根を備えていた。
見上げたので、空模様も目にはいる。
淡く照らされていた太陽が薄い雲に覆われ、弱々しく森の奥へと消えていこうとしている。
気温も大分下がっていた。
屋根の角度からすれば、よく雪が積もるのかもしれない。
これからの道行きを少し不安に思ってしまった。
馬車は、村の中央までやってくると、馬小屋を備える家の前で止まる。
「おーい!! じいさん!! また商品を売りつけに来てやったぞ!!」
グラスコーが馬車を止め、その家の玄関まで行くと乱暴に戸を叩き始めた。
「おー、グラスコーの旦那さんじゃないか? よく来なさった。丁度夕飯の準備をしていたところだ。
中に入って、暖まりなさいよ。」
グラスコーのじいさんという言葉通り、玄関からはかなり年嵩の男性が出てきた。
これと言って特筆すべき特徴もないけれど、多分この人が村長さんかなんかなんだろうな。
「そりゃありがたい。とりあえず、馬車を止めさせて貰って良いか? 商売は明日からだ。」
そういうと遠慮無くグラスコーは馬車を馬小屋へと進ませてしまう。
俺は、なんと言えばいいか分からなくて頭を下げた。
トーラスの方も勝手が分からないのか、頭を下げた後で続いて馬車を馬小屋に進める。
「相変わらず、しょぼい馬小屋だなぁ……」
グラスコーは悪態をつきつつ、馬車からロバを開放している。
ベネットも自分の馬を馬小屋に入れて、繋ぐと鞍を外して世話を始めた。
俺もそれに倣って、ロバたちを開放していく。
「あの、グラスコーさん? 道具使っても良いんですか?」
勝手に道具を使っていたりするグラスコーに、一応お伺いを立てる。
「あ? 良いんじゃねえの? 文句言われたこと無いぞ?」
凄いなこいつ。神経が図太すぎて、ついて行けない。
トーラスもベネットも苦笑いを浮かべてる。
時々こういう人に出会うとついて行けなくて固まってしまいます。
ただ嫌いというわけではなくて、一種憧れのような感情を持っていたりもします。




