2-19 昔、テレビで見た。
馬車を預けた店から、馬車を受け取り俺たちは旅を再開させた。
荷物を荷台に載せ、行く道すがら露店で買ったパンにソーセージを朝食に整備された街道を進む。
預けていた店で、出発までに馬車の整備やロバたちの世話も頼んでいたので快調だ。
ただ、相変わらず馬車の揺れには慣れない。
一応、板バネのサスペンションがあるのは分かっているんだが、それでも大分がたがた振動が伝わってくる。
座席が、単なる板張りって言うのも問題なんだろうな。
クッションでも買うか。
ごとごとと揺れる馬車の上では、特にやることは多くない。
街道に入ってからは、すっかりのどかな風景が広がっている。
とはいえ、気温は相変わらず低い。
太陽は顔を出してはいるものの、暖かさを伝えるほどには輝いてはいない。
淡い明るさで、どこか儚い感じの明るさだ。
護衛としての役割は、一応街道に入ってからは免除されたので、俺は帳簿をメモ帳に書き写していた。
文字を覚えるついででもあるが、相場を知るには重要な資料でもある。
全体として、穀物などは安い反面で道具や衣類などは結構な値段がつく。
ただ、それも場所によってはばらつきがあった。
蛮地での取引では肉などは安く買い上げられ、穀物が高値で売られている。
逆に関所近くでは肉は高く売られ、穀物は安値で買い取られていた。
だが、関所以外の場所では、肉などの取引は極端に少ない。
これは、生鮮食品であるために長距離の輸送に向いていないためかもしれない。
皮などは、割とどこでも安値で取引されていた。
価格としては、俺が鑑定で見る値段とさほど違いは感じない。
逆に織物は、卸値の高さに反して売値は低い。
必需品であるため、高値は付けにくいが、作業工程を考えると買いたたくことも難しいと言うことなんだろうか?
しかし、こうしてみると無主の地での生活って言うのはかなり不利だな。
高値で売れる物がほとんど無い。
逆に必需品は、どれも高値で売りつけられている。
そりゃ、みんな盗賊になってもおかしくはないな。
逆に言えば関所の内側に住めない人間でもない限り、無主の地なんか誰も見向きしてないって事だ。
いや、だから誰も領有なんかしてないんだろうけどね。
しかし本当にのどかだ。
いくつかの分かれ道を通り過ぎると、周囲に人の姿はほとんど無くなってしまっている。
時折、合流することがあっても次の分かれ道では去っていってしまうくらい人通りは多くない。
豊かな森が広がったり、青々とした緑が広がる平野が広がったりしている割に人里が見えなかったりする。
この国は、国土に対して人は多くないのかもな。
その割には、街道はしっかりしていて、穴が開いていたりふさがったりしている場所は少ない。
見かける人々の中には、道を補修するための人足が多く含まれていた。
聞く話によると、人頭税を滞納した人や租税を領主に納められなかった人が主な人員なんだとか……
実入りは悪くないらしく、一ヶ月も従事すれば滞納分は支払えた上に蓄えも出来るくらいに割は良いらしい。
そう考えると公共事業のような側面もあるのかもしれない。
でも、働かされている人たちには不評らしくて、牛馬のように扱われてると文句が出てるそうだ。
「じゃあ、お前らは牛に金貨をやるのかって話だけどな。全くふざけた野郎どもだぜ。」
グラスコーは何が気にくわないのか、悪態をつく。
別に愛国心があるようなタイプにも見えないんだが、何をそんなに怒ってるんだろうか?
行き交う人足の目つきが険しいものになったりするから、俺としては勘弁して欲しいんだけどね。
「まあ、実体は分からないので何とも言えないですよね。気の滅入る話はその辺にしませんか?」
トーラスも危機感を感じているのか話題を変えようとしていた。
馬車越しの会話はどうしても大声になりがちだし、悪目立ちするからな。
この根性無しめといった感じの顔をした後、グラスコーは正面を向いたが、どう考えてもトーラスが正解だ。
こいつ本当にやっかいごとを作りたがるな。
先行していたベネットが戻ってきて、グラスコーと何かを話している。
何度かグラスコーが頷き、手を挙げるとベネットがこっちの馬車にもやってきた。
「後もう少し行ったら休憩所があるわ。グラスコーさんがそこで休もうって……」
そういえば、もう日が高い。
昼を取るのには、丁度良いのかもしれないな。
休憩所は、川の畔にあり、森が切り開かれている。
小さな小屋もいくつかあって、寝泊まりも出来そうだ。
馬止めなどもある。
気になるのは、射撃場があることだ。
距離としては30mほどだけれど、的を取り付ける為の柱なんかも準備されている。
俺は少し試してみたいこともあって、昼食を取りながら射撃場を気にして見てしまう。
「なんだ? 射撃場が気になるのか?」
グラスコーも、俺の視線を追って射撃場を見る。
「いや、ちょっと試してみたいことがあったんですよ。」
そういうと、それがなんなのかグラスコーも気になった様子だ。
護衛の二人も興味があるのか俺を見ている。
「銃弾って、鎧で防ぐ事って出来るんですか?」
俺の常識では、銃弾を防ぐ鎧なんて存在していない。
だけどここは、異世界だ。
場合に依れば、防ぐことが可能だったりするかもしれない。
「出来る鎧もあるんじゃないか?」
「いや、無理ですよ。基本的にどんな金属でも銃弾は防げません。
仮に弾けても、衝撃までは防げないんじゃないですか?」
グラスコーの何気ない返答に銃を主武器としているトーラスが反論する。
「おそらく、オリハルコンやミスリルを使った鎧でなおかつ魔法を付加されているなら防げるんじゃないかしら?」
ベネットの口ぶりからすると、魔法金属のような者もあるようだ。
それに、なおかつ魔法で防御力を強化すればって言うことは銃弾は相当に防ぎにくいんだな。
「ミスリルにオリハルコンだ? とてもじゃないが、手に入らない代物だぞ?」
グラスコーは呆れたように肩をすくめる。
「まあ、それくらいしないと難しいと思いますよ? 実際魔法の鎧が銃弾に貫かれたところは見ましたし……」
ベネットの言ってることが事実なら、実質防ぐのは不可能と見ても良いかもしれないな。
もっとも距離や銃弾の大きさ、火薬量によって左右される可能性もあるけど……
何せ工業規格なんかは、今のところ顔も出してない世界だ。
作り手次第で、口径も強度もバラバラなんじゃないかと思う。
「それで、ヒロシ……銃弾を防ぐ方法でも思いついたのか?……」
勘の良いグラスコーは、俺が何をしたいのかまでは分かったみたいだ。
いや、まあ本当に使えるかどうかは試してみないと分からないんだけどね。
「トーラスさんに協力して貰って実験をしてみないことには何とも……」
実戦で使用可能かどうかも分からないしな。
「うーん、ちょっと射撃訓練もしたいから弾代を出してくれるならいくらでも付き合うよ?」
そうだよね。
まあ、ただで協力しろなんて虫のいい話はないか。
しかし、1発当たり銀貨1枚が飛ぶ計算なんだよな。
まさか黒色火薬なんて売ってないだろうし。
後でちょっと探してみるか?
「とりあえず、10発分撃って貰って良いですか?」
俺は、グラスコーに金を渡す。
「おう、毎度あり。預けた荷物の中にあると思うぞ?」
そうだったっけ?
俺はインベントリの中を探ると、鉛玉と火薬が入っているのを確認できた。
うーん。
こうやって大量の荷物を預かってると、整理するのも大変だな。
タブ管理できたら楽なんだが……
人工音が響くと、ウィンドが勝手に現れた。
”収納” 1→2
うん……
こうやって変なことを思い浮かべるとレベルアップするんだな君は。
改めて、インベントリを開くと俺の私物とグラスコーの荷物がタブで別れて表示されている。
さらに、グラスコーの荷物は種別ごとフォルダーが作られていて、開くとそれもタブ表示される仕組みになっていた。
その上、どうやら収納限界が増えたらしい。
今まで2tが上限だったのが4tに増えて、どんなものでも一つなぎなら収納できる特別収納枠も1つ増えている。
どこまで増えるんだろうか?
ちょっと不安になってくる。
まあ、気を取り直して銃弾と火薬をトーラスに渡そう。
さて、まずは普通に的を打ち抜いて貰いますか。
そうじゃないと、その後の変化も分かりにくいだろうしね。
「まず、一発は普通に撃ってください。2発目から、実験を始めますね?」
そういって、俺は的の設置に走った。
木の板が何枚も置かれていて、それに丸と中央に黒丸が描かれている。
結構利用者が多いのかな?
ただで使って良い物なのか分からないので、切り株に銅貨を1枚置いておく。
的から距離を取って、右手を挙げた。
「いいのかい!! 撃つよー!!」
一応流れ弾も怖いので、俺はしゃがんで叫び返す。
「どうぞー!!」
一応耳を塞いでおく。
トーラスが銃を構えると次の瞬間、的がはじけ飛んだ。
綺麗に命中したのか、まっぷたつになっている。
「次の的と実験の準備しますよー!!」
そう叫ぶと俺は次の的の準備を始める。
これ怖いな。
一応、銃口が上に向いているのは確認しているけど、誤射されないか不安になる。
さて、的の準備は終わった。
次は実験の準備だ。
俺は水を呼び出し、的の目の前に壁にして浮かべる。
高さと幅が1m、厚さが50cm、重さにすると500kgだ。
結構重い。
川の水をコントロールしているから、呪文の予備は消費してないけど、この厚さや大きさでこんなに重くなるんだな。
改めて確認すると、ちょっと無謀だったかもしれない。
これで全く意味がなかったら悲しいな。
でも、ちょっと厚さに不安を覚えるけど、仕方ない。
「トーラスさん!! 準備OKです!!」
訝しんだ顔をしているけど、まあそれが普通の反応だよね。
「分かった!! 撃つよー!!」
トーラスが銃を構え、引き金を引く。
銃声は先ほどと変わらない。
だが、的は弾けなかった。水の壁も健在だ。
どうやら、貫通はしたものの的を割るほどのパワーは残ってなかったみたいだ。
多少へこみは見えるものの、これなら傷つくって事はないかな。
それに、壁自体も健在だ。
これであっさりコントロールが解けていたら、銃弾の雨には役に立たない。
オーガの突進を受け止めたときは、あっさりとコントロールを失っていたので不安だったんだが、これで安心だ。
問題は、高さや幅かな。
厚みも、やっぱり気になるかな。
確かに、トーラスの銃でならダメージを吸収したと言えるけど、それよりも大口径の銃がないわけじゃないだろう。
とはいえ、1回に呼び出せる水の量は200リットル。
1日に5回まで回数は増えたけど、壁にするには全然足りない。
うーん、どうしたもんかな。
いや、まあ考え込む前に実験を続行しよう。
的はまだ健在だから、そのまま撃って貰うために、俺はまた横に避ける。
「次、お願いしまーす!!」
銃弾が尽きるまで合図を送ったが、弾は大半が貫通するにとどまってくれた。
途中で壁に角度を付けたら貫通すらせずに弾が水中に浮かぶ結果になり、俺は満足する。
最後の1発は、厚さを半分にして幅と高さを広げてみても、45度くらい角度を付ければダメージがないのがわかった。
ドーム上にすれば、もっと上手く弾けるんじゃないかな?
問題は水をどう確保するかだ。
とりあえず、的を持って見せてみよう。
「まさか水ではじかれるとはね。」
トーラスは、若干気落ちしている様子だ。
何せ主武器なだけに、それを無効化する手段があるとなれば不安にはなるよな。
「それでも、俺が単独で準備可能な水の量じゃないんで、あれをやるには水場が必要になりますね。」
まあ慰めになるかどうかは分からないが、完璧な防御方法じゃない。
「でも、お前の特殊能力でしまっておけば良いんじゃないか?」
グラスコーはこともなげに言ってるが、あれだけでも0.5tもするんだ。
”収納”のレベルが上がってくれたおかげで、それくらいなら何とかならないことも無いけど……
ただの水をしまっておくのはもったいないよ。
せいぜい個人が隠れられる防壁程度じゃなぁ。
「俺も”収納”の4分の1が川の水で埋まって良いなら、それでもいいですけどね。」
一応、成長前の基準で話しておこう。
なんか、増えたら増えた分無理難題とか言われそうで怖いし。
あー、でも特別収納枠に水だけ入れるって事は出来ないだろうか?
一応無い頭で一生懸命考えました。
間違ってたらごめんなさい。




