2-15 羊旨い。
札幌で食べたジンギスカンは本当においしかったんですよ。
結論
羊は旨い。
いや、まあこの店の料理人の腕が良いのかもしれないが、羊は滅茶苦茶旨かった。
ニンニクやバジル、そのほかにも俺の知らない香草で味付けされた羊肉はただの塩味とは違う複雑な味付けだ。
羊独特の癖が香草と交わることで、深い味わいに感じられた。
それにとてもとろけるように軟らかく、それでいて表面はぱりっとした食感で病みつきになる。
これは、旨い。
北海道で食ったジンギスカンも旨かったけど、これはまた別の旨さだな。
パンは、いわゆるライ麦パンと言われる奴で、ちょっと酸味が強かったけれど羊肉の濃い味とは非常に相性が良かった。
ソーダ割りのワインも、口当たりが良くて食が進む。
こっちに来て、煮た食べ物ばかりを食べていたから、焼き物が新鮮だったというのもあるんだろうが……
これは癖になるな。
結局、3人前ほど平らげてしまった。
パンも結構食べた気がする。
「おー、おー、よく食うな。何を食べたらそんなに太るのかと思ったが、好物だとがっつくんだな。」
呆れたように、グラスコーが笑っている。
「あー、すいません。」
腹がいっぱいであんまりしゃべりたくない。
だけど聞いておかないこともあるんだから、いつまでもだらけてはいられない。
ワインを口にして、リセットしよう。
「ところで、グラスコーさん。俺がいなかったときは荷物どうしてたんです?」
馬車を預けていたときに思っていた疑問だが、実際俺がいなければ置いていくしかないだろう。
もしくは見張りを置いておくのだろうか?
さすがに全部持ち運ぶというのは現実的じゃないように思える。
「まあ、基本的には置いていくな。ああいう馬を扱う店ってのは大抵ギルドに加入しているもんだから信用しても良いんだが……」
ワインを口に含んで渋い顔をしている。
さすがに高額商品を預けるのはためらわれたと言ったところだろうか?
俺に預けるのも、抵抗感はあるんじゃないかとは思うけれど……
「まあ最悪全部盗まれても金はこっちだし、割の良い商品はこっちだからな。」
と、グラスコーは腰に巻き付けているウェストポーチを撫でた。
まあ、そのくらいの用心はしてるって事だな。
「まあ、村とかになってくるとさすがに怖くて護衛に見張りを頼む事もあったよ。
これからは、お前がいてくれれば、お前を抑えておけばいいからな。」
人の悪い笑みを浮かべてるが、言ってることは間違いはない。
”売買”で全部うっぱらうことはできるかもしれないが、俺の身柄を抑えておけば売り払った代金は取り戻せる。
そういう意味では、お得な人材だと自慢できるな。
「とはいえ、そろそろ偽装はしておいた方が良いだろうな。
適当な革袋を使って良いから、そこから荷物を取り出しているように見せかけてくれ。」
グラスコーの要求も分かる。なので俺は頷いておいた。
とはいえ、上手いこと演技ができるかどうか……
「ま、いずればれるんだろうけどな。」
しみじみとグラスコーは漏らしたが、確かに便利に使っていれば、いずれ人の口には上がるだろう。
それにばれる経路は、何も人の噂ばかりじゃない。
「そういえば、ベネットさん。関所での話ですけど、なんでばれないって考えたんです?」
おそらく魔法か何かでホールディングバッグの中身を調べるんじゃないかと思うのだが、どうだろう?
「単純にあなたの能力が魔法ではないからね。
呪文で魔法の品を探し当てたり、ホールディングバッグならその中身を調べられるけれど……
特殊能力の場合、魔法ではないから感知するのは不可能と言っていいと思うわ。」
魔法も特殊能力の一部だと思うんだが、働きが違うんだろうか?
疑問符を浮かべる俺に、軽く魔法についてベネットは解説してくれた。
そもそも、魔法というのは色々なアプローチがあるので一概には言えないが、あくまでも技術なのだそうだ。
なので、才能で使える使えないが決まるとはいえ、才能を持っている相手でさえあれば他人に伝えることは可能となっている。
物理的な特殊能力の場合は、もっと単純で才能が無くても1レベル、2レベルであれば後天的に獲得可能だ。
目に見えない魔法とは違い、確かめることも可能だし物真似もできる。
だが、魔法でもなく物理的でもない特殊能力は技術ではない。
なので例え似た能力を持っている者同士でも教え合うことはおろか、仕組みを伝え合うことも不可能なのだとか。
だから対抗策として特定の特殊能力を検知する呪文を作っても、その呪文は対象となった特殊能力にしか効果を現さない。
効果や結果が全く同じものでも、人が違えば全く意味をなさないそうだ。
「まあ、ほとんどの人はそんな特殊能力は持っていないから来訪者の特権と思っていて良いかもしれないわ。」
確かに特権だな。
恩恵を授けてくれたのが、やっかいそうな神様じゃなければ手放しで喜べるんだけどね。
「ちなみに、ベネットさんはウルズ様の声が聞こえるまで魔法を修めようって言ってましたけど……」
聖戦士としての魔法能力以外に、魔術師としての才能も持ってるんだろうか?
「えぇ、小さいときに特殊能力を確認したら初期の魔法能力は有していたから。
それぞれの系統に分化するのは、大抵成人してからね。
それまでは、信仰系統が使えるのか、秘術系統がつかえるのかは不確かなの。」
ゲーム内の用語とよく似た名前が出てきて、どきっとしてしまう。
おそらく翻訳の結果だから俺の知識に偏ってるんだろうな。
「まあ、信仰系統は熱心な信者じゃなければ、大抵は神様の声を聞いたときが定められる時になるから……
成人前に神様から声をかけられる場合もある。
逆に、秘術系統の勉強をしていたのに、神様の声を聞いてしまって全部無駄になることもあるわ。」
そりゃ、ひでぇ……
神様も、上書きじゃなくて追加で能力を与えてあげればいいのにな。
「もちろん、その逆もあって、どっちにしろ成人前には、どちらの才能があるかはっきりするわね。
教団によっては、その秘術系統の才能を無理矢理信仰系統の才能に変換できるところもあるらしいけど。
あくまで、それは噂程度ね。
当然、両方の系統に対して才能を持つ人もいる。
そういった人は、希だから誰かに抱えられる場合が多いわ。」
残念ながら、私は信仰系だけだったけれどねと、ベネットは恥ずかしそうにはにかんだ。
「いや、片方の系統だけでも魔法が使えるなら充分凄いことだよ。
ヒロシだって、どこかの領主様や王都に行けば国の機関に仕官することは可能だと思うよ?」
トーラスは魔法の能力を持っていないので、羨ましいという感情が強いようだ。
まあ、そうだよな。使えない人間からすれば羨ましいに決まってる。
仕官できるとなれば、ある程度安定した生活が送れるはずだしな。
まあ、だからといって公務員になりたいかと言われたら、ちょっと遠慮したい。
「おいおい、うちの従業員をたぶらかさないでくれ。金の卵を産む鳥みたいなもんだからな。
それとここまでのことは、重々承知していると思うが、内密に頼むぞ?」
護衛の二人は、当然のことなのだろうが頷いて返した。
こういう態度を見るに、護衛というのも守秘義務とかあるんだろうな。
業務上知り得た秘密ってのは結構ありそうだ。
身近にいるだけに、秘密を守り通すのも難しいだろう。
だから、グラスコーもここまでは秘密について殊更騒がなかったんじゃないかな。
まあ、ギルドが強権的に調べようと思えば、黙っているのは難しいんだろうけどね。
今すぐどうこうと言うことはないだろうが、備えておくに越したことはない。
「あー、それとヒロシ。
関所を越えたから、帳簿は預けるぞ?付け方もちょっと教えるから、後で付き合え。」
そういいながら、グラスコーはワインのおかわりを頼む。
店の慌ただしさも幾分落ち着いてきたのか、客も疎らになっていた。
「いや、良い食いっぷりだったね。うちの亭主も喜んでたよ。
サービスにお茶でも飲んでいってちょうだい。」
給仕のおばさんは、にこにこと追加のワインと一緒に、お茶を出してくれた。
「ありがとうございます。」
俺は、頭を下げる。
大したこと無いよという感じで給仕のおばさんは離れていってしまった。
ちょっと汚いのが難点だけど、また立ち寄ったときはこの店に入ろう。
「ところで帳簿の付け方って、どんな感じなんですか?」
俺がそういうと、グラスコーはウェストポーチから帳簿を取り出す。
「まずは見てみろ。分からないところがあれば聞いてくれ。」
正直言って、分からないところだらけだ。
取引内容が事細かに書かれていて、商品名や相手、値段や個数という基本的な情報は分かる。
ただ、ぱっと見で複式帳簿らしいというのは分かるけど、簿記なんぞ触ったことのない俺にはさっぱりだ。
「えーっと……このチェックはどういう意味なんですか?……」
いくつかの商品にチェックがしてある項目が仕入れにも販売の方にも存在している。
傾向からすると、相手は商会とかって名前が並んでいて大口の取引が多い気がした。
とはいえ、個人名で額が小さい場合もある。
「あぁ、それはギルド加入者同士の取引を意味している。
そういう取引は、年会費の対象にはならないから大切だぞ?
相手が不明なら、問答無用で対象になる。」
うわ、面倒くせえ……
「まあ、まずは習うより慣れろだ。文字を覚えるのにも良い機会だからな。」
そういうスパルタな教育方針は勘弁して欲しい。




