2-17 飲み会は嫌いじゃない。
ウィスキーとかたしなむ人って格好良く見えますよね。
自分は全然なので羨ましいです。
ベネットとトーラスが選んだ宿屋は、質素な作りだがしっかりとした建物だった。
しかもグラスコーが一人一部屋を確保してくれる。
こっちに来て初めてのプライベートが手にはいるわけだ。
なんか妙に感動してしまう。
これまで寝床は共用が普通だったわけだが、想像以上に疲れがたまっていたらしい。
俺は、部屋に入るなりベッドに倒れ込んでしまった。
中身は藁ではなく綿が入っているマットレスで、寝心地はこれまでにないくらい改善されている。
このまま眠ってしまいそうだ。
まあ、マットレスとは言っても別にスプリングが仕込まれているわけでもなく、袋の中に綿を詰めただけだ。
むしろ布団と言うべきかもしれない。
でも、藁なんかよりよっぽど寝心地はいい。
「おい! ヒロシ!! 飯行くぞ?」
グラスコーが戸を叩いて呼びに来た。
この宿には残念ながら、食堂がない。だから、夕食を取るには屋外で自炊するか食事を提供する店に行くしかない。
名残惜しいが、俺はベッドから身を引きはがす。
「すいません、ちょっと寝そうになってました。」
俺は寝ぼけ眼をこすりながら部屋を出る。
「おう、綿入りのベッドは寝心地良いからな。まあ、飯を食ったらゆっくり休め。」
意外な心遣いに、ちょっとびっくりしてしまった。
護衛の二人とも合流し、夕食を求めて店を求めてさまよう。
昼間の店でも良かったけど、やはりそこは楽しみの一つなのか別の店にたどり着くことになった。
選んだのは、グラスコーだ。
落ち着いた雰囲気だが、飯屋というよりは酒場と言った方が良いかもしれない。
メニューはソーセージとチーズが売りらしい。
だが、昼間の店とは違い客は疎らだ。
ランプの明かりがちらちらと揺れ、眠りを誘う雰囲気も寂しさを演出している気がする。
「なんだ、不思議そうな顔をして? 夜の店なんてどこもこんなもんだぞ?」
話を聞くと、大抵の場合は夕食を外で取ることはあまりないそうだ。
保存食を囓るか、昼の残りを温めて食べる。その程度で済ませるのが常識とのこと。
その感覚には、ちょっとなじめないな。
まあ、そういう人間は少なからずいるので夜も店を開けているわけだ。
もちろん、酒を飲む奴をメインの客に据えているので、どうしても酒の肴のようなものが多くなるんだろうが……
チーズもソーセージも絶品だった。
昼に残ったパンにラードを塗って炙ったトーストも、昼間にそのまま食べたパンよりもおいしい気がする。
「ヒロシは、酒はあんまりなんだね。飲むよりも食べてる印象が強いよ。」
トーラスは、もったいないといった感じでため息をついている。
まあ、酒飲みに言わせればつまみなんて食うより、酒を飲めってことなんだろう。
「どうせ味なんぞ分からん輩に、無理に飲ますことはないさ。しかし、この酒旨いな。」
見ると、琥珀色の液体が素焼きのカップに入っている。
蒸留酒の類だろうか?
俺を除く全員が、その酒を飲んでいる。
楽しそうだな。
楽しい雰囲気が好きなので、宴席は嫌いじゃない。
料理の類は俺が平らげ、俺に運ばれてくる酒はグラスコーがかっさらう。
空になったカップに、水を注いで俺は喉を潤す。
「そういえば、聞きたいことがあったんだ。」
俺は腹を満たしたところで思い出し、ベネットを見る。
カップを両手に持ち、きょとんとした表情でベネットは小首をかしげた。
飲んでるのが、度数の高い蒸留酒じゃなければ可愛らしいのだけどね。
「昼間に秘石の話を聞いたんですけど、どういったものか教えて貰って良いですか?」
秘石という言葉にベネットは納得した様子で頷く。
「秘石は、マジックアイテムの触媒ね。ポーションを作るのにも、スクロールを作るのにも用いられる。
と言うか、あらゆる魔法に関わる道具は、秘石なしには作ることはできないわ。」
このため許可を受けた魔術師だけが購入が可能であり、購入もしくは販売許可を受けていない者が所持していれば厳罰を受ける。
「まあ、販売許可は誰でも取れるんだけれどね。
遺跡に入れば、比較的簡単に手に入るものだから、スカベンジャーなら取得は常識かも……
とはいえ、お金だけはきっちり取られるから販売をする商人でもないと常時許可を受けている人は少ないわ。」
遺跡という単語がどうにも引っかかる。
俺が抱く遺跡のイメージって土で覆われてて、考古マニアがアルバイトでふるいをふるってるイメージしかない。
もしかしたら、ゲームで言うダンジョンみたいな場所なんだろうか?
「すいません。遺跡漁りって言うのがよく分からなくて……遺跡ってどんな場所なんですか?……」
「ごめんなさい。私も駆け出しだから遺跡漁りの経験は乏しくて……
大抵は、古代帝国の遺跡で石造りの迷宮が大半よ?
ぐねぐねと通路が続いていたり、盗賊よけの罠があったり。どういった施設なのかは分からないところは多いわ。
判明している遺跡なんかだと、魔術師の研究室や実験室だったとか……」
他には噂では地獄と繋がっている迷宮なんて言うのもあるらしい。
「まあ、大抵化け物だらけだから命がけだね。」
やれやれといった様子でトーラスは肩をすくめた。
「それに大抵貴族どもが縄張りを張っちまうからな。出入りできるようになったら大抵は出がらしだ。」
同調するようにグラスコーも皮肉げな笑いを浮かべている。
「まあ、話が横道にそれるから戻しましょう。
そういう遺跡では、魔力が澱になりやすいの。それが秘石という形で結晶化する。
で、なぜだかは不明なのだけれど遺跡に紛れ込んでる魔物の大半が秘石を集めたがるのよね。
一説によると秘石は生物を魅了する能力があるとか言う研究もあったはずだけど……」
言葉を濁すって事は眉唾なんだろうな。
案外、化け物と呼ばれる生き物も貨幣価値があると理解して集めていたり、もしくは単純に光っているから集めるという習性で集めているのかもしれない。
しかし魔力ね。いったいどんなエネルギーなんだか……
「ちなみに秘石という名前だけれど、信仰系統のマジックアイテム、これはレリックというのだけれど、それにも必須な物質よ。」
ふむ、系統によって不要というわけでもないのか。
「ちなみにポーションにはどれくらいの秘石が必要なんですか?」
「んー、大体金貨1枚分くらいの秘石は必要かな。他にも綺麗な水が必要になったり……」
そこでベネットの動きが止まる。
「そうそう、ヒロシ、あなた水の扱い上手いわよね。」
ベネットが俺の顔を真剣に見てくる。
この反応を見るに、ポーションには純粋や超純水が必要とされているんだろうか?
さすがに俺の”収納”が無い限り、別の器とかに移した時点で超純水状態は保てない気もするが……
こっちの世界でも販売経路が持てるなら、それはありがたい話だ。
「もちろん、不純物を取り除くことも可能ですよ? 売れますかね?」
ベネットは少し考え込んだ後、グラスコーを見る。
「ヒロシごときにやれるんだったら、他の魔術師だってやれるだろ? 商売にはならねえよ。」
どうやら的外れだったらしい。
だよなー……俺が思いつくくらいのことはどこでもやってるか……
「いや、そうとも限らないですよ、グラスコーさん。私が知る限り、蒸留水を使うくらいしか話を聞いたこと無かったし……」
いつになくベネットは熱心だ。
酒が入ってるのも原因なのかな?
「んーどっちにしろ、やり方が広まっちまったらおしまいだからなぁ……」
特許みたいな制度でもない限り厳しいよな。
ギルドがあるから、もしかしたら、そんな制度もあったりするんだろうか?
「王国の学術院にでも、お伺い立てるくらいか?報奨金がもらえたら御の字だな。」
知らない組織の名前が出てきたな。
どんな組織だかさっぱりだが、この間のギルドにマジックアイテムの使い方を売るのとはまた別の話になるのか?
「あんまりいい手には思えないですけど……あそこって、気に入らない魔術師を消して回ってるとか噂になってますよね……」
ベネットが物騒なことを口にしたな。
なんだ、その悪の結社みたいな組織は……
国の機関なんだよな?
「あくまでも噂だろ? 基本的には呪文の研究、マジックアイテムの効率的な製造技術の発見を目的とした組織のはずだぞ?」
軍事利用については二の次だしともグラスコーは付け加えた。
いや、どっちなんだよ。
多分、フランドル王国は絶対王政の国なんだろうから、王族の意向こそが組織を動かすのだろうけど。
真面目に研究だけやっている組織の可能性も妖しげな秘密結社じみた組織って可能性も、どっちもあり得る。
判断に困るよなぁ……
「まあ、大した話でもないんですし、どこかの魔術師様に委ねちゃっても良いんじゃないですか?」
俺は暗に、そういうコネはないのかとグラスコーを見た。
渋い顔をしつつ、グラスコーは酒をあおる。
「いないわけじゃない。だけどまあ、どのみち本拠に戻ってからだな。」
あんまりいい相手ではないんだろうか?
まあ、でもいきなり謎な組織に手紙を送るよりかはマシだろう。
しかし、しがらみの多い世界だな。いっそ、めちゃくちゃにしてやりたい欲求も分からなくもない。
まあ、俺の低俗な考えと神様の考えることを一緒くたにしたら失礼か。
ちょっと、眠いのかもしれないな。
早めに寝よう。
多分疲れてるんだ。
ちらちら揺れるランプの明かりが俺の眠気を刺激してくる。
今夜はきっとぐっすり眠れるだろう。




