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2-13 お父さんか。お父さんねぇ。

 たき火を囲んで美女と向かい合わせというのは、俺自身初めての体験だ。

そもそも、俺はインドア派だからキャンプ自体がこちらの世界に来た時に初めてと言っていいほどの経験だったりする。

創作の中ではよくあることではあるけれど、実体験となると感じ方は違うものだな。

 しかし、口を噤んで気まずそうにうつむかれると、何か悪いことをした気分になる。

 いかん、見張りなのにベネットにばかり注目してしまった。

 それとなく俺は周囲を見渡してみたが、特にこれと言った異変は感じない。

「あの……何か引き継がないといけないことでもありますか?……」

 そういっても彼女は口を開かない。首を横に振るだけだ。

 参ったな。

「そうですか……お茶でも飲みますか?……」

 寝起きで喉が渇いている。

ついでだから、彼女にもお茶を淹れておこう。

紅茶は、どうやら苦手みたいなので、この世界でよく飲まれている薬草茶を準備する。

「ごめんなさい……迷惑をかけてばかりで……」

 ベネットの声が俺の耳をくすぐる。

そんな声で言われたら許さないわけがない。

「迷惑なわけ無いじゃないですか……色々と助けて貰ってるんですから、そんなことを言わないでください……」

 お茶を2つのカップに注ぎ俺は立ち上がって、たき火越しに片方のカップをベネットに渡す。

「ありがとう……」

 少し寂しそうな微笑みが滅茶苦茶可愛い。

こうして改めて二人きりになるとベネットに好意を抱いているのを実感させられる。

いい年したおっさんが、年甲斐もなく若い子に恋してるって恥ずかしくてしょうがない。

 いや一応俺も20歳代に見えるわけだから、そこまで年の差があるわけではないわけだが……

 だが、それでも意識的には中年を過ぎたおっさんなわけで、恥ずかしさが軽減されるわけでもない。

 しかし、可愛いなちくしょう。

「ごめんなさい、なんだかヒロシを見てるとお父さんを思い出すの……」

 お父さんですか……うん……そっか……お父さんか……

「もちろん、ヒロシの方が全然若いし、父はヒロシほど強くもなかったけど……優しい目が、とても似てる……」

 何か懐かしむように言われた。

 いや俺は優しくないし、強くもない。とはいえ、否定するのも憚られた。

 なんだか、否定してしまうとベネットが悲しむんじゃないかと思えたからだ。

ベネットの父親の安否も、聞くのがためらわれた。

「最初にあったときは、あなたの顔を見てあんなに怒り狂ってたのに、こんなことを言われると迷惑でしょう?」

 いや、まあ最初に斬りかかられたときは正直怖かった。

でも、好意を寄せられることは迷惑なんかではない。

俺は首を横に振る。

「迷惑じゃないですよ。色々事情があるんだとは思いますし……」

 俺の言葉でベネットはうつむいてしまう。

 うーん、なんて言えば正解だったのかな……

 彼女はミントの葉を取り出して口に含んだ。

確か、ミントは心を落ち着けてくれる効果があるんだったかな。

そういえば、彼女は食事を終えるとよくミントを口に含んでいる。

普段から、歯ブラシで口を磨いたり顔や体を洗っているから、衛生に気を配ってるのかと漠然と思っていた。

 だけど、もしかしたら気分を落ち着かせるためにも利用していたんだろうか?

 あー、そういえば歯ブラシ、この世界でも普通にあるんだよね。

 キャラバンのみんなは、歯磨きの枝だとかいって木の枝を噛んで口内清掃を行っていたけど……

 こう考えると、文明の進展具合にばらつきを感じるな。

グラスコーに言わせると歯ブラシは高級品だそうなので、ベネットは良いとこのお嬢さんだったのかもしれない。

「少し身の上話をしても良い?………」

 意を決したようにベネットは聞いてきた。

 本当は、聞きたくはない。

きっと気が重くなるような話になるんだとは思う。

だから軽々しく頷くべきじゃない。

 でも、俺は頷いてしまっていた。

「私の父はグラスコーさんのような行商人だったの……」

 どうやら俺の予想は当てにならないみたいだな。

「それなりに商売も上手くいっていたけれど、店を持つには至らない。それでも私たち家族は大切にされていたわ。」

 ベネットの語るところによると、商売に家族を付き合わせることは希で、ほとんど本拠地に構えた街で暮らしていたらしい。

三ヶ月に一度は必ず本拠地に戻り、家族のために色々な物を持って帰ってはまた稼ぐ旅に旅に出る。

そんな生活を繰り返していたらしい。

 たまにしかあえないが、ベネットは父が好きだったという。

それは、時に遙か遠くの国の話やベネットの知らない物を持ち帰ってくれたことが要因の一つではあるだろう。

 だが、じっとベネットの話を聞き、時に微笑み、時に叱る父がベネットの幼心にも愛情を持って接してくれている。

そのことを理解させるには十分だったのだと思う。

 そうして、まもなく父の努力が実り店を持つに十分な資産が集まったとき悲劇は起こったそうだ。

「父が店を持とうと考えた街は、小さな所でね。それでも豊かな森があって、とてものどかなところだった……」

 でも、それが良くなかったらしい。

どうにも話が判然とはしないが、街は二人の貴族の間で帰属問題が起こる土地柄だったらしい。

そのため、常に小さな小競り合いが起きていたそうだ。

国王からも仲裁が何度も行われ、どうにか片方の貴族の所領であるという話がまとまりつつあった。

 だが、それで納得するなら争ったりはしないだろう。

「手に入らないならば、全て焼いてしまえ……そう思ったんでしょうね……」

 丁度、ベネットの父が街に移住しようと家財を積んで街へと旅立ち、まもなく到着しようとした夜に……

 街は、謎の蛮族達に襲われることとなった。

街にも当然防備の手は尽くされていたわけだが、引っ越し途中のベネット達には、その手はさしのべられない。

見たこともないアジア顔の男達は、攻めあぐねる中で無防備な旅人にも当然牙を剥いた。

「父は必死に抵抗したわ。私は、父に促され、必死に逃げることしかできなかった。」

 彼女の腕を掴み、森へと逃がそうとする父が蛮族達に囲まれ槍を突き立てられていく姿が彼女の脳裏に焼き付いているそうだ。

幸い、先に逃げ延びていた母や兄弟も父による奮戦のおかげで命からがら街に落ち延びる事ができたらしい。

彼女も、蛮族の手から街の民兵隊により救い出され、無事に家族と再会できた。

 だが、残念なことにベネットの父親だけは生き延びることはできなかったそうだ。

「蛮族どもを引き入れた貴族は、私たち家族の証言もあって縛り首になったわ。

 でも、逃げ延びた蛮族どもは今もどこかで生きている。」

 それが許せないのだろう。

かすかに震える声で、怒りを押し殺しているのが分かる。

どう声をかけたものだろう。

俺にはどうすることもできない。

「こんな話を聞かせても困るだけなのは分かるけれど、今でも不意に、あなたの顔を見ると我を忘れそうになるの……

 ウルズ様は、いつもあなたが仇ではないと言ってくれている。

 それどころか、あなたには何度も救われている。なのに私はあなたを見る度に、父の姿と、あの男の顔が重なるのよ。

 きっと私は狂ってるんでしょうね。

 冷たい態度をとっているのは自覚しているけれど、それはあなたのせいじゃない。

 あなたには関係のないことで、私はあなたを傷つけている。

 ごめんなさい。

 ただ、だからこそ理由を言わずに別れてしまうのは、間違っている気がしたのよ。

 だから、旅が終わる前にどうしても話しておくべきだと思ったの………」

 うなだれながら、彼女は繰り返すようにごめんなさいと口にしていた。

俺は立ち上がり、彼女の肩に手を置く。

「俺はベネットさんの身の上を聞いても、どうすることもできない。

 ただ、許して欲しいと言われるなら、いくらでも許します。

 こんな俺が許したところで、あなたの心に平穏が訪れるとは思いませんが……

 怒ったりなんかしません。」

 彼女の目には俺はうつっていないだろう。

今も父と仇の顔が重なっているはずだ。

だからこそ、俺が許すと言葉にすることに意味はあると思う。

 ベネットの顔が上がり、くしゃくしゃに歪む。

悲しみと憎しみ、それがない交ぜになり涙になってこぼれる。

そして、彼女は座ったまま俺の腰に抱きついた。

童女のような鳴き声を漏らし、言葉にならない声を張り上げる。

俺は、黙ってそれを受け入れるしかできない。


 どれくらいそうしていただろう。

気がつけば夜は明けてたし、いつの間にかベネットも身支度のために離れてくれていた。

 俺もさっさと身支度をしよう。

 何ともやるせないなぁ……

「よお、色男。ああいう女は適当に流しておいた方が身のためだぞ?」

 顔を洗ってたら後ろからグラスコーが不意に声をかけてくる。

あれを見ていて、何か色恋沙汰になると思ってるなら、こいつの頭はどうかしている。

のぞき見くらいなら許してやるが、あんまりふざけたことを抜かすなら酷い目に遭わせてやろう。

「おい、怖い顔すんなよ。今日で関所を越える。

 後は気を張らなくなって街までは行けるさ。なら、後腐れ無く仲良くやってくれって話だろ?

 なぁ、頼むから面倒ごとは起こさないでくれよ?」

 言われんでも分かってるっての。

まあ、グラスコーの心配は的外れだとは思う。

順調にいけば、彼女とは街でお別れだ。

元々、距離感があった物が、あの会話で急接近なんてありようはずもない。

こっちが勝手に好意を寄せているだけで、相手からすれば不愉快な対象でしかないだろう。

むしろ、なんというか遠ざかった気がする。

何せ、良くて父親を思い出す存在。

悪くすれば、その父親を奪った仇の存在を感じさせる男なわけだ。

これが不機嫌にならなければ、頭がおかしい。

父親じゃ男としては見られていないし、仇じゃ逆立ちしても好かれる要素はない。

 誰だ、こんな無理ゲー用意した奴は!! 一発殴らせろ!!

 ロキか! ロキの野郎か!! 覚えてろよ、チクショウめ!!

 まあ、愚痴はこの辺にしておこう。

いつまでも引きずっていたってどうしようもない。

修理した馬車の調子は良さそうだし、襲撃の気配もあれからはない。

何とか無事に関所を越えたいもんだ。

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