2-14 関所程度でファンタジーを感じるのは安易かな。
関所というのは大抵交通の要衝、天然の要害に立てられる物だ。
俺たちがたどり着いた関所も例外ではなく、断崖に隔てられている。
かたや疎らな木々がある程度の枯れた土地であるのに対して、崖の上は鬱蒼とした森が見て取れる。
徒歩でなら、崖を登り何とか向こう側にわたれるだろうが、馬車を持った行商人じゃ関所を越えない限り通行は難しいだろう。
見えてきた建物は、小さな砦程度だが、しっかりとした石造りの胸壁を持っている。
武力で押し通るにはかなり難儀しそうだ。
他国の行商人や、グラスコーのように街道の通行税をケチっている奴も、ここを通らなければ文明圏には立ち入ることができない。
もちろん、抜け道は色々とあるのだろうが今回は素直にご厄介になる。
「よお、グラスコー。お前まだ生きてたのか。」
関所の門衛がグラスコーに声をかけてくる。
しかし、この世界は口の悪い奴が多いんだろうか?
「お前に言われたかねえよ。さっさと前線に送られてくたばっちまえ。」
顔見知りなのか、グラスコーも口さがないことを言い合っている。
「うるせえ! とりあえず、酒は持ってきてるんだろ? お前の酒を飲み干すまでは俺は絶対に死なないぞ!!」
「ただじゃねえんだぞ? お前みたいな貧乏人が俺の持ってる酒を飲み干せるもんか!」
門衛が違いないというと、二人して馬鹿笑いを始めた。
ノリについていけない。
「お? 今回は護衛が3人か?」
俺に目をとめ、門衛がグラスコーに聞いてきた。
「いや、あのデブの方は俺が雇った小僧みたいなもんだな。」
グラスコーが俺を呼ぶように招くように手を振る。
苦手なタイプだから、勘弁して欲しいな。
「ヒロシです。グラスコーさんにはお世話になっています。」
愛想笑いを浮かべて俺は頭を下げた。
「おう、グラスコーの関係者にしちゃ礼儀正しいな。
まあ、面倒を起こすような奴にも見えんが、くれぐれも注意しろよ?
最近、隊長が替わって細かいことにうるさいからな。」
俺は分かりましたと頷いておいた。
おそらく、この門衛が第一関門なのだろう。
何気ない会話をしつつ、俺のことを注意深く観察していた。
手や足回りをよく観察していて、何度か表情に小さな変化があった。
それで何が分かるかは分からないが、彼のお眼鏡にかなっていなかったら別室コースなんだろうな。
お巡りさんにご厄介になったことは、ほとんど無いので分からないが、おそらく似たような感じかもしれない。
その後の事務手続きは簡単なもので、俺自身による記名とグラスコーが保証人になる誓約書だけで済んでしまった。
色々と根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、大体がこんなものだという。
そもそも、どこそこの領地の何々村の出身ですと言っても、それを証明する手段はない。
名乗った領地が近隣の領地なら、その領内に名乗った村が存在しているかどうか、そしてその村の住民台帳に言った名前が記載されているかどうかを調べるだけで、結構な手間がかかる。
なにせ村自体が結構な頻度で作られて、同じ頻度で潰れてしまう。
開拓民として赴いたら疫病で滅んでいたり、住人が飢饉で散り散りになっていると思われていた村が、実は昔よりも住人が増えていたりなんてことも結構あるらしい。
名前も似通った名前があったりすると、実はその村の出身で間違えて覚えていた住人という場合もありうる。
人種的には、さすがに俺のようなアジア顔は多くないらしいが、いないと断言できるほど少なくもないらしい。
言葉が通じてしまえば、いちいち怪しんでいたらきりがないそうだ。
それに遊牧民が街の生活に憧れて移住してくる場合もある。
そういうときは、受け入れられる村があるかどうかで対応が変わるのだが、グラスコーのような行商人を通じて商売人の従業員として雇われるケースも少なくはない。
腕を買われて、傭兵として領内に入る場合なんかは貴族の許可があって集団が移動することも結構あるらしい。
その場合は、一応誰が呼び込んだのかは記録されるのだそうだ。
ベネットの家族達を襲った蛮族が、そのケースに当てはまる。
関所での記録は、書記官に記録を抹消するように圧力があったそうだが、その書記官は真面目な奴だったらしく抹消を拒否。
それも大きな証拠として貴族の不正を暴くのに役立ったそうだ。
世の中には立派な人間もいるもんだな。
しかも記録を取るとなれば、全部ペンで書かないといけない。
書き損じがあったりしたら、やり直しだ。
書かなくて良いって言われたら、俺なんか喜んで圧力に屈しちゃうだろうな。
写真なんかもないそうだから、人相書きなんかも必要らしい。
専門の画家が常駐しているらしいが、やはりどうしてもお粗末な物になってしまうそうだ。
うーん、カメラとか売ったら儲かりそうだなぁ……
さすがにタイプライターは、この世界の言語には対応していないだろうからいちから制作になるかもしれない。
そう考えると原始的で単純な構造のタイプライターとか売っているだろうか?
後で調べてみても良いかもしれないな。
いや、でもカメラなんかを売っちゃうと画家の人は仕事を奪われるのか……
会話から人相書きを作るモンタージュ技術を磨いて貰えば、仕事減らさなくても済むのかな?
しかし、関所って言うのも意外と人が多いものだ。
砦みたいな建物は王国に所属する役人や兵士、それと手続きを必要とする人間以外は出入りできない。
それなのに、結構な人でごった返している。
「後は、武器と荷物を返して貰えば終了ですね。」
トーラスはほっとしたように呟いた。
そんなに緊張するようなものだろうか?
「丸腰だと、どうしても不安でね。ヒロシは手ぶらでも何とかできるから良いだろうけど……」
そうか、俺は”収納”の能力を持っているから、荷物は取り上げられていない。
武器だって、取り出そうと思えばいつでも取り出せる。
「なるほど、大変ですね。」
なんか、間抜けだが俺はそういう他にない。
わざわざ調べてくださいって荷物を取り出すわけにも行かないしな。
あー、これ密輸に使えるんだな。なんか、ちょっと不安になる。
「おそらく平気よ。ヒロシの能力は多分感づかれることはないわ。」
ベネットが不意に俺の耳元で囁いた。
ちょっとどきっとしてしまう。ミントの爽やかな香りが漂うと、それが妙な刺激になる。
しかし、ベネットはなんでそんなことが分かるんだろうか?
「もしかして、ベネットさんは呪文学に詳しいんですか?」
まあ、果たして呪文学という名前かどうかは知らないけど、そういう物事に精通していそうな気はする。
「一応ね。ウルズ様の声を聞くまでは、魔法を修めようと思っていたから。」
少し恥ずかしそうにはにかむ仕草が、可愛い。
なんか切ないなぁ……
「まあ、ここで立ち話もなんですし、食事の時にでも詳しく聞かせてください。」
不正ができるって言うのを、おおっぴらに話すべき場所じゃない。
返却された武器や荷物を馬車に積み込み、俺たちは胸壁の外へ、森の広がる方に歩みを進める。
露店が建ち並び、いろんな格好の人が行き交っている。
建物は、石造りで煙突からは煙が立ち上っていた。
周囲を見回せば、狼の頭を持つ人や背が低く立派な髭を生やした男や長い耳に弓をかついだ傭兵が闊歩している。
ギター、いやあれはリュートだろうか?
そこら辺の違いが分からないので何とも言えないが、それらしい弦楽器を鳴らす人などもいる。
結構な賑わいだ。
キャラバンでの生活も、十分すぎるほどファンタジックな気分を味わっていた。
だが、関所の門を越えた先を取り巻く環境は、より強く俺にファンタジーを感じさせてくれる。
高ぶる気持ちを抑えつつ、俺は黙って周囲を見回した。
露天では、飲食物の他にも様々な日用品を売る店や服や装飾品、武器や鎧なんかを扱っている店があった。
俺は思わずかけだして、手当たり次第に値段を確かめたい衝動に襲われる。
だがさすがに、雇い主であるグラスコーの許しも得ずに駆け出すのは不味いだろう。
「まあ、興味津々なのは結構だが、とりあえず昼にしよう。適当なところに入るぞ?」
グラスコーの言葉に傭兵二人も頷いている。
当然俺も腹は減っているから異存はない。
さすがに、これだけ食べ物を扱っている店が多いって言うのに干し肉を囓りたくはない。
正直、干し肉は不味くはないが固くて食いづらいし、何より癖がないので飽きやすい。
何か煮物に淹れてふやかしたり、薄切りにしたりして野草と一緒に食べたりしたりもするが、やはり干し肉は干し肉。
香辛料とかが含まれてないので、基本的に塩味しか感じない。
お湯で戻すと幾分は元の素材の味もするわけだけれど、やっぱり塩味の方が強く感じられるものだ。
まあ、それでもちゃんと調理すれば美味しく食べられるわけだから干し肉も決して悪いものじゃない。
それなりに知恵が詰まった食べ物だろう。
でも、今はそれ以外が食べたい。
そこら中で肉を焼く匂いや音、煮込まれる野菜の香りを運ぶ蒸気が鼻腔をくすぐり、何かを蒸す蒸気が頬を撫でる。
行く道すがら、馬車を預けてしばらく徒歩で昼を取る店を探し始めた。
ちなみに、馬車を預かってくれたのは馬を扱う店だ。
馬の他にも馬蹄や鞍、鐙なんかも扱い、馬車なども扱っている結構大型の店だ。
こういう店は大抵どういう街でもあるらしく、荷物を預かるのも仕事になっているらしい。
もちろん飲食店もないような村だと、そういう物はないので村を納める領主や代官、村長なんかに預けるのが通例になっている。
とはいえ、さすがにマジックアイテムは貴重品なので、俺が”収納”して運ぶことになった。
びっくりしたが、ホールディングバッグも”収納”でしまうことができる。
これは、俺が知ってるゲームだとNGな行為だったので、思わず勢いで”収納”してしまった後であわてて取り出したりなんかもした。
特に損傷もなくしまえたことを確認できてほっとする。
もしこれで、壊してたらしゃれにならない。
しかし、俺がいなかったときはどうしてたんだろうか?
まあ、昼飯を食いながら聞くことにしよう。
「ここなんでどうです?それなりににぎわってますよ?」
トーラスが指さした店は、ちゃんと店舗を構え客席が設えてある。
客の入りも上々だ。
立ちこめる匂いには、かすかに腐敗臭も混じってはいるがそれを上回るほどの美味しい匂いが漂っている。
「悪くなさそうだ。」
グラスコーも匂いにつられたのか、乗り気な様子だ。
「おい、4人だが席開いてるか?
ずかずかと踏み込むと給仕に声をかけた。
「悪いね! 忙しくて皿を下げる暇もないんだ!! 片付けてくれるなら好きな席に座ってちょうだい!!」
注文を取ったり、料理を運ぶのに忙しいのか、給仕はそういいながら、別の客の相手を始めてしまう。
まあ、こういうおおらかな雰囲気も嫌いじゃない。
「たく、しょうがねえな。ヒロシ、ちょっと適当な席を空けてきてくれ。」
確かに銃を持ってたり、剣をぶら下げている護衛の二人に任せるよりは、手ぶらの俺の方が良さそうなのは分かる。
結構ごった返してるからな。
それに今はグラスコーの使用人だからな。
それでもなんだか釈然としないものを感じてしまう。
お前も手伝えよとか思ってしまうのは、駄目だろうか?
まあ、わざわざ言うよりもさっさと片付けた方が早いし、何より楽だ。
適当な座席の皿を重ねて、厨房の方へ運び、テーブルを払う。
ちょっと汚いので顔洗い用に買ったタオルに水を含ませて拭くと、べっとりと黒い汚れが付いた。
さすがにこの上にパンとか置かれるのはやだなぁ……
「グラスコーさん、準備できましたよ?」
3人を呼ぶと、そそくさと座席までやってくる。
窮屈そうに、護衛の二人は客をよけて座席に着く。
こう言うとき、剣はまだマシだが、フリントロックですら長く感じてしまう。
槍なんか到底持ち込む気にはならないな。
「どうやら羊の香草焼きが出てるみたいだな?後は、シチューか……」
グラスコーは周りを見ながら何を頼もうか考えているようだ。
ベネットはちょっとテーブルの汚さに顔をしかめた。まあ、結構汚れが目立つもんな。
周りの客は気にした様子もなく、パンをテーブルに直置きしてるが、どう見ても不衛生に見える。
懐を探り、ベネットは麻でできた布を取り出して、テーブルに敷いた。
なるほど、ランチョンマットか。
俺も今度から真似をしよう。
「お姉さん!! 注文いいですか!!」
トーラスは早速とばかりに給仕を呼び出している。
そういえば、メニューってないんだな。
何を頼もう。
「はいはい、お待たせ。で、とりあえずなんにするんだい?羊なら良いのが入ってるよ?」
ちょっと顔がこわばる。
山羊は何とか食えたけど、こっちの世界で羊はまだ食べてない。
何度か、北海道でジンギスカンを食べたことがあるけれど、こっちの世界でも旨いんだろうか?
鮮度や味付けのことを考えると、手放しで食えると言い切るのは難しい。
「香草焼きがいいな。とりあえず、それを人数分。後パンとワインだな。」
グラスコーは迷うことなく注文を済ませてしまった。
ちょっとは選ばせて欲しい。
「ワインは割るかい?」
お姉さんと呼ぶには、ちょっと年が言ってる給仕はそんなことを聞いてくる。
そういえば、割って飲むのも普通なんだっけかな。
「俺は、そのままで良い。」
グラスコーがそういうと、トーラスもそれに倣った。
「私は、割ってください。できればソーダで……」
ベネットの注文に驚いた。
あー、でも炭酸水って地質によっては当たり前にあるのか。
「じゃあ、俺もソーダ割りで……」
俺の言葉に給仕がびっくりしている。
え?なに?俺なんかおかしな事言った?
「いや、こいつは変わり者なんだ。気にしないでやってくれ……」
グラスコーは今にも吹き出しそうになりながら、口元を抑えている。
「はいはい、まあ別に私はかまやしないけどね。」
そういいながら、給仕は笑いながら引っ込んでいった。
「ごめんなさいヒロシ。ソーダで割るのは主に女性なの……水割りなら珍しくないんだけどね……」
申し訳なさそうに、ベネットは笑う。
そうなのか……
いや、まあ勉強になったと思っておこう。
くそう!恥ずかしい!!




